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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
四章:カリーナと図書館の鍵
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ロブディの図書館迷宮

更新しました。



 ユウタは、ジーデスが語る屋敷を訪れるまでの経緯を聞いた。ハナエが忽然と姿を消し、その捜索に町中をひたすら奔走した彼の努力と、それでもなお未だ発見できない事実。始終を無言でいたが、心を掻き乱す不安に落ち着いてはいられなかった。

 この事態で不安だったのは、最近このロブディで町人行方不明となる事件が相次いで発生していること。更に加えて、ダンジョン内でも冒険者もまた続々と同じ被害を受けていた。

 これを道端で会話をしていた冒険者から聞いたジーデスは、ハナエが今回の被害者になったと直感した。彼女の容姿は人の意識を惹き付ける――無差別に、悪意のある人間すらも。目につきやすかったのかもしれない。

 行方不明者が続出する原因を、カリーナは集団的犯行と推測していた。彼女が事件を知ったのは、今朝の書見台に載せられた書類の中の一枚、ロブディ冒険者協会より協力して欲しいとの申請書だ。

 被害者が出た時、相前後して、さほど時も置かず離れた場所で幾つも同じケースが発生した。如何に優れた魔法を持つとは雖も、これを為し果せるほどの技術はそうそういない。


「カリーナ様、“敵”が潜伏していると思われる場所は、解りますか?」


 ユウタは“敵”と呼んだ。誰もが問う事もせず、既に少年が幼馴染の少女を奪還する決意を固めていたのだ。惑う時間もなく、ジーデスが話し終えた途端に、もう決然と胸の内に覚悟を秘めていた。

 カリーナは、広げた地図の上を指差す。

 彼女の手元をみて、その場の全員が慄然とした。示されたのは、過酷だと嘯かれるロブディのダンジョン入口。この内側に敵が潜んでいると言うのだ。


「ダンジョン内で人間が消える。仮に町中に奴等が居ると仮想して、話を進めよう。例えば相手を失神させて、担いで運ぶとすると、間違いなく入口付近の人間や道中ですれ違う冒険者に訝られる。故に、内側から運び出すのは不可能。一々道に立つ人間の目を掻い潜るのは至難の業だし、倒して進むには何度も実行できまい」


「逆は……ダンジョンへと運ぶのは?」


「難しくはないが、そう頻繁に何度もやれば流石に疑われるだろう?ギルドへ申請して、中身を確認なんてされたら終わりだ」


 ユウタは地図をもう一度みて、ジーデス達を置いて部屋を出ようとする。


「待て、私も行く」


「……カリーナ様?奴等がカルデラ一族の貴女に目を付けたら、どうするのですか?」


「カルデラ一族だからこそ、目を引きやすい。誘き出す餌には丁度良かろう」


 自身を囮に、集団を引き出すと豪語するカリーナに唖然とする。兄のムンデは言葉を失って、あまりの驚愕に数歩後退して壁に凭れる。本来は戦場に立つ事などないカルデラ一族には、有り得ない行動だ。


「それに、私の傍にはヤミビトがいる。そうだろう?」


「……はい、その為の僕です」


 カリーナの同行を承諾すると、ジーデスへと振り向く。彼もまた長剣の把に手を添えて頷いていた。


「勿論、同行させてもらう。ハナエの護衛たる者が不参加とはいかないだろう?」


「次の失敗は許しませんよ」


 ユウタは冷淡な眼差しと共に彼を認めた。

 カリーナが手を叩く音で、全員の注目を集めた。


「それでは、三時間後にダンジョン前で集合だ。それまで各自、万全の準備を済ませておけ」







  ×       ×       ×





 ――数時間後。



 ジーデス、カリーナが集合した。

 ダンジョンの入口でユウタは、二人の到着を待っていた。二人は既に待機していた彼の姿と、その横に並び立つ人影を見咎めて驚いた。

 陽気な笑顔で立つ勇者セラが、袈裟懸けに縛った紐で三叉槍を携えている。肩に載る重量は計り知れないというのに、それを一切感じさせない軽快さでぴょんぴょんと跳ねて、二人に手を振った。幼く無邪気な少女に見えるが、屋敷で繰り広げたユウタとの激闘を見届けた本人としては、カリーナはどんな助勢よりも心強い。

 呆気に取られているのはジーデスのみだ。


「“無名”、相棒はどうした?」


「今日は来ません」


「何か訳があるのか?」


「いえ」


 ユウタの答えを特に疑わず、カリーナは意識をダンジョンへと向ける。入口は観音開きの巨大な門で、左右に龕灯が吊るされている。中に入れられた魔石が仄かに光を放って、周囲を柔らかく照らす。


 ムスビがいない。

 ユウタはあれから、宿屋やカルデラ一族が管理する図書館を訪ねたが、何処にも彼女は居ない。恐らく、また一人で飯屋を回っているに違いない。ユウタを置いて彼女がダンジョンへ行く事や、集団に誘拐される事は無いと判断した。Lv.4の冒険者としての実力を持つ故に、不用意に近付いて無事で済む訳がない。

 今はハナエの救出に専念すべきだ。ムスビの心配を招く前に、早急に片を付ける。ジーデスの話を聞いても、彼女が拐われた可能性が大いに高い。


 ユウタを気に入ったセラが、途中で合流した。

 セラもまた、カルデラ一族の宴会以外に、この町のダンジョン捜索を国から命令されて来た。ロブディのダンジョンは、他の町とは異なる意味を持つらしく、それ故に勇者を使嗾する程の重要性がある。


「では、勇者と私を中心に、ジーデスが先頭、無名が後方を頼む」


 カリーナの指示に、二人が陣形を整える。

 扉をジーデスが開けて、中へと踏み入ると、全員が後続する。壁に等間隔で設置された魔石の光を頼りに、岩で形成された下り坂を降りていく。セラの援助もあり、カリーナも恙無くその場を進むことができた。

 光が届かず、そこかしこに蟠る闇にも気を配って進むユウタは、杖を片手に慎重に足を進める。背後からの奇襲にも対処できるよう警戒しながらも、焦慮に余計な力がこもる。

 ハナエが今、卑劣な男達の手に辱しめられているかと思うと、今にもこの場から一人先行したい。だが、カリーナの推理がなくては、此所に辿り着くのはまだまだ後の事だっただろう。ハナエを見つけ出すには、それこそカリーナの力が不可欠だ。逸る気持ちを必死に抑えて、いまは護衛に努める。


 岩の傾斜路を渡って、一党は遂にダンジョンの真の姿を目の当たりにした。


 そこはまさに図書館だった。

 静謐な空気の中で立ち並ぶ書架は山の如く聳え、二丈はある高さには、稠密に本が詰まっている。白と黒の大理石が規則的に並んだ地面。粗末な入口の岩場とは違って、洗練された床はつい先程まで磨かれていたと思わせる輝きで、ユウタ達の姿を映す鏡となっていた。

 カリーナ曰く、本当の図書館らしい。

 ロブディの迷宮第一層は、比較するとシェイサイト等の第三層よりも危険だとされる。この整然と配列した書架にある書物の一つひとつが、かなり価値の高い物だ。だが、触れると罠が発動されるため、冒険者としてはただの障害物になっている。


 その景観を検めながら、カリーナ一行は書架の間を行進する。まだ敵影は見られないが、それでも何かが潜んでいる気配は漠然と感じられた。遠景に重厚な大扉を発見して、ジーデスがそれを指し示す。


「集団が第一層に潜伏している可能性は?」


「無いな。そんな浅い場所なら、隠れる意味が無いだろう。可能な限り、人目を避ける為にも第三層あたりからが妥当だ」


 一党は扉へと直進し、魔物と遭遇する事もなく、次の階層への扉を開けて現れた階段を降りる。今度はしっかりと作られた段差で、難儀せずに歩んだ。

 カリーナは初めてダンジョン内部に入ったとあって、興奮に少し顔を紅潮させている。冷静さは欠いていないが、ユウタは初めて彼女から年相応の少女の反応を見た気がした。

 ジーデスは変わらず前方に睨みを効かせており、セラは彼と対照的にけらけらと笑っている。緊張感の無い様子に苛立つジーデスの胸中を察して、ユウタは苦笑する。


 第二層も問題なく進んだ。途中で魔物と戦う冒険者の姿には、カリーナは興味を示さない。セラとユウタの戦闘を見た後では、どれを見ても胸を打つ衝撃がない。

 第三層に到着すると、そこから全員が厳戒態勢で挑む。敵が潜伏するのは、この辺りからだというカリーナの言葉を信じて、第四層へ迂回し途中で隠された通路や、罠が無いかを確かめて進んだ。先頭に立つジーデスは緊張感に強く長剣を握り締めた。


「止まって下さい」


 ユウタの耳が、進行方向に鳴る微かな物音を拾った。セラ以外が身を強張らせる。ここでも呑気な勇者をカリーナが横目で睨みつつ、ユウタが警戒する音の正体が現れるのを待った。

 水を含んだ布が地面に貼り付くような音が、連続して響く。近付いてくる気配をその身に感じ、ジーデスも長剣の切っ先を軽く振った。

 全員の敵意を集めたそれが、書架から出現した。


「“屍人(ゾンビ)”だ」


 悪臭を漂わせながら、前屈みに歩く。人の姿をしているが、肌は茶色く腐食して肉が爛れている。眼窩から溢れ落ちる乳白色の液体は、溶解した眼球。今にも千切れそうな筋で繋がった下顎からは、唾液が糸を引いて足元に滴り落ちていた。

 ジーデスが眉を顰める。汚物も同然の容貌、しかも相手の動きは鈍い。瀕死の敵など恐るに足らない。


「気を付けろ。奴等は獰猛だ……生き血を吸う為に、()()()()()()()()()


 長剣を振り翳したジーデスの胸を、突如俊敏な動きで飛び出した“屍人”が、無造作に振った平手で叩く。その掌は胸当てで衝撃に耐えられず腐肉を四散させたが、直撃したジーデスは後方にいるセラの足許まで吹き飛ばされた。

 たったの一撃で前腕部を喪失した脆弱さだが、それでも凄まじい膂力である。体の一部を破損しても意に介さず、走り出した姿に初めて恐怖した。その背後からも続々と仲間が現れ、一党に襲い掛かった。


「奴等に触れるな!“屍人”の体液は同種を増やす効果がある」


「ジーデスの代わりに僕が行きます」


「その仕込みの刃に付着した物にも気を付けろ」


「はい。ジーデス、早く立って、僕が討ち損じたものに対処して」


 ユウタはセラの背後からジーデスを飛び越えて先頭に立つと、身を低くしながら、ユウタが鬼神の如く敵を切り捌いていく。慌てて立ち上がり身構えたジーデスだったが、彼が仕留められなかったものはない。歩を進める毎に、前方の“屍人”の数体が半身や首、足を失って倒れていく。それがどれも、一党に体液を飛ばさぬよう転がっていた。

 納刀する音だけが連続して鳴り、障害だった“屍人”は、道を塞ぐ意味も成さないただの肉塊となる。

 凄まじい手練に、ただただジーデスは戦いた。これが、少年の本気なのか。頼もしいと思う反面で、何故こんな穏やかな少年に剣呑な技術が備わっているのかが疑問だった。相反する二つの面を持つ姿は不安定で、どちらに傾いても危うい気がする。それが強さとなっているかは不明だが、ジーデスには()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ねぇ、ボクが焼き払おうか?」


 自分の出番がないかと、背後からユウタへ問いかけるセラ。彼の戦いを見るのも悪くないが、それよりも闘志に火がついた。自身も脅威を退けるべく武器を手に戦いたい。

 カリーナが代わりに答えて、それを却下した。


「周囲の書架まで延焼したら、ダンジョン内が火の海になる。我々の退路も塞がれ、目的の敵も一掃されてしまう。この目で確認するまで、それは出来ない」


「え~」


「まあ、火を起こさないなら、話は別だ」


「よしっ」


 その時、背後から音もなく忍び寄った“屍人”を振り向かずに槍で一突きした。三叉槍の尖端に首を寸断されて頽れる。翻身して石突きで床を打ち鳴らしたセラが、昂然と胸を張った。

 ユウタが担当する前方、そしてセラが正対する後方から鎧や剣で武装した“屍人”が出現する。数を増していく群に、ジーデスが自分に出来る最善を尽くさんとカリーナを守る為に長剣を掲げて周囲を睥睨する。


「この階層で死んだ冒険者だろう。無名、その刃は通るのか」


「問題なく」


 迷いなくきっぱりと首肯した。

 “屍人”が束になって襲い掛かる。低い地響きのような声を上げて走る。瀕死の刺客でも集団となれば厄介だ。それも、触れれば仲間を増やす、なんと質の悪い相手か。悪態を内心で呟きながら、ユウタは仕込みの刃を躊躇いなく振った。

 武装していようとも、鎧の隙間を正確に剣先が衝く。“屍人”の踏み込んだ(ひかがみ)、武器を振り上げた腕の肘窩を断ち切り、鉄兜で覆った目元にも刃を突き立てた。ユウタの足は止まらず、一足で敵を斃す。静かに敵を葬り去る様子は、まさに人の形をした修羅だった。

 後方ではセラが豪快に槍を振るって、敵を掃討する。彼女を中心に乱気流が生まれんばかりに唸りを上げる三叉槍は、僅かに炎を帯びて体液を蒸発させながら“屍人”を処理していった。

 カリーナとジーデスに畏れはなかった。何故なら前後に構える強力な矛と盾に守護されているのだ。


 “屍人”の数が途絶え、ようやく一息つく一党。ユウタとセラの呼吸に乱れはなく、涼しげな立ち居振舞いである。刃をセラの炎で焼いて滅菌し、納刀したユウタはカリーナに振り向く。


「此所には居ませんね」


「となれば、もっと深層かもしれん。しかし、これ以上はかなり手強い魔物の巣窟」


「その時は、僕とセラで大概は仕留めます」


「ボクも頑張るよ~!勿論、ユウタと一緒にね!」


 ユウタの肩に手を回して満面の笑みを浮かべる。セラは自身と比肩する実力の持ち主を得て、これまで誰一人に懐かなかった友情を感じていた。年が近いのもあり、接しやすいユウタは既に友人として彼女に認識されている。

 馴れ馴れしい態度を嫌悪せず、ユウタも笑って応えた。カリーナは肩を竦めて、嘆息をつく。


「そう言うのなら、仕方ない。では、ジーデス。二人が強敵に拘っている間は、私の護衛を務めろ。先ほどのような失態を繰り返すなよ」


「ぜ、善処します」


 カリーナの傲慢な挙措に、ジーデスの顔が引き攣る。幾ら相手があのカルデラ一族の当主と弁えていても、実際はまだ少女だ。侮る訳でもないが、この接し方に慣れない。

 気を改めて再び前進する。先頭を歩くユウタは、第四層の扉を開いて階段へ先に入った。彼に導かれて三人は段差を降りた。


「第四層は、深い地下とあって溶岩流が見られる。最近は冒険者も深くまで立ち入らない。何よりも、事件で怯えて誰一人三層目を訪れない現状では、ここが隠れるのに好都合だろう」


 確かに、ユウタ達が“屍人”を倒すまで進む道に人の気配はまったく無かった。第二層では見受けられた冒険者もいない。

 階段の先から感じる熱気に、ジーデスが顔を歪めた。


「この先に、奴等がいる可能性が高い……という事ですね」


「用心しろ。連中が手練れの場合、無名と勇者だけで応じるには難しい敵も出る」


「カリーナ様、ここから先の陣形は如何しますか?」


「その場合は、これだ」


 カリーナは懐から取り出した鍵を見せる。真鍮色に輝き、先端が楕円形の断面を作っていた。持ち手の部分には真珠が填められた奇妙な形体。


「これは?」


「カルデラ一族は、代々この地のダンジョンを監理している。故に、階層を封鎖する秘宝――『図書館の鍵』を所有しているのだよ……()()()()()()()()()なのだがな」


「そんな代物が……」


 歴代の当主で脈々と受け継がれた宝が、ユウタ達の前に晒される。カリーナを見詰める全員が、他言無用の事実として捉え、黙ることにした。


「奴等から行方不明者を救出したは良いが、仮に捕縛まで叶わなかった場合、この場に閉じ込めるという事ですか」


「どちらも成功しない可能性が考えられるが、まあ概ねその通りだ」


 鍵を仕舞う。

 全員が少し進めば、もう目前に次の階層の階段があった。


「良いか?死ぬ事は絶対に許されない。この場にいる人間だけでも生還するんだ」


 全員が黙って頷き、扉を押し開けた。




















今回この小説をご覧頂き、誠に有り難うございます。ここから怒濤の展開……を作っていけるよう精進します。

次回もよろしくお願いいたします。

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