幕間:ドゥイの鍛冶~クェンデル山岳部~
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山での生活がまた始まった。
俺――ドゥイは、居候だった連中とユウタの相棒を見送って、またドン爺との静かな生活に戻る。二人での生活……いや、ジンシが居ねぇと静かなモンだな。息苦しさは感じねぇにしても、寂しいって気持ちが確かにある。
あいつの所為で、俺は二人分の仕事をしなくちゃならん。山頂での天候の予想、それから仕入れ番、ドン爺の世話……やべぇ、忙しい。
そんなある日、ドン爺が工房に火を付けた。
「なっ、何してんだ爺さん!?」
俺は思わず怒鳴った。実は爺さんに教えられ、ちょくちょく鍛冶をしていた。だから少し思い入れがあるし、何より此所はこの人が大事にしてた場所だ。
「もう要らんだろう」と、素っ気なく応える。
「何でさ!?」
「ワシは最後のヤミビト、そして無名のヤミビトの刀を打った。なら、もうお役目後免だろう。本当の意味で、これ以降ワシは刀を打つ事はない」
その時のドン爺の顔が晴れ晴れとしていて、俺は押し黙った。
× × ×
工房を焼いてから数日として、ドン爺が体を壊した。恐らく、工房を失ったから『神の加護』とやらが消えたのだろう。長らく生きていたその体が、いよいよ限界を迎えたのだ。
床に仰臥したまま、ドン爺が俺に振り向いた。部屋の隅でその視線を察した俺は、そちらへ膝行って近付く。
「どうした、ドン爺」
「ワシはもう死ぬ」
「判るぜ、今回はどうしようも無さそうだからな」
「ふん」
ドン爺の体は、工房と一緒に焼かれてるみたいに縮んでいた。肉が削げ落ちて、頬骨が深く浮き出ている。
「ドゥイよ、この山を離れて何処かへ行くが良い。ここぁ不自由だろう」
「んな事ぁねぇよ。俺ぁ此所が好きだ」
俺がそう応えると、ドン爺が笑った。
「そうさなぁ……まぁ良い。だが、ワシが死んだら、好きにしろ」
「ああ……」
× × ×
それからドン爺は静かに逝った。珍しく、あまり無駄な会話をしない爺さんが饒舌で、その分悲しくなったが。
ジンシと同じ場所に葬ってやった。長い務めを果たした後……その魂がとうとう呪縛から解き放たれた、新たな門出みたいなモンだ。ゆっくり休みな、爺さん。
それから、不思議な事が多々あった。
燃焼した筈の工房が復活したり、届かない森の景色が見えるようになったり。あれから変な声も聞こえる。
……やれやれ、どうやら受け継いじまったらしい。
俺はあれから剣を打っては、ラングルスへ売るようになった。前みたいに墨やら薪を売るよりも儲かる。その分、大変さとかこつなんかも判ってきて、ドン爺がしていた仕事がどれだけ凄ぇかも理解できた。剣よりは道具鍛冶が多いけどな、包丁とか色々。
『鍛冶師よ、剣を打て。闇人の剣を打て』
「うるせぇ。生憎だが、こちとら注文が色々と入ってて忙しいんだよ」
俺はそういって、神様とかいう奴の声を無視する。
もし、此所を訪れて剣を打て、っつー輩が現れたら、代金を請求してやる。
だが、そいつに黒印が付いてる事はねぇ。何故なら、ユウタより後に、きっと神様に従うヤミビトは居ねぇから。
俺はただの鍛冶、それ以上でもそれ以下でもねぇ。
「師匠、今回の出来はどうでしょうか!?」
「駄目だな、まだだ」
何より、今は弟子の育成で忙しいんでね。
孫弟子のこと、見守っててれよ爺さん。
次回、第五章の登場人物紹介です。




