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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:ミシルと罠師の糸
81/302

怪物の再来

更新しました。少し短いです。



 クェンデル山岳地帯。

 享楽の町ラングルスの北、すなわち西国中央部にある首都と南部を隔てる山の連なり。俯瞰すれば、あたかも竜が西国を横断する様相を呈している。あまりにも険しく、旅人はこの地を避けて通るのが常識とされ、旅の難所ともあり「竜の背骨」と呼ばれる。

 山の中腹までが森林限界であり、標高の高い場所は岩肌が露出しており、主に魔物の巣窟となっている。貴金属が取れる鉱山ともされ、度々だが冒険者が訪れては仕事場となる。尤も、山を登って来るのはどれも実力者ばかり。


 「竜の背骨」の中でも最も高い、巍巍(ぎぎ)たる高山には、ひっそりと山小屋が佇んでいる。枝を重ねて葺いた屋根は粗末で、雨露をしのぐ為の物として機能する最低限の物。扉は無く、中は岩ではなく板張りの床になっており、その部分だけは工夫があるが、長い年月の経過で腐食している。

 林間から姿を現したのは、山袴を穿いた若い男。但し、身に付けているのはそれだけで、上半身と足許は叩き付けるような風に晒されながらも平然としていた。その小さな体で、背負子に束ねて積んだ薪で、躓くことなく小屋へと歩く。


「よう、今日はどうでい」


 それを迎えたのは、小屋の横で岩に腰を下ろした老人。背を丸めて、地面に突き立てた杖の柄に握りに手を重ねて置き、その上に顎を乗せたまま呼び掛ける。

 背負子を小屋の前に安置すると、中から現れた同年の男が息を一つためて、両腕で持ち上げて戻っていった。小屋に住むのはこの三人である。


「ドン爺、長らく工房に言ってねぇけど、大丈夫なのか?」


「心配要らねぇ。もうあそこに用は無ぇんだ」


 顎の下から引き抜いた左手をひらひらと振って、鬱陶しそうに答える。こういう質問は何度も受けており、老人――ドン爺は追及すると不機嫌になる。それを同じ屋根の下で過ごした二人の内では暗黙の了解となっており、それ以上の深入りはしない。

 だが、最近眠る彼が一人虚空へと握った拳を振っては中途で停止させて、弧を描くような軌道で何度も同じ動作を繰り返す。それが何を意味するのかを弁えている二人からすれば、それは未だにドン爺の中に命脈を保つ職能の所為だろう。

 だからこそ、普段は問わずにおく事にも一言だけ口にする。それ以上は踏み込む勇気が湧き立たない。


「そういや、久しく町に下りてみたら、また変な噂が流れてたぜ」


凝り固まった肩を解そうと、腕を振り回しながら男が話した。ドン爺としては、山での暮らしが長く世間と離れた環境の中でも、やはり情報は貴重だった。二〇年前の戦争でも、この山岳部で一時的に戦端が開かれたこともあって、常に把握せねば命が危ない場面もある。森に下りて資源を調達する男に、定期的に町へ通う役を任せては情報を入手していた。

 今日もまた、男の持ち帰った話に耳を傾ける。


「最近、国を騒がせてる奴がいんだとさ。それが、丁度良く近く来てるってよ」


「どんな奴だ?血気盛んな狂戦士か?」


 小屋の中で背負子を片付けていた者も、話を聞き付けて出てきた。この生活に不満は持っていないが、彼は外界の話が好きだ。町まで出掛ける男の話を楽しみにしていた。


「それが何でもよ、色んな男を惑わせる魔女らしいぜ?一目で虜にして、服従させちまう。だから耳目を塞がねぇと、奴隷になっちまうって」


「そりゃ随分と怖ぇな」


「「白き魔女」って奴だ。髪が白くて、琥珀みたいな目。それで良い体してんだと」


「ドゥイ、女に溺れると痛い目みるぞ」


 興奮しながら身振り手振りで、噂の「白き魔女」の体を再現する調達役のドゥイをドン爺が睨むと顔を強張らせた。この場所では彼が規律、故に二人は逆らえない。それが単なる年長者だからではなく、本当に威厳と尊敬ある人物だからだ。

 気を取り直したドゥイが話を続ける。


 南方の町から旅をする「白き魔女」は、各所を廻っては地位の高い人間や冒険者を籠絡する魔性の女だとされる。また、海辺では数多の魔物を撃滅した噂で、美と力を示威する存在。春から続く国の騒乱の中でも異質。


「何でもよ、人の顔や体してんのに獣の耳が付いてるらしいんだとさ。東国の狼足(ろうそく)牛善(ぐぜん)とは違ってよ」


「何だそりゃ」


 その時、ドン爺がわずかに体を跳ねさせた。


「どうした、ドン爺さん」


「……何でもねぇ」


 ドン爺は瞼を閉じる。二人は顔を見合わせたが、無粋な詮索が反って彼を不機嫌にさせる部類の話なのだと察知した。


「そういや、その魔女の傍に化け物みてぇな奴がいてよ」


「どんな奴だ」


「東国の身形で、黒髪の……ちと印象が薄いけど、顔の形は整ってるって話だ。ま、外見は凡夫と変わりゃしねぇみてぇだが……」


 ドゥイが少し間を置いて、言葉を紡ぐ。


「何でも魔女に下心丸出しで近付くと、目を見た瞬間に、真っ二つだとさ。……そう、何でも足が悪いわけでもねぇのに、杖を持ち歩いてんだとさ」


「おい」


 ドン爺から険のある声音で呼ばれ、身を固くしたドゥイが振り向く。岩から立ち上がって、杖に寄り掛かるような姿勢のまま、一歩ずつ近付いてくる。思わず叱られると身構えたドゥイが恐縮していると、ドン爺が顔を覗き込んだ。


「そいつの呼び名は判るか?」


「え……確か、二代目やみ……そう!ヤミビトとか言ってたぜ!あとはユウタ、だったか?」


 ドン爺が目を伏せて、深いため息を吐いた。沈鬱な顔で、首を横へ振ると小屋の中へと入る。ドゥイは自分の記憶力の薄さに呆れられたと勘違いを起こしていた。

 体を寝かせたドン爺が、床の木目を眺めて小さく呟く。


「また造らにゃならんのか……人切りの剣を」







  ×       ×       ×





 第二区の市街地にある宿に一室を借りたムスビは、一人でベッドに腰掛けていた。窓からは騒々しい人々の活気が眺められる。街灯に照らされた路は、人の絨毯を作り出していた。何て人の数だろう。

 朝の賑わいでこれならば、夜はもっと凄いだろう。本来ならば、町に到着して企画していた二人での散策も中止となった今では、もう他人事のように感じて、心は冷たくなっていた。自分を置いて、北の山へと急ぐユウタを恨みながら、孤独に部屋で休憩をとる。

 今頃、第三区で追手の人間と戦っている筈だ。ユウタはそれを引き受ける為にも、自分を突き放したのだ。次の襲撃が予測されるアレオには、ムスビの魔法による迎撃が最適だという判断。その采配に全く異議は唱えない。自分でもそれが正しいと解している。

 だが、同行を拒まれた上に、ハナエに関する案件を優先的に推し進める行動だけは許せない。


「あいつ、どっちなのよ」


 不満を溢しながら、ムスビは枕を放り投げた。床に落ちたそれを爪先で器用に摘まみ上げて引き寄せ、そっと胸の内に抱く。

 今回もまた、二人で同室の空間が用意された。ユウタが帰ってくれば、一体どんな反応を示すことか。女性と部屋を共有することに狼狽するか、或いは歓ぶだろうか。

 期待に胸を弾ませながら、ベッドに倒れるように横臥する。ユウタはいつも、何かに追われている。町を訪れると事件に遭って、その対処に忙殺される日々の後に送る安寧の一時でさえ、仕事や何かの後始末に勤しむ。

 時間と場所が絶妙に噛み合わず、滞在中よりも次の町への道中で交わされる会話の比重が多い。

 何か、彼と深く関われる機会が欲しい。


 ムスビがベッドに寝転んで暫く経つと、隣室から木の軋む音がする。続いて聞こえるのは、女の艶のある声。それが何なのかを知っているため、顔を顰めて枕を壁へと叩き付けると静かになった。隣室の利用者が察して、先程よりも控えめだが、やはり慎ましくも聞こえる声に頭を悩ませる。今まで宿泊した宿ではこんな事がなかったのに。

 享楽の町とは、やはり人の理性の箍が外れた場所なのかもしれない。だから、賭博が行われるし、殺し屋の居る廃墟が近くにあっても気にしやいのだ。

 アレオという人物が殺人鬼――任務でもなく、単なる感情のみで人殺しの所業を行う人間ならば、ユウタにとっては嫌悪の対象だ。


「あたしを狙ってるなら、窓か扉から来る筈よね」


 窓からの侵入は絶対に無い。

 この町中で、壁を登る者がいれば、往来する人間の注視は必至。故に、標的に動きを悟られゆすい状況であるから、アレオはまずこの手法を講じる事は無いと考えられる。

 ならば、後は一つ。既にユウタから攻撃した事を聞き及んでいると知っているアレオが、旅人や宿屋の人間に扮装して、部屋を訪れること。ならば、ムスビとしては照準を入り口に定めるだけで済む。呪術による罠を設えるのも簡単だが、別の人間が嵌まってしまう危険性もある。確実に仕留めるならば、魔法こそ良策だろう。


「来てみなさいよ、殺人者め」


「来てあげたよ」


 背後からの声に、ムスビは翻身して身構えた。


「無駄だよ」


 窓から六本の灰色の触手が蠢いて、室内へと侵入してくる。有り得ないと断じた手段で強襲した敵に動揺したが、平静を装って相手を見据える。触手で覆われ、まだ姿が見えないが、それでも相手がアレオであるのは自明の理。

 本体が見えない状態で迫ってくる。その太さ、数、束ねられれば魔法も届かない盾となる。それを貫通する威力を以て撃退するには、屋内では被害が大きい。その余波が使用者であるムスビにも届く。

 扉へと走って、廊下に脱出する。場所を変えなくては、狭い空間でアレオに弄ばれてしまう。迎撃に備えてる為に選んだ宿屋が、逆にムスビを捕らえる牢獄となっている。


「逃げるの?仕方無いな」


 ムスビが居るのは二階。下階に行けば、そこはすぐに出口である。アレオが待ち構えているが、それでも構わない。屋内での劣勢よりも、屋外の正面対決の方が勝機が見出だせる。ユウタがいれば、触手を切り払って斃せるが、今はそれも望めない。


「!?嘘っ」


 階段を前にして、ムスビの足が床から離れなかった。強い抵抗感と、足首を締め上げる圧迫感に視線を下げる。

 床を突き破った灰色の手が、しっかりと足を掴んでいた。触手ではない――アレオ本体の手である。だが、こんな至近距離で魔法を放てば片足を失う。

 驚怖したムスビを下へと引きずり込む。

 瓦礫と共に、一階へと叩き下ろされたムスビは吐血する。全身を打ち付けた事で、指先に至るまで脱力していた。鈍痛に苛まれる意識で、周囲を見回す。

 設置された机に集っていた人々、宿屋の受付嬢の悉くが死んでいた。惨たらしい遺骸となって転がっている。


「彼から聞いてるんでしょう?なら、変な演技も必要なくて助かるよ」


 何処からか、アレオの声が響く。


「隣で女の声が聞こえた?あれは触手で凌辱してたんだよ。君の気を削ぐのには、中々良かったでしょ」


「変態……!」


「君の婚約者は居ないの?残念だな……まあ、ヒーローの復習劇もまた一興だよね」


 ようやく回復した体を奮い立たせる。


「うわ……」


 立ち上がったムスビを包囲する触手。全方位から多数、少しずつ距離を詰めて蠢く。床を這いずる音が重なり、不快感と恐怖を胸の内に掻き立てる。姿もなく、見えない位置から攻撃を繰り出すアレオに対して、ムスビは魔法の使い難いフィールドの中。退路はなく、突破口を切り開く為の手段が封殺された状況下で、肉弾戦でこの触手を凌ぐのは困難である。

 護身用に携えている短刀を抜くが、刃渡り長一尺ほどの武器では、あまりにも頼りない。魔装の力を未だ会得していないムスビの攻撃では、一太刀で触手を切断できない。相手は、劣勢を強いられたムスビを観て楽しんでいる。


「悪趣味ね、あんた」


 答える声は無い。

 死体と血濡れの空間、(にじ)り寄って来る触手。


「まあ、良いわ……要するに、全滅させれば良いんでしょ」






今回本作を読んで頂き、誠に有り難うございます。次回から本調子に入って行きます。第一区から第三区まで満遍に使った展開にして行きたいです。

次回もよろしくお願い致します。

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