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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:セリシアと精霊の歌
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語られる歴史(1)

更新しました。



 聖女を乗せた船は、無事に離島の岸に付いた。


 船員に対して微笑みとともに手を振って、ドネイルを伴い森へと進む。去り際に少年が小さな水晶をユウタに手渡す。紐が通されて首飾りの形になっており、日差しを浴びて美しく輝いている。掌のそれは暖かく、今まで少年が握り締めていたのがわかった。

 ユウタは屈んで、少年の顔を覗く。無邪気に破顔し、胸を張っている。何とも微笑ましく、そして小柄な体に似合わぬ逞しさを垣間見て、ユウタはそれを首にかける。

 それを見た少年が嬉しそうに、ユウタに手を差し出した。握手を求める態度に応えて握る。


「それ、お守り!帰ってきたら教えてくれよ?」


 少年が言っているのは、どうやら船上で披露してしまった氣術の事だろう。あれから、仕事の合間にユウタを訪ねて来ては、もう一度見せてくれと頼んできた。


「良いよ。名前、聞いてもいい?」


「ゼス。兄ちゃんは?」


「ユウタ。また会おう」


 手を放して、ユウタは聖女の後を追った。背中で感じたのは、ゼスがいつまでも手を振っていること。振り返りはしなかったが、それだけでユウタの胸は満たされた。

 木々の根が所狭しと地面から隆起した地形を軽々と踏み越えていく。こういう時こそ、軽装が何よりも役に立つ。先に聖女とドネイルの姿を発見した。やはり、森の中を歩くのに難儀しており、二人で踏み締める位置を確認しながら慎重に歩を進めていた。その様子で、森の奥にいるニクテスまで辿り着けるのだろうか。

 氣術で周囲の気配を探りながら、ユウタは空を見上げた。気流は穏やかで、群青色の空を鳥達が優雅に飛んでいる。空気を孕んで撓った翼、規則正しく並んだ羽毛。払うように中空を叩いて旋回していった。

 森の中、約二ヶ月ほどの懐かしい環境に深呼吸する。鼻先を抜ける葉の香りや、土の臭い。それらが体の芯をすっと軽くした。


 ユウタは聖女の横へと飛び、地面から剥き出しとなった太い根の上に着地する。レミーナは顔を上げて、笑顔を作るが足下が縺れて何度もドネイルに寄り掛かった。ドネイルはそれを受け止めて、再び立たせる。

 流石に辛抱できず、ユウタは苦言を呈した。


「聖女様、このままだとニクテスとの邂逅も難しいかと」


 その言葉にドネイルの動きが止まる。竜の上顎で隠されたその顔は、見えずとも怒気を空気に滲ませていた。聖女も一瞬顔を引き攣らせたが、また笑顔を取り繕って首を横に振る。


「ですが、私達は彼等との和談を成功される為に遣わされました。期待に応える為にも、失敗する訳にはいきません」


 しかし、その顔色は悪い。船室で休んではいたが、やはり慣れぬ渡航で体力を奪われていたのだろう。憔悴を隠そうとする態度に、ユウタは観念し、強行手段に出ることにした。今できる適宜な行動とは、これしか考えられない。


「ドネイルさん。僕は一人、ニクテスの集落まで急ぎます」


「!?し、しかしユウタ殿」


「聖女様を浜辺に戻して下さい。この森に、どんな魔物が潜んでいるか解りません。僕がニクテスを連れて来ます」


 顔を見合わせた二人が、息を吐いた。ユウタの提案を承諾し、背を向けて浜辺に向かって歩き出す。


「よろしくお願いします、ユウタさん」


 レミーナの声を無視し、ユウタは颯爽と森の中を駆けた。その背が遠くなる光景を、二人は唖然として見詰める。その動きは、一足ごとに鋭く切り出されて目で追うのも難しい。彼自身が森に潜む魔物かと思った。


「良いわ。本当に欲しくなった」


「行きましょう」


 ユウタがニクテスを連れて戻る事を期待し、踵を返した。






   ×       ×       ×





 ダンジョン二層──



 殺到するミノタウロス。

 本来は個体で活動する魔物が群で、しかも第二層に出現するのは滅多に無い。積み重なる死体にも構わず、続々と空間に現れた。


 血濡れの黒太刀を持つカズヤは、背を合わせた少女に声をかける。予測不可能な敵の加勢が絶え間なく現れ、二人の体力を着実に削っていた。


「姫、退却しますか?」


「コイツらを巻くのは無理。こっちには怪我人とセリシアが居るの」


 既に包囲された。ミノタウロスの敵意は、中心の二人を射止めている。逃す気はさらさら無い。獣の荒い呼吸だけが聞こえる。一歩ずつにじり寄る魔物達に、ムスビは鋭い視線を巡らせた。数は一〇体以上もいる。体内魔力の枯渇はまだ無いが、これでは埒が開かない。原因を探り、この流れを根絶させなくてはミノタウロスは止まらないだろう。


「僕が殿を務めます。血路を開くので、姫は少女達を連れて逃げて下さい」


「な!?学者のあんた一人残すなんて、そんなの見殺しよ!」


「ただの学者ならば、既に死んでますよ。言ったでしょう?事情があると」


 仮面で隠されているその顔が、笑っている。そう察し、出口と彼を交互に見る。

 ムスビはそれでもその場に踏み留まった。


「お断りよ!あんた捨て置くのは後味が悪い!」


「流石ですね、姫」


 そう言うと、カズヤは上着を脱いだ。突然の行動にムスビは目を見開いて凝視する。

 肩甲骨の辺りから漆黒の翼が広がる。羽を散らして出現したそれは、雄大であった。白い仮面が落ちると、その下から黒い嘴が突出し、皮膚が黒い羽毛に覆われていく。全身が黒く転身した彼は、黒太刀を一振りした。


「改めて紹介を。

 僕は八咫衆のカズヤ──以後お見知り置きを」


 黒く美しい鳥族。しかし、ただの鳥族とは異なる威風を放つ容貌は、彼女の知る中でも、獣人族に並ぶほどである。

 改めて、カズヤがムスビを顧みると、その場に跪いた。


「ムスビ様。よくぞ、ご無事で」


「え、なに、どゆこと?」


「少々お時間を頂きたい。僕の方へ」


 カズヤは彼女を抱き寄せると、翼を更に広げる。巨木が倒壊するような怪音を立てながら膨張した翼が、大きく空気を扇いだ。巻き起こる旋風と、カズヤを中心に炸裂したかの如く硬質な羽毛が飛散した。弾丸となったそれは、空間に満遍無く行き届き、ミノタウロスを瞬く間に掃討した。

 呆然とするムスビを放すと、カズヤの翼が縮小していく。鳥の顔は次第に人間の形を取り戻して行き、嘴が唇へと変化する。足元の仮面を再び取り付けて、はだけた服を正す。


 八咫衆──確かにムスビは聞き及んだ憶えがある。かの北の大陸で、神族の守護を担う戦士の部族の一つに、八咫烏の一族がいた。その姿は文献でしかないが、黒い鳥族であるとされる。そして、その中でも優れた者が選ばれる集団こそ、八咫衆。

 眼前に立つ者は人の形を取り戻していた。


「およそ一〇年振りです、ムスビ様」


「いや、会った事無いんだけど」


「一度だけ、遠くからですが拝見しました。いやはや、美しく育たれて」


 感慨深いとばかりに、腕を組んで一人頷く彼を不気味に思い後退する。


「やはり流石ですね。その魔力、そして黒髪に琥珀色の瞳・・・『裁定者』として、遜色無い力。貴女なら『調停者』を討ち滅ぼせるやもしれませんね」


「何の話?」


「おや、まさかそこまで教育を受けていないと?うん……やはり<印>による襲撃は痛手であったか」


 ムスビは相手から<印>の名を聞いて、総身を震わせた。八咫衆も彼等の存在を把握しているのである。

 カズヤが自身の胸を叩いた。


「ならば、この僕が僭越ながらご説明致しましょう。第三層へ向かいながら、並行しますがよろしいでしょうか?」


「え?あ、うん」


 ムスビは通路まで戻ると、セリシアを呼んだ。

 気絶した冒険者を抱えた少女に歩み寄り、彼の容体を診る。包帯の下から滲んだ血の染みは広がっておらず、止血は出来ていた。しかし、医師か治癒の魔導師に治療してもらう必要がある。更には、空間の方からさらにミノタウロスの群れが進撃する音が轟いていた。

 ムスビが大声で名を叫ぶと、急いでカズヤが現れる。


「今回は中断!取り敢えず、まずはこの子を連れてダンジョン脱出よ」


「命令とあらば」


 妖精族の少年をカズヤ、セリシアをムスビが抱えて走る。追走するするミノタウロスの気配を背に感じながら、一行は振り向かずに全力でダンジョンを脱した。











 ギルドにて、ムスビは疲労の色を窺わせる顔をカズヤに向けた。隣にいるセリシアは、彼女が選択した料理に文句も述べず、黙々と食べている。好みを聞けば、「ありません」の一辺倒。

 妖精族の少年を医療屋へと運び、診察したところ異常は無いとのこと。意識が戻るのはすずだろう。

 カズヤは背筋を伸ばして、ムスビの目を真剣に見詰めた。


「それでは、中断した説明を」


「はいはい、どうぞ」





   ×       ×       ×




 遥か太古の昔──。


 北の大陸リメンタル。南の大陸ローレンス。そして中央のベリオン。

 本来、この大陸は一つだった。

 主神ケルトテウスと神族の天使によって統治され、数々の種族と魔物が生まれた。恒久的な平和を築くべく、彼等が統べる地は争いの無い日々が続いた。

 世界を監視するにはケルトテウス一人では大きく手に余る。その所為か、悪意のある人間が生まれ、善人を貶める事態が発生する。


 そこでケルトテウスは、自身の力を三人の息子に分配した。


 『革命者』──ジギナ。

 『調停者』──ディン。

 『裁定者』──ミラン。


 三者は父の命に従い、常に世界の平和を保持すべくそれぞれに与えられた使命を忠実に遂行していた。大陸の中から有能な種族を選び、それを臣下とした。

 しかし、ある時ミランが配下の魔族と身を結び、臣下を総て連れて失踪した。これに激怒したケルトテウスは、二人の息子を動員させてミランを滅ぼそうとする。しかし、その子息である魔族の王が彼等を撃退してみせた。

 ミランの娘は魔王を名乗り、新たな能力・死術で主神すらも脅かした。

 血を交えることで、力を増強させる術を知ったケルトテウスは、同様にジギナとディンにも配下との繋がりを強めるよう求めた。


 ジギナは配下──屈強な肉体に、特異な魔力を持つ獣人族の首領と繋がる。その娘フユミの能力が魔術。

 ディンは配下──人族の中でも、優れた武術の一族・ムガイの棟梁と交わった。その息子ハルサメの得た力が氣術。


 その後、二人の後継者を筆頭に魔王と激突したのだったが、戦争は長く続く。結果的に解決を断念したケルトテウスは、魔族の領地、神族の領地、その他の種族の地と分断した。


 北の大陸で、ハルサメはその業を一族に伝授し、またフユミも魔術の教練を行った。


 しかし、氣術と違い魔術は他人にも扱うことができず、その血統の数世代に一人使用者が現れるという結果となった。






  ×       ×       ×




「氣術って……」


「まだ続きはありますが、取り敢えず質問をどうぞ」


 話を一旦止め、カズヤはムスビの質問を待つ。


「その、氣術は今も存在するの?」


「ええ。ですが、氣術を扱うにはムガイの血筋でなくてはなりません。まずはそれが必要条件としてあります」


 即ち、ユウタがその一族の血筋であるということ。カズヤの語る神話は、氣術が神代の歴史から存在する業だと言っている。


「じゃあ、黒い烙印をしてるのは?」


 その発言に、カズヤが肩を跳ねさせる。その途端、彼を取り巻く空間が緊張した。充溢する憤懣の気配に、セリシアも瞠目して、手にした匙を皿に落とした。

 カズヤは我に返って、慌てて二人に謝る。


「すみません、つい……。それにしても、ムスビ様。なぜ黒い烙印についてご存知で?」


 その問いに、答えることを躊躇った。先ほどのカズヤの態度を鑑みるに、ユウタの存在を伝えれば手を出す可能性がある。それほどの敵意や殺意が感じられた。


「旅先で、ちょっと………」


「そうですか。あの遺物、未だに生き延びていましたか」


 カズヤがムスビの両手を手繰り寄せて、強く握った。


「良いですか?ムガイを認めてはなりません!奴等は、我々や貴方の種族、そして神族を蹂躙した悪なのです!やはり、大犯罪者の一族は悪質な者しかいないのです!」









   ×      ×      ×




 ユウタは一人、ニクテスの住まう森の中、太い木の根に腰を下ろしていた。既に奥深くまで踏み入った彼は、先程から自身を取り囲む人の気配を察知し、その場で動かずに観察だけを行う。

 魔物との遭遇が無く、森の中を駆けることに体力の消費がないユウタは、迎撃としては万全の状態。しかし、ニクテスは聖女の仕事相手。それを処分すればどんな罰を与えられるか。

 それに、ニクテスは呪術の使い手。その知識がないユウタとすれば、どんな一手を相手が繰り出すかも予測不可能である。やむを得ず、その場から彼等に会話を求めた。


「僕は海の向こうから遣わされた者だ。今回、貴方たちとの会合を希望する人間の代行として、ここに来た」


 語調を強めたが、反応はない。

 先住民に対し、ユウタは言葉自体が通じるのかが不安だった。


「やっぱり、出直した方が良いのか?」


 一人呟き、項垂れた瞬間、体の均衡を失って地面に倒れた。突然、体の自由を奪われて当惑するユウタだったが、痛みに呻くこともできず、硬直している。

 薄れていく景色と意識。ユウタは朧気ながら視野に映った人の足を最後に見て、深い眠りに落ちた。


























読んで頂いて、感謝感激です。

今回、内容が薄いと感じた方々に、新企画の方に力を入れていたために、少し片手間となってしまった事をお詫び申し上げます。


次回からは全身全霊をかけますので、温かく見守って頂ければ幸いです。

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