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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
四章:カリーナと図書館の鍵
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ハナエの涙/ムスビの本心

更新しました。少し会話文……?



 ムスビは、知らない。

 自分の体内が、知らぬ内に変革されている事を、まだ把握していない。血管を巡る魔力が変調し、体を侵食している力の正体も。実際に、痛みや体調不良など、ムスビの感覚に訴える現象が生じたことはなかった。

 それでも、体はその変化を現し始めている。


 ユウタは、知らない。

 自分の本能が、無自覚で体の支配権を掌握する寸前まできていることを。その戦闘力が遂げる著しい成長も。戦いの中で変化する心身は、自分が勝ち取ったものだと思っているし、実質その通りである。

 でも、その過程で過分な死を、自身の手で作り上げている。



 二人はリィテルでの出来事を経て、遂に道を踏み出したのである。自分に課せられた“役割”――神代より継承される“意味”が、その全貌を明かそうとしていた。

 ユウタは春より続く、黒印の成長。

 ムスビは魔力濫用で変色した頭髪。

 奇妙な現象だと感じながら、特にそこへ深い疑問を覚えることなく、旅を二人で続けた。それがどれだけ、危険を伴うものであったとしても。

 二人は本来の“在るべき形”から逸脱し続け、次第に本能とも呼べる“何か”が、それを修正しようと働いている。止まらず、滞らず、蟠らず。川の流れを、一尾の魚が変える事など出来はしない。その抵抗も間も無く消えていく。


 彼等が進む先で問題に直面し易いのは、確かに“二人の性質”の所為だ。何故なら、それを阻む為の舞台を、“何か”が仕組んでいるのだから。

 どれだけ願っても、どれだけ望んでも、どれだけ縋っても、叶わないのが世界の条理。その人生は太古に定型を与えられているのだ。

 北の大陸に居れば、ムスビは苦しむ事はなかった。

 森の中に居れば、ユウタは苦難に見舞われる事はなかった。

 素直に従えば、より多くの物を得られる。二人はその権利を放棄し、自ら破滅の道を歩み始めているのだ。


 そして、それを断罪する裁きの一手が、いよいよ下される。

 ユウタの精神を決壊させ、本物の“機械”とする為に。

 ムスビの肉体を再構築し、本物の“器”とする為に。

 二人の意思など関係ない。彼等が望むのではなく、誰かが望んだ容でなくてはならない。誰にも非はなく、責められる道理は微塵も存在しないのだ。


 交わっていた糸が解ける。

 約束が、愛情が、乖離の一途を辿る。二人はそれを受け入れるだろう。いつしか、何故そんなに苦しんでいたのかも判らなくなる程に。


 二人には、選択肢は無い。

 あるとするならば二つ。

 それは切り捨てるか、享受するか。






   ×       ×       ×




「ん……?」


 目を覚まし、視野に映る人影に目を凝らす。まだ朧な視界に、誰かの笑顔が見えた。それに全身が粟立つ。背筋を舐め上げられたような不快感と恐怖が総身を震わせた。

 この感覚は、まるで――ムスビは頭を抱えそうになって、後ろ手に合わせた自分の手に抵抗感を覚える。驚いて後ろを見れば、手首を縄で縛られていた。足も同様に、堅い結び目は容易に解けないだろう。

 ようやく明瞭になった景色で、笑う影の正体を解明する。――白い東国の装束に身を包む少年が、こちらを見下ろしていた。背が高く、癖のある黒の短髪は、どこか自分の相棒と似ていると感じた。

 これが自分を捕らえた人間?

 だが、記憶を辿ると、自分が図書館で襲われたのは大男だった。ならば、大男の仲間に相違ない。


「おはよう」


 開口一番の挨拶。

 ムスビはこの不審な人物に対し、敵意を隠さずに身動ぎをして、必死に腕を抜こうとする。魔法を使うには、詠唱が必要だ。相手がそれをさせてくれる訳がない。


「あれ、無愛想だな。そんなに嫌いか、意外と女性には好評な方なんだけどなぁ」


 首を捻り、瞼を閉じて唸る。


「もしかして、ヤミビトに惚れてる?」


 虚を衝いた質問――ヤミビトと呼んだ事もあるが、その顔が脳裏に浮かんだ瞬間、体が熱を帯びていくのが解る。恐らくは目に見えて顔が赤くなっているだろう。動揺を悟られまいと振る舞っても無駄だ。

 ムスビは図星じゃ無い、と反抗を含む視線を向ける。

 その反応が面白かったのか、目尻に涙を浮かべるほど大笑した。額に手を当てて天井を仰いでいると、身を屈めてムスビに顔を近付ける。互いの鼻先が擦れて、吐息がかかる距離。背筋を駆け上がった悪寒に、小さく悲鳴を上げると、少年が口許に笑みを絶やさず、ぞっとするような冷酷な眼差しを放った。


「身の程を知れよ、『魔術師』がヤミビトに何をしたのか、知らない癖に」


「え……?」


「歴史なんて関係ない?そう言い訳しても良いさ。でも、残念だな~可哀想だな~。『魔術師』、君の所為でヤミビトは道を踏み外し、今まさに崩壊を迎えようとしている」


 様子が一変した少年に怯えるムスビを責め立てる言葉を紡ぐ。その声音には、紛れもない憎悪が滲み出ていた。面識がない筈なのに、この少年はさも己が苦行を強いられたみたいに話す。

 ユウタが道を踏み外した、その言葉の真意を察することができない。


「先代ヤミビトが、何もかも無茶苦茶にしたんだ。そして後から君が手を加えるから……だから我々――<(スティグマ)>が強引な手段を講じるしかなくなるんだよ」


「スティ……グマ……ッ!」


 ムスビの顔が憤怒に歪んだ。手足を拘束する縄が、抵抗する力にぎしぎしと音を立てる。それでも解けず、凄まじい剣幕で迫ると男の顔が引いていった。

 すると、また笑顔を顔に貼り付けて、背を向けた。今なら魔法を放って、背後から仕留められる。……なのに、何故か全身を圧迫する威圧感にムスビは硬直してしまった。今まで感じた事の無い殺気の強さに、本能的な恐怖で全身が畏縮する。


「君は“仕上げ”で使うよ。あと必要なのは……これだけだ」


 少年が振り向いた先に、寝台がある。

 その上から、金色の髪が少し垂れていた。その艶、妙な色気、ムスビは即座にその正体に気付いた。


「ハナエ……?」


「思わぬ収穫だったな。まさか、ヤミビトの幼馴染だなんて。これを使えば、確実に……壊せる」


 不穏な空気を漂わせる少年から後退りする。

 ユウタの破壊を意図する言動を見せるが、実質それがどんな方法で、一体どんな結果を望んで実行されるものなのか想像が付かなかった。ムスビだけでは事足りないからこそ、ハナエを用いるということ。――即ち、ユウタの精神を支えていた大切なモノを悪用する心算だ。

 自分達を人質に、協力を強制することも考えられるが、精神の破壊が目的ならば、きっと殺される可能性が高い。


 決死の覚悟で、ムスビは口を開いて呪文を唱えようとする。魔法さえ発動してくれれば、この至近距離で確実に相手を倒せる。如何に頑丈な肉体でも、背後からの攻撃で意識を断つことはできる筈だ。


 声を出す寸前で、喉元に白刃が光る。少しでも喉を動かせば、切っ先に血が付く。振り向いて剣を向けている少年に戦慄し、口を閉ざして後ろへ倒れるしかなかった。身を翻すまでの動作が、まったく見えなかった。一番傍で見てきたからこそ、判るのはユウタよりも速い。


「無駄な抵抗はやめて、大人してくれ」


 腰の鞘に納めて、その場から立ち去る。その背を見送って、ムスビは這いずりながら、寝台へと近付いた。せめて、ハナエだけでも解放できれば、この状況を打開する為の案も思い付く。


「ハナエ!」


「……ムスビ、さん」


 弱々しく応答する声は、間違いなくハナエだ。安堵にため息をついた。立ち上がる事ができないため、まだ彼女の姿の確認は済んでいないが、受け答えが出来るならばまだ大事に至らない程度である。

 寝台の固い面で寝返りを打つハナエが、上から顔を覗かせた。外傷はなく、しかしその顔面が血管が透けてしまう程に白い。


「どうしよう……わたし、またユウタに迷惑を……」


 ハナエの呟きに、思わず笑ってしまった。

 彼女には、自分が何らかの不祥事に巻き込まれた際、必ずユウタが助けに来るという確固たる自信があるのだ。そして、積極的に危険を冒してでも自分を救う為に戦うと、然るべき常識の如し認識を持っている。そこからユウタ傷付くことを危惧する心が生まれているのだ。

 自分の身より、彼のことを祈る。

 ムスビは呆れて笑った。

 そう言えば、自分もユウタに救われる時、そんな状況だったと。深い傷を負い、完全に癒えてもいない体でムスビを助けに来た。

 身内の為なら、誰を切り伏せても構わない。自分自身が守れる範囲を全力で守ろうとするのがユウタだ。断じて、暗殺者として使役されるヤミビトなどではない。きっと彼の師もまた、それを望んだ故にヤミビトの名を彼に継承しなかった。


「そうね。まあ、あいつが負けるなんて無いわよ」


「でもっ……!」


「だって、大事な大事な幼馴染が捕らわれてるんだから、あたしよりも優先して来るわ」


「ムスビ……さん?」


 ムスビは、ハナエの顔を見上げて微笑んだ。


「間違いなく、あいつが愛してるのはあんた。あんたの居場所が、あいつの生き甲斐。言ってたわよ、旅が終われば何がしたいかって聞いたら、何て答えたと思う?

 家に帰って、ハナエと飯が食いたい、だって。どこまでも、あんたに染まってる」


「……違うんです。本当に……みんなはそう言ってくれるけど、違うのぉ……」


 ハナエの双眸から涙が溢れた。唇を噛んで、感情の爆発に耐える苦悶の表情である。予想外の反応にムスビは狼狽して、思わず顔を背けた。ユウタに愛されていると言われて、なぜか喜ばない。その理由が全く理解できない。相思相愛だという事実を、なぜ彼女は悲観的に見るのか。


「ユウタは師匠の……「先生」が死んでから、何も変わらない。あの人が居なくなって、ずっと孤独なの。隣には誰もいなくて」


「……」


「ユウタは、家族みたいって言ってくれる。でも、ユウタにとって、「先生」は何よりも大切な、唯一の、本当の家族なの」


 ハナエの記憶では、いつもユウタは一人である。

 村を訪れる事はあまり無く、一時期何度も通う姿が見受けられたが、それでも一人で行動していた。「先生」の死後、守護者との交流はあっても直接的な村との関係を持とうとしない。


 一度、家を訪れた際に、ユウタが師の墓石に対し、一人で何かを語っていた。その背中からは、途方もないほどの愛と、そして取り残された孤独感と寂寥感が重く乗し掛かっていた。ハナエが傍に立っても、彼女の存在に気付かないほど、もう居ない師との会話に熱中している。

 どこか壊れているのかもしれない。とうにその心は軋みを上げて、もう崩れ去ったと感じた。ハナエは彼の隣に立つ度に、どうあっても自分では救えないのだと思い知らされる。

 ユウタとの関係を知る周囲は、将来契りを交わし、生涯を共に添い遂げる運命なのだろうと言った。それを嬉しく感じない訳がない。それでも、ユウタの隣は、空席のまま誰も腰掛けることの許されない絶対領域になっている。

 ユウタが規範とするのは、常に師だ。“あの家”に帰りたいと願うのは、きっと忘れられない思い出があるから。ユウタという人間を世界と繋ぐ、唯一無二の場所だと、本人が信じて疑わない。

 本来なら父母に育まれるモノも、ユウタには欠けていた。だから、師から教えられた武力を活かす為の戦場に自ら身を投じている。誰かの制止も振り払って、猛進するだろう。そうすることで、師との絆を再確認できるからだ。


「ユウタは、ただ「先生」と一緒に居たいだけ……」


 ユウタは愛情に飢えている。だが、それを求める対象はただ一つのみ。それがもう、存在せず、取り戻しようもないと理解しながら、望まずにはいられない。

 強敵に立ち向かい、仲間を救うべく奮闘する強さを見せても、その心は常に空虚だった。どうあっても埋められぬ虚ろな闇を孕んでいる。満たされない器に、ユウタの願望だけが募っているのだ。

 仮に師が甦るような事があれば、それこそ誰もが介入できない。邪魔をするなら、たとえハナエだろうと切れる。


「誰も、ユウタを独占できない。わたしは「先生」の代替品であって、それでもユウタを満足させられない、ただのお飾り」


 悲痛な響きを持つ声に、ムスビは振り向けなかった。きっとハナエが、誰よりも了解して苦しんできたのだ。彼女を嫉妬し、恨んだ者か少なからず居る。――自分がそうだったように。


「だから、ムスビさんが羨ましかった。ユウタが戦場に立つと、近くにいる人はいつも死んで、彼しか残らなかったの。だから、背中を合わせて協力できるムスビさんの強さが、わたしが欲しかったモノ。わたしも強かったら、きっと……」


「……あいつの傍で戦えた事なんてないわよ。協力は出来ても、守れる事は一度だってない。そうね……旅の間に用意された、ハナエの代替品よ」


「そんな、自分を卑下しないで」


 ムスビは顔だけでなく、転がって背を向ける。ハナエの顔を直視することを反射的に拒んだ。彼女の述懐を聞いた後、吐露してしまった本心を今更隠せはしない。隠そうとしても、口から溢れる。


「あたしは、あんたが妬ましい。いつだってあいつの心にいて、嬉しそうに語るから。どれだけ旅で一緒に居ても、濃密な時間を過ごしたって、あたしよりハナエを誇らしげに思ってるの」


「……ムスビさんは、ユウタのことが好きなの?」


 核心を付く質問に、ムスビは無言だった。頷けば何かが終わる気配を感じる。それが、ユウタとの相棒として、というのがすぐに浮かんで頭を振った。認めたくはないが、心の内はそれを肯定している。

 もし、ユウタと結ばれる未来が来たのなら、喜んでその幸福を享受できる自信があった。出会ったばかりで間もないのに、自分を気遣い、深傷を負いながらも助けに来てくれる。ムスビの為ならと、命を懸けて敵と戦うのだ。

 聖女護衛の時、ムスビとセリシアを守る為に敵の懐へ潜り込んで行った時は、嬉しさがあった。

 ムスビは、ハナエと似ている。

 己の危険を顧みず、命を擲って身を捧ぐ人間に惹かれてしまう。


「わたし、負けませんよ」


「……ふん、勝手にやってなさいよ」








今回アクセスして下さり、誠に有り難うございます。次回から、ユウタとムスビをとことん追い込んでいこうと計画しています。


次回もよろしくお願いいたします。

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