秘めた想いの花は咲く
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“――ただ一人と決めた者にのみ捧げ、その矛や盾となって災いを退けよ。”
嘗て師より授かりし言葉は、今も強く志として宿っている。彼には居たのだろう。ただ一人と定めた愛する人が、その言葉を言わせたに違いない。
ヒビキが彼にとって、命よりも大切だった筈だ。結ばれる事は無くとも、傍で見守り続けた彼は、やはり主を守る剣だった。厳粛な戒律を課し、他人には理解し得ない天命を帯びる人間。
恐らく、その半生を抵抗に費やし、悔い無き選択を選んだ。愛する者を捨ててまで、理想を叶えんとする姿勢は殉教者である。
ユウタにすべてを託し、弟子の人生で証明しようと、命尽きる時まで戦った生き様を、誰にも知られず、賛美される事も拒んで、己が信念に血の一滴まで犠牲にした。
ならば、ユウタは叶えなくてはならない。
人並みの日常を、幸福を、愛情を掴み取る。それこそが、二代に亘ってヤミビトに抗う人間の意志にして、アキラとユウタの真髄。
ユウタは考えた。
己の幸せには、一体何が必要なのか。思索して間もなく、それが無為であると悟った。とうの昔に、自分は気付いているではないか。この身が何を求め、欲していたか。
だが、今それを獲得する権利も、資格も、自分の手にはない。
なら、せめて想いだけは口にしよう。そこから、新たに始めるのだ。
ユウタの胸に灯る火は、暗澹たる心の闇を切り払って決意させた。
× × ×
ハナエの居る部屋の扉、その横で床に小さく踞る少年の姿を全員が訝った。時に手を差し伸べる者はいたが、何かに取り憑かれたように動かず、黙然としている相手には、何を言っても無駄だと去る。一ヶ所に長時間留まって、その姿勢を変えずに固まっていた。
許可が出された。
ロブディのダンジョン内で発生した戦闘より、既に一週間が経過した現在、カルデラ一族の護衛の任を解かれたユウタは、屋敷に杖を置いて何も持たずに、ハナエが療養中の部屋を訪れた。
彼女を傷付けた武器を持ち込む訳にはいかない。武器を持たず、ただのユウタとして接する為に。
カリーナが先にハナエの様子を見る為に入室した。彼女の思惑は、あまりにもハナエの体調が優れないか、そしてユウタに心理的な負傷が無いことを判断する為だろう。ユウタとしては自分を慮ってくれる事は嬉しいが、どんな無惨な事実でも受け入れる所存だった。アカリに勇気を与えられた身として、ハナエの現状を把握する事は今後を左右する重要な案件だ。
ムスビが見舞を拒否し、ジーデスは屋敷で庶務の役を任され、セラは町へ出掛けてしまい、結果的にユウタのみが訪れた。ムスビに関しては理由は不明だが、恐らくハナエとの時間を邪魔しないよう、という気遣いかもしれない。
カリーナが扉を開けて現れると、嘆息して手を回して肩を揉んでいた。ユウタが話し掛けるのを躊躇し、その場で固まっていると彼女は無言で室内を指し示した。
それが許可だと察し、扉の前に立った。どんな惨状であろうと受け入れる。その上で償いをする覚悟もしてきた。意を決し、部屋の中へと踏み入る。
窓際のベッドに腰掛けて、ユウタを真っ直ぐ見詰める瞳には意思が感じられる。栄養を充分に摂取しているためか、疲労や憔悴の色は窺えない。
一見して、以前の彼女が健在であると判断したが、カリーナが傍に立った。
「一通り説明しよう。
お前が危惧していた感情の喪失とみられる反応は無い。これまで彼女を診た治癒魔導師や医師にも、笑いかけたり、不安に顔を歪ませる時があった」
「え、でも」
ヤミビトの力は、攻撃した敵対者の感情を奪う。その一刀が、命を左右する傷であるほど感情の損失は甚大だ。確かに、ユウタは仕込みの刃で正確に彼女の急所を貫いていた。旅に出て幾度も得た、命を潰す手応えそのもの。現に、あとわずかでもカリーナの魔法が無くては、ハナエの命はあの時終わって、悲嘆にユウタ自身も自我の存続は不可能だった。
「あのタイガと名乗る氣術師が言うには、そもそも、ヤミビトとは害意を退ける者。復讐も再起も許さぬ為の能力が、害意を取り除く類いならば、お前に敵意を懐かないこの娘に、失うモノがあっただろうか?」
「……つまり?」
「ハナエは敵に操作されながら、お前への攻撃を拒絶していたこと。そして、お前の能力がハナエには通用しなかった」
ユウタは彼女の言葉をゆっくりと嚥下する。つまり、殺害や傷害の意図を持たないハナエに、ユウタの能力は無効化されたのだ。それが意味するところは、どこまでも篤い信頼と友愛が己に向けられている証左。
ユウタが喜びにハナエの傍へと駆け寄ろうとするのを、カリーナが制止した。
「欠損した感情はなかったが、『後遺症』はある」
「後遺症……!?」
「ヤミビトの魔力だ。他にも敵を沈黙させる為に効率的な能力が備わっていたのだろう」
カリーナはハナエについて語る。
ハナエの容体は、命の危機に瀕するほどの急場は凌いだ。後は回復の傾向のみで、生命活動の維持に支障無く過ごせる。
しかし、問題なのは体内の氣の流動。ヤミビトの能力による影響か、その流れに異常を来した。本来なら、氣の循環は微かな変異でも死に至る。ハナエの存命はある意味では奇跡的であり、小さな『後遺症』で済んだ。
「文字魔法」による血液創造と、治癒魔法による掩護を行ったセラの力が無くては、さらに深刻な状態に陥っていたとされる。治癒魔導師たちも舌を巻いた回復の正体はこれであったが、やはりそれでも完全にヤミビトの力を免れなかった。
「ハナエは今、軽微な失語症にある」
「それは、どういう?」
「文字をしたためる事も、文章構成も行える。筆談は可能だが……意思を音として組成することが出来ない」
ユウタは硬直してハナエに視線を送ると、申し訳無さそうに顔を伏せてしまった。
脳の言語能力を司る組織に流れる魔力の変調で、声を出す事が出来なくなっていた。故に、この数日間を無言で過ごした彼女の検査は、本人から体調を聞くことができずに、慎重に進めるしかなくユウタとの面会が今日となった理由。
受け止めるとは言ったが、現実の重さにユウタは呆然とハナエを凝視した。
「治療法は二つ。
一つは可能性の話。お前達の故郷、すなわち神樹の樹液……。燃え滓にそれが通っているとは、到底思えないが。
二つ目は、非常に効率が悪いが、無名には都合が良いやもしれん」
「二つ目は?」
「氣術の一つには、人間の持つ氣の循環促進による身体能力や自然治癒力の強化があった筈だ。お前がハナエの氣を操作すれば、変わる事があるかもしれない」
「それだけで治るんですか?!」
「ただし。効果があるのは氣術が発動している間のみ。一度中断するだけで、またハナエは口を閉ざしてしまうだろう。
お前は常にハナエの傍に居なくてはならない、というのが問題になるや否か」
ユウタは押し黙った。存外悪い話ではない。ハナエの傍に居られる、それが苦痛になる事ではない。ただ、自分が引き付ける敵の矛先が彼女にまで向けられる未来が恐ろしいだけ。
「後は二人で考えると良い」
カリーナが退室すると、ユウタはベッドの方へと歩み寄る。俯いて表情を隠すハナエの手を握って、その体内に流れる氣の流れに意識を集中させた。以前の彼女とは違う部分を的確に見付け、その位置のみ氣術で人体を破壊しない程度に加減しながら、本来の道へと修正させる。
「ハナエ、話せる?」
「……うん」
ユウタは屈んだ姿勢から、その顔を覗いた。膝の上で固く握られた手に重ねて、氣術による操作を継続する。短かったが返答はあり、会話は成立するようだ。
「ごめんね、ユウタ。また、迷惑かけて」
「生きてるなら、それで良いんだよ。僕も取り返しの付かない事をした……僕の方こそ、済まない」
ユウタとしては、彼女に非がないと思っている。誘拐も、そして負傷も、すべて<印>がユウタを狙った結果の末に起きた出来事。決して彼女を紛糾できる者など居ない。
彼女が迷惑を被る度に、胸の内が後悔と自責で上塗りされていく。闘争における豊かな技能を習得しながら、無力感に押し潰れそうになった。隣で笑いかけてくれるだけで、どんなに救われた事か。その笑顔が自分を待っていてくれると信じたお蔭で、この辛い旅路を乗り越えられた。だが自分にも護れる力があると過信した矢先、またハナエを傷付けた。たとえそれが、抗い難い力の所為だったとしても、それを跳ね除けるだけの意思があった筈だ。
ユウタが伝えに来たのは、そんな自分との決別。戦いを、旅を終えて帰っても、そこから先は永久にハナエと過ごす日常は捨てるという宣誓。悲しいが、これが後に築かれる幸せを成す為に不可欠な儀式だと言うのなら、ユウタは惑わずに実行できる。
きっと未練はある。やり残しもある。この選択に対する悔恨に苦しむだろう。それでも、ハナエの幸せを望むならば、自分は彼女の人生には不要だ。両刃の剣たるユウタを優しく包もうとして、いつも傷を負う姿をまた見たくない。次の瞬間がいつ訪れるかも予期し得ない現状で、最大の安全策。たとえ、この後に誰も切らずに済む未来を歩めたとしても。
だが、ハナエは自分が居なくては、会話も成り立たない惨状だった。声を奪った相手を放置し、ただ幸せを祈るなど身勝手も甚だしい。
「僕には、君を守る資格も無い。本当なら君に触れる事さえ許されないんだ。だから今日、お別れを言おうと思ったよ」
「……ユウタは、そうやって、また突き放すのね」
否定しようとしたが、実際は図星であり、そもそも言い訳すらも思い浮かばず、ハナエの強い眼差しに口を噤む。確かに、捉え方としては逃避でもある。
「でも、解っただろう?簡単に、僕の力と本能は御しきれるものじゃないんだ。またいつ、君に切っ先が向けられるかも判らない。
それならいっそ、君の為にも離れた方が良い!」
ユウタは手を放して、両腕を広げた。自嘲の笑みを顔に貼り付けて主張する。ハナエが何かを言おうとして、言葉が途切れた。氣術の効果が切れて、伝える手段をユウタに封殺される。
「僕の手は血で濡れてるんだ。君が穢れてしまうんだよ?人殺しだよ、悪魔だよ、どうしようも無く殺し屋なんだ。自分の意思と関係なく、人を身勝手に殺める。そんな奴を許せる?待てる?」
自分で言い放ちながら、今にも崩れてしまいそうだった。見苦しい自傷行為としか見受けられない言葉は、すべてが事実である。彼の所為ではないが、歴史で紡がれて来た血は神の所有物。この世に生まれてから使命を全うすべく、長いとも言えぬ人生を神へ捧げ、役目を上決する。
返り血に染まる宿命。もう既にユウタは何人もの人間を斬り殺した。ハナエの前で見せてしまった時点で、手遅れだったのである。春にタイゾウとシゲルを討ち滅ぼした手応えに、再び悩まされる事は無かった。シェイサイト領主の館で守衛を屠った時も、リィテルでの動乱も、相手を戦って滅するのに、それは仕方がないと了解する自分で纏まっていた。唯一の救済は、この姿をハナエに見られていない事。
彼女の記憶の中では、常に綺麗でありたかった。再会しても欺瞞を張る気概で挑んだが、何もかもが露呈した。
「ハナエ、これで解決するんだ。僕らは長く共に居すぎたんだよ。これからは、お互いの人生を歩むんだ。それが」
ハナエがベッドから立ち上がり、ユウタの胸を肘で詰るように近付き、右腕を掴んで固定すると、その横っ面をはたいた。病み上がりの体で振り絞った打擲では、森の中の厳格な規律と修練に育てられ、強敵を幾度も倒した彼を気絶させる威力は無い。
それでも、ユウタを怯ませるには事欠かない痛打であった。動揺に思考回路は遮断され、ただ聴覚と視覚だけが、ハナエの一挙手一投足に注目する。彼女に暴力を振られる経験はあった。それは自分の非礼や間違いに対する叱責。決して理不尽に相手を傷付けないのが、この少女だ。
ユウタの右手に指を絡めて繋ぎ、目線で氣術を要すると命令していた。
「血に汚れたって、ユウタがわたしの大切な人である事に変わり無い。例え遠くたって、死んだって」
「相手を殺す、という行為を認める?」
「カリーナさんから聞いたよ。もう、絶対に無益で無駄な衝突は避けるって。なら、良いじゃない。それに、わたしがどうしたいかを、ユウタが勝手に決めないで!」
ユウタは息を呑んで、後退りした。頑固なのはカリーナだけではない。自分もまた例外ではなかった。ハナエの安全を確立させるべく、常に自分から突き放して、一切の意見や反論にも耳を傾けず、一方的に決定するのは常にユウタ。にも拘わらず、彼女の優しさに甘え、寂しい思いをさせながら結局何も果たせない。
村に嫌われても、ハナエはいつも訪ねて、孤独に埋もれていたユウタと時間を共有し、喜びを与えてくれた。ユウタ自身が、まだ何も彼女に返礼をしていないのが、過去を振り返ると明確だ。
いつも肯定し、耐えてくれた少女に、これ以上の意見が出来ようものか。
「わたしはリュクリルで何十年だって待てるくらい覚悟してたよ。だって、あなたが必ず帰るって約束してくれたから。そこから先は、ずっと一緒に居られるって、希望が持てたから」
「……ずっと……?」
「ユウタにとって、家族は誰?本音を聞かせてよ」
この先もきっと彼だけ――師匠のみが、ユウタの家族だと確信をもって言える。その愛は風化せず、壊死することもない不変の真理。
無論、ユウタも自覚はあった。過去に縋り付いたって、彼はもう届かぬ人。死人に愛情を求めたって、返ってくるのは虚しい沈黙と冷たさだけ。だから、思い出を繰り返し再生して、せめて空虚な心を満たし、延々と益体のない懐郷の情に浸る。
「それでも、僕の家族は……師匠だけだ。僕は彼さえ居てくれれば、それで良かったんだ。もう、居ないけれど……」
「そっか。ユウタは、家族が欲しいんだね」
歯車が噛み合うような感覚がした。ユウタの述懐から本心を見透かした一声に、酷く狼狽する。自分が何を求め、欲しているか。欲の形を示さぬまま旅を続け、<印>という憎悪の対象を突き詰める事に身を委ねて安息を得ようとしていた。
ユウタは自分が何をしたいか、漠然と考えてはいた。旅を終えたら、家に帰って師の墓に参り、ハナエとまたあの日常に戻るという未来。
「家族を感じられる場所に、帰りたいだけなんだよね。それじゃ、いつまでもユウタは独りだよ」
「僕は……家族が、欲しいんだ」
自分の口から溢してみれば、それがしっくりと来る。いつも空白だったその場所に、明瞭な輪郭を思い描けた。
ハナエはユウタの肩に身を寄せて囁く。
「ユウタが触れられないなら、わたしから行くよ」
掌に力が込められる。あたかもユウタの心を鷲掴みにする強さがあった。
「眠れないなら、一緒に夢を見よう」
ユウタの目元の隈に、空いていた手でそっと触れる。
「辛いなら、我慢せずに本心を聞かせて」
ユウタを片腕で抱き寄せる。その所作と言葉が相俟って、胸を締め付ける感覚に顔を歪めた。彼女が何を言おうとするのか、先に察知してしまって、止めようとした。言葉にしてしまえば、伝えてしまえば、二度と戻れない道を歩み出すことになる。しかし、意思と反して体が拒んでいた。寧ろ、歓喜に打ち震えている。
認めなくてはならない。ユウタ自身が願っていた事を、ハナエが成し遂げてくれるのだ。いや、ハナエとでなくては成し遂げられない夢に、今二人で作る為の第一歩を踏み出そうとしている。
ユウタもまた決意した。聞き誤る筈のない距離で告げられるハナエの心意に耳を澄まして。
「わたしが、ユウタの家族になるから」
ユウタはその矮躯を抱き返した。過去への固執、師匠への憧憬を忘れ、広がり続ける無窮の闇を切り裂いて、明快な理を示す道が導き出された。
ただ拠り所が必要だった。今在るモノで、自分を支えてくれる、揺るぎ無き絶対的な信用と親愛。それも持たず、闇雲に突き進むから、剣の切っ先が過ちを犯し、無用な殺戮を執行する。
認めて、愛して、包み込んでくれる鞘を探していた。
ハナエの気持ちを検める。彼女を疑うなど、厭わしい事ではあったが、どうしても確かめたい一心で問う。
「僕なんかで、良いの?」
「ユウタが良い」
「僕の力が必要だから?」
「力なんて要らない。二人で美味しいご飯を食べて、一緒に寝て、四つの季節を過ごす……それだけで満足なの」
「この性格は、きっと面倒だよ?」
「そんなの、もうずっと前から判ってる。それがどうしようもなく、愛おしいから」
変わらない。自分が欲しい言葉を、彼女がすべてくれる。
ユウタは安らぎと心地よさに瞑目する。思えば漂泊の旅の終点にしか見えないという不安があった自分の願望に、漸く解答を見付けて、それをハナエが確約するという理解を得たとき、すべてが癒されていくのを感じた。これから数限りない絶望を味わい、数多の嘆きを経験するだろう。
それでも、もう自分を偽る事などしない。師からは生きる術を、アカリから勇気を授かった。
そして、ハナエが夢を叶えてくれた。
「こんな僕で良いなら、君を幸せにすると誓うよ」
「本当に?」
「もう、突き放したりしない。ずっと、傍に居る。君が嫌がらない限りは、この手を放さないつもりだよ」
「良かった、諦めなくて。わたし、ユウタが幸せならそれで良いと思ったけど、やっぱり駄目だった。一番近くであなたを見ていたい」
「未来でこれ以上の幸せがあるなら、怖いなぁ」
「これ以上?」
「ハナエと式を挙げる時かな」
純粋な気持ちを吐露する。ハナエに対して、何かを秘匿するなど唾棄すべき所業だ。
虚飾の無い本音を臆面無く晒すユウタに、彼女も頬をほんのり赤く染めて微笑する。その情景を想像して、繋がれた手に自然と力が入る。言い表せぬ幸福感に、ユウタも共感してくれるのかを尋ねる。
「ユウタは幸せ?」
「嘗て無い程に。今なら死んでも良いくらい」
「冗談でもやめてよ……。その、ムスビさんじゃないけど、良い?」
「?うん。僕にとっては、この世で最も大切なのはハナエだよ」
「……ねぇ、ユウタ。わたし、言って欲しい言葉があるんだけど、当ててみて」
少し後ろへと退いたハナエが、翡翠色の眼差しで下から覗いている。ユウタは彼女の思惑を察し、照れ臭そうに後頭部を掻いた。物欲しそうな態度に、応えなくてはならない。
格好だけでも作ろうと、襟を正して超然と背筋を伸ばすと、視線を返した。ここに永久の契約を結ぶ――主を定めた剣ではなく、対等な人間として、愛する者に捧ぐ。
「愛してるよ、ハナエ」
「うん、わたしもあなたが大好きです」
花は芽吹く。想いを募らせた蕾は、遂に美しい花弁を開いて美しく咲き誇る。
ハナエは今日、想い人と結ばれた。
今回、本作を読んで頂き、誠に有り難うございます。本章はカリーナの頼もしさ、アキラの道程、ムスビの変化を書きたいが為に早足となってしまいました。
ただ、不安定で依存症じみたユウタの妄執と、ハナエの想いが成就する話も書けて満足です!
次回、第四章が終わりますと、恒例の小話を挟んで、登場人物紹介で締め括ります。
第五章の題名を明かすと『◯◯◯と◯◯◯の◯◯◯』です(ほとんど判らない……)。
次回もよろしくお願いいたします。




