幕間:ジーデスの屋敷勤務
更新しました。ほのぼの、です。
「さて、ジーデス。私は現在、暇を持て余している」
「……俺に、どうしろと……」
ユウタ達が屋敷を発って、半月が経過した。
俺――ジーデスは、首都の騎士団を辞めて、かの有名なカルデラ一族の当主の随身という大出世を果たした……筈であった。自分としては望外の展開ではあったし、未だに彼女が俺を引き入れた理由に対して半信半疑だ。
しかし、近衛としての職務というよりは、秘書の役を重点的に行う日々が続いている所為か、随分と手慣れてしまった。書庫から目的の物を探し出すのも早くなったし、カリーナ様が声を出さずとも自分を呼んだというのが判ってしまう。
カリーナ様の仕事は、若い娘が担うには負荷が多大だと思わせる夥しい量だったが、それを凄まじい速度で処理する彼女もまた、一般的な娘とは違うのだと痛切に悟った。
俺の尽力もあってか、奇跡的に一日暇が出来てしまった。久しく片付いた書斎で、腕組をしながら物思いに眉を寄せて、深刻な表情をするカリーナ様。尤も、次に発せられた言葉に真剣味はないが。
「暇だな、町へ繰り出すぞ」
「カリーナ様、貴女ほど高貴なお方が迂闊に町内を散策するというのは、賛成しかねます」
「主に危険を諭す……お前はいつから私専属の兵士になったつもりだ?」
「え!?今までの俺は何だったんですか!?」
「都合の良い奴め」
「し、シビアだなぁ……」
まさか、この半月はただの秘書だったのか。或いはそれにすら届かない、書類を運ぶ便利な道具か。そう思うと悲しくて泣けてくる……ユウタの従姉妹って、どこにも彼と同じ優しさが無い。
しかし、いざという時に頼り甲斐があるのが彼女だ。戦闘力が無い部分を補う為に、自分が傍に仕えているのだから。町に潜む危険を退ける事だけに集中すれば良い。
仕方なく、外出を認めるとカリーナ様は柄にもなくはしゃいでいた。そんなに楽しみだったのか?
「いや、他意は無いのだよ。現在、街の中で一体何が流行し、人民の意識を引くのか。やはり机上に用意された書類の文字だけでは理解が浅くなる。それが食物だった場合、味は文字の管轄外だろう?」
「理屈は通っていますが、要するに散歩がしたいだけなのでしょう?」
「散歩ではない、当主として街の人間を自ら赴いて観察するのだ。これがつとめでなくて、何なのだ」
彼女がそういう体裁を張るならば、致し方ない。俺はただの護衛として、傍に控えておればいいのだ。
「行くぞ、ジーデス!今日は夜まで楽し……町を監視する!」
「御意」
もう既に本心が聞こえた気がした。
× × ×
「成る程、無名の奴が大層気に入っていた味とはこれか」
どうやら、ユウタに感化されて外出したかったらしい。
町中でも人気とされる飯屋へと身分を隠して入店した俺達は、最も目立たない端の席に座って、注文した品が届くのを待った。店員が慌てて厨房へと戻り、颯爽と料理を差し出す……早すぎる。どうやら、もう正体は露呈しまっているらしい。
当然だろう。裾の捌き方から歩き方まで、街の娘とは明らかに異なる気品の高さが見られた。これでは、質素な服装を選んで町に出た意味も成さないと嘆くのも疲れ、俺は無言のまま彼女を見守った。
料理を口にして、大層喜ばれている。成る程、美味な料理は彼女を一人のただの娘へと還元してしまうらしい。顔を綻ばせて、一口を堪能する姿はカルデラ一族当主の名も忘れさせるただの少女だ。
大分遅れて届いた料理に、俺も手を付ける。カリーナ様と同じものを頼む事に気が引けて、別の品を用意してもらった。外見は如何にも辛そうな赤さで圧倒されたが、いざ口にしてみれば不思議な事に、とても甘かった。
庶民に親しまれる味は、どんなに優美な食材を取っている高官の人間でも、舌を任せるほど旨い。だが彼等はそもそも下町の味にも興味を持たず、食したことも無いのに卑下する。それに比べれば、好奇心を示すカリーナ様は貴いと言える。
「おい、ジーデス。私にそれを献上しろ」
横柄な性格はどうにかして欲しいけど……。
匙で掬って、颯爽と頬張る。許可も無しに取るのはどうかと思うけど、まあ仕方ない。うっとりと顔を緩ませた少女の無邪気(?)な行動を咎められようか。
「悪くない味だな」
「自分も驚きですよ。これは味わい深くて、食わなかった事を悔いる」
「勿体無い……政界に跋扈する無能な権力者、伏魔殿の爺も哀れな事だ」
伏魔殿の爺って……恐らく国王の事だ。俺が彼女の前に仕えていた人物は偉大だと民から慕われるというのに、カリーナ様は忌憚なく揶揄する。もう流石としか言いようがない。
「そう言えば、無名は次の町に着いた頃か」
「ええ。勇者殿もリュクリルに到着したとの連絡を受けました。直に帰って来るでしょう」
「あの勇者、いまは魔族の侵攻が無いとはいえ……些か自由過ぎる」
「しかし、心強いですよ。カリーナ様を友人として、とても喜ばれております。国の中枢機関に重宝される『御三家』の一角ですし、力になりますよ」
「お前は奴がいると、困るのでは無いか?」
「はい?」
「頭髪と鎧が同色という点だと、お前の印象が薄くなる」
「ああ、確かに……。まあ、俺の存在が目立つ事はありませんよ。かの冒険者ガフマンに勇者セラですから」
「確かにな」
カリーナ様は笑って、食事を続けた。
× × ×
さらに半月後。
「おーっ!帰って来たよ、当主ちゃん!」
「カリーナだ」
勇者殿が帰還した。尤も、誰も呼んでなどいないが、セラにとってカリーナ様は二人目の友人であり、俺は三人目という称号を得た。
一人目がユウタである事は自明の理である。
勇者殿は大きな麻袋を背負って玄関に現れ、カリーナ様に溌剌とした笑顔で向かっている。鬱陶しいとばかりに顔を歪めているが、カリーナ様も本気ではない。
「お土産だよ、当主ちゃん」
「ほう……免罪」
カリーナ様は以外とチョロかったりする。
「勇者、頼んでいた物はあるか?」
「あい!」
勇者殿がどこから取り出したのかもわからない大量の紙を俺に手渡す。二人は既に理解しているらしく、俺はその紙面をあらためた。
「リュクリルまでの道中にある街の情報だ。これで<印>への手懸かりを掴む」
「やはり、侮れないな……」
「誰を軽視していたのかは知らんが、お前もまたこれから忙しくなるぞ」
「ボクも手伝うよー!」
まさか、あの人を殺せる仕事量の合間に、こんな事まで進めていたなんて。やはり彼女はどこまでも素晴らしい逸材だ。
とは言え、まだまだ子供。僭越ながら、少しは大人として良いところが見せられるよう、この自由奔放な勇者殿と頑固な当主様を見守らなくては。
もう、庶務なんだか騎士なんだか保護者なんだかよく解らないな。
次回は登場人物紹介です。




