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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
一章:ユウタと神樹の村
6/302

ユウタVSギゼル

最近、腰痛が激しいのは何故でしょう。

 ああ、無理な体勢で繰り返してるからだ・・・



 ギゼル。

 よく焼けた褐色の肌に、六尺ほどの体格。頭頂で纏めた髪は長く、そこから腰まである。左眉の上に深い切創の痕がある。

 神樹の村の守護者でも、戦闘力が高く、短刀使いで知られる。ユウタとしても、自分よりも格上と認識している相手だ。数々の戦果、その信頼は村の羨望を集め、また自分もそうでありたいと憧憬を懐く者も少なくない。

 英雄とも称えられても不遜ではない彼が、己を信頼してくれる村を焼き払った意味を、理解しかねる。考えても、何か思い当たる理由すらない。


 初めは、厳格な人間──やや近寄り難い印象に、幼いユウタも困惑はしたが、その心根が優しい人間だと知ってからは、頼もしい存在だった。

 “あの一件”さえなければ、今も良好な関係を築けていたかもしれない。




   ×      ×      ×



 火を背に、男は短刀を両手で握っている。鍛えられた腕は、ユウタのそれを数本束ねたような太さをしている。ローブの下から覗いた凶器の総てが敵対していると思うと、踵を返して逃げたくなる。

 だが、ユウタにとってこの男は怨敵である。最後は最悪だったとしても、それまで築いた思い出は好きだった。そんな村を、焼き払った人間に対して何も思えない筈がない。何より、逃げられないよう、退路に彼女──ハナエを置くことで塞いだのだ。もはやこの衝突は、自ら選んで必中不可避に追いやった。


 仕込み刀を手中で一旋し、深く吐いた息とともに地面を蹴る。心臓の鼓動が耳朶を打つ。戦闘前から緊張感に、早鐘を打っていた。

 対するギゼルは、左の短刀を頭上へと高々に振り上げた。その挙動だけで威圧感が辺りの空気を締め付ける。ユウタは眼前に城塞の壁を垣間見た。

 鋭く踏み出した一足と共に、ギゼルの内懐に踏み込んで横薙ぎに一閃した。この一撃なら深く彼の腹部を抉りつつ、上からの初撃を回避する事が可能である。そう踏んで、確信を持った攻撃を実行した。

 刃が彼の肉体に到達する──その寸前で、柄を握っていたユウタの手が撥ね上がった。鈍い衝撃に指先の感覚が痺れる。

 直撃を未然に防いだのは、ギゼルの膝。振り上げられた足が、ユウタの手を捉えて妨害したのだ。

 防がれたなら仕方があるまい。観念し、バックステップで引き下がろうとしたユウタは、次に視界に捉えた物体に瞠目する。

 轟然と直進してくるのは、ギゼルの縦拳だった。短刀を握り締めたままの固い手が、後退を選んだ少年を容赦なく狙い打つ。頭上に掲げられた凶器に意識を向けていたユウタは、まさか得物を手に取っている相手が拳撃を優先して使うことを予想していなかった。

 ユウタは反射的に両腕を交差させて、顔面を庇った。氣術で弾き返す隙もない。衝突はコンマ一秒後だ。集中力を練り上げるには、圧倒的に時間不足である。せめて──両腕の氣で身体強度を強引に上げ、耐えられるほどの防御力を急造した。

 轟音を打ち鳴らした鉄拳によって、少年の体が後方へと大きく仰け反る。燃え盛る神樹の枝葉に覆われた空が視野を埋め尽くす。頭部へ直撃していたら、間違いなく即死だった。武具の達人の前に、彼は体術にも優れている。その事実を知り、やはり強敵だと識った。感覚から、腕は折れていない。それでも芯を揺さぶるそれは、紛れもなくユウタを慄然とさせた。

 後ろへと大きく傾いた体を戻せば、そこでカウンターが待ち構えているのは明白だ。その行動を選択した未来で、自分が死んでいることも。受けた拳撃の威力を利用し、後方へと倒立背転を繰り返して五メートルほど距離を取った。

 背にぶつかったのは、ハナエの体。


「あ、ごめん」


「あの、ユウタ…わたし、邪魔?」


「いや」


 ハナエが障害なのは、この場においても瞭然とした事実。かと言い、避難場所を求めるにしても現状が酷すぎる。隠れ場所は、火の巻いた村の中には存在しない。逆に外は、魔物が徘徊しているであろう。そんな場所へ彼女を放置していれば、戦闘に専念できないのは目に見えている。

 二人の様子を見守るギゼルに振り向いた。


「あなたが、最近の魔物出現に関与しているんですか?」


「いや、それは知らん。だが、これが好奇だと見て、守護者たちが出払う口実とさせて貰った。その間に神樹に火を付けるのは容易い」


 どうやら、村の壊滅の一端は自分の報告にあるらしい。ユウタがギゼルに伝えなければ、違う形で対策が立てられたかもしれない。尤も、過ぎたことを言及する暇も今は無い。

 とはいえ、どうやら魔物の登場は彼とは別系統の出来事らしい。


「お前は、ハナエをどうするつもりだ」


「村は焼き払った。お前が敵対をやめて、素直に森を出ていくなら、彼女にも手は出さん」


「では、動機を聞かせて下さい」


「お前は知らなくていい」


「答えないなら吐かせるまでだ」


 ギゼルは短刀を投擲した。

 並行に打ち出された弾丸が、ユウタを目指して一切のブレなく迫る。少年ならば回避が可能。だが、いま背後にはハナエが立っている。

 ユウタは氣を練り上げ、右の掌を虚空へ突き出す。同時に空間を押し広げるように圧縮された氣が、飛来する凶刃を阻んだ。見えざる壁に弾かれたのを見て、続く様に腰から四本を連投するギゼル。

 空中に氣を固定したまま、更に斥力を強めていった。ナイフは先程よりもギゼルに近い距離で静止する。


「見事だ、あの老人の業を受け継いでいたとは」


 賞賛を口にしながら、再び両手に短刀を提げて踏み出す。その位置から不動だった彼が、遂に自ら前に跳んだ。


「ハナエ、逃げろ!」


「でも」


 五メートルの間隙を、一秒もせず詰め寄った。氣術の体勢を解いて、全身体機能を回避へと費やす。彼と鍔競り状態になれば、拮抗することなく押し飛ばされるのは自明の理だ。受けに回れば潰される。

 ギゼルから繰り出される猛攻を、最小限の動作で躱わす。少し間違えば、鮮血が飛び散る。鼻先の空気を掠め過ぎる刃が、今まで彼が屠ってきた敵の血の臭いを空気に漂わせた。


 優勢に見えるギゼルだったが、彼こそが内心で焦っている。ここまで経験を下に、遺憾なく己の全力を発しての戦闘。その一刀だけで、これまで何人もの敵を仕留めた。

 なのに、前に立ちはだかる少年はそれを悉く凌いでみせる。頭蓋を打ち破る渾身の拳も、寸分違わず標的を撃ち抜く一投も、岩をも両断し布間を裂くような一閃も……

 たとえ、相手が超常の業を駆使するとは言え、凌駕できぬものではない。それなのに、少年の命脈は未だに強く脈動している。募る焦燥感を無視できなくなってきていた。


 先程から、ギゼルの短刀による連撃が大雑把なものになってきていた。力みすぎている、と感じるのは正対している少年だけだろう。このまま着実に回避を続けていれば、明確な隙が生まれる。相手はそれに気付いていない様子だ。

 だが、ユウタとて体力の消耗は、いつもより激しい。炎の熱が周囲から風に乗って来る中、戦闘行為が長期化するのは望ましくない。体力ならギゼルの方がある。


 ギゼルの刃が、ユウタの頬を掠過した。

 切っ先に少年の血が糸を引く。赤が二人の網膜に刺激を与え、均衡を破る。ギゼルが捉えたとばかりに捻り出した剣閃。

 ユウタの体は、左側へと大きく傾いた。

 その軌道は、次の動作に移行しようとするユウタの頸椎を断つシナリオを描いている。勝機を見出だし、万感の思いで振り抜く。


「……ッぁあ!!」


 跳ね起きるように拳を打ち出した。

 ユウタの掌底が短刀と交錯する。先程よりも深く少年の肩を抉った──だが致命傷じゃない。それが解って、すぐに体を捻る。だが、重ねられた少年の打撃を完全に避けることは叶わなかった。

 顎を叩いた。ユウタの掌が、巌のような頭部を捉えたのを合図に、幾度もナイフを阻害してみせた斥力を放つ。

 少年の肉体には決して再現できない威力を、氣術によって具現化してみせる。雷鳴が轟いたかのような音と共に、ギゼルの体が中空へと弾き上げられた。頭蓋の中で脳が震動する。至近で放たれた効果は伊達ではなく、充分な火力を以てその意識を打ち砕いた。

 失神したギゼルは、後方へと回転しながら、糸の切れた操り人形のように無惨に崩れ落ちた。

 ユウタは、背後に振り返って、遠くから見守るハナエを肩越しに見て安堵した。火に巻かれておらず、ただ立ち尽くすようにこちらを眺めている。

 ユウタは杖に納刀し、彼女に駆け寄った。


「無事?」


「ユウタは、大丈夫?」


「うん、大丈夫だ。それより、ギゼルを運んで此所から離れよう」


 踵を返して、再びギゼルの下へと歩み寄る。四肢を投げ出して空を仰ぎながら倒れる男を見下ろし、その脇に手を差し入れて上体を起こす。


「……ユウタ」


「呆れた回復力ですね」


 意識を取り戻したギゼルが、視線だけを向けていた。その瞳には、以前のような敵意や嫌悪の感情はなく、諦念と寂寥を孕んでいた。その変化に驚きながら、それを隠して彼を抱き上げる。


「僕の勝ちだ。理由を尋ねる権利がある」


 決然とした少年の声に、ギゼルは目を伏せた。

 話すことを未だ躊躇う姿勢でいる。早くこの場を離脱しないと、全員が焼死体になる可能が高くなる。


「俺はこの村の風習が嫌いだった。排他的で、閉鎖的な場所が。お前は…不運だったな。だが決してお前を想ってじゃない。

 娘がいた。先日、その娘を森を南に抜けた場所にある町に預けたんだ。あの子には自由になって欲しい。だから、この忌まわしき村を焼き払った」


 胸の内を吐露したギゼルを不憫に思ったのが、ユウタの素直な感想だった。故郷よりも娘の人生の為…果たして、それが彼女の望んだ未来になるのかも定かではないというのに。自己満足を満たしたいが故に故郷を残酷な形で捨てる蛮行に至った。


「守護者は…二人、取り逃したが、もうどうでも良い」


「…」


 確かに行動の起源として、誰か大切な人を想起する。それが、ユウタにとっての老人であり、ハナエである。


「…僕は、それでもあなたの行いが」


「ユウタ!!」


 絹を破ったような、そんな叫び声がした。

 ユウタの名を悲鳴のように叫ぶハナエの声に、何事かと顔を上げる。彼女が襲われたのか、それとも己に気付かぬ危機が寸前まで迫っているのか。

 その解は、どちらも示さなかった。


 ユウタの横で弾け、赤い渋木が地面を彩る。

 血に濡れた少年の肩から、ずるりとギゼルの体が落ちた。呆気に捕らわれ、暫く硬直していた首を回す。

 そこに、頭部を失った人の体が横臥していた。血の池は首から広がり、地面を洗い流している。鼻腔を饐えた鉄の臭いに、震えながら数歩を退いた。何の脈絡もなく、唐突に、恰も時限爆弾だったかの如く爆散したギゼルの頭の肉片が、頬に貼り付いている。

 その現実を飲み込むまで数秒を要し、肌を撫でて伝う生暖かい液体に背筋がぞっとし、ようやく我に返った。


「な、何で……?」


 その時、頭上から火を纏った枝が落下してきた。それが丁度よくギゼルに着弾し、その体を熱で犯していく。先刻まで鎬を削り合った敵が、眼前で焚き火となった状況に見入っていると、次々と燃えた神樹の一部が地面に着地する。

 ユウタは彼の短刀を一本拾い上げると、そのままハナエの手を引いて村を出た。




   ×    ×    ×




 村を出て、真っ直ぐ自宅へと戻ったユウタは、床にハナエを座らせる。一日にして何もかもが燃えてしまった現状に、二人は無言のまま床を睨んだ。

 幾らか時が経って、沈黙を破ったのはハナエだった。


「ユウタ。どうして、彼は死んだの?」


「…わからない」


 その原因を知りはしない。だが推測は立っている。


「多分、ギゼルが村に不満を持つ事を、そしてその懊悩の発端が娘を想う心だと知悉した奴が、そこに付け入ったんだ。魔物を操り、普段は確認されない魔物の登場に、間違いなく厳戒網が張られる……村の外側に。

 ギゼルが犯行を行い易い状況を作ったんだ。守護者がどうなったのか、それをギゼルから聞いたけど、二人いたそうだ。ソイツらの中に、或いはその両名が魔物を引き寄せた主犯だ。

 きっと、魔法か呪術に心得があったんだと思う。僕の氣術にあんな作用はない」


 つまり、逃げ(おお)せた二人の容疑者がギゼルを殺し、そして神樹と村の消滅に加担した犯人だと推測するユウタに、ハナエは更に俯いた。彼女は守護者全員と面識がある。守られる立場として、自分の為に命を張る人間を知る義務がある。だからこそ、その一人ひとりを知っているからこそ、そんな行動に及ぶとは到底信じ難いのだ。

 この怒濤の連続で発生する問題と疑念に、ユウタにはハナエの心労を推し量ることができない。


「ねえ、ユウタは旅に出るの?」


「ああ」


「それなら、わたしも一緒に」


「駄目だ」


 やはり意思は曲げられない。

 ユウタの旅の目的が、今晩で決定付けられてしまった。そして、その問題を解消しない限り、真の自由がない事も悟ってしまっている。


「じゃあ、わたしはどうすれば……」


「南の町で、ギゼルの娘を預かっている人がいるんだ。君もそこに厄介になるんだ」


 (こいねが)うように腕を掴んでくる彼女を、視線だけで制した。断固たる意思を感じ取り、ハナエは躊躇いながら指を放す。


「明日、南へ出発しよう。町に到着してから準備をして、色々と落ち着いたらお別れだ」


 ユウタはハナエの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、微笑んだ。




















嫌われ者のユウタを次回で完結させ、新しいエピソードに入りたいですね。

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