善意の狩
「待ってくれ!話をさせてくれ!」
薄っぺらな悪役のようなセリフが
思わず口から出てくる。
当然ながら、彼女のうなり声は止まない。
ジリジリと間合いを詰めてくる。
「知らなかったんだ!本当に!」
問答無用で一足飛びに間合いを詰め、
左手をこちらの心臓めがけて突き出してくる。
動きはいつものようにスローモーションに見える。
半身で、相手の攻撃線の外側に身を躱した時
痛々しいほど鋭く研がれた牙と爪が目に入った。
あの夜の光景を思い出す。
自分が起こした惨劇に
何度身悶えしただろう。
もっと早くに告白していれば
何か変わっただろうか。
いや、自分が起こしたことは
変えられない。
この結果は引き受けなければならない。
この爪と牙にひと思いに引き裂かれれば
許してもらえるのだろうか…
目前に迫る死が
なんとも甘美なものに思えた。
すると、
一転して
スローモーションだった世界は加速して
現実のスピードに立ち戻る。
彼女は、間髪入れず上体をひねり、
右手の爪を振り下ろしてくる。
やはり怖い。
恐ろしく哀しいほどに鋭く
研ぎ澄まされた爪。
彼女はどんな思いで
この爪を研いできたのだろう。
首元に爪が迫っている。
「生きろよ、けんちゃん」
不意に親友の言葉を思い出す。
時間の流れはまた
今まで感じたことのないほど
ゆっくりと進んでいるように感じる。
そうだ。伝えなきゃ。
頼む、間に合ってくれ。
体よ、動いてくれ。
また一緒に酒を飲んで、
楽しく話がしたい。
だから
…頼む……
目前に迫る死。
瞬きするよりも短い時の中で
俺はここに至るまでのことを
鮮明に追体験していた。