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八雲先生の苦悩  作者: 夏目 碧央
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細い指

 放課後、2年2組の相馬から、古文で分からないところがあるから教えて欲しいと言われ、教室でマンツーマンで教える事になった。

 相馬は颯太と仲が良い。それはともかく、俺は熱心に相馬に古文を教えた。相馬は古文の質問の後、現代文の解き方についても質問をしてきて、6時頃まで残って一緒に勉強していた。すると、部活を終えた颯太が、教室にふらりと現れた。

「あれ颯太、どうした?」

俺ではなく、相馬が声をかけた。

「忘れ物しちゃって。それにしても、まだ残ってたのか。何やってんの?」

颯太はそう言って、俺と相馬が向かい合わせで座っている席へ近づいてきた。俺は、もう今日は会えないと思っていたのでちょっぴり感動していた。

「現代文?ああ、これ俺も分かんなかったんだよねー。」

颯太は相馬の持っていた模擬試験の問題用紙を覗き込み、指をさした。

 な、なんと!颯太の指は何て細いんだ。綺麗な形をしている!颯太は吹奏楽部でフルートを吹いているのだ。そんな繊細な指をしているなんて、なんて似つかわしいんだ。

 と、俺が思っていると、どうやら相馬も同じ事を考えたようで、

「お前、指細いなー。」

と言って、なんとなんと!颯太の手を手に取って、指を撫でているではないか!う、うらやましい。それから、

「手のサイズはけっこう大きいのにな。」

とか言いながら、手のひらを合わせて大きさ比べなどしている。ああ、こういうのはタイミングが大事なのだ。俺も細い!と思った時にさっと手に取ってしまえば、不自然な事なく、どさくさに紛れて颯太の手を握ることが出来たのに!

 いや、まだタイミングはあるのではないか?手の話題が途切れない内に、

「本当だ、指が細いなあ。」

などと言いながら、さりげなく颯太の手を手に取ってしまう事はできるのではないか?いやだがしかし、もし嫌がられたらどうしよう。相馬は颯太と仲が良いから躊躇なく手を握れるけれど、俺などがいきなり手を握ったりしたら、颯太が嫌がったり、不審に思ったりするのではないか?ああ、しかし、あの細い指を触りたい。このチャンスを逃したらいつ手に触れられるか分からないではないか。ああ、どうしよう、どうしよう、悩んでいる内に手の話題が終わってしまうぞ。

「どれどれ。相馬の手が小さいんじゃないのか?」

俺は、相馬と手のひらを合わせた。俺の方が相馬よりも手が大きい。

「あ、先生の手、でかい!」

相馬は可愛い生徒だ。素直に感動してくれる。そして、

「颯太の手よりも先生の方が大きいかな。」

と水を向けてくれた!素晴らしい生徒、相馬よ!俺がちらっと颯太を見ると、颯太も俺を見た。せっかくの相馬のアシストだ、決めなければ。

「どうかな?」

そう言って、俺は手を開いて颯太の手の方に近づけた。颯太も流れで手のひらをこちらに向けてくれた。

 ああ、神よ!

俺は颯太と、手と手をくっつける事が出来た。確かに少し俺の手の方が大きかった。そして、俺は更に

「本当に、指が細いな。折れないか?」

と言って、颯太の指を触った。

「何言ってんだよ。折れないよ。」

颯太はパッと手を引っ込めてしまった。気持ち悪がられたらどうしよう、と戦慄が走ったが、颯太の顔を恐る恐る見ると、穏やかに笑っていた。ああ、良かった。

「俺もう帰るけど、相馬も一緒に帰る?」

颯太が言う。

「うん、もう帰る。先生、ありがとうございました。」

相馬がパタパタと片付けながら俺に頭を下げた。変な意味じゃなく、相馬は可愛い生徒だ。

「はい、お疲れさん。」

俺はそう言って、相馬の頭を軽くポンポンした。相馬はちょっと照れ笑いして、

「さようなら!」

と言った。颯太がちらっと俺を見た。だから、目が合った。だが、颯太は何も言わずにくるりと向きを変え、教室を出て行った。さっきは機嫌が良さそうだったのに、今は何となく不機嫌か?相馬に頭ポンポンが良くなかったのか?それは、つまり・・・やきもち?・・・であるはずがない。俺の友達に何してくれんだよ、くらいなもんかな?でも相馬本人が嫌がっていないのだから、別にいいと思うのだが。下心はないわけだし。

 二人が教室を出てしまい、俺は一人教室に残された。ああ、喜んだり落ち込んだり、心がざわついたり。どうしてこう、近頃心が忙しいのだろう。

 俺は、改めて颯太とくっつけた右手の手のひらを眺めた。暗くなった窓に自分の姿が映りこんでいる。俺は眺めていた手のひらをそっと握り締めた。颯太の指を思い出しながら。


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