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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:セリシアと精霊の歌
43/302

語られる歴史(2)

更新しました!

更新時間を気にせず、読んで頂いけたら嬉しいです・・・。



 続ケルトテウス神話──ヤミビトの章より



 ディンが滅び、ムガイの首領の血統には、数代に一人、特殊な異能力を持つ子が生まれる。

 元来、大気や物体の氣を操作し、争いなどを治める『調停者』の役を担う。ただし、生物の体内の氣を自在に操る術は持たない。第一、生物の体内流動は逆流、あるいは歪曲させると死に至る。『調停者』としては、在ってはならない力。

 しかし稀に、他の生物の氣の操作、氣の与奪が可能な人材が生まれる。それをケルトテウスはディンの異物『ヤミビト』と称呼した。

 『ヤミビト』は生来から視聴覚が他よりも鋭敏であり、身のこなしも良いと、主にケルトテウスから神族の暗部の任を受けるようになる。


 ある時代──獣人族の中に魔術師が生まれた。その人物は、ムガイの中でも特異と呼ばれた『ヤミビト』と競い合う。


 『ヤミビト』と魔術師は、代々黒髪に琥珀色の瞳をしていた。


 ケルトテウスの御前で試合をし、その果てに『ヤミビト』によって殺害された。決闘と雖も、これを看過しなかった主神は、氣術師もろとも北の大陸から追放することとした。全員に、罪人の烙印を刻んで。

 その際に、『ヤミビト』の代には必ず、黒印が現れるようになったという。氣術師は、べリオンの秘境で里を切り開き、静かに暮らした。


 結果、獣人族が北方でも最も有能な一族となる。


 ディンとジギナの死を悼んだケルトテウスが、べリオンの中央大陸に遺体を葬り、その跡に大樹が発生したという。



 べリオン歴史書──



 このべリオンの歴史は、魔王との戦争の記録。

 その過程で、亀裂の出来てしまった連合によって、東国と西国に分かれる。次第に、三つの勢力による熾烈な戦闘が描かれており、特に佳境とされたのが二つの事件。


 五三年前──べリオン歴二〇〇五年


 大陸同盟戦争。


 まだべリオンが一つの国として統治されていた時代。魔族の圧倒的な力に屈しようとしていた中、全種族が神族に助勢を願った。

 だが、神族の領地たる北の大陸には、神族しか踏み入れない。諦めかけた彼等は、魔族に敗北しようとした──しかし、西国が“ある手段”で神族と連絡を通じ合わせ、一時的に魔族を斥けることに成功する。


 二〇年前──べリオン歴二〇三八年


 べリオン大戦。


 魔族による侵攻が消えると、東国と西国による戦争が幕を開けた。互いに武力を以て制する──その一念しかない彼等の戦争。町は戦火に焼かれ、首都には死亡して兵士達の血の臭いが充満している。

 西の国が劣勢の時、治癒の魔導師として名を馳せていた王女は、国中を駆け巡って、兵士たちを癒したという。

 北のガインハル戦にて、停戦状態となったのも、王女による掩護があり、確実な決着を見込めないとして東国から願い出た。



   ×      ×      ×




 そこまで一通り話し終えると、カズヤは息を吐いて休憩した。神話から、この国の最近の歴史。語れば多い筈のべリオン歴で、この部分だけを語った理由がムスビにはわからなかった。尤も、関係があると認知できたものは、ケルトテウス神話に登場するムガイと獣人族から出る特別な存在。

 これが事実ならば、ユウタはムガイ棟梁の血統でも珍妙な『ヤミビト』。これで、彼が耳目の鋭さや氣術についても頷ける。【猟犬】と肩を並べられたのは、この血筋に起因するのだ。

 しかし、話を聞き、残念に思ったのが烙印。ユウタはこれを、呪いではなく、いつしか愛だと知るだろうと信じて、右腕の印を嫌悪することはしない。しかし、歴史が呪いだと語っている以上、これを彼に伝えるべきなのか。この程度の事実でユウタが折れるとは到底思えないが、それでも心身に応えるものはあるだろう。

 途方もない自問自答に突入しようとしたところで、ユウタが帰還した際に、話すかどうかを判断しようと、考えを打ち切った。最近、彼に似てしまったのか思考に耽ると現実に戻るまで相当な時間を要する。


 ムスビはまだ疑い深い点があるが、自身が魔術師という特別な身であるということ。黒髪に琥珀色、厳密に言えば白いメッシュが些か神話の特徴とは重ならないが……

 カズヤが机上で組んでいたムスビの手を、がっちりと両手で包み込んだ。身を乗り出して顔を近付け、真剣な眼差しからは歓喜の色が見える。ムスビに触れるこの白い手も、仮の姿なのだ。あの漆黒の戦士の戦闘力は、何とも頼もしい。

 しかし、ムスビは遠慮がちに手を引き抜いて姿勢を正した。


「八咫烏も、五年前に<(スティグマ)>に殲滅させられたって言うけど。あたし達以外にも?」


「ええ。ジギナ殿下の部下たる種族は三つ。貴方と八咫烏(やたのしゅう)、妖精族の中でも稀有な赤帽子(レッドキャップス)。実のところ、難を逃れたのは我々八咫衆と赤帽子の王刃党(おうじんとう)。──そしてムスビ様」


 ムスビの部分だけを強調するカズヤの姿勢が、彼女の苦手とする部類だった。詰め寄る男の中でも、特に執念深い者は捕らえようとまでしてくる。味方である分、断ずるにはまだ早いがカズヤもそれらに相似した気迫を感じた。


「あたしの容姿って、何か神話と共通する点があるのに、どうして町の皆は気付かないのかしら」


「神話自体は、文献が少ない故に一般層の知識としても普及していないのでしょう。今回は僕が北の大陸で学んだ部分を教えました」


 セリシアが席を立った。向こう側では、受付の男が手招きしている。ムスビを呼んだ挙動だったが、会話中の彼女を慮って動いたセリシアに、顔を固くする。恐らくは、冒険者の容体に変化があったのかもしれない。


「しかし、魔術師のムスビ様が生存されていた事実は、僕らにとっても大変喜ばしい限りです」


「あたしは、その、魔術が使えないんだけど」


「封印があるので。儀式を経て、ようやく会得できる」


 至極当然とばかりに断言するカズヤ。

 話を変えるように、カズヤが歴史の要点を選び語った意図について訊ねる。いまはそちらの方が重要な気がした。


「何故、数ある歴史の中で断片的に話したの?」


「実は、この二つの戦争の裏で、ある一族が暗躍していました。それがムガイです」


「ムガイ?どうして」


「奴等の魂胆は知りません。ですが、八咫衆も神族からの調査を命令され、常に監視していました。戦争を促す連中こそムガイ」


「それで、どうなったの?」


「その顛末はいま詳しく語れませんが、奴等は途轍もない、神族の汚点です!」


 カズヤは心底、憎しみを込めて言うように肩をいからせる。仮面で隠した顔の代わりに、感情を表現する彼の身振りが可笑しくてムスビは笑った。

 それと同時に、恐ろしくなる。仮にカズヤとユウタを会わせる事態となった場合、果たしてどうなるのだろう。ヤミビト(ユウタ)に対する怨恨は明瞭だ。間違いなく一触即発となる。


「今のヤミビトが、仮に敵意もなく、出自も知らず、寧ろ氣術師と敵対してるとなったら、どうする?」


 ムスビの問いに、首だけでなく体を脇に煽って理解不能の意を示す。


「確かに、ヤミビトは二〇年前から姿を消してはいますが、ムガイと対立しているとは、少々考え難い。それに……僕らは奴等の非行を許す訳にはいきません」


「そう……そう言えば、あたしに学者って言ったのは?」


「はい。成り行きに任せて歴史を語り聞かせた後、ムスビ様がお察しになるのを待望する……という形で」


「以外と安直ね」


 呆れてため息をこぼすと、カズヤは苦笑する。


「ムスビ様は、<印>を追っているのでしょう?」


「…そうね」


「ならば、これからは八咫衆と共に行きましょう」


「あたしは旅がしたい」


「仕方ありませんね、その相棒に交渉するしか」


 仮面の下で、不吉な響きを持つ声がする。背筋が凍る感覚に、冷や汗が頬から垂れた。

 ムスビは決意した。カズヤとユウタを、断じて会わせてはならない。問答の余地はなく、罪人として八咫衆は少年を殺める。それが裁きだと嘯き、それが正義だと謳うだろう。神族に仕えたその力は、ユウタにとっても強敵だ。クロガネよりも戦闘が難化する。現在は聖女への警戒で余裕の無い状態であるのに、この八咫烏の脅威を凌げる筈がない。

 カズヤと共に、<印>を打倒する。信頼も実力も、入手する要素は確かに戦力的にはとても好都合かもしれない。家族の敵討ち、それが可能ならばどれだけ救われるだろう。

 だが、ムスビはそれ以上に、この旅を気に入っている。ユウタと他愛なく話し、協力し、時に道草しながら腹を満たし、未知の世界を探求する。その時間が妨害されるなら、<印>の捜索も、正直どうでもいい。旅をする為の理由として、ただ敵影を追うというだけなのだ。

 ムスビとカズヤは、目的が合致しているようで、実は異なる線を辿っている。

 まだ別れて時間は早いが、退屈な時間だと嘆いていた。己の皮肉にも答えてくれるあの慇懃無礼な相棒がいないと、面白くもない。


「お姉様、冒険者の意識が回復しました」


 セリシアが机の前で綺麗に腰を折り曲げて頭を下げると、一歩その場から横へ退く。どこまでも奴隷として、主従関係に徹する態度にムスビは難しい顔をした。もう少し柔和な笑みが自然と見れるほどになれば、安心できるのに。

 少女の後ろから、現れたのは妖精族(エルフ)の少年。

 髪色は陽光に照らされた樹冠のような緑。長く尖った耳が、時折前後に揺れている。肩当てと膝当て以外、これといった装備をしていない。背中は大きく露出された服装で、腰の近くに二対の羽が生えている。外貌は美しい、とムスビは感想を懐いた。

 口に出さず黙礼すると、相手は頬を赤らめて小さく返す。ムスビは頭部に巻いた包帯から視線を逸らした。ミノタウロスの群に遭遇した冒険者の一人、不幸にもその一撃が当たってしまい、意識を失っていたところをムスビ達が保護した。この経緯を聞いているからこそ、彼女への対応が随分と優しいのだろう。

 妖精族に会うのは、これが初めてである。ユウタにも恐らく無いだろう。気を抜けば、中性的な顔立ちに見入ってしまいそうになる。そんな魔性じみた美の危うさ。


「サーシャル。今回は洞窟で倒れてるところを助けてくれたことを感謝する」


「偶然よ。それに、別に恩着せようとか思ってないから。意識が戻ったんなら、早く行きなさい」


 素っ気なく答えて、ムスビはカズヤと向き直った。サーシャルを見据えたまま、ずっと動きを止めている事を察した。仮面の下から覗く黒い眼だけが忙しい。

 ムスビが机の下でカズヤの足を蹴ると、彼女の方を向いて押し黙る。この人物の本性は、八咫烏ということ以外に何も解らない。

 サーシャルがムスビの横に腰を下ろした。二人がその行動に眉を顰めたのも気付かず、彼は天井を見上げている。もう既に挨拶は済ませたし、彼はムスビ達に用は無い筈であった。だが、サーシャルは依然としてその場を離れない。


「……あの、サーシャルだっけ?どうしたのよ」


「いや、アンタは見たとこ、この東国とは相棒じゃないみたいだし。なら、俺とチーム組まないかって」


「申し訳ないけど、あたし既にチームあるの」


「……相棒(パートナー)は?」


「別件に追われてる。少し腹立たしいけど、町を訪れたお偉いさんの護衛ね」


「へー」


 質問しながらも、サーシャルは特段興味が無さそうであった。

 カズヤが席を立つ。


「何かあるの?」


「ええ。こちらも少しありまして。また来ます」


 ギルド内から、入口に集る集団の中へ。彼は無色無臭の空気としてその中に紛れたかの如く、一瞬で気配を消し去ってしまった。

 それを見送ったムスビは、残された自分達の面子を見回した。奴隷少女のセリシアと、妖精族の少年サーシャル。


「で、サーシャルは何の用?」


「その……相棒が仕事から帰るまでは、アンタに付き合ってやる」


「別に頼んでないんだけど………」


「問答無用。これは俺が下した決定だ」


「助けられた側なのに、何か態度でかい」


 ムスビは顔に渋面を作ったが、確かにダンジョン内でセリシアの管理が難しい中、自分だけでは手に負えない状況がある。リーヴァンネ討伐では、少女の身の安全確保さえ可能であれば、きっと成功できる依頼だ。不気味にも都合良く現れたサーシャルの存在に猜疑心を懐きつつも、首を縦に振って同行を認めた。

 サーシャルは嬉しそうに鼻を鳴らして胸を張る。


「それじゃよろしく。アンタの名前は?」


「ムスビ。まあ、短い間だけどよろしくね」


 その言葉に、彼は眉根を寄せた。何が気に障ったのか、ムスビは首を捻ったが思い当たる節がない。頬杖をついて、傍に立って貼り付いたままのセリシアに前の椅子へ座るよう催促した。小さな体をすとんと椅子に落とす。


「あたし、金欠状態だから今日中に討伐を済ませて報酬金を受け取りたいの。今から第三層まで潜るから、あんたはセリシアの面倒見てて」


 簡潔的な指示だけ出し、もう一度ダンジョンへ向かう彼女を、二人は無言で追った。ギルドを出る前に振り仰いだムスビが、二人を睨んで制止した。


「いい?セリシアは非戦闘員だから荷物持ちしかできないし、サーシャルは怪我したばかり。痛い目みる前に、ここはあたしに任せなさい」


 しかし、二人の眼は抗議の色を含み、反発的な姿勢で対している。ムスビはあたかも、自分を相手にしているかのようで失笑を禁じ得なかった。ユウタはこういう時、どんな対処法を講じていたか。強引な自分の意見に渋りながらも賛成し、厄介な出来事にも同伴しくれた。

 襟足で二つに結った長い髪を振り乱して、彼等の同伴を了承する。無論、大いに喜ぶサーシャルと、それを当然とばかりに平然とムスビの背嚢を持つセリシア。


「第三層には危険な魔物がいる。勿論、サーシャルの仇敵ミノタウロスも。それでも良いのね?」


「当たり前だ」


 ムスビは二人を伴い、ギルドから出た。まだ日は高く、ダンジョンの浸水する“満潮”までは、リーヴァンネの居る第三層を踏破する猶予がある。道の途中に立ち塞がる魔物を撃破するだけの魔力もあり、寧ろギルドで待機していたためか九割まで復調していた。

 今回はカズヤやユウタが欠員しているため、不安な部分があるが、今日中に討伐完了を断念するまでの絶望的な状況ではない。


「ところでサーシャル。あんたの出来る事を確認しておきたいんだけど」


「俺か?俺は魔法を少々、本来は盾と剣での斥候だったけど、手持ちを損傷してしまった以上、今は弓が主流になるな」


 憎々しげに語るサーシャルは、弓を使うのは苦手らしい。それを察し、質問をやめる。苦手分野を言及されることが相手の気を損ねることは知っている。リィテルへの道中でも、初級魔法のみで未だ魔導書に記載された中級魔法の会得ができない点を指摘された経験があるからだ。……無論、それを嫌味も交えて言い放つのはユウタである。


 ムスビ達がダンジョンへ向かおうと足を踏み出した瞬間、背後から引き止める悲鳴じみた声がした。あまりの必死さを感じ、その正体へと視線を走らせる。

 受付の男が顔面蒼白で、躓きながらも駆け寄ってきた。様子が尋常ではない。


「どうしたの?」


「大変です………浜辺に、魔物が、溢れ返っているようです」


「………………ちなみに、その魔物は?」


「ミノタウロス」


 ムスビは頭を抱えた。

 恐らく、カズヤと共にダンジョンを脱出した時に出口までミノタウロスを誘導してしまったのだ。執拗に追走した結果、本来はその魔物が辿り着く筈のないダンジョン外の世界に放たれた。明らかに自身の失態だとムスビは悲嘆する。


「もうすぐ、避難勧告と冒険者に対する臨時戦闘動員法が発令されるはずです」


「何それ?」


「か、簡単に言うなら、皆で倒せって言うギルドからの命令です。討伐数に応じて、見合う金額を獲得できる、という甘い条件付きです」


「予定変更ね。サーシャル、行くわよ!セリシアはギルド内で待機!」


 報酬金の話になり、眼の色を変えたムスビにサーシャルは顔を引き攣らせた。


「よし、がっぽがっぽ稼ぐわよ!」








 一方、ユウタは──



「あの、怪我、大丈夫?」


 布団に寝かせられたユウタは、硬直した体を動かせず、傍で看病する少女に視線を送った。




 “──なぜ、こうなった……?”
























今回アクセスして頂き、本当にありがとうございます。

リィテルはシェイサイトよりも広いので、多分今後の展開を書くのが難しくなってきますが、精一杯努力しますので、是非ご覧になってくれれば。


次回もよろしくお願いいたします。

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