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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:ミシルと罠師の糸
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演劇の始まり

更新しました。



 初冬へと突入する前の朝の空は、清澄な空が広がっている。今日もまた、山小屋のある場所は濃霧の如き雲に包まれ、また高峰の山頂が雲海に島のように浮かぶ。山巓から一人の小人族が枝を口に銜えながら、日が完全に姿を晒すまで待つ。亡き同胞がいつも果たしていた役を、三日前から継承した彼は、複雑な心境でその曙光を見る。

 麓の静けさが不気味だった。未だに烏の死屍が散乱する森は、魔物達が食欲に喉を鳴らして徘徊するようになっている。血臭が漂う林間を絶え間無く異形の影が往来していた。しかし、ドン爺の力があれば、この獣の目をやり過ごし、町までの案内が可能だ。この森にあの人の死角は無い。危険を察知する能力ならば、麓の工房で出発を待つ少年よりも優れている。

 三日前と同様に、恐らく午後からの激しい雷雨が予想される今日の兆しは、波乱の展開を予感させる。普段から情報収集の為だけに定期的に通う町の中で、少年はいったい何をしようというのか。それを問えば、彼の返答は至って単純であった。

 少年を目にかけているドン爺の命により、この小人族――ドゥイは、異なる目的を持って町に向かう。これから起きる事柄を確認しなくてはならない。勿論、ドン爺に言われずともドゥイはユウタに随伴する心算でいた。自分は仲間の――ジンシを救えなかった悲嘆に打ちひしがれたが、少年だけは同じ轍を踏んで欲しくはない。惜しみ無い協力を少年に提示する所存だ。


 太陽が現れた。

 ここから麓までは、ドゥイの全力でおよそ数時間。天頂に差し掛かるか否かの時間帯には工房に到着し、間を置かずして出発する。ミシルという少女の使用した抜け穴は、恐らく危険地帯へと直通しており、その出口で敵勢に阻まれる恐れがある。

 ドゥイは、町への出入をカーゼと同様に正道ではない手法にて為し遂ていた。ドゥイもまた、別の『抜け道』を知っているのである。これを使えば、第三区の入り口付近にある廃屋の傍に出る。

 「刺客の町」と畏れられた場所でも、奇襲を受けぬように戦鎚を携帯して行くのが唯一の護身。予期せぬ襲撃に備えるには、やはり徒手空拳では絶対に対処が不可能。武器を持ち歩くだけ、まだ牽制の意味を成す。

 尤も、今回は武器を持参せずとも安心できるやもしれない――あの少年が居るならば。大概は彼の敵では無いとドン爺が明言していた。確かに、武装した烏の集団も怖れない剛胆さと、熟練した戦士のような体術など、どれも目を瞠るものばかりである。ドゥイが前に出るよりも先に、相手が切り裂かれているだろう。


 下山を開始する。

 己を奮起させるように膝を叩いて、山頂の岩からゆっくりと腰を上げて、軽く空を見上げて不吉な烏の影が無いことを確認すると、ガレ場を駆け降りた。ジンシほど速くは走れない――ドゥイは、先を走る亡き友の幻影を追い掛けるように、時折躓きながらも必死に進んだ。






  ×       ×       ×






 ラングルスは朝から荒れていた。

 いや、この町の賑が凄まじいのは周知の事実だったが、それでも静寂が訪れる一時がある。それが、朝焼けを見届けて少し経った後の時間。

 ムスビはこの時間帯を選んでは外に出ていた。常に追跡の目、そして組織内での勧誘に晒されると、自然と逃避先としてこの早朝の散策だった。この外出を知っている者はいない。

 人気の無い時間だと選んで出た筈だったが、朝から路地は人で溢れている。まだ短期間だったが、ラングルスに動く人の活動時間を大抵は把握したと思っていたムスビとしては、面食らって路地の角に身を隠す。早朝の空を叩く声、だが、どれもが歓喜や悦楽に充ちたものではなかった。

 悲鳴、絶叫、そういった類いのモノ。一貫して言えるのは、恐怖が胸の芯にある者が発する危険信号だ。身の危険を知らせるその声が、何故こんな町に響くのか。


 様子見にゆっくりと気配を悟られぬよう、慎重に身を乗り出した。町人は全員がムスビに背を向けるようにして立ち、凝然と一つの方向に視線を向けている。集束した人の意識、その向こうになにがあるのか。人の壁は高く、ムスビには彼等の気を引く何かの全貌を見ることが叶わない。人混みに紛れて、偵察に行くか。しかし、これでは退却の際の退路があまりにも狭い。追跡の手が刺客ならば足では敵わないし、アレオならば人民に囲まれていようが容赦せずに兇手を繰り出してくる。

 機動力の高いユウタなら、どうしただろうか。以前、シェイサイトの祭りで町人に絡まれた時も、群衆の中を布間を縫うように脱出してみせた。彼は隙ある場所などを看取する能力に長けているからこそ、幾度となく危機を脱してきたのだ。――というより、人目に付くと厄介な仕事が多い彼が、常道である路地を利用する事は少ない。

 そう考えれば、簡単であった。

 ムスビは狭い路地の左右にある壁面に手を付いて、そのままよじ上って行く。壁を両手両足で壁を押し退けるように力を込めれば、中空で体を静止させることもできる。途中で気を緩めれば、ずり落ちてしまうが、ムスビはそういった心配が無いかのように、雲の如く軽快な手足の運びで屋根上まで上がった。

 屋根の硬い材質が爪先と当たって軽く音を立てる。それでも、民衆の耳には届かない程度の些細な音。彼等に発見されぬように身を低く屈めて走る。一度ジンに報せる必要はあったかもしれない。だが、この数日間、拠点の移動に続いて【獅子】はアレオやムスビを狙う者への警戒などに身動きが取れなくなっていた。ユウタが動くまで続く膠着状態にも耐えて息を潜める。その態勢で保ってきた均衡を崩せば、どちらへ転ぶか判らない。

 ムスビは最低限、彼等に保護されているに過ぎない。これ以上の負荷は、彼等にとっては関係の無い、ムスビ個人が負うべきモノ。


 走り出して数分。

 彼等の恐怖の根元を求めて、屋根伝いに移動する苦労に嘆息をついた。

 ムスビはようやく、第二区の中心にあるドーム状をした奇形の建物。この第二区を象徴し、演劇などが行われる為だけを用途とした場所を包囲している。ムスビが居た路地からは遠い場所だというのに、そこまで恐怖が伝播している事態。

 ムスビは不意に、民衆の隙間に目を凝らす。密集した人影の内側で、何かが蠢いていた。眉間に皺を寄せ、さらに詳しく観察する。

 波打ち、地面を這う。谺する人の声に掻き消されていたが、正体はムスビにとって既知のもの。


「え……嘘でしょ……」


 民衆の足元を、長い灰色の触手が動いている。それも太く、長く、遠く、ムスビが辿ってきた道筋を逆行している。ドームの入り口と思われる場所から伸びたそれは、()()()()()()に伸ばされている。

 これが意味するのは――思考する必要もなかった。明確に、その触手の持ち主であるアレオの手が正確に【獅子】の拠点がある場所へ向けて動いているのだ。彼らは知っている、ジン達が何処に潜伏しているのかを。単なる偶然では有り得ない。


 ムスビは来た道を戻ろうと身を翻した。

 冷静に、触手の元を叩くのではなく、今は少しでも彼等の安全を確保しなくてはならない。あの距離まで触手が伸びる――通常の魔族を知らないムスビであっても、あれが尋常では無いというのは一目瞭然。

 何故、彼等に場所が露呈していたのか……間諜が居たのかもしれない。誰かが、アレオの手下が【獅子】に紛れていたか、または既存の一員が相手の提示する報酬に目が眩み寝返った。ならば、何処へ移動しようともアレオの掌内。

 ドーム状の建物を中心に、町人が硬直して道を塞いでいる障害物の役割を担っている。どんな手法で人間を呼び寄せたのか。もうそれについて考察するよりも、ムスビは焦燥感に屋根の上を走る。

 屋根上を通るという手段を用いるのは、ムスビだけではない。人通りのない道、人の居ない路、要するに――刺客の道。

 ムスビの姿を見咎めて、屋根の上に数人が躍り出る。


「うわっ!」


 行く手を阻まれて急停止をかけた体。踏み留まった瞬間、踵が屋根の上を滑る。体勢を崩し、上体が大きく仰け反ったムスビの鼻先を、ナイフが擦過した。戦慄に身を固めてしまい、そのまま傾斜に従ってその場を転がる。縁を掴んで落ちるのを堪えたが、刺客はその間も間を詰めようと進む。

 下へと逃げれば、まず落下時の民衆の被害が大きい。まず反感を買うだろうし、何よりも今の彼らは動けば触手に命を絡め取られるという状態である。ムスビを差し出して逃れようとする者が追手に加わる事態も充分に考えられる他、着地と同時に触手がムスビの存在を感知して襲い掛かってくる。

 逆に、このまま屋根の上で彼らと正対する道を選択する。数の利はあちらに、魔法なら戦えるやもしれないが、触手に察知されるのは控えたい。先日の急襲で、魔法ではあれを凌ぎ切れないことは把握している。

 上下から迫る敵の手。どちらに転んでも、窮地であることに変わりない。アレオか刺客か、危険を冒す際に生じる負担が多いのは……


「うわ……八方塞がり」


 第三の選択肢も見出だせない。既にムスビは脳内でジン達が、またはユウタが現れる理想を浮かべている。勝手な行動が招いた――ならば一人で処理するのが道理だが、そんなことも言っていられない。


「ああっ、もう!」


 ムスビは屋根の上に上った。

 刺客が凶器を提げて、一気に詰め寄った。

 対して、こちらは後退を選んだ。






 ムスビが外出する一時間前――。


 拠点となるのは、小さな屋敷である。

 以前から押さえていた場所であり、使用頻度も少ないため、庭の雑草は生い茂っている。壁面に貼り付いた蔦などからしても、居住者が居るとは思えぬ外貌であった。これから利用するとしても、目に見える変化があれば、それがアレオや追跡者に旗を上げて所在を示しているようなもの。

 やや廃れた家屋の中、当代のヤミビト――ユウタからの手紙の内容をムスビから伝えられたジンは思案していた。三日後に迎えに来る、それが今日。

 落ち合う場所を定めていないという事は、ユウタは正面から町に侵入するつもりなのか。敵を切り伏せながら進み、町中でも構わず戦闘を続行することで敢えて騒ぎを発生させ、ムスビを導くという危険な策か。文書が奪われた時を懸念して、場所を書けなかった彼の意図からは、これ以上ムスビと合流する方法が思い浮かばない。


「報告があります」


 一室で黙想していたジンの背後に、長身の影が現れる。刺又を携えたウェインが一礼しながら、声を潜ませていた。ジンは振り返らずに答えると、続けるように指示する。


「「ジョーカー」が動きました。演芸場を占拠したらしく、そこに人間を集中させて何やら企んでいる模様です」


「劇場を占拠?」


「町中には、この日に「ジョーカー」が散布したと思われる呪術の仕込まれた紙が貼り出されていました。恐らく、我々が地下を移動していた日でしょう」


「呪術……効果は?」


「それを見た者に暗示をかけ、予定の時間に特定の動きを指示するものかと。現に、それを確認した人間が路地で演芸場の方角を見つめたまま、訳もなく絶叫を上げています」


「何を目的に?」


「ヤミビトへの対策かと。奴は耳目の敏い奴の五感を封じるべく大音響、そして路地に人間を集中させることで行動範囲を狭めている。彼の動きを徹底して阻害する状況を作り出した」


「ムスビを孤立させる為に?だが我々の場所は未だ奴等も知らない。呪術の効果が消えれば……」


「今日はヤミビトが来ます。ムスビ様は彼の下へと向かうべく、外に出なくてはならない。日を改めよと使いを寄越そうにも、道が塞がれた現状では困難かと」


「何故、今日という日を選択した?まさか、既に文書の内容を知って?」


 ジンは無言で窓を見つめた。

 アレオの動き、ヤミビトの出発が重なったのは不吉である。いや、偶然でないと断ずると、組織の内部に内通者が隠れているとしか考えられない。


「最近は組織の加入者が居ないとなると……裏切り者か。「ジョーカー」の目的は依然としてムスビの殺害だとなると、最大の障害はヤミビトのみ」


「どうなさいますか」


「ヤミビトと合流を図るとなると衝突は必至。こんな日に地下道を使えば、奴の手下が待ち構えているだろうしな……」


 ジンは徐にウェインの方へと歩み寄ると、彼の近くで小声で囁く。


「ムスビにはマギトを護衛と監視。外出する際は自由にしてやるんだ、存在は気づかれぬように努めて。

 俺達は内通者を探す」


「御意」





   ×       ×       ×






 第三区――町の入り口の近くで、地下から静かに現れる。

 気配を消しながらも、大胆に路地の真ん中へと現れた大小異なる影。全員が黒く長い外套を羽織り、正体を隠している。


「着いたな」


 長柄の戦鎚を肩に担ぎながら、黒服の一人がそう呟いた。その内の一人が頷く挙動を見せると、溜め息を漏らす。


「良いか、慎重に行く。まあ、それでも避けられねぇ場合は頼むぜ――ユウタ」


「最善を尽くします」




今回読んで頂き、誠に有り難うございます。

次回もよろしくお願い致します。

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