哀 Ⅱ
遅くなってすいません。
【人間が不幸になるのは簡単だ。なぜなら、自己自身がネガティブな発想をすればそれはもう絶望である。同様に幸福になるのも簡単である。なぜなら、ポジティブに物事を考えればいいのだから、人間は生まれた環境で自己自身もそこで生まれる。故に幸福とおもうか、不幸と思うかは基準ができる。これがある限り人間の世界は生きづらいのだろう。もちろん、知識等を身に着けたりしたら感覚は変わる。だが、それは上辺だけであり、自己自身は変わらない。しかし、別の精神が自分に入れば分からない。】「生きている証」より
閉じていた瞼をひらく。太陽の光が私の瞳孔を開かせる。いきなりの光で一瞬明転した。目が徐々に慣れてくると普段の場所だった。普遍的で変化がない駅。
急いで走る音。人と話す声。コンクリートと雑草の匂い。そして、柔らかな空気の感触。
空間にひたっていると、ひょっこりと視界に黄色いガーベラのような綺麗髪が入ってきた。それは太陽の光に反射するそれは眩しかった。そんなことを考えていると、鈴の音が耳に響く。
「おはようございます。落合さん。今日もいい天気ですね。」と朗らかに彼女はいった。
「おはようございます。天川さん。そうですね。こんなにいい天気だとピクニックとか行きたくなりますね。」
「ふふっ、そうですね。」
そう言って、彼女は静かにこの満開な空を楽しんでいた。そんな彼女を見て私もぽかぽかと温かな日差しを浴びて時を待った。自然と周りの音もこの空と調和しているように感じ心が落ち着く…。
時間が流れ、電車がやってきた。電車は当たり前の様に開き、人々は駆け込み、椅子に座る人つり革を手にして立つ人がいる。辺りを見渡すと老若男女といる。座ってパソコンをカタカタと鳴らすサラリーマン、固まって話す女子高校生、疲れているのか首をコキコキと鳴らす女性、朝に弱そうな男子高校生、そして、目の前に佇む重そうな荷物を持つ年老いた老婆。私はこの老婆が気になってしょうがない。すごく重そうな荷物で今にも倒れてしまいそうである。周りを見ると誰もがこの人に関して眼中にない。当たり前と言えば、当たり前なのかもしれない。だが、私はできれば譲ってあげたい。が、この何とも言えない空気から脱却できない。多分、ちょっとした恥ずかしさから来ているのかもしれない。そんな青臭く馬鹿げているような考えしたをむいていると、隣から主張するような声がした。
「おばあさん。お荷物おもいでしょ?上に置いて私の席へどうぞ。」と天川さんは立ちながら老婆に向けて言った。私は面を上げ天川さんの方を見て目を見開いてしまった。天川さんは老婆の荷物を上の棚に置きこちらをニコニコとみていた。老婆は「二人ともありがとうね」と言い、それに対して天川さんは「いえいえ」と一言で返した。私は後悔と罪悪感の念に包まれながらそれをただ見ているだけしかできなかった。
電車は私たちの目的地に着き重くドアが開く。私は足に蔦が絡みつくような感覚を感じながら改札口を抜け、学道へと足を乗せた。しかし、私に絡まる蔦は脳をも浸食する。一日経てばすぐ忘れそうなことに引きずられている。まるで、自分の意志に関係ないように。この気持ちを切り替えたいので、私は自分が出来なかった事を行った天川さんに質問した。
「天川さん。何故、先ほどのおばあさんに席を譲ることができたのですか。」
「フフッ。困ってる人が居たら助けるのが当たり前!って私が泣いてるときに助けてくれた人がいてその人を見習って助けただけですよ。この言葉は私のお気に入りです。」
そんな嬉しそうに話している彼女だった。しかし、彼女の足元には枝垂桜の並木影が落ちていた。
「そうなんですか。いいはなしですね。」と言いながら微笑んだ。
何時の間にか蔦は枯れ落ちどっかに忘れていた。さらに、周りには学生たちが徐々に増えており学校が近いことに気づいた。だが、突如として視界が暗くなる。
毎回同じような空間に変化した。
少しずつともう一つの空間の時間が伸びてきている。だが、あちらに行くと何か引っかかることがある。何かが自分の意志に水の様に浸透してくるかのように、やはり、記憶がないのと関係があるのだろうか?
そんなことを考えていると、ヒントを与えるかのようにそっと目の前にドアが佇んでいた。そのドアはこの空間とは違い白と緑を十把一絡げにしているかのような色をしている。
私はこのドアの奥にはこれからに繋がる何かあると直感的に思った。だから、私は左手でドアノブを握り勢いよく開けた。
ドアの先に広がっていた光景は滑り台、ジャングルジム、シーソーなどある少し広い公園だった。驚きながらもドアから公園へと歩いた。公園の中心に行き一周身体を回しながら辺りを見渡す。やはり、ただの公園で公園の周りには道路を挟んで家が連立して並んでいた。すると、先ほど抜けてきたドアが消えていた。焦ってドアが建っていたであろう場所に戻ってもなくなっていた。仕方が無くなり公園周辺を探索しようと歩いたが、そこから出られなかった。何故か空間が区切られているかのように、辺りを確認してみたがどこに行っても外に出ることができなかった。
途方に暮れブランコを漕いでいた。今は丁度正午だろうか、日が真上から目を照らす。
幾度とブランコを漕いでいただろうか。この静かな場所で鉄の金切り声があがっていただけだが、汚れた純白のワンピースを着た少女が公園に駆け込みながら入ってきた。その少女をよく見ると目には涙がたまっていて、膝に少し大きな擦り傷などがあった。少女は脱兎の如く私の目の前を通り抜け小さな木の陰に隠れた。私は不安で彼女のところへ向かおうとした時またもや三人組の少女たちと飛び抜けて図体が大きい少年が公園に入ってきた。
「あいつを探すぞ!」と少年が怒気を混ぜながら言う。「うん」と三人の少女が少年の後ろからゾッとするような悪質な笑みをしながら言った。私は三人の彼女たちの笑みに胸騒ぎを覚えブランコから立ち上がろうとした。しかし、お尻とブランの間にアロン〇ルファでもつけられているかのように立ち上がることができなかった。ただ、私は惨劇が起きるかもしれない状況を見ることでしかできなかった。私の焦る気持ちを馳せらせるのを構わずに彼らはワンピースの彼女を見つけ輝きを失くした金髪を掴み公園の中央へ引っ張って来た。彼女は先ほどより涙を多く流していた。顔は蒼白となりこれから起きることを想像しているのだろう。私は止めさせようとブランコに座りながら声を荒げた。
「やめろ!いったい何をしている!」
しかし、彼らは私が見えないのか一向にやめようとしない。私が何度も何度も声を張り上げてもやめようとしない。さらには、少年がワンピースの少女が暴れないように地面に押さえつけた。次に少女たちの一人がハサミを取り出した。あとは私でも想像できる。ワンピースの少女も「やめて!」と泣き叫んでいた。私は見ていることしかできない。悔しい気持ちが果てしなく込みあがってくる。ハサミを持った少女は不気味な顔をしてワンピースの少女の髪に近づけていく。髪とハサミの間が近づくにつれ、私の心も張り裂けそうになる。そして、ハサミが髪を切ろうとした瞬間。
「やめろ!」と公園全体に響くような声を上げて少年が入ってきた。
「お前らいったい何をしている?!」と彼らの前に立ち怒気を乗せながら問いかけた。
「あら、落合くん。何ってこの子に虐められたから虐め返そうとしているだけだよ」とハサミを持った少女が少年に対面して悪気もなくいった。
「嘘はよくないぞ。親に習わなかったのか?鈴木、お前がいじめっ子って学校では有名人だぞ。そのせいで、何人も転校していったからな」と憎たらしそうにハサミを持った鈴木という少女を見た。
「そう…だから?」
「今からこの惨状を写真に撮り、大人を呼ぶ。」といいながらポケットからガラケーを勢いよく取り出してシャッターフラッシュを光らせながら写真を撮った。しかし、彼は少し油断していたのだろう。鈴木と一緒にいた少年が近づいて来たことに反応するのが遅れてしまった。そのせいで彼は顔面に拳を貰ってしまった。そして、ケータイが彼の手から離れてしまった。
「やれーお兄ちゃん!」と鈴木は兄に黄色い声援を送る。
ワンピースを着た少女はほったらかしにされ、彼女自身は鈴木(兄)に立ち向かう少年を心配そうに泣きながら見ていた。
立ち向かっている少年は目に涙を溜めながら殴り掛かりに行く。が、鈴木(兄)には敵わなく倒される。少年はまた立ち上がり殴り掛かっていく、今度は懐に素早く潜り込みシッと音を鳴らしながら拳を相手の腹めがけて振った。その拳は鞭のように早く鋭く腹に吸い込まれていった。打撃音が鈴木の腹で鳴った。だが、その威力は彼の顔を見るとわかる。まるで、蚊に刺されたのかのように余裕な顔をしている。
「その程度か?格好つけて出しゃばって来た割には弱いじゃねぇか」
そして、その顔は笑みに変わり少年の顔に拳を振り下ろそうとしている。少年は殴られることが分かったのか、歯を食いしばり、拳を食らう体制をとった。私はその行動をスロー映像の様な感覚で見ていることでしかできなかった。ゴッと公園に音を響かせ少年は地べたに横たわった。だが、少年は瞬時に立ち上がり若干腫れている顔を手で叩きアピールをした。そして、瞬時に立ち向かう。しかし、すぐ返り討ちに合う。だが、少年もすぐ立ち上がる。これを何度も何度も繰り返した。まるで、ビデオテープを何度も同じ所を繰り返しているかのようだが、一部違うのは少年は倒される度に顔が青く腫れていき、身体はボロボロに変わっていく。しかし、それは鈴木(兄)も同じだった。余裕のあった表情が少し、少しと歪んでいった。何回も振った拳の労力で息があがっている。
「お兄ちゃんどうしたの?早くそんな奴片付けちゃってよ」と外野からヤジが飛ぶ。
「めんどくせぇなッ!」
イライラしてそういいながら少年の顔に渾身の一撃を振り下ろした。
少年は遂に倒れ動かなくなり、それを見てか鈴木(兄)は深呼吸して息を整えた。彼はやっと倒れたことに満足したのか汗を垂らしながら嬉しそうにしていた。
「あ~、疲れた。もう、帰るわ」
そう言って、ケータイを拾い少し弄ったら投げ捨て、彼は公園の出口に歩いて行った。
「ま、待ってよ~」とワンピースを着た少女にすっかりと関心を失くした少女たちは彼について行った。彼らの気配がすっかりと消えた瞬間、少年はすくっと立ち上がった。だが、若干足が小刻みに震えていた。その足で顔を涙でグチャグチャにした少女の方へ向かい手を伸ばした。
顔は青く腫れあがっていたが、少女を安心させるためか途轍もなく爽やかに笑っていた。
「大丈夫?」
「う...うん。な...何で...助けてくれたの?そんなにボロボロになるまで」
「なんでだって?それは、困っている人が居たら助ける!が俺のモットーだからだ!ハーハッハッハ!」
少年は目に少しの涙を溜めながら声を張り上げ自慢げに笑っていた。それに釣られてか少女にも笑みがこぼれた。
「そういえば、お前ひでぇ顔だな。せっかくきれいな顔なんだから綺麗にしとけよ。そして、笑顔だ!」
少年はポケットからハンカチを取り出して少女の顔を優しくぬぐい、それを彼女に渡した。少女の顔は汚れが少し落ち、明るさが戻っていた。
「うん!わかった。ありがとう!」
「どういたしまして。あと、家まで送って行ってやるよ。」
「いいよ。一人で帰れるよ!」
彼女は少し血に染まった細い脚に力を入れて立とうとした。しかし、それは言うことを拒んでいるかのようにガタガタと震え、気が利かない。少女は眉間に皺を作っていたが、また、ストンと腰が落ちてしまった。また、力を入れても無理そうだった。少女は少し悔しそうにしていた。
「あんまり無理するなよ。ほら、乗れ。」
そう言って、少年は少女に背中を向けて言った。
「うん。」
少女が肩につかまり、少年は彼女を引き寄せるように背負った。
「帰る前に傷洗っていかないか?俺も膝擦りむいてさ」
「うん」
そう他愛ない会話して少年らはブランコの反対側の隅にある水飲み場に移動して傷を洗った。そこで少女らは何か会話していたが生憎聞こえはしなかった。
ある程度傷を洗い流した少年らは少女の家に向けて歩き出した。私は少年らの行方が気になり追いかけるために立とうとすると、私のお尻とブランコの椅子はすんなりとさよならをした。そして、私は今まで出られなかった鳥かごから出て、少年と少女を追いかけた。
すこし暖かな日差しに照らされながら私は三歩後ろを独りで歩いていた。少年らはお互い名前を言い合って、談笑しながら歩いていた。私はこのほんわかとした光景を楽しんでいるが、ある事に気が付いた。家と家の隙間を見てみるとそこには何もなかった。気のせいかと思い隣の隙間を見ても何もなかった。不思議には思ったが、さほど気になる要素となりえることもなかった。そんなことに意識を取られている間に少女の家らしき建物に着いた。それを見た私は驚愕した。それは一言でいうと巨大で、普通の家とは比べ物にならなかった。175㎝ぐらいの私でもすさまじく見えるのだ、多分、少年は鳩が豆鉄砲を食らったようになっているだろう。少年は時を忘れ、近くにあったカメラの付いたインターフォンを押した。すると、ドアから慌てた様子で少女の両親であろう人が飛び出してきた。
「どうしたの!そのケガ!」
「ちょっと、遊んでたら転んで怪我しちゃったの。えへへ。」笑って誤魔化す少女。なんとも巧い笑い方をするが、親は信じていなさそうな表情をしている。それも当たり前である。傷口を洗って血など残っていないが、服同様にあまりにもボロボロだった。哀人にしては、顔がさっきより腫れ片目が半分閉じかかっている。それを理解していながらも少女は誤魔化していた。
「本当のことを言いなさい。ちーちゃん。」
「本当だよ。」
「本当?」
「...うん」
何度かの母親の質問、母親の言葉に少女は嘘を積み上げていった。その姿を見て母親は質問する度に言葉が鉛の様に感じた。少しずつと顔歪んでいく。それ同様に少女も違う意味で苦しんでいた。母親はこれ以上話が進まないと思ったのか、苦しいのか、少年に銃口を向けてきた。
「ごめんなさいね。名前を聞いてもいいかしら。」
「落合 哀人です。」
「そう、落合君ね。落合君、君が見たことと君と私たちの娘をケガさせたのは誰か教えてくれない?」
少年は「はい」と言って、少女の無理やり積み上げた小さな城を壊し始めた。少年の話を聞いていくうちに母親の顔は多くの感情によって、私にはどんな顔をしているのか分からなかった。そして、隣で聞いている少女は心のつっかえが取れたのか、涙を流している。少年も顔を暗くしていた。話が終わると、今まで私と同じように外からこの状況を見ていた少女の父親が動き出した。
「洋子。千春を中に入れてお風呂でも入れてやれ」と優しく声をかけた。洋子さんは我を忘れていたのかハッと顔をもとに直し、少年に「本当にありがとう」と言って、少女を家に入れた。
「私の娘を守ってくれてありがとう。」と父親は少年に頭を下げた。少年はその光景に少し退いてしまった。大の大人が子供の自分に頭を下げるのが意外だったんだろう。少年は「当たり前のことをしたまでです。」とぎこちなく言った。少年の目は何が来ても負けないという意志が輝いていた。
「そうか。その心は私たち家族を救ってくれた。私は、娘の異変を気づき問いかけてみたが、娘は笑顔を作って、何でもないという。その顔を見た私は心の中で絶句してしまった。10歳の娘がこんな顔をするなんてって、それを妻にも言ったが妻も同じことを返されたらしい。これはおかしいと思い学校に問いかけたが特に異常は無いと返されてしまった。だが、今日、君が娘を助けてくれて娘の隠していたことを話してくれて救われた。本当にありがとう。」そう言って父親は再度頭を下げた。彼は頭をささげるかのように少年の前に頭を下げた。その姿は傍から見たらとても情けないだろう。だが、状況を理解すると見る目が変わる。その姿が父親という輪郭がくっきりと映し出され、今までの考えを天地がひっくり返るように変える。やはり、人を知らなければ、人を語ることはできない。このかっこいい父親も見えないのだろう。
「感謝の意は伝わったので、頭を上げてください。前を見てください。でないと、見える道も見えません。」
「ああ、そうだな。すまん、情けない姿を見せた。そして、これからの事を話す前に君を病院に連れて行かないとな。君もそれだと前が見えないだろ?」
「そうですね。お願いします。」と腫れた目を強引に曲げた。そして、彼らは病院に向かった。車が私の空間から出て行った。辺りは張りぼての様な家とスポットライトだけで役者は私一人となって静かだ。私はこの一部始終を特等席から見ていた。色々と思うことがあった。だが、今はこの何とも言えない感情に浸っていたい。すると、目の前に見覚えのある黒いドアが現れた。まるで、終わったから早く帰れと急かしている感じだった。戻るのは少々嫌だが、ドアノブを捻り複雑な感情と共にドアをくぐった。くぐった先は相変わらずの調子だった。
...。
.....。
.......。
ん?今さっきまで私は何をしていたのだ?すっぽりと先程の記憶がない。そして変な喜悦感と、思い出そうとしても思い出せず喉に詰まったような感覚があった。