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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:ミシルと罠師の糸
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穢れる白雪姫(1)/悲劇の開幕と序章

更新しました。




 「ジョーカー」――アレオは、飽くことなく繰り返し続けた殺人の趣味を、今回の標的である「白き魔女」で最大限の悦を手に入れるべく、更なる工夫を加えることとした。彼女と、その随身たる【梟】の始末。これを如何に盛大に、残虐に、凄惨に仕立て上げるか。懸案は後者の力である――正面からの対峙は、確かに危険かもしれないし、或いはその危機感が更なる快感を催す材料となるやもしれない。だが、一つ観察して見たのは、【梟】は暗殺者の業を主体とする。即ち、対人戦闘において高い戦闘力を発揮するのだ。

 しかし、魔族のアレオならば話が違う。彼の場合は、狡猾にして残忍な魔物と称しても遜色ない。故に、人外の敵に対しては、【梟】はあまり脅威には足らない存在である。正面衝突でも勝機がある、有効な人質があればなお良し。

 戦闘力や武器、噂から推察する戦術などを勘案すれば、戦闘中に予想の範疇を逸した攻撃を仕掛けて来る恐れも無視できない。慮外の行動でこちらを窮地に陥れるならば、それはまたアレオの感性を刺激する一つの成功となるだろう。

 その為に綿密な計画を練った。この数日間を「白き魔女」の戦闘力を把握すべく己で宿屋を襲撃し、その隠れ蓑となった【獅子】の動きを封殺する為に町中に、「白き魔女」の指名手配書を貼り付け、記述に「ジョーカー」の獲物であるという文章を加えた。敵の退路、進路を着々と潰して行き、自身が理想とする未来以外の可能性を潰滅する。

 あとは、相棒を救いに現れた【梟】の眼前で彼女を犯し、絶望の淵へと誘い、最後にその断末魔の叫びを終幕の合図とする。完璧な台本、脳内で構成し輪郭を帯びて行く毎に、それだけでも悦びは募った。


 だが、ある日の事である。

 アレオとは異なる理由で、【梟】や「白き魔女」を狙う者――即ち指名手配者の懸賞金を手にする為に現れた刺客が横槍を入れた。それも、彼が思い描く舞台には不可欠である少年を譲れと強要する。それだけで久しく忘れていた憤懣に身を震わせたが、敢えて彼を利用する事にした。

 この怒りを、最後に【梟】を殺害する時と同じ場所で惨たらしい死体に変える未来を台本に書き加えた。

 それから、その刺客である男に「白き魔女」の追跡を任せ、己の目的を達成する為の下準備を続行する。闖入者への対応も余念が無いように、彼には珍しく慎重に事を運んだ。結果、男は手柄として魔女の所在、そして【梟】が登場する日の情報を入手して戻った。

 部下を町の各所に張り巡らせ、指名手配書には協力者である男の力によって睡眠から暗示による操作の効果を付加し、町人や旅人の目の端に留まるように配置した。これで第三区を除いた完全な“パーティー”の舞台設定が完成。

 道化師を模して色を塗られた醜悪な面貌を、さらに愉しそうに歪ませて、「白き魔女」を掌で踊らせながら、少年の登場を待望した。







    ×       ×       ×




「ちょっ、本当にしつこいのよ!!」


 町内を奔走するムスビは、後方から追走する敵影に向けて怒声を上げながら、屋根の上を跳躍する。足下は人民と触手で固められていては、不用意に路地へと降りるのは得策とは言えない。だが、猛追する刺客との距離が次第に縮まっているのもまた事実。この三日間、町の見取り図を眺めひたすらに記憶したお蔭で、足を止めずに逃走し続けている。シェイサイトで【猟犬】による執拗な追跡、夜闇を凶刃が閃き、何度も命の危機に晒された過去が懐かしい。

 その経験もあって、彼女は逃走の最中も極めて冷静であった。冒険者となる前から幾度となく苦難に直面しそれを脱することで育んだ判断力と体力は伊達ではなく、寧ろ少女の身でありながらここまで逃げ遂せているのが不思議な程の健闘である。

 だが、距離は時間の経過と共に潰れて行く。体力もまだある、だが根本から脚力以外にも、巧みに足場を選んで次の一足を踏み出す瞬間に、相手の進行方向を予測する能力があるのか、ムスビを着々と追い詰めていた。氣術が使用出来れば、身体能力の強化によって更に突き放せただろうが、無いモノを要求しても虚しい。

 逃げながらも、拠点へと近付かぬよう注意していた。彼等への余計な迷惑を掛けられない――その罪悪感と自責の念が、自分を孤立させていくのを犇々と感じながらも、それ以外の選択肢を取る事が出来なかった。いや、ムスビの性格も読み取った上で、アレオが用意した舞台の上なのならば、なんと賢いことだろう。見事に踊らされている。


「ッ……一発だけなら!」


 ムスビは一度足を止めて振り返ると同時に、腕を頭上に掲げる。掌に集積した魔力が熱を帯びて幾重も螺旋を描いて球状となる。膨大な魔力を蓄積した火炎を直径一尺ほどの球体に収縮させると手を振り翳して発射した。屋根上の空間を焦がしながら直進する魔力の塊は、回避しようと身を翻した一党の内の一人に直撃した。

 接触と同時に、炎はその一人の体を焼き裂いて爆散すると、付近に居た二人を飲み込む。余波でしかない熱でも、ムスビが作り出した業火は、例外なく抵触した者の命を奪う。衣服も、髪も、肉さえも一気に蒸発し、辛うじて灰塵となるのを免れた白骨が地面の上に蒸気を立てながら転がる。追手を戦慄に震わせる魔法の一撃を見舞ったムスビは、眼下の路地へと目を走らせる。

 触手が微かに振動し、わずかに動きを止めた。魔力の反応を知覚し、その発生源を探っているのかもしれない。民衆の足元を抉って進むアレオの魔手は、暫しの硬直と共に再び進む――ジン達のいる方向へ。

 やはり、報せるべきだ。刺客はもう形振り構わず、例えアレオに存在を覚られようとも、立ち塞がるなら打ち砕くだけだ。ユウタならば、恐らく何かの魂胆があって、こちらの所在を特定し、すぐに駆け付けるだろう。それまでの耐久に全力を投じて、迫る刺客を返り討ちにして徒労だと思わせる事で気概を削いで、そして叶うならアレオを滅する。

 ジンに伝えるべき情報は一つのみ。

 アレオから遣わされた間者が内部に侵入していること。この正体不明の存在こそ、これから起こるであろう劣勢を作り出す根源である。ジンにとって内通者、そしてムスビの外出も既知事項であり、行動を開始しているかもしれない。そうなれば、逆にジンの下へと敵を招き入れる愚挙となる。


「どうすれば良いのよ!」


 前方から肉薄する敵に照準を定め、的確に魔力で生成した火炎の槍を放つ。放射された彗星の如き炎の塊が、中空に緒を引きながら火の粉を散らして迸る。爆裂する度に盛大な火柱を上げて、命を焼き尽くす炎は建物にも延焼し、ラングルスの町を包む。ムスビの辿る足跡が地獄へと塗り替えられて行くのにも、悲鳴をあげる民衆は見向きもしない。彼等の意思は依然として、何者かに操作されている。明らかに不自然な挙措から、呪術であることは容易に想像できた。では、術者は誰なのか――解除が可能なら、この町に出来た障害物を取り除ける。アレオの配下、それもまた【獅子】の懐に忍び込んだ内通者の仕業か。

 敵が多すぎる。一体、誰に的を絞っていいのか定まらない。ムスビは煩慮に眉を顰ませた。


「本当に何もありゃしないわ――よッ!?」


 ムスビが後ろで地面を蹴ろうとした足――爪先で力が弾け、全身が前へと躍動しようとした刹那、足首に不快な感触を覚える。それから屋根に固定され、片足は完全に離れなくなった。

 転倒しそうになった体を両手を地面に着いて堪え、足下を確認する。白磁のような白い素肌をした足に、鈍い灰色の縄が巻き付いている。否、それは宿屋で自身を追い詰めた難敵の体!

 魔法によって生まれた衝撃から、恐らく位置を読み取ったのだろう。足を強固に縛る異形の腕に、ムスビは思わず小さく悲鳴を上げた。

 上へと持ち上げられ、視界が逆転する。浮遊感と足の束縛する力に呻いた。魔法を発動しようと詠唱を始め、唇を震わせた。しかし、それよりも先に中空で振り回されて思考や脳を掻き乱され、直後には建物の壁面に叩きつけられる。

 瓦礫と共に壁から滑り落ちたところを、触手に受け止められる。脳震盪で正常な判断が下せず、抵抗に四肢を動かすことも出来ない。


「ぐ……」


 八咫烏や氣術師にも苦戦はしなかった。敵の数、状況などを差し引いても、アレオは強い。現に、本体から遠く離れた触手を操作するだけでムスビを捕らえている。

 手先の感覚が回復し、全身を拘束する触手から脱出しようとしたが、抗うほどに束縛は強固になる。呼吸すら苦しくなって、意識が白く染まっていく。如何にムスビと雖も一人の女性、その身体強度にも限界がある。それを容易く破壊する力が触手には込められていた。


「や……無理……」


 ムスビの力が抜け、意識が断絶されようとした瞬間、触手の拘束が解ける。地面に落とされ、民衆の足元へと落ちた。それを別の触手が感知し、ムスビの元へと殺到した。

 咳き込みながら、地面より上体を起こす彼女の胴に腕が絡み付く。触手ではないのかと肝を冷やしたムスビは驚怖に萎縮したが、それがすぐに仲間のものだと悟った。

 水を含んだ卑しい咀嚼音。それに聞き憶えのあったムスビは、すぐにその解を導き出して名を叫ぶ。


「マギト!?」


 ムスビを抱えたマギトは、片手に鎖に繋がれた鉄球を振り回しながら、縦横無尽に迫るアレオの触手を払う。血飛沫と鈍い打撃音が絶え間なく続く。マギトは答えずに、民衆を蹴り飛ばしながらドーム状の建造物がある方角へと走る。


「ちょ、あんた……これ大丈夫なの!?」


「くち、くちっ」


「ああ、駄目ねこれ……」


 意思疏通すらまともに交わせないマギトの様子に、ムスビは呆れて言葉を失った。

 しかし、彼は迷いなく、何らかの目的を持って諸悪の根元が鎮座する場所へと向かっている。一体、何を考えているのか。だが、ムスビが追い払うのに苦慮していた触手を、扱いが困難と思われる錘状の突起がある異様な鉄球を手繰って撃退してみせた手練手管は信頼に値する。マギトとならば、アレオを斃す事も出来るやもしれない。そうすれば、例えこれ以上内通者が何か行動を起こそうとも無為になる。


「仕方無いわね、あんたに任せる!」


「くち、くちっ!」


「もう少し静かにしてくれない!?」


 鎖を握り、霧を払うような風圧を伴う鉄球よ旋回を作り出す。彼の全身を止める者はおらず、鉄球の軌道に侵入したものは等しく歪な肉塊となって弾ける。マギト自身が一種の爆薬であった。人を踏みつけながら、アレオの放つ凶器を跳ね返す。

 ムスビは前方に伺えた件の建物を睨め上げた。接近する度に襲い掛かる触手の強靭さは増していく。間違いない、あそこにアレオは居る。恐らくマギトに打ち払われる感覚を手繰り寄せ、壁の向こう側よりムスビ達の直進を座視している。同じ攻撃を延々と続けているのは、単純な操作しか出来ないからか――違う、招かれている。あの殺人鬼は、ムスビの到着を心待ちにしているのだ。余裕綽々としているアレオを想像して、思わず舌打ちをする。

 足下を滑走する触手。ムスビを脇に抱えたまま、小さく跳躍して上に乗ると、そのまま走った。弾力のある足場だったが、何の障害にもならない。あわよくば、これが敵までの道標(みちしるべ)となるだろう。

 天幕の張られた入り口の間隙に向かい、マギトは膝を抱えるかのように体を小さく折り畳み、脇にいるムスビを先に投げ入れてから飛び入った。二人は中へと激しく体を打ち付けながら転がった。痛みに顔を歪めながら、目尻に涙を溜めて訴えるムスビの表情を無視しながら、中を見回す。マギトはここまで来て用心深かった。敵の懐に潜り込んだ達成感は無く、ここからが正念場だと解釈している。

 ムスビも諦めて、腰を上げると服に着いた砂埃を払った。


「仕方無いわね。それで、これからどうす――」


「ぐちゃっ!」


「うわ、汚い……」


 強く干し肉を噛み締めた音に、ムスビが顔を顰める中、マギトの視線の先にある回廊を埋め尽くす触手がゆっくりと蛇行し、こちらを目指していた。緩慢な動作で、壁を擦りながら競い合うように前へ。肉のうねりが直ぐそこまで来ているのを静観していた。


「あれの方が汚いわね」


 肩を竦めてみせたムスビは、背後を一瞥した。たった今、通ってみせた入り口は外部へと伸びる触手に、左右に分岐した回廊の内の一つが埋められている。道が限定されている中で、選ばれるのは一択のみ。これもまた、アレオの催促なのか。

 ムスビは腕を組み、通路の先にある闇へと不敵に笑った。為すべき事は変わらない。敵が罠を設えていようが、それを突破して本陣を叩き、アレオを成敗するまで。


「上等よ。殺せるもんなら殺してみなさい」

 






    ×       ×       ×




 現在のラングルスの中枢として機能する第二区から離れ、退廃の一途を辿り続け、刺客の巣窟となって捨てられてしまった旧市街の路地を三人が歩いていた。昼を告げる強雨が天から垂れるまで、もう間もなくという時。空を覆う暗雲がより濃く、漆黒の夜空を作り出さんと濃密になり、雷鳴が遠くから轟くのを聞いていた。もう森の方では、樹冠が傘の役割を果たしているのだろう。葉肉を叩く癒しの雨が、放置された八咫烏の死体を慈しむ。

 湿気に腐食した廃材が風に揺れて軋みを上げ、家屋が危なげに揺れる。建っていることが不自然な脆弱さがありありと見て取れる。

 前に二人が並び、その後ろに一人が続くという陣形で進む。

 一人は少女――懐に多種多様な武器を潜ませた剣呑な殺し屋の一人であり、外套を剥げば人畜無害とも言える無邪気な顔を見せる。それが意図して敵を油断させる為に作られた欺瞞なのかは、敵の知ることではない。敵対すれば即座に標的、殺意の対象だ。

 隣を歩くのは、一行の中で最も小柄な体格でありながら、得物はそれと反する大きさをした戦鎚。その重量に蹌踉めき、躓く素振りすら見せずに歩く。彼は自身の住む山のガレ場に転がる岩塊を固めたような屈強な腕で武器を支えている。

 そして背後を歩くのは、前を行く二人すら至近距離で気配すら感じることの出来ない存在。実体の無い幽鬼の如く足音もさせずに進んでいる。

 進行方向に人の気配は無い。遠景の街灯に照らされた空は、しかしまだ夜ではない。町の上空は、雲の流れすらも解らない。


「おい、妙に静かだな」


「あっし、顔は知られてるんだけど。狙って来ないのは何で?」


「知ったこっちゃねぇ。来ねぇなら来ねぇで有り難ぇが、不気味なのも確かだ。……俺達の他に、狙いやすい獲物を見つけて、そっちに執心してんじゃねぇか?」


 第二区の方角を傲然と顎を上げて見ると、ドゥイはあまり興味が無さそうに答える。興味は無いが、それでも第三区の住人達が狙う標的を巡り、間違いなく自分達と衝突するだろうという事を予期した。ドン爺のように遠くを視る力も無いが、考えずとも判る。それを想定して、武装して町に乗り込んだのだ。

 中央の路地を進んで、第三区の出口へと近付く前にドゥイは立ち止まった。町へと出入として最低限の身なりの配慮だとして履いた粗末な草履の爪先が石畳を擦る。隣を並進していたミシルも察して止まれば、ユウタは二人に背を向けて立つ。

 薄暗い路地の陰に停滞する殺気が、三人の背中を撫でる。悪意が集束し、全方位から水面を揺らす波紋が中心へと収斂するかのように迫る。

 流石は「刺客の町」、一筋縄で行かせてくれる程では無いらしい。ただ通過するだけならば問題ないのだろうが、今回は違う。一行の中には、彼等にとっても大きな獲物が紛れている。国から脅威として敵視されてしまった少年。


「おい、ユウタ。敵の数は判るか?」


「二〇……二四……増えてる、数えるだけ野暮だと思います」


 ユウタの言葉が静寂に溶けて行く。

 雨が降り始めた。石畳が水膜を張って艶を纏い、次第に表面に小さな波紋を幾つも作り出す。ユウタの耳に届く音が掻き消されていた。先程まで路地裏から聴こえた足音が遠くなる。

 ラングルスに訪れてから、ユウタの特出している能力の一つ――五感の鋭さが封じられていた。耳は雨音に遮られ、視界は豪雨に塞がれる。敵を捕捉し、その予備動作を読み取って戦うことで勝利を獲得してきたユウタの戦法が通用しない。

 間合いに入れば、視認も難しくない。距離としては長槍ほどの間合いならば捉えられる。だが、これ以上の長距離、即ち飛び道具はどうだろう。


「ヤミビトには思ったより、弱点が多いみたいだな」


 感覚が鋭いあまり、それに依存した戦闘になる。だからこそ、呪術による撹乱や環境によっては全く能力を発揮できない場合がある。

 ユウタは封殺された感覚器官に、氣術を代替する。認識能力の拡大によって、自身を中心としたおよそ三〇メートルの範囲を捕捉。雨によって途絶えていた敵の情報が流れ込む。肉体の内外に存在する氣を同調させ、同時に自分の気配を消す。森にまだ居た頃ならば出来なかった技巧が、皮肉にもこれまで対面した戦いに練磨されて今は呼吸も同然に行える。


「ドゥイ、ミシル、来るよ!」


「合点承知!」


「お任せを、師匠!」


 廃屋の陰から夥しい人影が出現する。

 (ボタン)を弾いて外套を脱ぎ捨てると、ユウタは左手に握る紫檀の杖の石突きを揺らし、背中へと回す。柄本を右手で逆手に持って、中腰に構えたまま足を前後へと小さく開いた。引き絞られた体、ユウタの前方から押し迫る敵には杖が見えない。

 ドゥイは悠然と佇み、背を伸ばして肩に戦鎚を載せたままでいる。ミシルは人差し指と親指を摘まみ合わせた両手を胸前で翳したままだった。

 三人の異様な構えは、全員の警戒を誘った。互いに背を預け、数に劣る戦力の中でも堂々とした姿は、己の実力を過信した者の見せる余裕ではない。


「無理だったら僕に任せて!」


「ほざけ、お前ぇだけで凌げるかよ!」


「じゃあ、()()()!」


「それで良い!」


 第三区にて、数多の殺し屋を抱える裏組織【鷹】と、そして過去に彼らを脅かし隠然と全土に名を知らしめた刺客の弟子による対決の火蓋が切って落とされた。






   ×       ×       ×





拠点の中を移動していたジンは、ウェインを随えて通路を何度も行き来していた。内通者を炙り出す策を講じなくてはならない。だが、肝心の方法が全く無かった。敵から姿を現すならば簡単だが、この数日間を動きも知られずに諜報を為し果せた相手にそれは望めない。

 ムスビの後ろ楯であるこの組織を、アレオはどう考えている?彼女単体の流血を目的としているのか、それともより多くの犠牲によって築かれる凄惨な地獄の景観を求めているのか。どちらにせよ、狂気の沙汰だ。元より、理解に苦しむ殺人鬼の心理を推察しようというのが、そもそもの間違いなのだろう。

 最初から敵の手先を探ることも出来ない。もう混乱に乗じて逃げているなら、構う必要は皆無だが、まだ見落としがある予感がする。その一つが、致命的な損害を齎すのだろう。

 思考回路を巡る情報を捌き、自問自答を繰り返す。ジンは肩越しに、後ろに立つウェインを見た。


「ウェイン、人を殺す奴の心理とは何だろう」


 ジンの唐突な質問も厭わず、顎に手を当てて黙考する。嬉々として殺人に手を染める者の例は少なくない。過去に何度もそういった人間を見た事があるウェインは、彼等の胸中を推し量るように話す。


「極度の不安を抱える心境……生来ではなく、後天的に環境によって発生する。他者に関知される為、他者に己を認知させる為に殺傷する」


「極度の不安状態が作り出す?」


「自分の命の実感すら握れない、己の存在を確かめられず煩悶とする。人間は余人との交流によって、自己を確立して行くのです。ですが、それらでも意義を得られなかった者は、逆に自暴自棄な道へと走るのです。

 命を差し出し合うような果たし合い、相手の血から感じる温もり、そしてより多くと関わる為には更なる代価が必須、すなわち殺人かと。

 それならば戦場の傭兵、冒険者も適格でしょう。「ジョーカー」が何故、職能によって生み出す流血沙汰ではなく、恣意的な殺戮を望むのかは判りません」


「奴は……孤独、という事か」


「今、()は恐らく酔いしれているのです」


 誰かに認めてもらいたい、その思いの行く先が果たして何なのかを思考すれば、確かにその未来もある。ただ、それが周囲から恐れられ、責められ、忌まれる。それでも、他者から向けられる感情があるだけでも、確かな自分の存在を把握できるのだ。「ジョーカー」は、そういう境遇にあったのかもしれない。先天的な衝動ではなく、己が育った風土で。


「流石はウェイン、だな」


「まだまだ足りぬ事かと。ですが、これが――」


 ウェインの「ジョーカー」という怪物を分析した演繹力に、惜しみ無い称賛を送ったジンが振り返る。


「な――!?」


 そこで目にしてしまった。

 ウェインが高らかに、短刀を振り上げる姿を。


「――()()()()()()()()見解です」



 通路の床を、血が汚した。






今回本作を読んで頂き、誠に有り難うございます。第五章の起承転結に中る『転』へと突入します。ムスビとマギト、ユウタ達と【鷹】、ジンと【獅子】の戦いを丁寧に書いて行きたいです。


現在、平行している同じ世界観で、時を同じくしたスピンオフ作品『無気力猟師は鬼少女の為に』も、良かったらご覧下さい。こちらは本作よりも読み易く、主に一人の登場人物の視点で語られています。暇潰しにお楽しみ頂けたら、幸いです。


次回もよろしくお願い致します。

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