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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:セリシアと精霊の歌
45/302

船上の戦/浜辺の火花(1)

更新しました。



 族長の命令に従い、テイは森を出た。

 シャンディだけが許された領域を、少年と歩く。集落の外に踏み出した経験が無いからこそ、森の雄大さや鮮やかさに心打たれる。


 村では嫌悪の対象として、常に人々から不遇を受けてきた。味方は族長のみで、彼が注意を促しても、集落は耳に入れたりしない。その理由とは、テイの親が島を脱走したということ。この地に骨を埋める覚悟を、幼少から求められる厳格な規律に背き、家族を捨てて集落を出た。凄腕の呪術師ともあり、シャンディすらも敵わなかった。

 それからというもの、取り残されたテイに憐愍はなく、寧ろ父に向けられた筈の感情の矛先となってしまった。人との会話も出来ず、族長以外には塞ぎ込むばかりになる。

 当然、集落の人間が何を考えているかは知らない。拒絶され、糾弾され、罵倒され、必然的に距離を置くようになった自分に、一体なにが判るのだろうか?


 テイは考える。何故、族長が今回この役を自分に委任したのか。村からの厄介払いなのだろうか。もう要らないと、帰らなくて良いと。しかし、あの人からそのような意思は感じられない。きっと、テイが外界で学ぶことを期待しているのかもしれない。今回の任を果たし、集落に認められる絶好の機会として。

 横に振り向く。

 傍を同じ歩調で歩くのは、東国の少年。

 癖のある漆黒の髪。琥珀色の瞳はいつだって覚悟を持っていて、どこかを見据えている。テイには無い強さの形を、その輪郭を明瞭に捉えているかのようだった。

 左腕の袖だけは、襷で絞っている。右は袖から微かに包帯が見える。衆目に晒せぬような負傷でもしているのか。


「テイ、歩きにくい?」


 少年の声に、首を振ってみたが、実際は疲労を隠せない。歩き慣れない地形に、何度も足下を滑らせて、転倒しそうになる。それを横から彼が予め知っていたかの如く受け止めてくれた。

 情けない、と消沈するテイに対して苛立つ様子も見せず、純粋に心配している少年に申し訳無かったのだ。

 何を思ったか、少年がテイの膝裏と背中に手を回すと、彼女を両腕に抱えた。彼の中で横倒しになった体勢に、言い表せぬ驚愕で忘我してしまう。現実に理解が追い付くまで時間を要し、そしてわなわなと震わせた手で紅潮した顔を覆い隠す。

 一瞬だけテイを訝った少年だったが、すぐにその場から羽のように跳躍して、森林を俊敏に抜けていく。時折、腕の力の強弱が変化するのは、彼が出来る限りテイにかかる衝撃や浮遊感を削減しようと配慮しているのだ。

 集落はもう見えない。しかし、前方の林間から青々とした海が姿を覗かせる。燦々と照り付ける太陽に海面が瞬間的に反射して、網膜を焼くような白光を届かせる。


 森林限界の手前で、ユウタはそっと下ろしてくれた。テイが地面に降りると、腰に帯びた紫檀の杖を手に握って、木々の間から浜辺を睨んでいる。鋭く細められた目に、テイは若干怯えつつも、彼が敵意を向ける対象が概ね予想できた。


「テイ、僕の傍を離れないで。決して、あの女性と視線を合わせちゃ駄目だ」


「どうして?」


「君を守る為に、必要なんだ」


 厳命するユウタに、小さく肯く。自分はいま、ニクテスを守る戦いの最前線にいる。その事を自分に言い聞かせ、テイは努めて冷静であろうとした。

 これから、戦わなくてはならない。

 自分を嫌う集落の為にも、テイは全力を尽くすことを誓った。





   ×       ×       ×





 聖女レミーナは、程無くして森から現れたユウタの姿に安堵の様子を見せた。無論、それも演技なのだろう。彼女は小走りにユウタへ近付いて、傷がないかを確認している。

 ふと、その背後にいる少女を見咎めて、レミーナは首を傾ぐ。やや風貌の変わった橙色の髪の少女。森から出てきたということは、ニクテスなのかもしれない。


 聖女が笑顔で会話を求めるが、テイは目を伏せたまま答えようとしない。端から見れば無礼とも思える態度に、ドネイルが腰に佩いた湾刀の把を握ると、ユウタの顔が険しくなった。気付いた彼は、竜の兜の中で眉根を寄せ、首筋に流れる冷や汗に体を震わせる。

 ユウタの手は、既に仕込み杖の柄に掛かっている。恐らくは、テイに対して武器を執ろうとしたドネイルとほぼ同時であろう。だが、本能的に悟ったのは、相手の方が抜刀が速い。まだ互いの刃は見せてもいないというのに。


 ユウタは視線でドネイルを牽制し、柄から手を離した。そしてレミーナから庇うように、テイの前に立つ。あれから彼女は、必死に聖女と目線を合わせぬように努めている。

 テイの手を後ろで握って安心させると、聖女にニクテスとの経緯を説明した。彼等の集落でその族長と話したこと。但し、彼らとの共闘は黙秘し不自然のない事情を誂える。


「ニクテスとの接触には成功しました。聖女様の意を伝えたところ、今回の事については検討させて欲しいと。こちらの少女は、集落の者です。彼女が見聞きした外界の様子を見て、交流を改めようと」


 そんな気は毛頭ない。いま目前にいる訪問者を退ける為に(けしか)けられた刺客。聖女からすれば、如何にも人畜無害そうな娘が、自身を観察する敵の目だとは思うまい。族長の差配は、ある意味では成功していたと見えよう。

 レミーナは静かに頭を下げ、改めてテイに挨拶をした。ユウタの手を握る彼女の指に力が入る。外界の、一見は善良なる人間に見えても、本性が異質だとすれば恐ろしくもなるだろう。

 ユウタは、レミーナにもう一つ付け加えた。


「仲介は僕以外に認めないとして、この少女の管理も担当することになりました」


 ここで必要なのは、敵の手にテイを渡してはならないこと。いつ、どんな手法を用いて聖女が懐柔してくるか予測できない。敢えてテイを接近させて、情報を抜き取る危険を冒すよりもこちらが安全策である。敵の思惑を知りたければ、以前のように盗聴でもすれば良い。

 レミーナはそう、と少し残念そうに笑った。一つ一つの表情が、全く嘘とは思えない。だからこそ、それがユウタの顔を引き攣らせる。

 なんて分厚い壁、それが素直な感想だった。本性を秘匿する為に作られた別の骨格が、機械仕掛けのように動く。人を慈しみ、癒し、救うというまさに聖女としての顔として完成させていた。


 ドネイルを伴い、レミーナは船へと戻った。

 テイは後ろの森を一度見て、自分にこれが出来るのか、胸を押し潰す不安が再来し、足を竦ませる。生まれた土地から離れて戦う勇気を持てない。もし、このまま帰れなかったらと思うと、いまにも駆け戻りたくなる。

 ユウタもまた、背後の森を懐旧の念で見詰める。以前もこうして、ハナエと共に手を繋ぎながら家を出た。そう考えると、テイに対する罪悪感もある。戦いが終われば、という目的は人を心の底から恐怖させる。その感覚を知っている身として、テイを支えたいと願う。

 戦いが終われば──?

 もし、本当に逃亡したゼーダとビューダを問い質し、その真実を知って、すべて無事に終止符を打てたなら、自分はまた、あの家に帰れるのだ。そして師の墓を参り、旅路を語るのだ。彼が自分にしてくれたように、今度はユウタが出会ってきた数々の出来事や人間について。

 ユウタはテイの手を引いて、少し怯え気味な船員に会釈しながら乗船した。






 船体で、再び氣の修行を始める。憚りもなく始まった少年によって広がる奇怪な光景に、船員はまたしても目を奪われていた。やはり船旅は酷しいのか、聖女レミーナはドネイルに支えられて船室へと引きこもる。

 聖女に氣術を見せたら、余計な関心を寄せてしまう。だからこそ、船で渡航している間は問題なく行えるのだ。


 ユウタが氣術で、自身を中心に六つの桶を浮遊させる。それを時計回りに移動させる状態を保持し、紫檀の杖の石突きで床を叩いて秒を数える。こん、こん、こん、とリズムよく叩かれる音に、再び興味に引き寄せられたゼスが、目の前のユウタに喜色に満ちた笑みで正面に座っている。

 その横では、テイが感動に頬を赤らめて興奮し、拍手していた。呪術以外に、特異な力の運動を見たことの無かった彼女を喫驚させるのに、氣術は事欠かない。


「ああ、駄目だ」


 脱力して床に伏せた。途切れた集中力に、桶が一斉に落ちる。二つは偶然にも二人の手元に受け止められ、それをテイとゼスは笑った。

 額に浮かぶ玉の汗を拭い、体を解す。凝り固まった背を伸ばすと、ゼスもそれに倣って体操を始めた。自分に合わせ、必死になる少年をテイは微笑して見ている。


「ゼス、仕事は良いの?」


「兄ちゃんと遊ぶ為に、今日の分を終わらせたんだぞ!」


 胸を張って、己の働きを誇張するゼスの頭を撫でる。嬉しそうに身を捩って抵抗した。ユウタはふと、セリシアの事を思い出す。そういえば、彼女にもこうして頭を撫でたことがあったな、と。

 ゼスのように表情豊かで、活発的ならどれだけ幸せだろうか。きっと、セリシアは人が当然とばかりに享受してきた物が欠けている。あの深紅の瞳は、奥へと吸い込まれるような美しさと、底を見せぬ諦念を孕んでいた。

 ユウタはゼスから手を離し、その場に座り込んだ。いま、セリシアとムスビの安全だけが懸念である。男の好奇を惹き付けるムスビは、また面倒事に捲き込まれていないだろうか、セリシアは奴隷だと再び誰かに道端で虐げられたりしないだろうか。

 沈痛な面持ちで床を睨むユウタを、横からテイが頬に触れた。はっと顔を上げて驚く彼に、金の瞳が見開かれる。お互いに驚悸して、深呼吸した。


「ユウタ、大丈夫?テイ、何か、する?」


「平気だよ。心配させてごめんね」


 ユウタの笑顔にテイが同じく笑みで答える。


 ふと、船首で進行方向の景色を見ていた男が怒鳴った。潮風で掻き消されまいと、船上の人間を激しく叱咤する。それを聞き付け、全員が慌ただしく動くのをテイは何事かと首を回す。

 ユウタは異常事態だと悟り、即座に立ち上がって杖を片手に走る。男達の隙間を縫うように抜けて、船体に衝突した波頭が飛沫を散らす船首に乗る。

 海の様子自体がおかしい。波が陸から押し寄せて来ている。あたかも、リィテルを中心に波紋が広がるかの如く、町へ接近するに連れて高さも強さも増していく。

 遠景の浜辺では、人間と思しき影と、謎の集団が蠢いていた。ユウタの視力でも、まだ目視がし難い距離である。何かを叫んでいるが、潮風が音を阻害した。天気は良好だが、不可解な方向へと荒波が立つ。

 船員も顔を見合わせて状況を仲間に尋ねている。海の仕事に携わってきた彼らですら経験の無いのだ。不穏な空気が船上を包む。


「うわああああッ!」


 誰かの叫び声に、全員が素早く振り向く。

 ユウタは船員の下を走り抜け、船尾から響いた声の元へと馳せる。声は聞いたことのあるものだ。ゼスの身に何かがあった。

 急いで駆け付けると、既に事は始まっていた。

 ゼスとテイを包囲するように、人影が密集している。だが、それが人間でないことは容易に察した。

 顔面部は腮があり、頭部は鶏冠のような鰭、首から背にかけて鱗のある体。臀部から垂れているのは、魚の尾だった。

 ユウタに追い付いた船員が、慄然として眺め入る。


魚人(マーマン)だ……」


「魚人?」


「海にいる魔物だ。半人半魚みたいな見た目してる奴………だが、ここよりも深い海域に居る筈だぞ?」


 ユウタは陸を一瞥した。

 町を中心として不自然に波立つ海。きっと魚人は、何かに呼応して出現したのだ。船上にまで上ってきた理由としては、それ以外に考えられない。

 沈思していた事に気づいて、ユウタは猟犬のように低く魚人の群れへと躍り出た。魔物の意識はすべてテイとゼスに固定されている。

 鱗は見たところ、とても厚くて切れそうにない。仕込みの刃では届かないだろう──これは本来、人を切る為に最適な武器。故に、人外にも通ずる訳ではない。

 ユウタは杖を袴の腰紐で結び付け、代わりに小太刀の把を手にした。


「春以来だな、使いたくないけど」


 鎬の部分から、深紅の輝きを微弱に帯びた黒い光の刀身が出現する。刃渡り一メートルの奇怪な剣を回旋させると、魚人を背後から縦横無尽に切り付け、血路を開く。切断された箇所は焼き焦げ、船の床を出血に汚すことなく、死体がばたばたと転がる。

 魔物の集団を無傷で掻き分け、漸く二人の下に辿り着く。二人を背にして立ちはだかり、ユウタは氣巧剣で威嚇した。仲間を切り伏せた相手に、魚人たちが鰭を立たせて奇声を上げる。


「二人とも、無事か!?」


「ユウタ、ありがとう、ごめん」


「兄ちゃん、俺もこの人も大丈夫だ!」


 ゼスの声に頷くと、今度は目前の魚人を一網打尽にすべく、ふたたび切り掛かった。


 魔物に臆面もなく向かってみせるユウタを見て、全員が奮い立たされた。


「また来るぞ!」


 船の横合いから、縁に上って現れる魚人の加勢。船員が立て掛けられた剣や金属物を手にし、雄叫びをあげながら敢然と魚人に立ち向かう。

 海の上で船は戦場と化した。

 自分の近くに立つ魚人を悉く切り伏せるユウタを筆頭に、勇敢な船員が全力を注いで敵を葬る。負傷しても相手を海に突き落とし、足を払い、首を刈る。


 船室から戻ったドネイルは、人外魔境と化した船上に唖然とするしかなかった。騒ぎを聞いて聖女の傍を離れて来れば、そこは想像だにしなかった事態である。

 テイとゼスを守りつつ、魚人を突き刺して払ったユウタが、振り向いてドネイルを見た。彼の背後から三体が飛び掛かっていた。


「剣を執れ!」


 ドネイルは、ユウタの声を聞いて湾刀を抜きながら身を翻し、三体の首を一撃で叩き割る。ひしゃげた鎧のように、鱗が陥没して間から血が滲み出る。

 倒れた敵から視線を外し、ドネイルがユウタへと駆け寄った。船員の猛々しい様子に眩しいものでも見るみたいに目を細くし、肩を竦めてみせる。


「ユウタ殿。この魔物と言い、その剣。質問したいことがありますが、どうやら事態は性急なものらしい」


「口を動かす暇があるなら手伝ってくれ。運賃払ってるからって、働かなくていい訳じゃない。僕だって本当は、海を穏やかに眺めたかったよ」


「仕方ありませんね、このドネイルが助太刀致します」


 二人でテイとゼスを囲って切っ先を敵に向けた。







   ×       ×       ×




「《火焔の矢(ファイア・アロー)》!」


 連続で放たれ、咲き乱れる紅蓮の花。豪快に炎を散らして、ミノタウロスを爆砕する。

 紡がれる詠唱が、魔物にとっては死の宣告に等しい。彼女が魔法を使用する度に、同胞は撃滅される。


 ミノタウロスが大量出現した浜辺では、リィテルの冒険者が討伐戦を繰り広げている。潮の香りで満ちていた筈が、血生臭い闘技場となってしまった。双方が互いを殲滅しようとする戦意に、波打ち際で相手の命を摘み取ることを躊躇わない。


 弦を引き絞って、鏃の尖端を標的に定めるサーシャルは、必中を確信して指を放す。


魔装(エンチャント)・【風の猛り(ストライク)】!」


 三本の矢が同時に射出され、放射線を描きながら遠方のミノタウロスの眼窩を深く刳り貫く。空を仰いで鳴き声を上げると、顔を押さえながらサーシャルめがけて走り始めた。

 しかし、彼に辿り着くことなく、その場で矢の突き刺さった部位から肉を弾かせて沈黙した。頭部のないミノタウロスが三体、足下に倒れる。それに小さな悲鳴を出し、浜辺の砂に臀部を打ち付けた。

 座り込んだ彼を、ムスビがミノタウロスを蹴り飛ばし、歩み寄って腕を掴むと、強引に立ち上がらせる。脱力した様子に呆れて首を振った。


「何してんのよ、シャキッとしなさい!ていうか、弓使えたんじゃない」


「……俺は剣で名を轟かせたい。弓は使いたくないんだよ」


「弓の名手でもカッコいいわよ。まあ、あたしの相棒に比較したら、どんな剣士も軽いけどね」


 ムスビは相棒の自慢を織り混ぜながら、サーシャルを激励する。周囲の地獄絵図に美しい相貌を歪め、次の矢を掴んだ。今は武器を選り好みしている場合じゃない。死ぬか生きるかの瀬戸際だ。

 自分に戦えと自己暗示し、次の的を探して狙撃する。手こずっていた集団の前で、ミノタウロスが爆死を遂げたのを確認し、次、そして次と射る。


「あんたの攻撃法、凄いわね。何それ」


「魔装……まあ、簡単に武器や道具に魔法を付加したものだよ。尤も、習得も使用もかなり難しいけど」


「へー、っと」


 悠長に言葉を交わしていたが、サーシャルはムスビを横殴りにしようとするミノタウロスに顔を強張らせる。瞬きした後には、もうムスビが死んでいると思って目が離せない。

 彼女は上体を折り曲げて躱わすと、掌だけをミノタウロスに向ける。指先から迸った火焔の弾丸が、たった単発で相手を破壊する。

 刮目してムスビの戦闘に見入っていたサーシャルの頬を掠め過ぎて、高熱の矢が走る。背後で炸裂音を聞き咎めて振り返れば、胸部に空洞を作られたミノタウロスが盛大に砂を撒き散らして倒れた。

 まさか、この状況で会話相手に接近する敵も把握していたのか。ムスビの認識能力の高さに驚嘆した。

 姿勢を正したムスビを背後から、高らかに跳躍したミノタウロスが唾を撒き散らしながら、轟然と拳を振り下ろす。それを見て、迷いなく弓に矢を番えたサーシャル。


「魔装・【風の猛り】ッ!!」


 発射された三本の矢は、頭上から迫り来る巨体の腕と頭部と口を貫くと、ミノタウロスの体内を竜巻で撹拌する。あらゆる器官が破壊され、意識を失って勢いのまま、海へと顔面から着地した。

 ムスビが不敵に笑う。


「やるじゃない」


「た、試したのか?心臓に悪い奴だな」


「ほら、さっさと殺るわよ!」


「女の発言とは思えない」


 苦笑し、二人で魔物と命を懸けて争闘する。

 戦いに没頭する冒険者たちは、次第にその意識が大切な謎から離れていく。何故、この大量発生が起こったのか。

 一人、ムスビは戦闘をしながら考える。一体ら何が起きているのか……






   ×       ×       ×





 ギルドの中で、セリシアは一人立ち尽くしていた。震える手を握り、また開く。巨大なミノタウロスと正対し、この命の終末を見たと思った瞬間だった。

 “隣人”の聲に導かれると、意識が白く染め上げられた。確かな記憶も手応えも、残滓すら無い状態である。なのに、目の前では両断されたミノタウロスが広がっている。離れた体を繋ぎ合わせれば四肢を投げ出して仰向けに寝ているようだった。

 背後で呆然と、床に座り込んでいる受付の男を手招きで呼ぶと、階段を降りる。確かなのは、迫っていた敵を排除し、一時的に安心を得たこと。男を守る為の戦いに勝利した。──即ち、自分の懐いた願いを初めて成就させたこと。


「ねぇ、君、どこに行くの?」


 背後から問う男に、滔々と答えた。


「貴方は避難所へ行って下さり。町にはミノタウロスがいるかもしれないので」


「じゃ、じゃあ君も……!」


 セリシアは首を振る。縋り付くような受付の男の視線を無感動に見た。


「私は大丈夫です。“あの声”があるから」




































花見の時期なので、桜を見に出掛けたら知り合いの父親に晩酌まで付き合わされ、ようやく解放されての更新です。


今回もアクセスして下さり、本当にありがとうございます。

次回も読んで頂けたら嬉しいです。

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