表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
一章:ユウタと神樹の村
8/302

幕間:ギゼルの娘

ちょっとした話。でもほっこりします。



 私には、ずっと好きな人がいます。

 それは、故郷の村ではある日を切っ掛けに嫌われてしまった男の子です。


 理由は、彼がまだ村を自由に出入りできた頃。

 私は守護者の娘として、周囲から畏敬の念を持たれていて、父親の厳格さもあってか、娘の私まで近寄り難い印象を持たれてしまったのです。

 確かに人見知りで、あまり笑うことも出来ませんが、それでも友達が欲しくて、でも消極的で……子供の目の付く場所にいつも座って、児戯の光景を眺めていました。


 いつになったら、あの間に入れるのか。


 願うばかりで行動に移さなかった、今思い返せば愚かです。自分が心底臆病者だと自覚し、泣きたくなりました。


 けれど、その時に彼が来てくれたのです。


 この村でも珍しい黒髪をした少年です。琥珀色の瞳は、整った顔に宝石を填められたように綺麗でした。

 一人でいる私に近付いて、声を掛けて来ました。


「君、一人なの?」


「うん」


「なら、僕と遊ばない?実は釣りに行くんだけど」


 釣り──村の外に出た事のない私からすれば、それは初めて体験するものでした。体が反射的に頷いて、彼に付いていく選択肢を取りました。自分でも、何故ここまで自ら出ていくことができたのか不思議に思います。

 川辺で釣りを教わり、彼の補助もあって二匹釣れました。その時、言葉に表し難い喜びを少年と分かち合ったのです。それを素直に共感してくれた彼に、いつの間にか心を開いていました。


 村を度々訪れる少年を捕まえては、射的、釣り、隠れんぼ。様々な遊びをしました。その中で私の積極性が育まれたのかもしれません。次第に村の子供たちとも遊べるようになりました。

 その頃から、彼とはやや疎遠になっていて、遊びたくても素直に申し出ることが出来ませんでした。



 私が十歳で、一つ上の彼を既にこの時から異性として意識し始めていたの出す。恋慕の芽は開花し、いつもその姿を追うようになりました。

 けれど、その度に失念しているのです。

 彼の主柱には、常に一人の少女がいることを。

 それは、私よりも後に彼と交流を始めながら、今では一番仲良くなった女の子。村長の娘で、名前はハナエ。可憐で美しい容貌の彼女には、まだこの時点で彼に対する好意も見えなかったのです。

 まだ間に合う。彼の隣に、まだ私が立てる──そう思った。



 転機が訪れた。

 私が一四、彼とハナエが一五。

 突如として、春先に少年は周囲から疎外されるようになりました。その事件の全貌を大人から聞くことはできませんでしたが、犯人はあの人らしい。

 絶対に違う──彼の優しさが、そんな間違いを犯す筈がない。きっと、利用されたんだ。

 事情を知らずとも、私の思考はこう導きだしていた。

 いま、彼は村から嫌われている。きっと寂しがっている。今がチャンス、今が──


 だけど、予想外なのはそこから。

 なんと、ただの友人として互いを意識していた筈なのに、ハナエが彼を恋い焦がれる乙女の眼差しで見詰めていました。それを知った私の焦燥を加速させるように、少年も少女に依存していくようになっていきます。


 遅かったんだ、また遅れを取った。

 そう己を叱責する私を、ある日父が連れ出して、森を抜けた南の町へ。そこで、新たに生活するのだと言われ、私が困惑するままに父は帰りました。

 父は二度と帰ってこなかった。

 代わりに、あの二人がやって来たのです。


 二人が引き取られる様を、遠目で確認した私は、再び少年に接触の機会を求めました。それはすぐにやって来ます。

 彼が新居で家事の為に、森と家を往復する道筋で偶然を装って会いました。


「久しぶり」


「あ、うん。久しぶりだな」


 朗らかに笑う彼に、私も連られて笑ってしまった。ああ、この笑顔が欲しかったのです。自分にだけ向けられた、この眩しい表情が。


 でも──


「リュクリルで生活するの?」


「ううん、僕はその内に旅に出るよ」


 少年は、自分が想像しているよりも大人になっていたのです。成長した彼を前に、空白の時間、その長さを感じました。戸惑いに口を閉ざした私を不安にさせないよう、優しく撫でてくれます。その行動だけで、顔が熱くなりました。


 それから一月、彼とは過ごしたけれど、やっぱり気づいたのは、少年の瞳に私は映っていない。


「明後日、早朝に発つ」


「……そう、頑張って」


「うん、いつになるか解らないけど、帰ってくる。その時は、また話そう」


 そういって、去っていく彼を黙って見守るしかできませんでした。

 ああ、遠いなぁ──。


 私は、このことをハナエに伝えました。

 恋敵であるこの女に、いっそのこと本心を吐露してしまおうかと考えましたが、それが虚しい事だって同時に理解していて、結果的にハナエが彼に会えるよう仕組んだだけでした。


 その日。

 私は朝から、遠目でハナエが家の前に待ち構えているのを、黙って見ていました。隠れながら窺っていると、少年が現れます。酷く驚いた様子でした。


 二人の会話を見て、ふと気付きました。

 ハナエは彼に恋慕を、少年はハナエに親愛を。

 少年が彼女を家族としか見ていないことに気付いて、安堵しました。それと同時に、誓ったのです。

 次に帰って来た時、彼女よりももっと魅力的な女性になると。


 ハナエと別れて、街道を抜けリュクリルを出たところで彼の前に私は立ちました。


「こんな所まで見送りに来てくれたのか」


「うん、だからしっかりね。気を付けて」


 そう言うと、少年は毅然とした態度で頷いて、私の頭を撫でてくれました。まるで兄妹のように。


「何だか、久し振りに仲良く話せて嬉しかったんだ。ありがとう……改めて、いってきます」


「うん、いってらっしゃい」


 ハナエに上塗りさせてもらいました。せめてもの抵抗です。これで、少しでも私を思い出してくれたら。

 今は妹みたいでも良い。でも──


「次に会った時は、覚悟してて。絶対、振り向かせるから」


 彼にそう、大胆な宣戦布告を残して、家に逃げ帰りました。

 彼の戸惑う声が後ろで聞こえたけど、気にしません。



 私は不敵に笑ってみせました。



 勝負はこれからです。


















次回から前日譚を始めます。

春先に起きた、ユウタの事件。

氣術師の少年の原点を語ろうと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ