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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
四章:カリーナと図書館の鍵
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ムンデの刺客

更新しました。内容が少し薄い……?



 危険を察知する能力、獣のような反射神経。

 余人にないその力は、戦場では一騎当千に相当する兵器にも為り得る。ユウタの研ぎ澄まされた感覚器官は、本人の自覚の範疇を出た危険性を孕んでいた。用途を誤れば、無為に振るう事になれば、世界から敵視されてもおかしくはない代物である。

 生来から備えたその能力が、敵を屠る業に特化していると、当時のユウタも想像すらしなかった。師の言葉を疑わず、ただ求められるモノを遂行する。その過程で、自分自身が一振りの剣に成長しているという意識すらない。

 師がまだ冷徹な人間であったなら、ユウタは完璧な殺人機械となっていただろう。―――だが、死に際まで愛情を注いでくれた彼のお蔭で、いまユウタの近くには、彼を理解しようとする人間が集まる。


 必要ならば犠牲も厭わない。立ち塞がる障害を悉く切り伏せる。その命を救おうとは、欠片も考えなかった。もっと別の方法があったかもしれない。敵を仕留めるのではなく、生かす手段もまた存在した筈だ。だが躊躇わなかったのは、ユウタが生きてきた環境の所為でもある。

 師が敵対するなら、愛する者をも斃すという覚悟と実行力をユウタの中で育ませた。そうで在れと強要し、その真意を察することなく、深く思考せずに受け止めたのだ。

 ゼーダとビューダ、または<印>を惑うことなく明確な意思で排斥することを意図できる“機能”。それが奇しくも、殺める必要の無い命にまで及んだのは、ユウタが無知である故だった。本来なら培う筈の命の貴さ―――常人ならば戦場に立っても人殺しを拒むのが普通だ。

 だが、ユウタにそれはなかった。人間との差異は一目瞭然。敵として立つなら、どうあろうとも殺傷する。クロガネという例外を除いて、常に数多の敵を切り刻んできた少年の心は、壊死しかけていた。本人も知らず、悲鳴を上げて、心の支柱が軋みを上げている。

 これが師の誤謬だった。この状態を想定していたならば、完全なる無情の殺し屋として育成すべきだったのである。


 ユウタの苦悩も、苦痛も、総てが歪な教育の産物であることに疑念も懐かない。ただ猛然と突き進み、その機械が役割を終えて破損するまで駆動するだろう。

 その手で殺める者が、敵対者以外に振りかかることの無い無謬の剣として働くよう注意は出来ている。だが、一度誤作動を起こした機械は常道へと戻る事がない。一度狂えば、誰もが畏怖する兵器に意味合いを堕とす。


 それは間も無く、訪れる気配を見せる―――。







  ×       ×       ×




 カルデラ一族の宴会――その翌朝。

 ユウタは書斎に並ぶ書架から、一冊の本を手にしていた。表紙を眺めながら、半ば放心状態である。いつもなら周囲へ気を配っている筈の感覚も停止していた。

 窓から見えるのは、山の景観である。屋敷のある北側は、木々が生い茂っている。

 元は火山であるとされていた場所に栄えた町は、土壌が固い岩盤であるため農業には向かない。栄養も無い土地で食糧を求めるには、やはり常に充分にそういった問題を解決できるだけの力が必要だ。

 だからこそ、カルデラ一族は政界でも権威を長年維持し続けている。優秀な人材を輩出し、その秀逸した知恵を用いた手練手管で国を操作する。だから、この町は枯れることなく存続している。

 この北の樹木は、カルデラ一族がこの厳しい土地に彩りを持たせるべく、魔法の応用で作り上げた物。カリーナ曰く、無意味ではあるがこれが一族の意思を象徴するとしている。


 扉を開ける音に体をそちらに巡らせる。片手間ではあるが、古びた書物に対する配慮を欠かさずに、元の位置へと目を向けずに戻せた。

 現れたのはカリーナだった。微睡みの中で細く開かれた目は、明らかに不機嫌な表情をしている。ローブを脱ぎ捨て薄手の服になっている彼女の様子は軽快で、颯爽と椅子へと向かって歩き、ユウタに目もくれず横を通過して腰を下ろす。

 書見台の上にあった山積みの紙束から一枚を取り出して、鵞ペンをすらすらの紙面に走らせる。そっと瞳だけを動かして覗くと、首都キスリートからの書状だった。内容は彼女の手に塞がれて読めない。

 署名だけすると、すぐに袖机に置いて次の紙を手に取る。目を通しては再び何かを書き付け、次の物に移る。紙束と格闘するカリーナを静観していたユウタは、黙々と作業を続ける彼女に感心した。ユウタならば間違いなく途中で弱音を吐いていたであろう量を、まだ覚醒していない脳でも正確に、迅速に処理していく手際は、素直に賛嘆の念を懐かせた。


 ユウタが何故、いまカルデラ一族の屋敷に居るのは、昨晩の交渉の末であった。

 一切の譲歩も妥協も許さないカリーナに対し、怖じ気付かずに自身の意見を曲げずに主張したユウタの話し合いは平行線を辿ることになったが、流石にユウタの頑固さに根を上げた彼女が七日間護衛として随伴するのを条件に、ムスビの持つ謎の書と解放を約束してくれた。

 期間中は、聖女の時と同じで常に傍に居ることとなるが、あの時と比較すればカリーナはまだ安心できる。

 ムスビは屋敷内に出入することを許され、彼女もまた朝からカルデラ一族が管理する離れの図書館へと入っている。魔法に関する書物―――魔導書が多くあると聞いて即断する様子だった。


「ヤミビト」


 その名で呼ばれるのは業腹だと顔を顰めつつ、ユウタは傍へと歩み寄る。机の前に進み出ると、カリーナは窓の外を指差した。


「兄が中庭に来いと呼んでいたが、私が行くまで書斎を出るな」


「昨晩、ご一緒に居た方が当主様の兄……」


 カリーナの兄―――ムンデ。

 元は次期当主と周囲からの期待を寄せられていたが、三年前に当主の座がカリーナへと譲ると、国の高官として首都へと冬に屋敷を出る予定だという。


「当主様じゃなく、カリーナだ」


 呼び方に対し、眉を寄せる彼女にユウタは訂正した。


「カリーナ様に一体どんな用件で?」


「私じゃない。お前だ」


 ユウタは首を傾げた。確かに数瞬の間、睨み合いにはなったが、特に因縁は無い。―――可能性として考えられるのは、ムスビに関する事案。昨晩の邂逅で心底気に入り、諦めきれないのかもしれない。

 仮にムスビが彼を選ぶなら、ユウタは無言で見送ろう。だが、彼女が拒絶を選択するなら全力を以て抗う。カリーナの兄であろうと、カルデラ一族であろうとも躊躇しない。


「仔細は本人に確認すると良い。用件次第では痛い目に遭わせてやれ」


「よろしいのですか?」


「否定はしないんだな」


 ユウタは顔を伏せた。

 カリーナは大いに笑って席を立つと、緩やかに手を振りながら扉へと向かう。


「私も嫌いでね。知力としては一族に遜色無いが、どうも好かん。一度あれが悲嘆に顔を歪ませるのを見てみたい」


「僕としては、穏便に済んで欲しいのですが」


 二人で階段を降りる。途中ですれ違う者の好奇を含む視線を鬱陶しそうに、カリーナは右の眦を上げる。これを合図に、誰もが視線を逸らして歩調を早める。まだ若年の女性―――それもユウタより二つ程しか差のない歳でありながら、当主を務めるだけはある。自身よりも年齢の高い相手に対しても一瞥で口を噤ませるとは、小柄な体に似合わぬ威風だ。

 ユウタは粛然と背を伸ばして、彼女の背後を歩く。カリーナが中庭への扉の前に立った。


「あの愚兄は、一定何を企図しているのか」


「何らかの罠を設えていると?」


「さあ。だが、生半可な物ではお前に通じないだろう?祖母からは匹濤する者はいないと言っていた程だと、母上から聞いている」


「僕は期待外れかもしれませんよ」


「確かに。名を継がなかった“無名のヤミビト”だ。先代だったアキラは不相応だと判断したという事もあり得る」


 ユウタを小馬鹿にした口調で、扉を開いた。





  ×       ×       ×




 曇天の下の中庭に出たユウタは、周囲を見渡した。

 噴水の前にムンデが笑顔で立っている。カリーナが軽蔑の眼差しを兄へと向ける中で、ユウタが目を引かれたのは、彼の隣に立つ少女。昨晩のムスビと同様に、噴水を興味深そうに眺め入っていた。

 ゆっくりと中央へ進み出ると、ムスビはカリーナを一瞥もせず真っ直ぐとユウタを見詰める。


「君がヤミビト、だね?」


「ユウタです」


 ヤミビトの名で呼ばれる事に、微かな苛立ちを感じるのは、長い歴史の中に生き続けたモノよりも、師が命名してくれたモノの方が遥かに価値が高いと断じているからだ。

 特に悪びれもなく、変わらぬ調子で話を続けるムスビ。


「君の話は聞いているよ。噂に違わぬ実力者だと、君の相棒から懇切丁寧に教えて貰った。私も今度、君自身から聞かせて貰いたいな」


「本題に移れ」


 カリーナの鋭い一言に、一瞬だけ顔を強張らせた。遠慮も憚りもない彼女の発言は、ユウタでさえ心臓に悪いと驚悸する。

 ムンデは咳払いを一つする。


「君の相棒、私に譲って貰えないだろうか」


「お断りします」


「嘘だろう?婚姻を結んだ者は、互いに同じ指輪をするのが習慣だ」


「えっ」


 ユウタが思わず自身の手を押さえると、ムスビが下卑た笑みを浮かべる。カリーナが嘆息して肩を竦めた。どうやら、最初から二人の擬装は意味を為さなかったらしい。


「まあ、指輪の無い夫婦もかなり居るがね」


「……そうですよ。僕は彼女を渡す気は一切ありません。どんな権力や周到な罠を用いても、僕は彼女を守る覚悟です」


「私の権力なら、冒険者の証を剥奪する事も可能だ」


「構いません。冒険者でなくとも、旅は出来ますからね」


 予想通り、ムスビを要求する姿勢を見せたムンデに引かないユウタを可笑しそうに眺めるカリーナ。


「では、決闘としよう。敗者が勝者に従うという簡潔なルールだ。無論、知力ではなく武力で行うとする。ただし、君が私の指定した者に勝利すれば、今後の手出しはしない」


「……では、僕の相手とは?」


 ムンデが振り返った先は、噴水に見惚れていた少女である。全員の視線が集中しても、全く気付く気配はない。暫く静観していたが、痺れを切らしたムンデは彼女の肩を叩く。


「え、なに?」


「仕事のお時間ですよ、“勇者様”」


「その呼び方やめてよ~」


 気の抜けた返答と共に翻身する。

 鮮紅のような瞳と髪に、同色の鎧を身に纏う。ユウタよりも一回りほどの矮躯と邪気の無い笑顔。しかし、彼女を中心に空間が押し広げられるような圧迫感がある。その雰囲気はLv.10の冒険者ガフマンを彷彿とさせた。

 カリーナが驚愕に言葉を失った。その様子が大層心地よかったのか、兄は恍惚とした表情をしている。

 ユウタはただ、敵意は感じないが間合いに踏み込ませない迫力を犇々と知覚し、杖を握り締めた。この陽気に笑って振る舞う少女が侮れない。


「勇者……だと?」


「カリーナ様、勇者とは何ですか?」


「……お前の無知は、そこまでだったか」


 カリーナに呆れられ、ユウタは悄然と肩を落とした。誰かに直接的に無知を咎められたのは初めてである。自覚があるとはいえ、他人から指摘された経験はない。カリーナは傷心するユウタに聞こえるように話す。


「勇者とは、代々南の大陸に君臨する魔王を討ち取る力を有する。あの主神ケルトテウスの“加護”を持つ人間だ。……まあ、今まで魔王を斃した者は数名しかいないがな。

 聖女と同じく、国の重要な人物。自由に行動可能な分は、近頃暗殺された聖女よりも身軽だ。いまは旅に出ていると聞いていたが、なぜこのロブディに?」


「王様が宴会があるから行ってみたら、って言ってたし、楽しそうだから来ちゃった」


 意気揚々と語る少女。

 勇者―――国の重要人物。だが、外見からは判断できない。鎧には全く意匠などが施されておらず、機動力をあまり妨げない軽い重量感。手入れは一応されてはいるが、所々で毛先がはねている。

 宴会へは気紛れに訪れ、ムンデに雇われて屋敷に留まっていたという。ユウタが拒否する事を想定した上で、万全を期した戦闘配備を整えていたのだ。


「この少女が僕の相手、ですか?」


「用心しろ“無名”。勇者の実力は伊達ではない。……そうだな、Lv.9以上の冒険者に相当する、というのが適例か」


 ユウタは低く唸った。

 実力の高さではなく、その例えに実感が持てない。Lv.9以上が破格の猛者だとは弁えてはいるが、実際に彼らと切り結んだ事がなく、実力を推し量るのは無理だ。実際に戦闘が始まらなければ、何かが解明する事もないだろう。


「わかりました。引き受けます」


「うん!よろしくね、セラだよ!」


 握手を求める勇者セラに応じて、ユウタも手を差し出した。触れた掌は小さく、武器を振るうには頼りないと内心で呟いたが、握り返された時の力に前言を撤回する。


「それじゃ、楽しもうね」


 底知れない強者との出会いに、ユウタは総身を震わせた。





   ×          ×





 魔導書を耽読していたムスビの肩に大きな手が触れた。紙面に落としていた意識が、触覚によって一気に引き戻される。

 跳ねるように驚いて振り向くと、そこに巨漢が立っていた。


「な、何よ。あたしは許可を得て此所にいるんだから、別に」


「共に来てもらおう、『魔術師』」


「!?あ、あんた、それをどこで」


 言葉が遮られた。

 腹部に強烈な蹴りが入る。全身を寸断するかの如し痛打に吐血して、書架に叩き付けられた。歪む視界の中で、歩み寄る男へと魔法を放とうとしたが、魔力が上手く操作できない。

首筋に手刀を落とされて、意識が消える。


 男は、ムスビを肩に担ぎ上げて無人の館内を静かに立ち去った。



















今回アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

 次の話は、ユウタVS勇者となります。

次回もよろしくお願いいたします。

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