山頂の再会
第四章開幕です。
整然と並ぶ書架は、稠密に本が容れられ、それだけでは収まり切らなかった分が床に積み重なっていた。蝋燭で照らされた室内には、見渡す限り書物がある。設けられた窓に背を向けるように肘掛けのある大きな椅子が置かれ、それを取り囲むように袖机と書見台がある。卓上には、つい先程したためられたばかりの手紙が、内容を晒した状態で安置されていた。
窓の外では吹雪で、山の景観はとても荒れていた。白い礫が強風に乗って木々に叩き付けられる。硝子を揺らして、窓枠をあっという間に白く染め上げた。
一室の中で休憩として設置された寝台の上で、呼吸に胸をゆっくりと上下させて仰臥する女性。亜麻色の長い髪は、彼女の翼のごとく無造作に広がっていた。精緻な人形のように整った相貌は、やや憔悴の色が見られ、額に汗を滲ませている。
扉を軽く叩く音がした。
女性が小さく応答すると、開いた扉の向こうから、外套に身を包んだ初老の男が現れる。印象は薄く、だが鋭さを持つ琥珀色の瞳が蝋燭の光に煌めいている。
本で形成された複雑な道を惑うことなく、するすると音もなく抜けて、女性を気に掛けることもせず、書見台の上を検めた。広げられた紙面を確認すると、円筒形に丸めて紐で巻き、結び目は堅くした。
内容を確認した上で、それを背嚢へと入れると、すぐに踵を返して扉へ向かう。手先や足先の運びに、一つも音を鳴らさない男の所作を眺めていた女性は、彼が退室する前に呼び止める。過ぎる風のように用事を済ませて即座に出ていく動きは、一切の無駄がない。
背を向けたままの男へと向き直るために、力の入らない関節を必死に駆動させて起き上がる。ゆっくりと長い布擦れの音で、起き上がることに難儀しているのが解った男が、肩越しに振り返った。
「もう、行くのね。外は吹雪だというのに」
「言い付けられておりますので」
男の素っ気なく答える態度を咎めず、柔和な笑顔で可笑しそうに見ていた。女性の容態は、誰が見ても良くはない。次第に衰えていく自身の体調を鑑みて、まだ若年でありながら死期を悟っている。
言葉に愛想は感じられないが、男が胸中を知られまいと厳しく己を律しているのが解った。引き止めながら、沈黙する女性の態度を嫌わず、おもむろに男が誰にともなく呟くように言った。
「ご息女が、起きられました。この早朝に起床されるとは、ご立派ですね」
この建物の構造上、部屋の一つずつが厚い壁で隔てられているというのに、隣室の音を聞き取った。寝台から降りて室内を彷徨く小さな足音から、その歩幅や体重などを推測して正体を分析し、女性の親愛なる娘だと解を導きだした。
「本当に、貴方は蝙蝠みたいな人。もう十六歳なの」
女性は壁に手を当てて、まだ寝惚け眼を擦っている娘の姿に想いを馳せる。まだ日が出る前の時間帯に起きているのは、きっと母の仕事を引き継ぐ為だ。娘はそれを訓練として、自主的に行っている。本来なら女性が遂行する事務などにも手を出し始めていた。
「ねえ。貴方さえ良ければ、私亡き後にあの子の随身を任せたいの」
「残念ですが、此度は事情があります。この仕事を最後に、引退する所存です」
この男の職能は、これまで女性から依頼された人間の中でも、桁外れの技量を持っていた。彼に委任すれば、どれだけ困難な任務であろうと必ず成し果せてみせる。今回の仕事を期に、その身を退くことに微かな寂寥感を覚えながら、口にせずにおいた。
「そう。なら、これからはただの知人として、この館を訪れてくれる事を期待するわ」
「貴女が眠られる前には必ず、間に合わせます」
男は扉を閉めて、部屋を辞した。
遠ざかる足音もしない。本当に奇妙で優しい人だと微笑む。しかし、すぐに胸を掴むような苦しさで顔を歪ませた。女性は口を両手で押さえて咳き込んだ。
次に会える日が、あるのだろうか?そう皮肉を内側で言って、女性はふと、書見台の上に視線を留めた。そこには、この辺りでは咲く筈の無い乳白色の花だ。雪に囲まれた世界で生活していた彼女には、机上の知識としては弁えてはいても、実物を拝見するのはこれが初めてだった。
その実葛の花弁は、全く欠けていない。此処を訪れるまで、一体どう運んだのだろう。
先程まで体を蝕んでいた苦痛は消えていた。それをそっと握り締め、花を置いた男の真意を察する。太古の時代に人の営みが始まってから発達した言語を、その花に意味を込めるというものがある。
隠された言葉は、女性の胸に浸透する。
「ありがとう」
女性はその双眸を潤ませた。溜まった涙が頬を滑り落ちて、厚い上掛けに染みを作る。
その後、男を待たずして、雪の中に一輪の花が儚く散った。
× × ×
「……また夢か」
浅いようで、意識は深い闇に落ちていたように目覚めが悪かった。誰かの意識と、自分の夢が交錯している。そんな奇妙な感覚は、睡眠とは思えぬ疲労感を体の芯に残す。
山の中腹にある小さな洞の前で、ユウタは三尺ある紫檀の杖を抱えるように座って、周囲一帯の全景を見回す。南の地域だというのに、空気は冷たい。山陰から姿を現そうと昇る朝日の光が眩しく目を細くした。この時間帯は、ユウタにとって寝坊である。
立ち上がって、洞の中へと入ると、冷たい岩の上で毛布に体をくるんで眠るムスビの肩を軽く揺すった。白い髪の間から、ユウタと同色の瞳を覗かせる。相棒の姿を見咎めると、呻き声を上げながら寝返りを打つ。
呆れて何も言わず、今度は杖の石突きで小突いてた。それにも動じず、断固として睡眠を続けると意地を張る彼女の背に、ユウタは杖の律動を作って執拗に起こそうとする。
互いに譲らぬ攻防が何分か続き、不機嫌な顔をして、漸く毛布を自ら剥いだムスビに驚き、杖を引いて両手を上げたまま硬直する。眉を寄せて、睨んでいた。白磁のような肌は寝起きで少し紅潮しおり、まだ目蓋も半分しか開いていない。
「おはよう」
ユウタの挨拶に黙って頷くと、一つあくびをして体を伸ばすと、黒い獣耳の根本から、寝癖のついた髪を指で梳いた。以前と違って変色し、少し短くなった毛髪をまじまじと見詰めていると、その視線を躱わすように立ち上がって、更に奥へと移動してしまう。
彼女の無愛想な態度に苦笑しながら、朝餉を用意した。昨晩、この山に立ち入って洞を見つけ、ムスビが眠ってから一人で一帯を散策し、食料になりそうな魔物を捕らえたのだ。肉を適当に捌き、起こした焚き火にかける。
肉の香ばしい香りには弱く、ムスビはすぐに顔を緩ませながら近寄ってきた。まだ意識が完全に覚醒していないのか、普段は隠している黒い尻尾が伸びてゆらゆらと揺れている。
「何、これ?」
「馬みたいな魔物だった。毒とかは無い筈だよ」
「何も手を加えてない?」
「辛味はないから大丈夫だよ。そんなに疑うのか………」
ユウタの差し出した朝食を受け取って、焼けた肉に噛み付いた。獣脂に口元が汚れるのも厭わずに千切り、膨らませた頬の中でいつまでも咀嚼している。一口目を堪能する彼女から視線を外して、洞の外を見た。
目的地となる場所まで、あと半刻もせずに到着する筈だ。地図で確認すると、山の頂上には窪地が出来ていて、そこに小さな町が築かれている。危険な迷宮があり、冒険者が訪れる事も多い。
更には、世に知れた有名な一族が居るという。政略などにも長け、豊富な知識を有する人間を何人も輩出してきた歴史がある。だからこそ、時折使節団が派遣されて、一年間の研修活動を首都キスリートが定期的に開く。
ユウタとムスビが目的とするのも、その一族である。港町リィテルのダンジョンで入手した異様な本の正体を探るべく、その知恵を借りに行く。
ここで懸念されるのが、政界にも力を持つ人間たちである。一般人、それもただの冒険者との面会を許してくれるのか。
完食したムスビは洞を出て行く。近くの湧水で顔を洗う為だろう。肩や首元、腹部を大きく露出した格好では、この朝は寒い。急いで外から逃げ帰ってくる彼女を想像して、ユウタは小さく笑った。戻るまでにと、片付けを速やかに済ませる。
袴の裾を絞っていた紐を解いて、足袋を履く。足先を冷やすと良い事はない。
「いつ出発するの?」
「今すぐで良いなら」
帰って来たムスビは、濡れた髪や顔を手拭いで水気を取り、特に寒がる様子もなかった。少し期待外れな反応に、内心で落胆しながらユウタは背嚢を背負う。食事以外は既に完了していたのだ。
ムスビは、相変わらず用意の良い奴だと悪態をついて、パーカーを羽織ると同じように背嚢を担いだ。歩き始めた彼に後続して洞を出た。
「あたし、山って好きよ。景色が良いから」
「近くに丁度良く高い崖があったら、そこから飛んで見ると良い。きっと、見た事ないくらい壮観だ」
「命綱ってあるわよね?」
「安心しろ。僕が握ってるから」
「それが一番信用ならないわ」
二人はいつものように冗談を交わす。
山の傾斜を登り、山頂となる場所が見え始めた。流れる雲が近く、二人にとってはすぐそこを通過していくそれに、目を輝かせた。森育ちと町暮らしの少年少女は、これほど高い所へ来た経験がない。
ユウタとしても、故郷となる森にある山はそれほど高度がない。間近で見詰める雲は、少し霧に近いが、一種の生き物のように見える。
「凄いな。下手したら捕まえられるんじゃないかな?場合によっては氣術を使ってみよう」
「あ、それ賛成ね」
意気投合した二人は進まず、その場で立ち尽くして真上を仰ぎ見る。淡々とした景色だが、それでも好奇心が釘付けとなった。風に乗って移動を続けるのは、旅人と同じみたいに思える。ユウタは師も、旅の中で色々な物を見たのだろうと考えた。
流石に数分も立ち止まる訳には行かず、素晴らしい景色の余韻に浸りながら、山頂へ行く。
頂上と呼べる場所から、円形に陥没したように下へ更に傾斜が出来て、そこにある窪地で、一丈ほどの壁に囲まれた町があった。家屋と思われる物は、どれも洋館のようだ。中心に十字の大通りがあり、四つの区域に分かれている。
中でも、北の方角を差す道の奥には、圧倒するほどの巨大な建物があった。まるで貴族の館のように、周囲とは全く異なる雰囲気に二人は感嘆の声を漏らす。
「ムスビ、行くよ」
「そうね。危険だと嘯かれるくらいだし、ここのダンジョンを制覇してやるわよ」
「おい、本来の目的を思い出してくれ」
違う方針を口にしたムスビに突っ込みを入れて、ユウタは岩の下り坂を歩いた。軽やかに下りていくユウタと違い、ムスビは慎重に足元を確かめながら進んだ。慣れない地形に難儀していると、ユウタが立ち止まって振り返った。
ムスビの悪戦苦闘する姿を静観し、笑みを称えてその場に仁王立ちしている。隆起した岩に足を取られて崩れた姿勢を慌てて正したり、風に煽られて後ろへと尻餅をついたりした。
暫く見守っていたが、一向に下りられる気配が無かったため、ユウタは渋々彼女へと駆け寄る。意気消沈に項垂れていて、声を掛けても反応がなかった。獣人族だというのに、山の地勢に歩きづらいということがあるのか。
ムスビを左肩に乗せると、慌てる彼女を制止して傾斜を滑りながら降りた。
「うわわわわわっ!?」
「背嚢に腰かけて、僕から手を放さないで」
時折、地面を蹴って跳躍しては滑らかな場所を選んで着地する。激しく揺られて、耐えるムスビは背嚢に臀部を乗せながら、背を丸めて両腕をユウタの頭に回した。視界が塞がれていないのが幸いだが、強まる拘束力に頭部が痛みを訴えている。
関所と思われる場所まで一気に駆け下りたユウタは、ムスビを地面に下ろす。頭を叩く鈍痛に呻きながら、身分証明書を取り出した。ムスビは驚悸する胸を押さえている。
入り口を守る門兵がそれを認めて、二人を中に入れた。
「し、心臓に悪いじゃない!」
「悪かったよ。でも頭痛いんだけど」
「それで勘弁してあげる」
「せめて謝罪くらいしてくれるようになればなぁ」
× × ×
山頂の町──ロブディ。
凡そ一〇〇〇人の人口で、多くの優秀な高官がこの町出身である。学問の町ともされ、名の知れた場所だが、ユウタ達は知りもしなかった。
ローブを羽織り足元まで厚い長靴で固めている。町人が気候に応じた服装とするには、些か雅だとユウタが訝ったが、ムスビは純粋に羨望の眼差しを向けている。シェイサイトでは生きる事に無我夢中であったから、身なりに頓着が無かった。自身で生計を立てるようになってからは、年相応の少女としての好奇心が芽生えている。
十字路は、冒険者と思われる人間や、兵士で賑わっている。露店に殺到する連中は、防具などを吟味していた。まだ朝早いため、店主も半ば意識朦朧といった状態で接客している。
ユウタはこれは好機だとばかりに、早速飯屋に向かうと提案した。
「ムスビ!これはチャンスだよ、早く飯屋で美味しい物を食べよう!」
「あんた、朝食を済ませたばかりでしょ?……あたしも食べたいけど」
やや己の空腹を恥じるように、小声で言ったが耳の敏いユウタはすぐに聞き咎め、上機嫌で店を回り始めた。彼の年頃となると、食欲旺盛で一頭の魔物を分け合うだけでは事足りなかったようだ。ムスビは彼以上に、まだ満足に空腹感を解消できていなかった。
町人に尋ねて、この辺りで評判の良い店へと入る。開店直後であるためか、人が少なかった。適当な席に着くと、直ぐ様ムスビは注文の表をユウタへ見えるように差し出す。
「僕のお勧めで良い?」
「また?……今度はちゃんとしなさいよ」
「任せろ。すみません、当店で一番刺激のある物は?」
「都合の良い耳してるじゃない」
小声は聞き取れるというのに、ムスビの注意は全く意に介さず、店員へと訊ねていた。そんな二人の様子を微笑ましく思って、敢えて甘い物を勧めた相手の気遣いには気付かなかった。
料理を食事した時、ユウタは謀られたと思いつつ、好ましい味に機嫌を直した。不安そうにしていたムスビも、今では頬を押さえて喜びに震えている。
「で、早速その一族へ訊きに行く?」
「その前にギルドに行きたいな。僕はリィテルじゃ、ほとんど行けなかった訳だし」
「………あんた、大変だったわよね」
「川で、それも全部吹き飛んだ」
「ちょ、それあたしの裸見て解消したって事!?」
「いや、釣りが出来たってだけだし。と言うか、大声で言うなよ。しかも、あの後に殴られ続けた事を忘れてた」
料理を平らげると、ムスビが珍しく二人分の勘定を済ませた。呆気に取られたユウタへ見向きもせず、自然な態度でそのまま店を出た。
どうやら、ユウタの真意を察したらしい。ダンジョンではなく、町の再建に尽力していたユウタは、あまり手持ちがない。宿に一泊する分と、一食できる程度だ。
ユウタは彼女に感謝し、後を追った。
「ムスビ、ごめん。セリシアの服の代金とか、あと今回も」
「良いのよ別に。あたしの寛大さに感謝しなさい」
「そうだな。次にその寛大さが見られる機会は、何十年先やら……」
「バカにしてんの?」
虚空を見つめて呟くユウタに、青筋を浮き立たせて怒った。
道を往来する人の流れは滞る事がない。二人もその中でゆっくりと歩を進め、羊皮紙に描かれた町の俯瞰図を一覧する。ギルドは然程遠くないが、町の中央にある十字路では人が混雑しているため、やむを得ず別の路地へと向かう。住宅街と思われる場所を通過し、二人で黙々と周囲の景色を観察していた。
子供が早朝から、親に見送られて何処かへと向かう姿を視線で追う。ユウタからすれば、リュクリルでのハナエ達を想起した。
そういえば、手紙を書いていない。忙しかったし、シェイサイトの時のように余裕がなかった。無論、ゼーダとビューダについての情報を伝える事を躊躇ったのもある。出来れば、ハナエに知られず、彼等を抹殺するつもりだ。
師が消えた瞬間から、獣人族を始めとした犠牲者が<印>によって増えた。同じ烙印を持つ者として、彼等を野放しには出来ない。もう切って離せぬ運命があると悟っていた。
ユウタを隣で覗くムスビは、その胸中があまりにも穏やかでない事を察した。
「どうしたのよ」
「いや、別に。少し考え事してただけだよ」
「ふーん」
それ以上の問答はなく、再び沈黙した。
裏の路地を使って大通りから迂回した二人は、存外足を一度も止めずにギルドへ辿り着く事ができた。大扉の前で建物を見上げるユウタを置いて、中へと向かう。
「初めてじゃないんだから、早くしなさいよ」
ムスビに言われて我に返り、ユウタも慌てて続く。開いた扉の隙間に滑り込むと、中は閑散としていた。時間帯や今までが騒々しかったのもあるが、やけに人が少ない。扉の蝶番が軋む音だけが響き渡る。
ユウタは掲示板の方へと向かった。受付の方を確認すると、職員と思われる人物が一人も見当たらない。無法地帯にも等しい状態だった今までと違って、人の寄り付かない荒野のごとく空気が乾いている。ムスビさえも謎の緊張感に顔を顰めた。
「まさか、また【冒険者殺し】とか?」
「いや、でも………」
【冒険者殺し】の事件と同様に、ダンジョンに踏み入る事を畏れているにしては、早朝から路地で騒いでいた冒険者達の雰囲気から、そういった表情を感じられない。奇妙な重苦しい空気が屋内に蟠っているように思い、ユウタ達は早々に依頼を選択して外へ出る事にした。
貼り出された依頼の書状の数は、あの時のシェイサイトと比較しても少ない。ここは、自分よりも経験のあるムスビに選ばせた方が良いだろうと、判断を任せた。
彼女が取ったのは、やはり難易度の高い物だった。
「懲りないな」
「昇格したくないの?」
「それは、そうだけども」
既にユウタとムスビのランクには差がある。冒険者の仕事から離れていた自分と違い、依頼達成を積み重ねた彼女が先を行くのは当然だ。焦燥感を覚えない訳ではない。
結果的に彼女の意向に逆らわず、その依頼を受注して外へ出た。
「今日は町の観光でもしよう」
「あんた、呑気ねぇ。すぐにでもダンジョン行こうとか思わないの?」
「君みたいに血気盛んじゃないんだ」
「好奇心旺盛なだけよ!冒険者として当たり前でしょ!?」
「ガフマンさんに似たね」
「あんなおっさんと一緒にしないで」
鼻を鳴らして嘲笑を浮かべているが、ムスビもガフマンが嫌いな訳ではない。少なからず、自身を親身になって気遣ってくれた数少ない大人の一人として、信頼と親愛がある。素直ではないが、最近彼女を理解できるようになった。
ふと、路地の中央で二人の人影があるのを見咎めて、ユウタは立ち止まる。町人の視線を集中させる景色に、ムスビもその一点を見詰めた。
長い赤毛を結った鎧の男が跪いて、愛の言葉を語っていた。横でムスビが嫌そうに顔を引きつらせるのを察しながら、ユウタは男ともう一人の方へと視線を移す。
肩ほどにある金色の髪と、困ったように伏せられた翡翠色の瞳。男への態度に戸惑っている。
「凄いね、人目も惜しまずに」
「あんたも、ああやっていつか誰かに愛を囁くのよ」
「じゃあ、それまで君に呪詛と怨嗟の声を送ろう」
「とことん仲間って感じがしないわね」
二人で眺めていると、女性の方がこちらへ振り向いた。顔を輝かせて、小走りで駆け寄ってくる。接近する女性に憮然としていた。
次の瞬間、足を躓かせて飛び込んで来た。避ける隙もなく、ユウタが受け止める。赤毛の騎士が顔を蒼白にして、膝から崩れて項垂れた。
「あんた、知り合い?」
「僕、ロブディに来たのは初めてなんだけど」
当惑で辺りを見回し、混乱していると女性が顔を上げた。その双眸から涙を流し、ユウタは完全に硬直した。
しかし、その泣き顔ではなく、その正体を見て、喫驚に動きを止めたのだ。懐かしく、そして何度会いたいと願った事か。幻覚とさえ思ってしまう程の再会。
「ユウタ」
一瞬で胸の内に広がる安堵と歓喜に、震える声でしか答えられなかった。
「は、ハナエ………?」
今回もアクセスして頂き、本当にありがとうございます。久しく登場した幼馴染とユウタについても、丁寧に書けて行ければと思います。
これからもよろしくお願いいたします。




