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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:セリシアと精霊の歌
47/302

相棒と晩酌

更新しました。後半部分は、ユウタとムスビの会話文と化しています。



 町を襲った魔物は駆逐された。

 卒然と発生した大量出現の原因を、リィテル冒険者協会が小隊を編成した第三層までの調査を方針として固める。多数の死傷者を出した凄惨な戦いの幕が下り、避難所から帰る町人たちが彼らを讃え追悼式を執り行った。

 浜辺に乱雑とした魔物の死体については、討伐数を冒険者の功績だが、採取できた素材だけを町の資源として循環させる。これにより、町に与えられた損害を賄うとした町長に対し、誰も不満の声を上げることはなかった。


 一方で、騒動とは別にニクテスへの外交の交渉に出向いていた聖女レミーナは、暫く町長の屋敷で休憩を取る事となる。彼女の命令を受けたドネイルにより、負傷した船員にも医療が供給された。結果として、全員からレミーナが敬われる状況が完成しただけである。

 無事に保護されたニクテスの少女テイは、目覚めたユウタと共に町へ出る。無論、外出の許可を予め確認してから、聖女護衛の任から一時的に離れた。今はムスビ達との合流を目指す彼は、道の途上でテイと共に夕食を済ませ、二人でリィテルの店を周りながらギルドへ向かった。

 リィテルに到着してからは、まともに町を散策したこともなく、二人で探検を楽しんだ。装飾店の中を忙しく巡回し、好奇心に心を弾ませるテイに和んだ彼は、久方ぶりの安寧を感じた。特にテイが興味を示した首飾りと、セリシアへの贈り物として髪留めを購入する。

 二人で歩く道では、浜辺で戦死を遂げた冒険者を悼む人々の行列が出来ている。両手で花束を抱えて、南へと向かう姿から目を逸らす。悠長に町を回っていながらも、ユウタはやはり敵の姿が無いか、その警戒を怠っていなかった。

 テイを懐柔しようとする聖女レミーナの手下、船を襲撃した八咫衆、そして魔物の発生源と疑わしき存在の影。立て続く敵の出現に過敏となった疑心を、テイに悟られぬよう努めた。外界の文化に触れて、目を輝かせる彼女を離れぬように手を握りながらギルドへと歩を進める。

 これは、シェイサイトの焼き直しのように面倒な事態となってしまった。いや、下手をすればそれ以上に手の負えないモノと相対している。氣術師の存在を知り、憎悪する八咫衆。戦闘の長期化がなかったとは雖も、あの行動速度から繰り出される攻撃、そしてあの羽毛による射撃は厄介だ。

 剣の届く位置にいるならば構わないが、あの敏捷性は凄まじい。空に飛ばれでもしたら、並の投擲で捉えることも叶わないだろう。

 次の対峙では、何か策を講じる必要がある。遠距離の敵を狙い撃つ、火力の高い武器を。氣術による投石や引力で行動範囲を狭めながら、確実に仕留める技。あの八咫衆若頭セイジの羽毛と同じ戦術を考案しなくてはならない。


「ここか」


 テイの手を引いて、リィテルのギルド前に到着する。シェイサイトとは些か風体が異なるが、構わず大扉を押して中に入った。





  ×       ×        ×





 ギルドの中は喧しい状態だった。

 屈強な男達による晩酌の酒戦、自身の武勇譚を語る冒険者の笑声に満ち溢れた屋内に、ユウタは気圧されて踏み出すのを躊躇った。背後から窺うテイは、少し怯えている。当然だ、ユウタとてこの盛況に、前進することができない。

 杖を握る手に汗が滲んで、ユウタは生唾を飲み込む。今日の戦いが苛烈だった故に、彼等の興奮は収まらないのだ。疲労も忘れて、夕餉から騒ぎ立てる様子に終息などあるのだろうか。


 町が戦死者を葬る中でも、冒険者達は一切そういった悲哀の色がなかった。寧ろ、生存した事を名誉と謳い、手柄の数で他人と競っている。ユウタはそれが少し寂しく感じて顔を伏せた。

 友人であった守護者ゴウセンを弔った時も、神樹の村は次期の守護者選抜に意識を移行させていた。彼の死を悲しく感じたのは、ユウタとハナエのみである。家族は守護者としての殉死と讃えており、それが更に虚しく映った。


 テイを引きながら、目立たぬように努めて足音を立てずに歩く。こんな場所で氣術を使用することに失笑して、空席を見付けて二人で腰を落ち着けた。

 ニクテスの子供が着る薄絹の服では少し目立つ為に、ユウタの単衣を羽織らせている。尤も、東国の格好でも注目に差異は無い。時折、こちらへ視線を寄越す冒険者がいる。

 ユウタは襦袢と袴だけの風貌。変わった服装の二人組が一ヶ所に留まると、視線が集中してしまうのは当然だった。

 居心地が悪そうに俯いているテイに、ユウタは故郷の話をする事にした。環境としては相似している点がある。共通している慣習などを発見しては、彼女は嬉しそうに顔を輝かせる。

 ユウタは、テイはやはり自分と似ていると思った。嫌われてなお、村を愛し、味方してくれる存在を貴ぶ姿勢は、鏡に映る己を見ているようだった。彼女を無事にニクテスへと帰したい、その思慕が強くなる。

 更に、不安を和らげる為に旅に出て知らない町に一人立ち尽くした時、そこで優しい人間に助けられた状況を語った。今も鮮明に想起するのは、声をかけてくれた黄金色の少年。テイは興味深そうに、相槌を打って話に集中していた。


「ユウタ、凄い」


「僕は助けられてばかりだったよ」


 テイの賛辞に照れながら、ユウタは器に注がれた水を一杯飲んだ。周囲は酒での闘飲で沸く中、ユウタは成人年齢の一五でありながらそれを避けていた。飲酒に関しては、全く好奇心が疼かない。どころか、飲んだこともない物を自然と忌避するのが当たり前だった。

 神樹の村でも、飲んでいる大人は居たし、それを見て漠然と将来喉を潤すために自分も進んで手に取る時期があるのだと感じていた。しかし、現実はそうではなかった。やはり、理由として挙げられるのは、ユウタの師が欲を制する為の規律で生活を管理していたからであろう。ユウタも、食欲以外はこれといった趣向がない。唯一、趣味としてあるならば釣りだ。この町は海がある、今度は今日世話になった漁船でいつか出来るかもしれない。

 育ってきた環境の大きさを改めて知り、一人感嘆していた。その隣でテイは、酒に酔う男に誘われようとしている。外界の人間に言い寄られる経験など皆無な彼女は、非常に困惑していた。

 助けを乞うと、ユウタはテイを抱き寄せて相手に笑顔を作った。胸の中に包まれる彼女の含羞も知らず、引き返す男達を見送って胸を撫で下ろした。リィテルに至るまでの山道でも、セリシアの時に同じようなことがあった事を思い出す。

 ムスビはどうなのだろう。自分が不在の間、果たして男の執拗な誘いに困っていないのだろうか。徒に好意を寄せてしまうのは、ハナエと同じだ。


「ちょっとー、そこ静かねぇ!もっと盛り上がりなさいよぉ!」


 こちらに、興奮した様子で歩み寄る人影に、ユウタは鬱屈とした気分で振り向いた。テイを抱き締めたまま、相手に拒絶の眼差しを注ぐ。

 酒瓶を片手に、妖精族の少年の肩に腕を強引に回して連れ回している少女。大男たちの中心で騒がれていたのを憶えている。


「すみません、今は恋人と一緒なので邪魔しないで貰えますか?」


 語調を強めて言い放つと、ユウタの胸の中で蒸気が立った。テイの体温は沸騰したように熱く、意識が切れる寸前まで陥っている。


 瓶が床に落ちる。砕けた音は屋内の喧騒に掻き消されたが、明らかにユウタの周囲一帯の空気が緊張した。夏だというのに肌を掠める寒風を感じて、薄着のユウタは肩を抱いた。空気を変化させたの少女だろう。

 眼前で固まった少女の背後から躍り出たセリシアに、ユウタは思わず瞠目した。


「お帰りなさい、旦那様」


「せ、セリシア……」


 ユウタははっとして、紙包みの中から髪留めを取り出してセリシアに渡す。長い銀髪を、腰より下まで伸ばすセリシアに必要と考えて購入した物だった。渡せた事に安堵し、反応を窺う。

 暫くそれを見詰めていたが、すぐに髪を目の前で結い上げた。頭を振って、ユウタに見せる。

 セリシアの少し綻んだ顔に、深く頷いて贈り物を喜んで貰えたと歓喜に打ち震えた。ハナエに対しても、何かを贈った事がなかった故に心配だったのである。

 妖精族の少年が、先程から気まずそうにユウタを見詰めていた。その瞳に視線を返したあと、肩に回された腕を辿って、少女の顔を覗く。


「……は?こ、恋人?」


 少女が、声を絞り出すように言った。

 そこに居るのは、ムスビだった。








   ×       ×       ×




「浮気者!薄情者!裏切り者!少食!」


「だから、最後はおかしい」


 ユウタの隣で罵声を上げるムスビ。水を飲みながら、それを微風と受け流す彼に、彼女の憤懣は留まることを知らず、さらに激しくなって行く一方だった。妖精族の少年サーシャルは、ユウタに同情しながらも口出さずセリシアと静観している。

 酒を含んだムスビは、顔が紅潮して肌が少し上気している。

 昼に討ち取ったというミノタウロスの剛毛を編んで作ったアンダーウェアはとても短く、腹部を大きく晒している。下心のある男が捲ろうとすれば見えてしまう、薄く防御力の無い服装。

 ハーフパンツはそのままに、タイツは脱ぎ捨て短靴に履き変えていた。露出の多い姿はユウタにとっては目の毒であった。正視し難い身なりに、顔を覆ってしまいたくなる。言動よりも服に関心が惹き付けられて仕方が無い。帽子で耳を隠しているのが唯一の救済だ。

 白髪と黒のメッシュ。以前と反転したその色に、ユウタは言葉を失った。原因は魔力の濫用らしいが、ギルドの魔導師も断言が出来ないという。


 テイは、ユウタとムスビを交互に見た。二人の様子から、彼の言っていた仲間だと解する。町を歩いていた時からあった警戒などが彼女に向いていないことが何よりもの証左であった。

 ムスビの敵意の眼差しが凄まじく、畏縮してユウタの影に隠れる。


「ねえ、誰よこの子!」


「浮気って言うけど、僕は君と交際してる訳じゃないだろ。というか服をどうにかして」


「あたしに黙って、別の子の面倒見てるわけ!?」


「そうだよ。別に問題じゃないだろ、君もどうやら男性を連れてるみたいだし。服をどうにかして」


「嘆かわしい!あたし、これでも心配してたんだからね!あーあ、馬鹿馬鹿しく思えてきたじゃない!」


「そうだね、同感だよ。早く服をどうにかして」


「……で、恋人なの?」


「さあ、どうだろうね?頼むから服をどうにかして」


 正確な情報を伝えず、飄然としたユウタに、ムスビは背後から腕を回して首を絞める。苦痛と呼吸困難にユウタは呻きながら、必死に抵抗する。後頭部に当たる柔らかい感触からも逃れようとする様子に、サーシャルは額を押さえて目蓋を閉じていた。

 筋力は自分よりもあるムスビを振り払うことも出来ない。


「反省したかしら?!」


「しました、しました。僕は君に申し訳無いと深く、浅く思っています」


「どっちよ!?」


「僕は無実だ!君も無実だ!悪いのは聖女だ!」


「この場にいない人間に責任転嫁してんじゃないわよ!」


「くっ、こう言う時の対処法をハナエに学んでおけば良かった!」


「他の女の名前を出すとは良い度胸ね」


「本当に君の立ち位置分からないんだけど、僕たちの関係って何!?」


「主人と犬」


「うん、予想通りだった!君に首輪をしているの本当は僕なのに!」


「旦那様、私に首輪は必要ですか?」


「必要ないし、寧ろ取り除いてあげたい」


 解放されたユウタは、机に倒れた。テイが伏せた彼に慌てるのを、ムスビが鬼気迫る表情で睨んでいた。サーシャルは、既に今日の報酬代金を計算して、セリシアがそれを手伝う。


「テイ、聖女の前に、この悪女を倒そう」


「この橙色の娘、テイって言うの?」


「そうだよ、可愛いでしょう?」


「あんた、明日挽き肉にするわね」


「美味しくなさそう」


 ユウタは漸く気を取り直し、ムスビを宥める。

 サーシャル達とも挨拶を交わし、互いの状況を確認すべく情報を共有した。八咫衆の襲来、打倒聖女の為にニクテスと組んだ連盟、魔物の大量発生源。顛末を語れば、それは長くなった。ギルド内で次々と人が倒れる中、滔々としているユウタ達。

 ムスビは未だにテイを見つつ、胸を騒がせた疑問を尋ねる。


「つまり、この女と恋仲じゃないってことね」


「そこ重要じゃないだろ。もっと他に着目してくれ」


 ムスビもまた、ユウタに八咫衆が獣人族と縁深い存在である事だけを語った。カズヤから聞かされた歴史については、彼に伝えるべきかを迷い、今は不要だと断じて黙秘した。右腕の烙印が呪いであり、歴史に傷跡を残す戦争の裏で氣術師が暗躍していた。その事実だけでも、彼を絶望させるには事欠かない。だからこそ、己の口から語るのを避けたかった。ムスビ達を守るべく聖女の内懐で必死に行動しているユウタに、悲痛な想いをさせたくない。

 彼女の想いを知らず、ユウタは思案する。聖女とドネイルを如何に出し抜き、ニクテスとの外交を断念させるか。主に殺伐とした戦いばかりだった故に、剣呑な策しか出ない。

 テイは疲れ果てていた所為か、ユウタの膝上に頭を載せて眠っている。セリシアもサーシャルと身を寄せて舟を漕いでいた。


「ムスビ、僕だと不穏な作戦しか発案出来ないんだけど、何か意見が欲しい」


「んー……船上での戦闘で、ドネイルが手強いのは理解したのよね?」


「彼は強いよ。それに、聖女を怯ませるとなると、シェイサイト同様に町全体を巻き込んだ騒動でないと、彼女を撹乱できない。ただ、そこまでの規模となれば、八咫衆も動く」


「ドネイルとの戦闘は避けられない上に、そこに八咫烏が介入すると難しいわね。あたしの言葉でも、奴等を制止するなんて不可能よ」


 サーシャルが殺される寸前、ムスビは懇願したが、聞く耳を持たなかった。セリシアの到着が数瞬でも遅れていたら、今頃彼は亡き者だ。ムスビを姫と称呼し、慕いながらも従う姿勢は見られない。ユウタを迎えに来たとされる氣術師三人組と同じく、強引に連行することを意図している。

 それに、魔物の大量発生が、再び起こる可能性を考慮すると、リィテルに開かれる戦端は激化するだろう。

 思えば、確かに神樹の村の事件、リィテルの騒動の主犯をゼーダとビューダと仮想すると、納得のいく節がある。

 神樹の村の外れで暮らしていたユウタの情報は、恐らく師と排他的な体制の村以外に把握指定ない。厳密に言うなら、【猟犬】の親方シュゲンが知っているのみだ。その情報と存在を隔絶させた中、なぜ氣術師タイゾウはユウタの所在を突き止めたのか。ゼーダとビューダが、彼らに情報を流していたとしたら、と考えられる。

 ある手段で魔物を村付近に呼び寄せ、壊滅を促し、ギゼルの追走を逃れた。シェイサイト領主の遠征に随伴し、いまリィテルに滞在してユウタの存在に同じ手法を用いた。

 あの双子の動機さえ判明すれば、犯人だと断定できる。タイゾウの仲間だとすれば、即ち彼等も<印>の一員。しかし、彼は守護者として長らく村に住む人間。加えて、タイゾウと師は面識があるからこそ、ゼーダとビューダも師を知っている筈だ。危険人物なら、師が警告を出す筈である。


「ムスビ、調べて欲しい事がある」


「何よ?」


「シェイサイト領主が、この町に滞在していたのか。その期間、場所も一緒に」


「いま必要なの?」


「現在の聖女の懸案で、障害にもなるし、何よりも<印>に繋がるかもしれないんだ」


「そうとなれば、確かに無視できないわね。了解よ。でも、やっぱり作戦考案はあんたに任せるわ。あたしじゃ、解決できないと思う」


「うん、知ってたよ」


「何で聞いたの!?」


 ユウタは頷いた。


「これから作戦を話すけど、必要な人員が多い。サーシャル達も欲しい……それに、セリシアの力も。その協力が必須だ」


「あたしから事実を話しておく。あんたはどうするの?」


「聖女に対する知識を深める。彼女がどういう人間か、何故国に重宝されるのか、それを明確にしないと、後の旅の負荷が気になる」


 ユウタは眉根を寄せて、何度目かのため息を吐いた。状況が切迫している事は理解できるが、敵が多すぎる。前回は領主の息子のみに限定出来たが、目的が複数存在すると何かが杜撰になってしまう。

 ユウタが旅を続ける為に聖女が弊害となるから敵対する。ムスビの連行を阻止すべく八咫衆を退ける。本来の旅の目的である双子の守護者を捕まえる。どれも同時進行するには困難な作業だ。敵が強大な以上、手は抜けない。


「ムスビ、君は八咫衆と行きたい?本来の仲間と………そちらの方が<印>を追い詰められると思うけど」


「それだと、あんたを敵に回すことになるじゃない。あたしは姫って呼ばれるの嫌いなのよ」


「嘘だ。胸張って応えてるだろ」


「……………………ちょっとだけね」


 誤魔化すムスビに呆れながら、ユウタは机に頬杖をついた。


「あたし、意外と旅を気に入ってるのよ。まだ行きたい場所は無いけど、あんたと回ってる内に好きな所とか増えるでしょ、きっと」


「……今日は酔いが回ってるんじゃない?」


「かもね。何かまだ一日だけなのに、長い時間の経過を感じるわ。【冒険者殺し】の時もそうだった」


「そうだね、確かに似てるよ。僕も久々に君と話したみたいな感覚だ」


 ムスビは笑顔で振り向いて、ユウタに尋ねた。


「あんた、この旅が終わったら何がしたい?まず最初に会いたい人、行きたい場所、やりたい職業、とか」


 その質問を聞いて、まず思い浮かんだのは、森の中に佇立する実家のこと。その傍にある、子供ながらに苦労して、彼が安らかであるようにと作った師の墓。語りたい事が、話したい事が、見て欲しい物が沢山ある。

 あの川辺で釣糸を垂らして、藁かごに入れた魚を持ち帰って料理する。後で訪れる友人の来訪を待望し、完成させた物を器に盛る。

 そして、それを食べる彼女の顔が見たい。またあの日々に戻れるなら、ユウタは何を犠牲にしても構わないと誓える。


「家に帰ってゆっくりしたら……ハナエとまたご飯が食べたい」


「正直にさ、そのハナエって子の事、好きなの?」


「友人としてはね。でも、恋人にしたいとか、妻に娶りたいとかじゃない。最初から完結して、家族なんだ。妹のようで姉、時に母親みたいに思えるんだ」


「ふーん。ドキドキしたりは?」


「年頃の女の子と、これでも僕は男だから、一緒にいて緊張や動悸もするさ」


 ムスビの質問に、ユウタは顔を顰める。面白がる彼女は、笑みを湛えたままだ。


「あたしからすれば、ハナエの事を愛してるように思えるけど?ガフマンとか、聞いてる皆はきっとそう感じてる」


「僕は、依存してるだけなんだよ、ハナエに。テイと同じだ……見守ってくれる人間が恋しくてたまらないだけなんだ」


 ムスビが酒瓶をユウタに投げ渡す。

 受け止めた彼の前に、二つの器が置かれた。ムスビは不敵に笑って、挑発的に手招きしている。明らかな宣戦布告に、ユウタは器への注いだ。勿論、それは二人の分である。

 あれだけ生理的に拒んでいたのに、何故だか手が動いていた。二人で同時にそれを飲み干し、また新たに注ぐ。


「ハナエが他の男と結婚したら、嫌でしょ?」


「いや、そんな事はない」


「ガフマンの時は断固として拒否したじゃない」


「………二度と帰って来ない、そんな職業に就く人間よりも、町で平和に暮らす男と家族になるなら、全然構わないんだ。もう、あの子に寂しい思いをして欲しくない」


 語る内に涙が流れ、ユウタは机に顔を伏せた。ハナエが悲しむ姿が、見たくない。一緒にいる事で傷つき、その度に助けようとして、また慕ってくれる事がどうしようもなく、ユウタにとっては苦痛だった。

 僕は君を傷付けた。僕は君を苦しめた。なのに、どうして……


「あんたは、ハナエを一生守りたいと思う?」


「そんな自信無いよ」


「そうじゃない、守りたいかどうかよ」


「……僕じゃなくても、守れるから」


 ムスビが机を叩いた。激しく揺れる食器が鳴る。彼女が怒っていることは、容易に察した。

 ユウタは顔を上げる。


「じゃあ、質問変更!あたしとハナエ、どっちが大切!?」


「君の方だよ。今のハナエは無事だから、君さえ守れればそれで良い」


「敵にあたしとハナエが殺されそうになってたら、どっちを救う?」


 ユウタはその情景を想像した。

 両手を拘束された二人が、膝をついて座る。眼前に居る彼女達を救うべく走るユウタと、彼女達を斬ろうとする……氣巧剣を握った黒衣。妙に具体的な情景に、思わず首を振った。あまりにも自分にとって現実味を帯びた想像が、反って胸を苦しくさせる。


「そんな危険な目に遭わせるなら、僕は死ぬよ」


「逃げるな!

 あーもう!じゃあ、どっちとキスしたい!?」


 ユウタは酒を飲みながら、硬直した。

 自分を見つめる視線に向き直れず、思わず目だけを天井へと向けた。


「えっ、うーん?判らない、かなぁ」


「はぁ?なに、あたしの事好きなの?」


「いや、そんな対象じゃないとは再三言ってきたよね」


「どうするの?どっち?」


 何故か妖しい雰囲気を纏い始めたムスビに、ユウタは乾いた喉に唾を飲むが、それが貼り付いて逆に息苦しい。ユウタは震えながら、再び酒を注いで飲む。


「な、何でこんな話になったんだ?僕らは聖女打倒について……」


「相棒との晩酌よ。こういうのもあるでしょ」


 意気揚々とした声に、彼女が酔っている事に気づく。作戦会議中は酔いが引いていた筈が、また大男達と飲んでいた時を繰り返している。

 ユウタにキスの経験はない。無論、これからだってあるかも判らない。その行為は恋人とするものだと、実家の書物にある物語にあった。


「じゃあ逆に、ムスビは誰としたい?」


「あたし?うーん……出会ってきた男がろくでなしばかりだから」


「え、それ僕含まれてるの?」


 悪戯っぽく笑ったムスビに、ユウタは拳を握って掲げる。大袈裟に身構えて悲鳴をあげてみせる彼女を軽く小突いた。


「どうしよ。それじゃ、旅の目的に結婚相手を探すって加えようかしら」


「ムスビの好みって?」


「好み?決まってるじゃない、美少年よ」


「サーシャルとかティルは?」


「悪くないけど無理ね。ああ言うのは、一日だけ相手すれば充分よ」


「じゃあ、長く付き合える人間が良いと?」


「そうそう、そういう………自惚れるんじゃないわよ」


「は?」


 視線を鋭くしたムスビに、ユウタは首を傾ぐ。


「逆に、あんたの好みは?」


「僕が問題に遭遇しやすい質だから、背中を任せられる………自惚れるなよ」


「は?」


「そう言えば、ハナエの好みは、自分の為に命を懸けてくれる優しい人だったな」


「あ、あんたそれ……」


 ムスビの顔が、如何にも憐れみの色に染まる。

 ユウタは失言だったかと思ったが、ハナエ自身が話していた故に、気まずいことはないだろう。


「まあ、良いわよ別に。ハナエに会ってみたいわ」


「穢れるからやめろ」


「あたしを汚物扱いしてる!?」


 二人で酒瓶を空にした。最後の一杯である。二人で同時に嚥下して、器を机に叩きつけた。


「まだ飲む?」


「いや、もう良いかな」


「ねぇ、そんな先々の話よりも、聖女倒したら何したい?」


「話題提供したの君だろうに……。僕は飯屋を回りたい」


「あたし、海泳ぎたい」


「海底に沈めて魚人の餌にしてやる」


「あたしとあんたの命は一蓮托生」


「僕も一緒に引きずり込まれてるの!?」


 二人で談笑し、一頻り笑ったところで沈黙が訪れた。既にギルド内は静寂に包まれ、夏の夜気が涼しかった。

 ムスビが拳をユウタに突き出す。単なる暴力ではなく、彼の反応を待っていた。日々の習慣で身構えたが、ムスビの意図に気付いて、ユウタは拳をそれに合わせた。


「精々頑張りなさい、相棒」


「本当に仲間の言葉なの、それ?」





























久し振りに二人の会話が書けて、とてもほっとしています。二人のパートが少ないとギャグも著しく減少しますからね。


今回も読んで下さり、まことに有り難うございます。

次回もよろしくお願いいたします。

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