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八雲先生の苦悩  作者: 夏目 碧央
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調理実習

 修学旅行が終わって、すぐに試験と冬休みがあり、3学期になった。けれども、俺はずっと修学旅行の事が頭から離れない。

「俺、先生の事好きかも。」

「俺も、お前の事が好きだ、颯太!」

と言って颯太を抱きしめる、という夢をちょくちょく見る。実際には、おどけて、はぐらかして、教師の顔を保った俺。あれ以来、颯太の態度はまた元に戻ってしまっていた。特に俺に興味もなさそうな感じ。

 3学期のある日、家庭科の深山先生から声をかけられた。

「二ノ宮先生、今日の5時間目は先生のクラスの調理実習ですよ。今日が最後の調理実習ですから、顔を出してみませんか?今日はクッキーを作るので、きっと生徒たちからもらえますよ。」

深山先生はにこやかにそう言った。

「はい、では伺います。」

俺もにこやかに返した。

 5時間目になって、家庭科室へふらりと行ってみると、中では生徒たちがボウルの中に材料を測って入れたり、それを混ぜていたりと、楽しそうにやっていた。颯太は・・・はっ、エプロンに三角巾!か、可愛い。青いエプロンをして、赤いバンダナを頭に巻いている。なぜ、なぜ今まで調理実習を覗きに来なかったのだ。エプロン姿の颯太が見られる数少ないチャンスだったのに。

 俺は家庭科室の中に入って、それぞれの班を回りながら様子を見た。スマホでちょっと写真を撮ったりもした。颯太のエプロン姿を撮るのが目的だが、そこはカモフラージュで全員をカメラに収める。そのうち生地を伸ばして型抜きをしたり、粘土細工のように手で何やらこしらえたりし始めた生徒たち。

「あーあ、ちぎれちゃった。まあいいや。」

と言って型抜きしたけれども半分にちぎれたものを、またくっつけて鉄板に置く者もいれば、

「ダメだ、失敗!」

と言って、かなり作っていたのにまた生地をまとめて一つに練り直してしまった者もいる。けっこう性格が出るものだな、と感心した。

 颯太は、案外楽しそうに型抜きをしていた。ハートの型を押している。それを慎重に鉄板に移している姿が、なんとも可愛らしい。ああ、あのハートのクッキー、食べたいなあ。甘いだろうなあ。

 鉄板がオーブンに投入され、焼いている間に生徒たちは調理器具を洗い始める。なるほど、なかなか手際が良いではないか。エプロンが似合っていない者もいるし、三角巾が幽霊の印みたいになっている者もいるが、割と何もやっていない者はおらず、何かしら作業をしていた。

 いつの間にか、甘い香りが部屋に充満し始めた。生徒たちも

「いいにおーい!」

などと言っている。クッキーはけっこうすぐに焼けるもので、片付けもそこそこに生徒たちはオーブンから鉄板を取り出し始めた。もちろん、深山先生が逐一支持を出しているのだが。

 焼きあがったクッキーに各班歓声を上げ、バットに移していた。

「焼きたては柔らかいから、形が崩れないように気を付けてー。」

と、深山先生が声を張り上げる。バットに広げて粗熱を取り、その間になんと紅茶を入れている。深山先生、素晴らしいです。この子たちがそんな気の利いたことができるようになるなんて。いや、今はこれも深山先生の指示通りだけれど、きっと将来役に立つでしょう。

「さ、それでは実食してください。」

深山先生がそう言い、生徒たちはクッキーを食べ始めた。俺はやはり写真を撮る。すると、近くのテーブルの生徒が、

「八雲先生、食べる?」

と言って、俺に自分のクッキーを差し出してくれた。

「おっ、いいのか?サンキュ。」

と言って、口に入れた。すると、他の班からも生徒が続々と集まってきて、

「先生、これも食べてー。」

などと言って皿を差し出してくれる。それぞれの班で、微妙に味も食感も違っていた。そして、最後に、颯太が現れた。

「はい、食べて。」

颯太はそう言って、あのハート型のクッキーを俺に差し出した。嬉しい!颯太のハート、きっと甘いに違いない。俺は内心デレデレしながら、そのクッキーを口に入れた。あまーい!と心で叫ぶ、と思ったら、

「あれ?辛い?」

驚いた。

「ほらー、やっぱりショウガ入れすぎだよー。」

颯太が自分の班の子に向かってそう言っている。

「砂糖を減らしてショウガを入れたのが間違いだったんじゃね?」

などと言い合っている。

「ああ、ジンジャークッキーか。なるほど、イケるよ颯太。うまいよ。」

もぐもぐしながら、俺が言うと、颯太はにこっとした。

「よかった。」

と、とろけてしまいそうな、甘い顔をして笑っていた。

 深山先生が俺にも紅茶を持ってきてくれた。こういう所が、男子は気が利かない。が、もう今はそんなことはどうでもいい!エプロンして、にこっとして、俺にハートのクッキーを差し出す颯太、大好きだー!


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