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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
一章:ユウタと神樹の村
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旅立ちの日

更新がこれだけ早いと、少し不気味に思われるのは何故でしょうか。というか、知人に秘匿していたネット小説が露呈してしまったのが、非常に恐ろしい。

 文面に人柄って、出るのかな・・・。



 旅に発つ。

 好きだった村を失い、愛していた家を捨てた。それがまだ純粋な少年の胸を穿つには、あまりにも酷なほど大きな衝撃がある。

 それでも、目的を持って進み出た世界を歩く内に、様々な出会いを果たしていく。そしていつしか、彼が世界にとって欠け替えのない人物であると、周囲に知らしめる事となる。

 皆が口を揃えて

 勇敢だ。健気だ。謙虚だ。


 その姿を称え、崇め、慈しみ、人々は彼をこう呼ぶ。



 ──“氣術師のユウタ”と。





   ×      ×      ×




 リュクリル──国境に位置する神樹の森から、南へと下って最初にある町。内陸ではあるが、川による運搬技術によって、王国との物流促進を成功させ、まだ発展途上にある。この町で不吉な噂が立ったことはないが、やはり神樹の存在は民衆に行き届いた。

 先日、煌々と夜空を照らしながら、崩れていった巨木。神聖とされ、ある地域では御神体ともされていた象徴が、一夜にして倒れてしまったことを。近々、調査隊が差し向けられるであろう現場に人がいないのは容易に想像がつく。

 そして──神樹の倒木とともに、リュクリルを訪れた二人の子供を、皆が懐疑的に見た。だが、それでも火事から逃れて来たのだと訴える少年少女の傷口を刺激する罪悪感に、皆はそれを包み隠し、二人を迎える。


 金色の頭髪をした少女は、その容姿と優しい性格があってか、周囲の信頼や好意をすぐ寄せ、数日の内に町に馴染んだ。最初は陰鬱な気分に、その笑顔がみられることは無かったが、傍で献身的に尽くす少年を介し、町民と関わっていく過程で本来の明るさを取り戻しつつある。無論、全員が悟っているのは、その隣に立つ少年に対する彼女の絶対的信頼と淡い思慕。なかなか疎い少年との擦れ違いに、全員が注目してしまっていた。


 黒髪の少年は、準備に追われていた。彼女が一刻も早く町に順応できるよう腐心し、自分の用事を後回しに奔走している。その行動のお蔭か、二人に今まで向けられていた疑心の印象は、あっさりと払拭された。彼と同年代の男たちは、すぐにでも友人にと彼を勧誘する。だが、町に来て以来、何かに終われているように忙殺されている少年に、己を優先させることに気が引けて、いつしか見守られるようになっているた。



 生木で組んだ背負子に薪を乗せ、森の中から帰ったユウタは、いま厄介になっている家の扉を叩く。最近、この家の為に森から二往復もして取ってくるのが習慣となっている。日頃から森林を駆け抜けて体力のあるユウタとしては、特に差し支えない作業だった。

 神樹の燃焼──あれから一月が経つ。

 ギゼルの娘が世話になっている家に押し掛けるのも気が引け、後に訪問するとしてハナエとユウタは別の家に引き取られる形となった。その厚意を恩として、せめて少しでも返せるように家事や雑務を進んで手伝っている。

 この家は、街道と裏町に面しており、鍛冶屋を営むトードと、呉服屋のミオの夫妻で生計を立てていた。この町でも知られる有名人で、この家を一日に訪ねる人間が多い。その人脈の多さに、村に閉じ籠っていたハナエとユウタは驚かざるを得なかった。

 裏町は基本的に繁盛していて、町人でいつも賑わっている。その喧騒は、村に居た頃とは想像も付かない騒々しさであり、好奇心に二人で人混みに紛れ、何度も迷った。これから住むとなると、ハナエも難儀である。

 街道は、森の近くとあって田舎でもあり、時折旅人や、或いは傭兵などが道草を食う場所となっている。ユウタは度々、町に来訪した彼らに質問などを重ね、知識を蓄えていった。経験に基づく話が、何よりもの力になると考えたからである。


 裏町の人気者となったハナエと違い、街道で仕事を積み重ねるユウタは、次第に町人から離れていくのだった。

 開いた扉に身を滑らせ、竈の前へ背負子を下ろす。荒縄を緩めて薪を解放すると、一つずつ丁寧に重ねて配置した。上に鍋を準備し、不備がないかを確認して火を付ける。魚を汁に煮込んだものは、ユウタにとって森に居た頃から変わらぬ食事である。

 完成を待ち、室内を見渡していると、仕事を終えたトードが無造作に脱いだ上着で汗を拭っている。椅子に荒々しく座ると、天井を仰いで深く深く息を吐いた。恰も煙草を嗜んでいるように、口先から漏れた吐息に紫煙が混じって見えた。


「ったく、最近旅人が多い」


「ご苦労様です」


 ユウタが遠慮がちに声を掛けると、ようやく気配に気付いたのか、背凭れにしなだれかかっていた体を跳ねさせ、少年を凝視する。その反応が猫に似ていて、思わず可笑しくて笑ってしまった。

 恥ずかしそうに後頭部を擦って視線を逸らすと、手拭いを机に方って膝に頬杖を付く。


「お前さんらが来た、神樹ってえのが関連してるのかね」


「…かもしれませんね」


「おう、もう二束分も取ってきたのか。今日は良いから、オメェも裏町で遊んでこい」


「いや…どちからと言うと、僕は親方との生活の方が楽しくて」


 友人のできないユウタを気遣い、提案したが苦い顔で却下される。

 ユウタとしては、親方(トード)との生活が心なしか己の師と似通った点があり、懐かしさに思い浸っていた。心配されるのが心外ではないが、無理に付き合わせていると誤解されると、申し訳無くなる。


「やっぱ、あの子(ハナエ)を置いて行くんか」


「ええ、決めたことです」


 澱みなく、虚飾のない首肯に何も言えなくなったトードは、小さく「そうか」と返すだけだった。

 ユウタは、一月経過した今、いよいよ町を旅立つ準備に取り掛かっていた。置き去りにするハナエを気の毒に思い、せめて快適に生活できるだけ環境に慣れるよう手伝うことに徹した。その努力も実り、今では村に居た頃よりも輝かしい笑顔を見せる。

 潮時だ。ユウタは、彼女に知られぬように早速下準備を開始する。足りない物に関しては、時折親方の伝を恃みに店で働き、路銀になる分も確保した。いままで触れなかった貨幣制度に対する予備知識も弁え、出立の日にちを明日に決定した。

 旅の目的は、逃亡した二人の守護者。まだ決定した訳でもなく、その生存すら疑わしいが、彼等が神樹の村を焼き払った首謀者だと推測し、その追跡をすること。彼らの策謀は知らないが、何の目的もなしに旅をするよりは良いだろう。ゆっくり、観光でもしながら標的の影を捉えられればと考えている。トードには安直だ、と言われたが……。


「あの、今まで大変お世話になりました」


「いや、良いよ。久方ぶりに、良い息子を持った気がするわ。ありがとさん」


 ぶっきらぼうに答える彼への返礼が、家事の手伝いだけだと思うと不満に眉を下げる。ユウタは感じた恩を、自身の内で肥大化させてしまう傾向がある。旅先でそれが不運に襲われる要因にならないか、トード内心で思いながら口を噤んでいた。一月だけの仲だが、ユウタを息子のように慮っている。その親愛が、また少年の心に沁み入るのだった。


「お、オメェさん。護身用の得物は?」


「えと、一応は短刀、仕込み杖を一本ずつ」


「あの仕込みの方は強度がイマイチだ。もし、打ち合いにでもなりゃすぐ折れるから控えろ。それと、あの短刀なら止めとけ。もうガタがきてやがった。ありゃあオメェさんのじゃねぇだろ」


 鍛冶屋の心眼は、どうやら刃物にも通ずるらしい。包み隠しても無駄だと、小さく頷いた。ユウタの反応にふん、と鼻を鳴らして席を立つと、仕事場へと戻っていった。その様子を目で追ったユウタが、暫く待機していると再び室内にトードが姿を現す。戻ってきた時、片手に一振りの小太刀だった。それを抱えて渡す。

 黒檀の鞘に収まっており、鍔から腰紐に結べるようになっていた。一種の骨董品を見ているようで、感嘆に震えながら硝子物を扱う丁寧さで受け取る。把を握って抜くと、二尺ほどの刃が窓から差し込む日の光を鈍く反射する。青々とした鉄の妖しさに見とれた。


「それ提げときゃ、不用意に悪意を持った人間が近づくこたぁない。言っとくが、飾りじゃない…本当に人を斬れるからこそ、気を付けろよ」


「ありがとうございます」


 一つ付け加えて忠告するトードに一礼し、目の前で素早く納刀する。鞘と鍔が良い音を立てた。

 ユウタは自分の為に提供された部屋へ向かい、小太刀を準備した品々に並べた。


「よし」




   ×      ×       ×




 ユウタが拵えた煮物の料理を、夕食として食べた。ハナエとしては、一番の好物らしい。食卓を囲う四人での会話は、ユウタにとって楽しい場所である。


「ハナエちゃん。今日も男の子に愛の告白を受けてたのよ」


「そりゃあ、一発ひっぱたいてやるしかねぇな」


 朗らかなミオの人柄と、トードの性格は絶妙に互いを飽きさせぬものとなっている。その二人の会話に、気後れもなく参加している彼女を見る。


 ──もう心配要らないだろう。




 その晩、ベッドに腰掛けていた。旅の興奮に眠れず、体を休ませるべき時間帯にも意識が冴えていたユウタは、荷物を眺めて唸った。

 旅立ちの挨拶をせずに立ち去るべきか否か。

 ギゼルの娘には、一応伝えてある。ハナエには無用だから黙っていてくれとは頼んだが、女の子は時に男を振り回したくなるところがある。既にハナエに露呈している可能性もあるだろう。


 寝台の傍にある灯りを消して、横になった。

 せめて瞼を閉じよう。朝方に出発できれば、痕はなんの問題もない。冴えた意識も、閉ざされた視界の闇に溶けるように、いつの間にか手放していた。



   ×     ×     ×




 意識が覚醒して、上体をすぐ起こした。

 外の景色は、朝霧に包まれていて、まだ薄暗い。朝の光を待ちわびて、まだ町が眠っている時間帯だった。ユウタはすぐに支度を始めた。


 裁付袴の腰紐を引き締め、草履の鼻緒に指先を滑らせると、踵と甲をきつく紐で固定する。脚絆を脛に巻き、竹笠を被った。一包みの背嚢には、旅に最低限必要な物だけを入れ、腰紐に小太刀を差す。

 トードが譲ってくれた物が、随分といまの旅人からは見慣れない物ばかりである。確かに旅には適しているが、少し目立つのではないかと自分の姿を検めた。とはいえ、恩人からもらった品に苦言を呈することも出来ない。

 襷で袖を絞り、仕込み杖を片手に外へ出た。


「え、嘘?」


「ふん」


 玄関を開け、視界に入ったのは仁王立ちをしているハナエだった。まだ裾の長いワンピースの寝間着で、朝霧の中でも凛然と佇んでいる。


「君は何をしても画になるな」


 呆れ半分にそう言った。


「わたしを置いてでも、行くの?」


 彼女の問いは、ユウタが旅を口にすると受けるものだ。何度同じ回答をしても、彼女が快くそれを承諾してくれた事はない。あれだけ入念に準備をしていながら、ハナエという難関を突破する為に説得しようという試みをしなかったのは愚作だった。

 ハナエとしても、彼がいつ頃出るのかを察していたらしい。それが、ギゼルの娘からの言伝てを受けて、確信へと変わった。


「そっちで徒党を組んだか……」


「行くんだね」


「うん、行ってくるよ」


 ユウタは彼女の前まで歩き、その両手を握った。祈りを捧げるように、その手を額に寄せて瞑目した。

 昨晩の食卓を見て、三人が家族と言われても自然な様子に納得し、ユウタは心置きなくハナエを任せて出られる。そう了解したのは、トードとミオだけであったが、主張を曲げない少年にハナエも諦めていた。


「今までありがとう。大丈夫だよ、また帰ってくるから」


「ん…じゃあ、待ってる」


 目尻に涙を溜めて、少し泣きそうになっている彼女の頭部を胸に抱いた。その髪を撫でた時、その香りに包まれた時の安堵。暫く感じられない距離にあると思うと、胸の内に寂しさが巣くう。

 ユウタはハナエを放した。


「ユウタ。それ、トードさんからの譲り物でしょ?」


「うん?そうだけど」


「十数年前に、この町を訪れて森に消えた旅人がくれた旅服らしいよ。──多分、ユウタの師匠かもね」


 考えもしなかったと、愕然と口を開けて硬直する。その反応が面白いかったらしく、ハナエは腹を抱えて笑った。朝の静寂に谺する少女の笑声は、ユウタが後ろ髪を引かれない清々しい声だった。

 ユウタは竹笠の鐔をあげながら、後ろで手を振るハナエに応える。背を向けて歩き、肩越しに朝霧に遠退いて霞む少女の姿を見守った。


 最後に繋いだ手は暖かく、そしてまだ掌で微熱を放って残っている。完全に姿が見えなくなってからは、街道を進んで町を出た。



 ユウタはもう、振り返らなかった


























次回は小話を挟んで、次のエピソードに映り・・・の前に前日譚をやりたいと思います。

 アクセスして頂いた方、読んで頂きありがとうございます。引き続き、この作品をあたたかく見守って頂ければ幸いです。

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