勇者少女との決闘
更新しました。
ハナエは藁かごを手に、ジーデスを随えて町の中央道を歩んでいた。ロブディに到着するまでの道中に蓄積した疲労を癒す為にとった睡眠を果たせば、そこからは本来の生活リズムが循環する。早朝に起きて、まず身嗜みを整えてから始まるのだ。
リュクリルの町人の為に、ロブディの土産を買い求めて売店を見て回っていた。旅の間もそうだが、違う町の風体は彼女の好奇心を刺激する。周囲を見渡す様子は忙しなく、幼い子供のように落ち着きがなかった。目に見える全景に心を躍らせて興奮する。
ジーデスは、そんな彼女が投げ掛ける質問にも鷹陽に答えながらも、緊張感を解かずに護衛に当たる。そんな彼はまさしく主人を守護する騎士の様相を呈していた。接近する不審な影があれば、即座に腰に佩いた長剣を抜き放つ。ハナエの笑顔に惹き付けられた男を視線で牽制する。
ハナエとジーデスは、ふと道を末端まで隙間なく埋める人の群れに足を止めた。
騒然とした町の中央に位置する十字路から、入り雑じる怒声や悲鳴が聞こえる。異常であることは一目瞭然で、何事かと考え込むジーデスと違って、ハナエは別の方向に視線を向けていた。
人混みをするすると抜けて、薄暗い路地へと入っていく人影。その高い背丈の男は、人の目に留まる事なく、淀みない悠然とした足取りだった。――唯一、その異様さを感じ取ったハナエだったが、それでも目を逸らさずにいたのは別の理由があったからだ。
男が肩に担ぎ上げている人は、自分が知っている人間だった。顔は窺えなかったが、白い髪に一対の黒い獣耳は、間違いなくムスビの特徴。沈思するジーデスの傍を離れて、男を追跡する。
その時、自分が無防備であることを失念していたが、今やそれも気にならなかった。足音を立てないよう注意しながら進む。
男が更に闇の濃い角へと曲がったのを見届けて、自分も後に続いた。
曲がった先で、男が立ちはだかっていた。正面から現れたハナエの存在を既に察知していたのか、眉一つ動かさずに見下ろしている。
見上げなくては顔を拝めぬ高さをした偉丈夫に圧倒され、膝から力を抜かして尻餅をつく。眼前に聳え立つ影が人間ではないモノだと錯覚してしまう。
男が一歩前に出て体を前に傾けると、鋭くハナエの首筋に手刀を落とす。
思考を止めて、ジーデスは他の町を利用するよう提案すべく振り向いたが、そこにハナエはいなかった。忽然と姿が消えていた事に狼狽して、辺りを見回したが探し人はいない。
名前を叫びながら走る。しかし、十字路を騒がせる人の喧騒に阻害されて満足に響かない。これでは彼女の耳に届くかどうか。まさか、想い人を見失うなど、何たる醜態か。己の油断を恥じて、人目も構わずに走り続けた。
捜索し続けたが、一向に見付からない。
途方に暮れ、頭を垂れたまま路地を進んでいると、路肩に集った冒険者の会話が耳に入る。
「おい、聞いたか?最近また出たらしいぜ?」
「ああ、あれだろ?確か――」
道の中央で虚空を見上げていたが、内容を食い入るように聞いている。その声を認識して、彼は体中の体温が急激に冷えていくのを感じた。
町中を疾走するジーデスは、喧しい鎧の音を無視してハナエの名を呼ぶ。少しの間、目を離している隙に勝手に動いてしまったと、反省した顔が見れればそれで良い。ただ無事でいてくれれば。
ジーデスは必死に、ハナエの姿を探し求めた。
× × ×
勇者――大陸同盟戦争より遥か昔から存在する人族の英雄。余人にないあらゆる力を超越した能力を以て、魔王を打倒すべく生まれ出る。
主神ケルトテウスの加護を授かる『御三家』の一つだ。
『聖女』は神の代弁者、『勇者』は神の執行人、『賢者』は神の知恵を享受する者。
中でも、『勇者』は特定の血族から出生する希少な例。大陸の南西部にある集落から必然的に生まれ、代々魔王と戦う宿運を背負うのだ。
戦闘力は幼少期から、修羅場をしる強者と同等とされる。故に人望も篤く、幼い頃から厳しい修練を課せられ、いつしかその本分を全うする為に体を、命を費やす。
その狂気じみた強さは畏敬を集め、神を信仰する国家の制度では、高い地位も用意される。
当代の勇者セラ。
歴史の中でも初めて現れた女性の例。十五年前に勇者の集落で生まれ、齢五年を過ぎた辺りから英才教育が始まった。ありとあらゆる武器を巧みに扱い、戦闘兵器へと完成していく。いまは静かな魔族が再び戦乱を巻き起こすならば、真っ先に敵を打ち砕く神威の矛となる戦士として。
十歳で国の兵団を統轄する権力を与えられ、指揮力にも才能を発揮した。内乱を企む叛逆者にも容赦なく、その手で血の海と屍の山という酸鼻な景観を作り上げた逸話もある。積み上げた功績は偉大なる前代でも無いほど。
そんなセラは、国の情勢に退屈していた。
魔王との死闘を演じるでもなく、国の舞踏会に出席して近寄る高官の男や各地の領主に、笑顔を向けるだけの日々。自由奔放な性格である彼女にとって、これは拘束も同然の扱いだった。唯一、武器を振っている時が安らぐ。――本来の姿を取り戻したように感じる。
今さら、あの戦に燃える時代に回帰して欲しいと願ってはいない。平和が何よりだと、彼女自身が理解している。だがそれでも、この胸を高鳴らせるのは強敵との邂逅と果たし合い。このどうしようもない平穏な日々に辟易する。
そんな時、国王から不意に声をかけられた。
十五歳となり、成人した彼女に勧められたのは縁談である。無論、色恋沙汰に一切の興味を持たない彼女は即座に断りを入れようとした。
相手はカルデラ一族のムンデ。いずれは西国中枢の政事を担う未来有望な男性。これでもセラの気を惹く要素はなかった。
しかし、偶然にもカルデラ一族の地で発生した問題の調査をすべく、派遣という形で出立する。
ロブディに到着したのは、宴会が開かれる夜。
そのまま屋敷へと直行し、ムンデと軽い会話をした後に、屋根上から会場となる中庭を俯瞰する。暇を持て余し、談笑する冒険者や各地から募った人間を観察していた。
その中でも異彩を放つのは、東国の装束をした少年。歳は自分と差異が無いであろうその人は、傍に美しい女性を立たせながらも警戒を解く様子を見せない。隙の無い動きは、熟練の戦士が纏う風格をしていた。
中でも、カルデラ一族に詰め寄られても動じない胆力に感心したセラは、彼に興味を示した。
翌日、ムンデに呼ばれた。縁談の続きかと嘆いていたが、内容はまったく異なるものであった。
昨晩に現れ、カルデラ一族当主の遣い手として暫し滞在する事となった東国の少年と対立したとき、その対処として出向いて欲しいとの要望だ。
再びあの少年と相まみえることを歓喜して、ムンデの依頼を快諾した。
そして再会するセラと少年。
名をユウタ、当主からは“無名”と呼ばれる彼を間近で改めて見た彼女は、なるほど手強い人間だと納得した。こちらが笑顔を作り、されど物理的破壊力を持つかのような殺意を放っても、少しも動じることなく泰然とした立ち様。脇に手を自然と垂らし、背を正してやや半身に構え、撞木足で対峙する。戸板が迫ってくるかの如く、隙の無い体勢でいた。
求めていたモノを眼前に、気分は最高潮に昂る。不満があるとすれば、闘技場はこの中庭である。全力を発揮するには些か不相応だという広さだ。交わした視線だけで察するは、油断はならないということ。
邪魔物の観戦者たちを屋敷内へと追いやり、隔絶とした中庭の空間で二人きりになる。少年の変わらぬ刃も同然の冷たく鋭い眼差しに、朗らかな笑みを返した。
鎧を脱いで軽装になった。本来の戦闘スタイルは、機動力を重視しているからだ。戦場では防御力など無意味だ。より速く敵に近付き、絶命させることが彼女の流儀。全力を以て応じるに相応しい相手と認めての判断である。
愛用する槍を担いで、ユウタとの戦闘に興じる体勢を整えた。
× ×
二人の沈黙は次第に周囲一帯を重い空気へ変えた。壁で隔てていようとも、それをカリーナとムンデは犇々と感じる。手練の刺客と英雄という相反する二者が真っ向から対立する様相は奇妙だった。曇天の空から僅かにこぼれた光が噴水に落ちて乱反射する。
「は、早く終わらせれば良いものを」
「兄上の目は節穴か?戦に心得の無い私ですら、今二人がタイミングを見計らっているのが判るぞ」
嘲笑するカリーナの目にも緊張が走っている。こうした試合を見るのは初めてだった。幾度か館を訪れる冒険者などの話を聞いてはいたが、現実味が無い。いつも自分が越える事の無い画然とした一線の向こうにある世界だと諦観していたからだ。
ただ目の前に開かれた戦端は、尋常なものではなかった。今あの中庭は人の踏み入ることを許さない人外魔境となっている。
ユウタは右の前足を先方のセラへと向けて、その踵の後ろで丁の字を描くように控える左足を、さらに深く引いて両足の間隔を広げる。
左で逆手に持った紫檀の杖を背中の方へと回す。ゆっくりと緩慢な動きで、体を引き絞ってその右手が後ろ手にまわった。正面に対するセラから杖を背中に隠すように両手で構え、右手を柄を優しく握る。
ユウタには最初から、セラと切り結ぶ心算は毛頭なかった。速やかに沈黙させる一刀を叩き出す為に全神経を研ぎ澄ます。傭兵クロガネとの戦いを想起し、瞼を閉じて視覚を遮断することで意識が深い闇に落ちる。全身の筋肉が適度に緩み、余計な力がこもった場所はどこにもない。
中庭に蟠った風に揺られる草の音。全方位から見守る気配とセラの小さい呼吸音。
脳裏に投影されたのは中庭の全景と、不敵に笑っている相手の顔。有り余る自負と明らかな余裕を持った風格は、歴戦の戦士の挙措だった。
セラが手に駆るのは三叉槍。
己の背丈を上回る長柄。鋭利に研がれた尖端は一尺以上はある。傲然と擡げただけで圧倒されそうになる威容。勇者たる彼女が持つ最強の武具だった。
その姿勢だけで、相手が全力で立ち向かってくると解すると、手加減はできない。相手が女性であろうとも、自分の弊害として立ち塞がるなら取り除くまでである。
セラが軽やかに、その長槍を回旋させて、悠々と歩む。鋭く空を切る音が不穏な律動で奏でられる。
ユウタはまったく身動ぎもせず石と化したみたいに止まっていた。近付くセラとは違って、迎撃する体勢を保つ。
「行くよ~!」
呑気な声を響かせて、セラは地面を蹴った。草が蹴散らされて、踵から土と共に弾けて散る。その小柄な体と異形の槍が飛んだ。
その音で、一足の距離、その切っ先が自分に到達するまでの所要時間を測った。――たった一歩で間を詰め、槍を最短の軌道で捻り出してくる!八咫烏よりも断然速い。
瞼を開いたユウタの右手にわずかに力が入る。
踏み込んだセラの三叉槍が虚空を切り裂いて滑走する。振り抜いた音が遅れて鳴るかの如し穿孔。小さな少女が放てるとは思えない一手だ。
だが、その攻撃が繰り出される前に、ユウタが電光石火の踏み込みを決める。突き出される為に脇で引き絞られた槍に敢えて身を寄せるよう肉薄した。予備動作に入ったばかりのセラが驚いている。得物が長ければ、それに比例して懐が深くて潜りやすい。
槍を握る手元へ斬りかかろうとした刹那、卒然と足許の地面が爆ぜる。直下から押し寄せる風圧を受けて、空中へと弾かれた。
理解不能。あれはセラのものなのか。魔法なのだとしたら、詠唱もせずに発動するなんて反則の域である。逆さになった天地の中で戦いていると、目前に人相が浮かんだ。セラが獰猛に微笑んで、大上段に槍を振り上げていた。槍を突き出そうとして謎の力を行使し、跳躍して敵を追撃――行動速度があまりに速すぎる。
ユウタは足で槍を掲げた相手の華奢な腕の肘を蹴って突き放した。両者が中空で弾かれて別れる。
転がるように離れるユウタと、くるりと回って優雅に着地するセラ。
「あはは、弾き上げた次は突き上げた方が良かったかな?でも次は外さないよ」
再び飛び出すセラに対して、杖を片手に仁王立ちで構えた。徒に攻撃を仕掛けても、先程のように妨害されては、いつまでたっても通じない。ならば、決定的な隙を見せた瞬間に仕留める。
最早、二人の脳内には眼前に相手の命を断つことしかなかった。
とん、と軽く飛び上がったと思えば、体を巻き込んで槍の先端を回転させながら突撃する。横倒しの竜巻を思わせた。
ユウタは右手の包帯を取り除くと、猛然と突進するセラを突き放すように右腕を突きだして掌を開く。相手が魔法を使うのならば、こちらの戦術も剣のみでは終わらせない。
三叉槍を握る手に抵抗感を覚えると、回転が凝然と止まった。不可視の壁に阻まれて当惑する間もなく、今度は衝撃となってセラを吹き飛ばす。硬い壁と激突した訳でもなく、風に煽られたという現象でもなかった。空気が一気に圧縮して全身を掴み、後方へと投げられた感覚だ。
不可解な攻撃に驚愕を隠せなかったが、すぐに空中で背転し、槍を地面に突き立てて止まる。特殊魔法と疑った。
ユウタの右手の黒印を見詰める。
「奇妙な紋章だね。それ、なに?」
単なる好奇心で問いかけたが、黙殺するユウタに眉を顰めた。未だその全貌を見抜かれていないという自信がある挑発的な態度と受け取って、セラは石突きで庭の地面を突き刺す。
「良いよ、別に、戦う内に解るしね」
セラの槍を握る手から光が溢れた。掌から炎が槍へと巻き付いて先端まで届く。三叉槍は松明の如く燃えていた。ユウタの目には、あの日の神樹を連想させる外貌として映る。
郷愁に満たされる胸懐が、一瞬で凍てついた。
槍を立てた地面が下から隆起し、ユウタの足許まで亀裂が走る。内側から煌々と輝く線に背筋を恐怖が撫でた。直感で危険だと察し、横へと飛んだ。
「魔装・【煉獄の道】。燃えちゃえ!」
地雷の如く地面に流れるセラの魔力が圧倒的な熱量を放出した。轟音を立てて炸裂したのは魔法を付加した武器の攻撃。氣術に例えるならば、氣巧法と同じだろう。
爆風に吹かれながら、背転倒立を繰り返して爆心地から離脱する。ユウタの刃圏で捉えるには、至近距離まで近付かなくてはならない。だが、相手はこの中庭全体に行き届く威力の高い攻撃を使える。連続が可能なのかは不明だが、不用意に迫るのは危険だと判断した。
セラは槍を持ち上げると、一度の跳躍で噴水の上に立つと、その場から標的へと躍りかかった。
ユウタの傍に着地して、疾風怒濤の攻撃を繰り出す。脱することを許さず、退路を塞ぐように閃く。
目にも止まらぬ稲光の連撃。人よりも遥かに鋭敏な魔物にも視認し難い速度を維持する。
ユウタは総て一つひとつ、瞬きもせずに感覚器官を総動員して予備動作を読み、槍撃を丁寧に躱わしていく。その体捌きが周囲から槍の動きよりも遅く見えるのは間違いではない。ユウタは一動作で二撃、三撃を避けている。最低限、無駄な動作を削っての全力回避。仕込みを抜く隙は無いが、どうにか凌いでいた。
埒が明かないと、セラは力強くユウタの顔面へ横薙ぎに振られる。
大振りに出た彼女に隙が生まれる。これを切望していたユウタが上体を反らすと、鼻先の空気を轟然と三叉槍が掠めていった。
振るった武器に引っ張られて蹌踉めくセラの攻撃圏から脱出しようとしたが、突然爆発を起こした地面から巻き上げた粉塵が包囲する。
“――またこれか…!”
内心で舌打ちして、ユウタははっとする。
槍を引き戻したセラが、既に体を穿孔の予備動作に移行している。かわしている余裕はない。
先程の爆発で巻き上がった砂を氣術で全方位からセラの目を狙って引き寄せる。その操作は正確で、攻撃前の彼女を一斉に強襲した砂はユウタを捉えた視野を覆う。
動揺して槍を一瞬止めた。
「ぐぇっ!」
ユウタは躊躇わず、杖の石突きを突きだす。セラはしたたかに腹部を直撃した痛打に呻き声を発して、槍を抱え地面を後ろへと転がった。それをユウタが追いすがる。間髪入れずに攻撃を加えれば、相手を倒せる。
確信して臨んだが、立ち上がったセラが指先から放つ火の弾丸が正面から襲来した。
「《炎蛇の疾走》!」
必中を信じて、実行した不意打ちだったが、迫り来るユウタの動きに目を奪われた。
身を低くしたユウタの頭上を、彼女を中心に放射状に散った火の洗礼を掻い潜って、そのまま抜刀の準備に入っている。あまりにも洗練された動きは、セラを討つ為にあるもの。
命の危機に全身が奮い立ち、セラが三叉槍で地面を穿つ。その場で加減抜きの魔力を注ぎ込んでの地雷を作る。自分自身を巻き込んだものだが、迷いはなかった。
一瞬早く、ユウタが抜き放つよりも先に魔法が発動した。
蜘蛛の巣状に広がった亀裂から炎が憤然と上がる。盛り上がった土が衝撃に耐えられずに四方八方へと礫になって屋敷の壁を激しく叩いた。一部では窓を割り、壁を損傷させる被害を出す。
建物を揺らして轟く音に、身を竦ませて目を瞑るカリーナとムンデ。安全な場所で観戦しているのに、全く安心できない。
恐る恐る瞼を開けると、爆心地から離れた場所でユウタが立っていた。単衣の袖が少し燃えていたが、彼の視線は一点に集中している。
その先に、セラが同じく昂然と槍を肩に担いだ姿でいた。
「やるね、無名さん」
素直な賛辞の言葉を送ると、ユウタの顔が微笑んだ。
魔法と氣術、槍と剣。
互いに操る武器が異なる中で拮抗する戦闘に、セラは大満足だった。この余韻に浸る為にも、次の一手で決着する必要がある。
両手に携えた槍の尖端を地面に向けて傾け、腰を低く落とした姿勢になった。
ユウタも初手と同じく、半身を相手に晒して対すると、顔は正面に向けて後ろ足を引いて仕込みを握る。
双方が同じことを意図する。カリーナとムンデは、固唾を飲んで見守る。息が詰まって苦しいが、それよりも目前の光景に目が釘付けなのだ。
「いざ尋常に参る!」
「……………」
二つの影が高速で引き合い、二つの光が交差した。
「待てッ!!」
中庭の扉を開け放って、鼓膜を叩く大音声。ユウタの抜刀は首を寸断する前で静止し、槍は虚空を貫いていた。
セラが溜め息を一つ吐くと、槍を落として両手を挙げる。慣れていないのか、ぎこちない降伏を示す挙動だった。
ユウタは素早く納刀して、声の主へと振り返る。その声がなければ、自分は勇者を殺していただろうと安堵していた。殺す必要もない相手を切り伏せる――リィテルで八咫烏を捕らえると考えながら、結果的に斃した時からそうだ。
戦っている内に、まるで体と思考が離別したように一致しない時がある。
「……ジーデスさん?」
「大変なんだ、聞いてくれ…!」
必死の形相に、ユウタは彼を落ち着かせるべく地面に座らせた。その顔色と膝が震えているのをみて、相当の疲労を負っていると感じた。
「誰だ、この男。屋敷へ入ってくるとは」
「すみません。この方がユウタ様に用があると押し入って来て……」
庭へと隣に使用人を連れて出てきたカリーナは強引に入ってきたジーデスの狼藉を咎めようとしたが、あまりの様子に口を閉じる。
「どうしたんですか…」
「ハナエが……ハナエが……!」
今回アクセスして頂き、本当に有り難うございます。
次回もよろしくお願いいたします。




