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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:ミシルと罠師の糸
86/302

闇人と鍛冶師(1)/闇人の真実

更新しました。



 シエール森林の北。

 クェンデル山岳に見下ろされた場所を、五人が山へ向けて歩いていた。湿気を多く含んだ風が樹冠を撫でる。禍々しくも感じるこの黒々とした曇天は、常に荒れる天候の予感を万人に与える。

 カーゼが拘束した二人の小人族(ドヴェルク)に導かれ、件の山小屋を目指す足取りは、やや急いでいた。彼等によれば、もうすぐ雨が降る。ユウタが第三区に居た時間帯とは違う、長時間の強い状態を予想し、小人族の言葉にカーゼも肯った。山の傾斜が酷く険しいため、早々に中腹辺りまで一気に登らなければならない。


 ユウタが旅先で雨を見たのは、実は此所に来て初めてだった。前回、雨だったのは……氣術師タイゾウとの決闘だった。ユウタの記憶に深々と刻まれた「最悪の誕生日」と自分で揶揄する忌々しい日以来のこと。この鬱屈とした空が、ユウタの気分を際限なく落とす。

 カーゼが予想した通り、雨が降り始めた。最初は肌を指先で突くようだったが、次第に見境なく物を強打する強さへと変わる。絶え間なく背を叩かれているような感覚に、全員は苦悶を噛み殺して進んだ。この中で最も苦慮しているのは、小人族の二人だろう。

 報復の可能性を全く油断の無いカーゼから、手首を捕縛したまま紐に結んだ首輪に繋ぐ犬の如く、前を歩かされている。両手を塞がれながらの登山は、如何にこの環境に慣れた彼等だろうと難しい。時折恨めしそうに振り返って睨まれる度に、ユウタは申し訳なく顔を伏せた。


 「山の服」とも呼ばれる森林を進んで、小人族が疲労に溜め息をついた。一党の前方にある林間から、雨濡れのガレ場が窺える。横殴りの雨風に洗われた岩は灰色になって、表面に水面の波紋を作り出している。水の膜を表面に張ってしまう程の強さと量なのだ。

 空から降りつける飛沫で、木々も騒がしい。

 小人族が顎で指し示した方向に、粗末な木造の小屋が見える。この中でどうして立っていられるのか、不思議に思えて仕方がない程の造りだった。

 雨に打たれて岩の上を乗り越え、全員が小屋の中へと雪崩れ込む。その時にはもう、小人族の両腕は解放されていたが、彼らの顔はあまり優れない。沈鬱な表情を浮かべ、床に腰を落とす。

 カーゼが周囲を見渡した。


「あれだ、()()()


 その呼び方にすこし驚いたが、ユウタは彼の示す方へと顔を向けた。小屋の端の壁を背に杖を両手に掛けて立つ老人。

 小人族特有の大きく突出した鼻梁、伏せがちな瞼は加齢による特有の弛み、髭はなく短い白髪は襟足で纏められていた。

 ユウタは小人族の老人の手元を注視し、カーゼを自分の背後へと回らせる。その挙措を見て、彼が微かに目をまた細めた。

 ミシルが訝って尋ねる。


「師匠、どうしたんです?」


「あの人の杖、僕の物と同じだ」


「?どういう事です?」


()()()、って事だよ」


 それを聞いて、小人族の老人が笑った。カーゼが懐中に忍ばせた刃の把に手を添えたまま、ユウタの背後で見守っている。ミミナを然り気無く袖を引いて前に出るのを制止し、老人から一切目を逸らさない。


「正解……よく来た、新たなヤミビト」


 内心では驚倒していたが、それでもユウタはその言葉を速断する。


「違います、僕はユウタです」


「名前を持っとるのか。そうか、だがワシにも名前はない。そこの二人はワシをドン爺と呼んどる」


 ユウタが黙礼すると、紫檀の杖を見てドン爺が眉を寄せる。その顔に皺の線が更に増えて、険しさを増した。


「何故、それを持っている?」


「師の形見……ですが、直接譲り受けたわけではなく、僕が勝手に彼の隠した杖を発見して使用しているだけです。僕が愛用しているのは、師にとって慮外の事態」


「……成る程、概ね理解した。葛藤はあるが、まだヤミビトには敗けていないか」


 ここまでの会話で察したのは、ドン爺が師とは旧知の仲であること、ヤミビトの正体について把握していること。

 ドン爺が前に進み出て、ユウタに杖を差し出すように催促する。躊躇いがちに渡すと、彼は早速仕込みを引き抜いた。刃先を窓に向けて全体を見回す。


「これは……流石は奴と言ったところか」


 ドン爺が素早く納刀する。自分と同じ慣れた手つきに、ユウタは無意識に質問していた。


「これは、貴方の物ですか?」


「いや、これは――ワシが打った刀だ」


 驚愕に言葉を失って、呆然と立ち尽くすユウタを可笑しそうに見て、ドン爺は杖を床へと放り投げた。硬い音を立てて転がるそれを、慌てて拾おうとしたユウタを制止した。鋭い視線にユウタは退いて、師の形見を粗末に扱われた事に静かな憤りを胸の内に抱いて、ドン爺を睨み返す。

 傍観しているカーゼはミシルを引いて、小屋の外へと出た。話し合いに自分達が不要であると共に、この狭い空間に居るよりは外の雨を眺めている方が楽だと考えたのだろう。雨に濡れる事も厭わない彼が、ミシルを強引に連れる。

 今度はドン爺がユウタの袷の襟を掴んで引いて、必死に脱がそうとする。彼の行動の真意が読めずに困惑して、されるがままに奪われてしまった。上半身がはだけたユウタは、ドン爺に怪訝な視線を投げ掛けたまま、黙然と立っていた。

 ドン爺は杖と同じ場所に、袷を無造作に放る。


「あの杖は、“最後のヤミビト”に打った刀だ。お前ぇには必要ない。それと、()()()()を否定するなら黒衣は止めろ」


 ユウタは呆気に取られて、床に座った二人を見遣る。二人は苦笑して顎をくいと上に上げた。どうやら、彼はこういう人物らしい。

 代わりに襤褸の外套を渡され、渋々それを羽織る。すると、ドン爺も身支度を始めた。二人が床を蹴って慌てて彼を止めた。


「ど、何処行くんだよドン爺!その体じゃ山下るのは無理だぞ。しかも、ひでぇ雨だ」


「“工房”に行く」


 二人が静止した。ドン爺の顔が輝いているのを見て、何も言えずに彼を手伝う。滅多に見れないその表情を、突然訪ねた少年に見せる理由を、漠然と理解したのである。

 ドン爺がユウタを見上げて卑屈に口角を上げる。


「付いて来い、ヤミビトとは何かを、お前さんに教えてやる」






   ×       ×       ×




 小屋に一人残したまま、山の麓まで下りた。

 カーゼとミシルは不満を一切こぼさずに付いて来る。ユウタは先頭を歩く小人族に感心していた。腰に紫檀の杖を差したドン爺を肩に担ぐのは、ユウタと森で対峙した戦鎚の男――ドゥイ。猪首に広い肩をしており、山袴の裾を絞っている。頭頂で結われた麻色の髪は、直立した樹木のようであった。

 ぬかるんだ土に足を取られずに、順調に進んだ一党は半時で辿り着いた。昇った際は、数時間を掛けた道程が、ドン爺を伴った途端に短縮されたと錯覚する。彼が山に精通しているからなのか、それとも山が縮んでいるとしか思えない。


 ユウタ達が小屋を目指した場所とは逸れた所に、鎧戸を締め切った家屋がある。

 戸口の扉も重厚で、ドゥイが押してから少しして動き、地面を擦りながら開く。石の床が現れ、中へと踏み込んでいった。薄暗い屋内でドゥイの肩から降りたドン爺が、澱みない歩調で闇の中を進むと、燧を切って蝋燭に火を付けた。

 照明を得て、明るくなった室内をユウタ以外が見渡す。練鉄を打つ為の台座、長らく使われず埃を被った炉、机の上に放置されていた鎚。――鍛冶の工房であると、全員は容易に理解した。


 ユウタを手招きで呼ぶと、ドン爺は炉に火を起こして、紫檀の杖を分解し始める。柄と鞘を取り除いて机に置くと、刀身を火中へと台に載せてゆっくりと入れた。炭が赤い光を放ち、それが鉄に回るまで暫く待つのだ。

 台座に座るドン爺の正面の床に腰を下ろしたユウタは、炉の熱気に片目を細めながら彼を見る。


「闇人は黒衣に黒金の太刀を帯びる。名を継いだ後、ワシの下へと来て己の剣を授かるのが風習」


 工房の中にある納戸を開け、中から乱暴にドン爺が取り出したのは青鈍色の袷。ユウタにそれを投げ渡した。

 外套の下は半裸である事に気付き、目礼してから袖に手を通す。まだ誰も着た事がないのか、縒れも無いが、変わりに納戸の中に長らく収納されていたためか焦げ臭い。鼻腔をつんと刺激する臭いに、ユウタは咳き込んだ。


「……それは、どういう意味ですか?」


 息を整えてから質問する。


「そのままだ。ワシは魔術師殺害による追放の時代より、代々ヤミビトの刀を打つ宿命をケルトテウスに定められた、云わば呪われた鍛冶師よ。その所為で、もう何年生きたか判りゃせん」


「貴方は神族と血縁関係が?」


「無い。この業界じゃ無名に等しかったが、単に大陸で最も優れた鍛冶だったから選ばれただけ。それからも変わらんかったということは、まだワシを凌駕する奴はおらん証拠」


「……教えて下さい、ヤミビトについて」


「その為に此所に呼んだ。ヤミビトの詳細なんぞ、ワシと獣人族、ケルトテウスしか知らんだろうしな」


 カーゼ達が工房の中に安置された武具の数々を物色している間、ユウタはヤミビトに対する知識を深めるべく、()()に携わってきた鍛冶の小人族ドン爺の話に意識を傾注する。

 既に氣術師タイガから多くを聞いてはいたが、より深い事情を知悉した者なのだろう。何故か、此所に来たのはハナエの治療法を見出だす目的があっての事だったが、今は純粋にヤミビトだけに関心が引かれていた。


 ベリオン大陸へ矛剴の一族が渡ってから、ヤミビトの剣を製造すると天命を授かったドン爺は、永遠に近い寿命を与えられた。途絶える事なく生まれる新たなヤミビトに剣を造る。それを延々と続ける中で、技も研鑽を積み重ねて昇華し、他の追随を許さない位階にまで達していた。

 幾重も幾重も過ぎる時代、そして数十年の歳月の経過と共に選出される幾多のヤミビト。さらには、神からの呪いで、製造した剣の破損を防ぐ特異な力まで付与された。


「だが、鍛冶には誇りがある。そんな能力要らねぇ。それに造った数と、造られた数が殺める命は釣り合わねぇんだ。“神の不都合が起きねぇように動く傀儡”、そんなヤミビトを何人も見る度に怒った。こんな感情も無い化け物が、神なんてモンに従って一生を過ごすなんてよ」


「それが、()()()()の定めですか」


「だから、ワシは奴等に辟易していた」


 ドン爺はユウタの右腕を見た。その黒印を冷たい視線は、まさしく彼がヤミビトを蔑視する証左だ。飽く事なく循環する神の産物――いや、神の血がある故に自由を奪われ、その自覚さえも機能には不要とした教育。そのすべてが一人の人間に課せられるには、あまりにも過重であると思える。

 しかし、ドン爺の苦悩はいつまでも伝わらなかった。ただ、忠誠の剣を献上するのみ。


「お前は、黒印を何だと考えている?」


「ヤミビトに相応しい氣術の才を持つ子が黒印を持つ」


「そうだな。

 感覚器官の鋭さ、身体能力の高さ、氣術の才能が優れた者が選ばれる。氣術の力量については、確かにヤミビトの成長だろう。だが、その他は生来のモノを自身で研ぎ澄ましただけに過ぎん。

 氣術師という点を除外すれば、()()()()()()()()()()()()()()()。氣術の成長が形として、黒印の大きさに顕れる」 


「ヤミビトという存在が生まれた要因は何でしょう」


「調停。氣術師の争乱を治める為、魔術師を鎮める為。特異な氣術はそこにしか使い途が無い」


「ヤミビトは、どう育てられるんですか?」


「ヤミビトには三つ、規則がある。

 一つ、伴侶を持たず。二つ、主は神である。三つ、次代のヤミビトを育てる」


 ヤミビトに感情は不要。故に、子孫を残す事を固く禁じられていた。それは神も例外ではなく、主であり命令を下す者であって、感情の対象とはならない。従うのみ、切るのみ、無情であるのみ。本家の血さえ途絶えなければ、ヤミビトは生まれる。

 生まれた時から、個人としての名を与えられず、矛剴の住む里の外れに位置する環境へと隔離される。出産後にすぐ襲名し、先代のことを師として修練をする。人を殺める為に暗殺者の持つ技術は剣一つに限らない。万事に処し果せるだけ、必要な数の武器の操作を学ぶ。十二歳までに習熟させた後、ヤミビトとして村から追放される。

 風習によれば、「つとめ」と呼ばれる日を控えて育てられるのだ。


「お前の先代……いや、最後のヤミビトは、例年の奴とは違っていた」


「どんな人でしたか?」


「見た目は……目以外はお前と同じ。目付きは鋭い上に、刻印の大きさで今までのと格が違うと判った」


 ドン爺の下を、先代ヤミビト――アキラが訪れたのは、約六〇年前のこと。

 工房で槍を鋳造していた時、彼が現れたという。再び己の役を思い出し、やむを得ずに剣の用意に取りかかった際、彼はこう言った。


『仕込み刀を造れますか?刀身は白刃で』


 ヤミビトの常道を逸する注文には、さしものドン爺さえ驚倒を禁じ得なかった。その立ち居振舞いは、確かにドン爺の知るヤミビト。されど、このヤミビトは感情があった。


「こいつは稀有な奴で、すぐに真意を問うと奴は無表情で答えんだ」


 “――僕で最後。その剣は、証明に不可欠です。”


「師が仕込みに拘った理由とは?」


「それは知らん。だが、ワシは奴に望みを託した。形はどうであれ、ヤミビトの名は継がなかったらしいな」


「……僕は主を持ちません。名を継承しなかった。それに……婚約者がいます」


 それを聞いて、ドン爺が数瞬の間をおいてから大笑した。工房の中で反響して幾人もの笑声が重なったように聞こえ、全員が耳を塞ぐ。直感的に感じたのは、この工房は音を逃さぬような造りだった。鎧戸も隙間なく締め切られ、扉は重厚、壁も恐らく人の力では到底破壊は不可能。

 ドン爺は此所で何百年、いや何千年も仕事をしていたのだ。ここはまるで、牢獄の如く息苦しさを感じる。


「婚約者か、そうか、そうか。益々ヤミビトとは違うな」


「しかし……一度、彼女を傷付けてしまった。ヤミビトの力による後遺症なのか、発声が一切出来なくて」


「成る程、概ね察した。お前が此所を訪れた理由なぞ、恐らく町でワシの噂を聞いたからだろう。伝聞程度の信憑性が無い話を頼る必死さか」


 ドン爺が肩を竦めて嘲ると、ユウタは不服だと眉を顰めた。


「治療法は、あるんですか?」


「あるにはあるが……その娘が神樹の根本にある村の一族の出身なら、という限定条件がある」


「……神樹の村、村長の娘です」


 ドン爺が顎に手を当てて瞑目した。


「……それなら、「樹液」だな」


 ユウタは神樹が倒壊した経緯を語った。ドン爺は些か驚愕の色を面に浮かべていたが、すぐに鼻で嗤う。少年が「樹液」の入手が無理であると考え、別の選択肢を提示しろと伝えている。


「「樹液」の採取は、今は難しいかと……」


「あの村についても、教えなくちゃならんか」


 ドン爺が炉へと向き直り、台の端にある輪状の金具を素手で引いて、赤く光を放つ練鉄の塊を引き出した。それだけで周囲一帯の空気が熱を帯びる。至近距離のユウタは、眩い火の光と熱量に思わず床から立ち上がったが、ドン爺は火傷も厭わずに高熱の金具を掴み上げて、自分の前へと移動させた。


「まずはコイツを仕上げる。ワシにとっては初めて、“無名のヤミビト”に捧げる仕事になるからな。話はその後だ」


 机の槌の柄を握ると、ユウタを目線で退かせてから、力強く振り下ろす。鋼の衝突する音と共に、蝋燭の火を掻き消すような火花が散って、男の手元を焦がした。







   ×       ×       ×




 強引にジンを連行して、ムスビは第一区から第二区を散策した。アレオの襲撃を予想した陣形を整え、既に万全の体制でいる。彼女の進行速度に合わせ、多方向から護衛として選抜された人物が配置されている。その部隊の一員に、ウェインとマギトが当然居る。あの異質で剣呑な武器を提げたまま、民衆に察知されずに役目を遂行している。

 直近でムスビを守護するのはジン。同じ毛編みの帽子を被って、足並みを揃えて歩く様子は恋人。どちらも衆目を引き付ける美貌を隠して行動していた。

 ムスビがこの五年間を男の関心によって招かれる問題に苦労していた中、ジンも同様に女性からの好意に幾つもの修羅場を経験している。だからこそ、互いに共感できる部分があり、そして嘗て友人だったという過去を共有しているが、ムスビは心の底まで踏み込ませない。

 ジンは彼女の発言から垣間見えるヤミビトへの信頼の深さに嫉妬を覚えないわけでは無かった。

 第一区を回り、第二区への入り口が近い。


「くっ……この町の飯屋って、何処も混んでるわね」


 人の往来で混雑している路地の中で、周囲を見渡してムスビが言う。確かにどの場所も盛況であり、店の者もまた店内を奔走している様子が見受けられていた。客の過半数が華美な被服、その他は旅装束や甲冑、僧衣。

 ムスビは不機嫌そうに帽子の鍔を指先でちいさく弾いた。自分の愛用していたキャスケット帽子は、アレオの急襲によって火に燃えた。あれは相棒から与えられた唯一の物品。


「ったく、本当にあたしって可哀想」


「だ、大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫……?」


 ムスビとジンは、第二区への境目を越えた。その瞬間に、傍を通過した長身の男にふと立ち止まって、振り返った。

 一枚の布を巻いて帽子にし、長い外套を掛けた橙色の頭髪をしている。旅人の様相ではあったし、特に注視するほど奇怪ではない。


「どうした?」


「いや……別に」


 何故、自分は気に留めたのだろう。

 疑問をそのままに、ジンの誰何に答えて前へと向き直って、駆け寄る。胸の内の煩慮を忘れるべく、彼女はジンの案内の下、ラングルスを楽しむ。ユウタと恐らく町中を悠長に周回している暇は無い。ならば、この町の魅力を彼に伝えられるのは自分だけなのだ。

 相棒が目を輝かせて聞く未来の姿を想像して、一人笑った。


 ムスビが前へと再び振り向くか際どい時に、橙色の髪を靡かせて男が肩越しに彼女の背中を見た。恋人であろう少年の隣に戻るのを見届けると、今度は周囲の屋根、路地の薄闇を一瞥して前に歩く。口に一寸ほどの小枝を銜えると、人混みの中へと入って行った。





今回アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

次回もよろしくお願い致します。

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