幕間:ミシルの務め~ロブディ~
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半月後――。
師匠ことユウタ様が首都に到着したであろう時期に、あっし――ミシルは、彼から言い渡された『つとめ』を果たすべく、南方の有力な一族カルデラの居る町ロブディに到着した。シエール森林を抜けるまでは、ドン爺にお世話になり、そこからは山を登って遂に到着!
新雪に覆われたロブディの町、その中をごわごわの毛編み帽子や外套で身を包む町人たちは、どれも文官のような見た目。正直、自分は場違いな気がしてしまって、居たたまれなくなった。
でも、カーゼから受け継いだ技と糸を活用し、無為に陥ることなく活かす為に、あっしは新たな仕事場へと来たのだ。その初志を絶対に貫かなければならない。
辿り着いたのは、古色蒼然とした屋敷。田舎の貴族が住んでいそうな佇まい。何というか……場所を間違えた気分。ここが本当に、あのカルデラ一族の住まう建物なのか、何か不相応な気がする。
しかし、見た目で判断してはいけない。これは刺客として、最も重要なことだ。ただ廃墟を彷徨いていているような襤褸布の男でも、実はその爪先に蝙蝠の牙から採れる毒を塗り込んだ武器を仕込んでいる刺客とか、或いは……足が悪いでもないのに杖を持ち歩いていて、実はそれに剣を仕込ませている人物だっている。
見掛けに惑わされるな、本質を見抜け!それがカーゼからの教えだ。
あっしは戸が門の脇に控えるようにして立っている番兵に一礼し、事情を伝えると中に通してくれた。どうやら師匠とは知り合いらしく、彼の名を伝えると険しい面差しだった彼等から柔らかい空気が感じられた。
一人が中に入って伝えに行く間、あっしと番兵は談笑した。この町で婚約者と仲睦まじく散歩をしている彼の話とか、その他色々。思わず話が弾んでいると、暫くして門を開いて男が現れた。
真っ赤な頭髪に、火を灯したような瞳。黒い詰め袖の服――外見は文官だけど、扉を開けた時やこちらの表情を窺う挙措は騎士の出身だと判った。好青年の顔つきで血生臭い日常とは無縁の生活を送っているように思えたけど、雰囲気は修羅場を知る強者の醸し出すものと同じだった。
「君がミシル、だね?」
「はい、あっしの師匠……ユウタ様より、カルデラ当主に仕えるよう命ぜられて来ました」
「弟子、なのか?」
「正確には、あっしが勝手に師事しているだけです。技は別の、育て親より受けたモノであり、彼とは異なります」
「問いたい。君は如何なる不遇を受けようとも、務めを果たす事が出来ると誓えるか?」
「はい、誓います。それに、師匠のような優しい人は嘘をつきません」
「あいつ……何も言ってないのか」
嘆息をついて顔を覆う男性。目は憐憫を含んでいて、先程までの厳めしさが無い。はて、とあっしが首を傾げば、彼は頭を振ってこちらに手を差し出す。握手と見受け、あっしはその手を握った。
「俺はジーデス。カルデラ当主の側近で、『司書』をしている者だ」
「司書……?騎士ではなく?」
「やっぱり判るか。いや、もう騎士は辞めた。今は“彼女”の手伝いとか、事務が多いかな。護衛は君、そして勇者がいる」
司書、というのは何だかよく判らない。ここは図書館では無いだろうし……ああ、でも此所のダンジョンは確か図書館みたいで、そこをカルデラ一族が管理しているとか。それで『司書』、なのかな?
あの勇者が……面識は無いけど、あっしでも聞いた事がある。国が重宝する『御三家』の中でも武力を象徴する存在だと。だが約二ヶ月ほど前からカルデラの館に入り浸っているという。そして、それとカルデラ一族を繋げたのもまた……師匠ユウタ様なのだ。
仲間なら頼りになる。師匠は、これから当主に危機が迫ると言っていた。それを退けるのが、あっしの役目。
「では、案内しようミシル。此処に君の仕事がある」
そういって案内された。
× × ×
案内され館の中を歩く時、赤い文官――ジーデスから注意を受けた。
一つ、決して『ちゃん』付けや、『当主様』と呼ばないこと。
二つ、昼寝をしている時に起こそうとしないこと。
三つ、仕事中に関係の無い話をしない。
四つ、方針に口答えしてはいけないこと。
五つ……
と、かなり多い。それらの諸注意を弁えて、接するのが最善だと諭された。艱難多き仕事になるやもしれない。
あっしは遂に、当主の書斎の前に着いた。心臓が早鐘を打つ。深呼吸して冷静になろうとする。胸が熱い、ここがあっしの仕事場。
「カリーナ様、宜しいでしょうか」
「入れ」
鋭くも凛とした声音が扉の奥から聞こえた。それを合図に、ジーデスが取手を捻って開ける。あっしは彼に催促されるまで待ち、彼が一度視線を中へと投げ掛ける仕草を見て入った。
中は本がぎっしり詰められた書架ばかり。一つだけ設けられた窓から、外の雪景色が見られる。木々が見えた……雪を被っているのがおかしいんじゃなく、こんな高地に木が生えてる?
そんな奇観を背にして、書見台に肘を付きながらこちらを睨む女性がいた。
師匠のような黒く艶のある長髪、灰色の眸。
あっしは少し進み出て、その場に跪いた。
「この度、ユウタ様より貴女の災いを退けるよう命じられて来ました。これより……私、の力は、貴女の矛となります」
「もう少し、いつもの調子で構わない。私、なんて感じじゃないんだろう?」
そう言われて、思わず息を呑んだ。目上の人に対する礼儀で、少し躊躇いながら私に修正したのがバレた。
「すみません、あっし、こういうの初めてで」
「私はカリーナだ、既にジーデスから言われているだろうが、当主様はよせよ。無名の推薦があっての事だが……」
「無名、とは師匠の事で?」
「そう、ユウタのこと。ああ、あいつは本当にいつも面倒事に関わる質だな。まさか弟子まで取るとは……」
カルデラ当主――カリーナ様は、そう呟いて俯くと、改めてこちらを見た。強い眼差しは、刺客や戦士とは異なる強さを見せる。
「ようこそ、カルデラへ」
× × ×
「ねぇ、当主ちゃん!」
「何だ、勇者」
「ボクもセラって呼んでよ~」
「お前が態度を改めればね」
こちらも真っ赤な髪と目の少女――勇者セラを室内に招いて、カリーナ様は鬱陶しそうにしている。流れに付いて行けないあっしと、いつもの光景だとばかりに黙ったまま流しているジーデス。カリーナ様は助けろと批難の目をこちらに向ける。
「ジーデス、無名はもうすぐ……」
「ええ、間違いなく双子と対峙しているでしょう」
「では我々も動くぞ、準備も済ませたしね」
「はい」
「勇者、お前の立場に背馳する事となるが、良いな?それとミシル、早速働いて貰うぞ」
勇者セラは首肯した。
突然の事で戸惑ってしまったが、あっしも頷く。やはり、話の通りだ――カルデラ一族がこの二ヶ月、騎士団の一人と勇者を取り入れて何かを企んでいると。国が邪推する中で、その真意を知るのは屋敷の中でも、この三人だけ。いや、恐らく師匠も関わってるのだ。そしてあっしは、その為に此所へ来たのだ。
「ジーデス、センゴクへの使節団は?」
「問題なく。明日には出発が可能です。国にも、こちらの意図をお伝えしてあります」
「よし、では行こうか、ジーデス、セラ、ミシル」
「はい」
「やっと名前で呼んでくれた~!」
「最善を尽くします」
なんだかよく判らないけど、彼女を守るのがあっしの仕事だ!
師匠、がんばります!
カーゼ、見ていて。必ずこの技、役立ててみせるから!
次回も小話です。
よろしくお願い致します。




