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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:セリシアと精霊の歌
40/302

敵影はすでに近く

更新しました。

今日は大変な一日でした。



 八咫烏(やたがらす)──。


 東国発祥で古くから存在する鳥族(ガルーダ)

 獣人族と同じく神族からの加護を授かり、主に文通の手紙を届ける任を担う。三本足に漆黒の翼、高い戦闘力を有する。


 神族への忠誠心は強く、中でも主神とされる存在への信仰は深い。故に、主神の為とあらば同族であろうとも殺害する狂信者として畏れられていた。他の部族も彼らとの交流で、一手違えれば息の根を止められると怯えるほどである。


 しかし、五年前。

 獣人族など多くの部族と共に、謎の武装集団による襲撃を受けて壊滅したとされる。





   ×      ×      ×




「──八咫衆(やたのしゅう)?」


「ええ、そう」


 ユウタはその後、馬車を降りて町長との会談を済ませた聖女の護衛として付き従い、現在は用意された客室にて、二人で会話をしている。無論、話題は彼女が危険視する敵──過分ともいえる衛兵達で身の回りを固め、万全の守備に徹する警戒の正体。

 聖女は、声を少し震わせながら答えた。他人の感情に対して鈍いとされるユウタでも、彼女が畏縮している事がわかった。実際に口にした時の、蒼白となった顔色を窺えば誰だろうとも読み取れる。

 聖女の名はレミーナ。

 絹のように細い金髪は黄金のように輝かしく、碧眼の瞳はまさにこのリィテルから見える海を思わせる。豊満な胸回りと長く細い手足。凛とした雰囲気の持ち主で、言葉を交わすことすら憚られるような神々しさを感じ、ユウタは緊張に正視することを躊躇った。

 しかし、八咫衆について語る彼女の顔は、忍び寄る脅威に怯懦を隠せぬ一人の子供のようである。“聖女”という肩書からも、恐らく周囲から無条件に崇敬と、そして悪意を喚起してしまうのだろう。


「彼等は何者ですか?」


「本来は、北方の大陸に住まう神族の近衛を務める八咫烏。伝承があるほど、歴史がある種族の中でも選び抜かれた強者たち」


「それが何故、聖女様を狙うのですか?」


 ユウタが質問をすると、レミーナは首を傾げる。その言葉が信じられない、というほどに見開かれた目に、ユウタは自分の無知が露見してしまったと後頭部を掻いた。まず前提として、八咫烏、それから神族など、歴史についての知識がユウタに備わっていない。師から聞かされる話には、そういった神話や伝承などは無かった。

 聖女からすれば、ユウタほどの年ならば然るべき常識と思っているのだろう。小さく「長らく森で暮らしていたので」と言えば、戸惑いながらも彼女は納得した。


「この大陸の歴史や神話については後ほど。兎に角、貴方には私に近付くいかなる災いも退けて欲しい。ただその一念です」


「しかし、僕はまだ旅の途中、それも実力は聖女様がお耳に入れた実力とは差異あると思います」


 俯いて謙遜するユウタに対し、聖女は柔らかな微笑みを浮かべる。この少年なら信用できる。優しくも残酷な選り抜きの手練れ。彼女が聞いた噂の発生源が、【猟犬】である。

 彼女はユウタとは違い、西から山を迂回し、北に回ってこの町に来た。【猟犬】の一人を護衛として雇おうと招いた際、その人物がその任に相応しい人材を推薦した。──それがユウタである。

 性格も勿論のこと、相手が敵対関係でない限りは牙を剥かない温厚な少年だと。その実力は、シェイサイト騒動であったときに、元頭領救出にも貢献した。彼がいなくては、成功はなかったと断言する。

 シェイサイト滞在中であった旅人や冒険者よりも、名高く強豪の暗殺集団とされた彼等が推し薦めるユウタの方が、レミーナとしては信頼できる。 


「可能です、貴方なら」


 決然とした相貌のレミーナに、ユウタは何かを口に出そうとして顔を上げたが、また顔を伏せた。


「了解しました。リィテル滞在中は、この身は聖女様に仕えます」


「ええ、よろしくお願い致します」


 ユウタははっとして、窓の外を見た。既に日暮れに空が茜色に染まり、街灯がつき始めた。会話に集中していた余り、ムスビ達のことを失念していた。恐らく、指示も出さずに放置されたセリシアはさぞ困惑しているだろう。そして、それを押し付けられたムスビも難儀しているに違いない。

 レミーナに向かって振り仰いで、必死に説明しようとするが、護衛の任務を承ったいまは一時も彼女から離れる訳にはいかないのだ。いつ、その八咫衆が強襲を仕掛けてくるかも予測が出来ない。

 聖女はふっと落ち着きを払った様子で頷く。


「お仲間の事でしょう?行って差し上げて下さい」


「しかし」


「後の合流を保証して、貴方を連れ立ったのですから。それに、私の仕事まで時間があります」


「………すみません。暫く席を外します」


 ユウタは杖を広い、紫檀の杖を手に握ると部屋を辞した。レミーナはそれを見送ると、その顔から表情を消した。すると、少年が去った後に入れ代わるかの如く入室した騎士が傍で跪く。

 青銅の鎧で、兜は竜の上顎を模している。腰に佩いたのは湾刀、その小柄な体で振るうには些か長く、扱い難い重量感があった。竜の顎からくぐもった声がする。


「聖女様、本当にあの男を信用して宜しいのでしょうか」


「大丈夫よ。しかし、あれが本当にあの“アキラ”の継承者なの?」


 ユウタとの会話とは全くもって異なる態度で、レミーナは竜の甲冑に向かって尋ねた。その所作などは、同一人物とは思えない。相手を蔑視する冷たい彼女にも、騎士は別段気にすることもなく答えた。


「あの紫檀の杖。それに退室の際に見せた鋭い足捌きからも、特殊な訓練を受けていたと思われます」


「そうね、本当の実力者なら構わないのだけど」


 机に淹れられた茶を飲み、妖艶な唇に指を当てて思案げな表情をする。


「手駒に加える絶好の機会。まだ仲間を気にしているけど、押しに弱そう。じっくり追い詰めてくわよ。でも、もしその前に私の本性に気付くのであれば──」


「はい。このドネイルが一刀の下に切り捨てましょう」


 その返答を聞くと、満足したのか部屋に響くほど哄笑した。ドネイルは傍に控え、口を閉じている。



 廊下の壁に背を付けながら、嘆息した。剣呑な会話を聞き、聖女に対する見解を改める。相手は自分を利用するだけに留まらず、内側に吸収しようと画策している。八咫衆が事実かは知り得ないが、それでも彼女が自身にとって障害となることは概ね理解した。そして、ムスビとセリシアにとっても。

 体内の氣と周囲の氣を同調させることで気配を殺し、足音を消し、その獣じみた聴覚で部屋と廊下を隔てる薄い壁の向こう側の音を拾う。その盗聴を、恐らく室内の者は勘付いてはいまい。


「きな臭いと思ったら、道理で」


 部屋を出た時に感じ、そして現在聖女と共にいる者。その実力は高く、その人物こそ聖女の懐刀といったところだろう。聖女と正面から衝突したのなら、まず切っ先を交える相手。

 ユウタはその場から去っていった。

 そこに足音はしなかった。






   ×      ×      ×





 ムスビは、腰に手を当てて胸を張るように、掲示板に貼付された物を検める。その瞳は値踏みするように鋭く、彼女に好奇心で寄り付こうとした男は全員が退散する。セリシアは黙ってその横に立ち、両手を前で握り合わせている。

 案内の男が、必死に気を引こうと愚直に努力していたが、ムスビにとっては彼の姿勢も眼中になかった。その意識はすべて依頼の書類に記載された難易度に傾注し、説明に読んだ男の声すら聞こえない。呼ばれた案内の役としては、全く意義を成さない状態である。


 リィテル冒険者協会は南地区にあるため、漁港に敷かれた新鮮な魚介類の販売店を見る事となり、ムスビの食欲を掻き立てるに至ったが、ここで無駄な出費が出ると、野宿となる。山道でもそうだが、ユウタと違い野営を嫌う彼女は、柔らかいベッドで熟睡したい。

 少し切羽詰まった経済状況と、更なる味の追究を断念することを余儀無くされた事に、ムスビの苛立ちは増している。


 リィテル冒険者に到着し、依頼を吟味していたが、彼女の琴線に触れるような物が無かった。ユウタならば、迷いなく無難な物を選択しただろうが、ムスビの場合は好戦的且つ危険な任務を取りたい。折角の魔法も、学んだは良いが戦闘的な試し撃ちも出来ておらず、リィテルを訪れる道程にも魔物は出現しなかった故に実感がまだ無い。早々に手応えが欲しかった。

 希望を述べるならば、シェイサイトの【冒険者殺し】ほどの強敵と相まみえる展開を期待している。血の滾るような、野性を刺激する遭遇が欲しい。尤も、以前のように理不尽な拘束、広い規模の事件は勘弁したい。

 ムスビは腕を組んで、一人唸った。セリシアがふと、振り向く。すたすたと出口の方へと走ると、扉を押し開けた。掲示板に意識を注いでいるムスビは、少女の行動にも気付いていなかった。

 セリシアは目蓋を閉じて頭を少し下げると、白いワンピースの裾を詰まんで持ち上げた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


「ただいま。あれ、可愛いねそれ」


 誉められると、少し照れ臭そうに裾から手を離して視線を逸らし、後ろで手を組んだ。主人の手が頭に乗り、髪を優しく梳いた。その感触に、顔を緩ませた。

 ユウタはムスビの姿を発見し、複数の依頼状と格闘する相棒に苦笑する。また高難易度な物でも探しているのだろうか。それがランク昇格を狙った出世欲か、或いは単に激烈な戦闘を切望しているだけか。恐らく後者なのだろうと呆れ、その隣へと並び立った。

 帰還した彼の存在を察知し、ムスビは早速手元にある厳選した依頼を束で渡す。胸に押し付けられたすべてに目を通せと強要する彼女に難色を示した。


「ごめん、ムスビ。僕の代わりに、セリシアの身嗜みを整えてくれたんだね。後で代金分出すよ」


「なに言ってんのよ。あんたじゃ、この子を可愛くメイキングできないでしょ?だからあたし直々に、勝手にやっただけ。別に気負う必要ない」


「どうしたのムスビ?今日、具合でも悪い?」


「すぐに人の気を損ねる言動、改善した方が良いわよ」


「仕方ないな。今回は君の選択に従う事にするよ」


「あんた、大丈夫?暑さにやられたのかしら?」


「それ、何かの意趣返しのつもり?」


 笑いながら、ユウタは視線を手元に落とした。最低のランクでも[A]クラスの捕獲、最高で[SS]の討伐。流石に、[SSS]を取るほど非常識ではないようだ。だが、Lv.1の冒険者が[A]を受けるのも理解し難い。

 ユウタは予め伝えておこうと、口を開いた。


「ムスビ。もしかすると、僕は君と一緒に行けない可能性が高い」


「え……どうしてよ?」


 やにわに不機嫌そうに顔を歪める。その声は少し険を含んでいて、咎めるように見詰めていた。どう説明しようか苦悩していると、セリシアがユウタを見上げる。深紅の眼差しに振り向くと、少女は両腕を広げていた。

 察して抱擁を交わしていると、話を中断してまでセリシアに接することに、少し嫉妬してしまった。相棒という関係は、互いの篤い信頼があってこそだと思う。ムスビは、新しい町での初仕事に彼が携われない上に、自身を差し置いて他人を気遣うのがどうも許せなかった。


「で、訳を聞こうじゃない?」


 その機嫌の悪さは明瞭で、ユウタは顔を引き 攣らせて事情を説明する。


「実は、聖女様の護衛を務めることになったんだ」


「肉欲に忠実ね、そんなに聖女の体が好み?」


「え、体?ああ、確かにそうか、スタイル良かったね。でも、ハナエの方が聖女と崇められて良いと思うなぁ」


「あんたの判断基準って、そのハナエって子だけなのね……」


 腕を組んで一人納得する彼に、ムスビは呆れた。彼の精神的支柱には、どうやら誰の介入も許さない絶対的な存在──ハナエという女性がいる。言葉の節々に現れる彼女への信頼と愛情は、ユウタと関わった人間にとっては周知の事実。


「それで?忙しくて参加は無理だと」


「うん……まぁ、実は清楚で美しいと思われてた聖女が、裏で人を平然と見下す悪女だったんだけどね・・・。だから今更の後悔だよ」


「そもそも、聖女って何?」


「さあ?」


 ユウタもムスビも、もはや互いに笑うしかなかった。自分達の知識の少なさは、これからの旅で補っていくしかない。

 セリシアが眉を顰めて、主人を覗いた。


「旦那様は聖女の護衛を?」


「一応、受けると返事はしちゃったからね。きっと権力もあるから、不用意に動くと君らを人質にあらゆる条件を強制してくるかもしれない」


「どう対処するのよ」


「簡単だよ。契約期間はリィテル滞在。それまで相手に隙を見せず牽制し、律儀に護衛の任務を遂行するだけ。それなら、文句も言わないだろうし」


「要するに、あたし達も用心しろと」


 首肯するユウタ。聖女との衝突は何としても回避したい。旅の弊害とならぬように、上手く切り抜けられるよう対応するしかないのだ。彼女らの思惑は、自分という戦力を取り込むこと。その先の計画などがあるのかはまだ知れないが、どう解してもユウタに利のある結果は一つとしてない。

 益体のない聖女の守護が穏やかに済めば、ムスビ達への害意を未然に防げる。いま懸念するのは自身への危険ではなく、仲間の安全だ。

 それを察して、ムスビは機嫌を直した。

 ユウタは屈み込んで、セリシアを見上げながら手を握る。


「セリシアは、このままムスビの指示に従って動くんだ」


「離れたくありません」


「今回は事情がね・・・」


「旦那様の為ならば戦います」


 ユウタは困ったように、ムスビへと助けを乞う。

 ムスビは既に、ユウタが彼女をこの町で保護する人間を探す魂胆だとは知っていた。戦闘力も皆無である少女を危険な旅路に伴うのは愚行である。無論、彼女もその意見に賛成し、セリシアに認めさせるつもりだ。


「セリシア。あんたの主人が仕事を終えて帰る、それを待機するのが今の命令。決して突き放そうとか誤解するんじゃないわよ」


「……分かり、ました」


 ユウタは立ち上がって、ムスビの方へと向いた。


「今回は君の人払いが出来ないね」


「覚悟してなさい。帰ってきたら鉄拳制裁よ」


「セリシア。ムスビをお姉ちゃんと呼びなさい」


 ここぞとばかりに、ムスビの態度を予見していたかの如くユウタはセリシアに命じた。


「命令とあらば。これからよろしくお願いいたします、お姉様」


「しょ、しょうがないわね!今回は許してあげる!」


 ユウタは彼女達を見て、一通りの安心を得ると、断りを入れてその場を後にしようとする。仲間との合流時間が長いと、聖女が不審に思う。

 仮にムスビ達にその毒牙に掛かろうというのなら、最悪の手段を講じる覚悟もある。忠実な騎士を斃し、聖女と名高き人間であろうとも暗殺する。必要ならば、その八咫衆の協力も仰いでみよう。

 だがそれは、旅を断念せざるを得ない状況で下す判断だ。


「それじゃ、ムスビ。後は頼んだ」


「あんたも気を付けなさいね。あたし達に何かあったら、真っ先に呪うから」


「呪術を知らない奴に言われても怖くないね」


「あんた、呪術が何か知ってる?」


「いや、欠片もわからない」


「今度講義してあげるわ」


「頭の悪い講習になりそうだな」


 ユウタは、ムスビに依頼状を一つ渡すと、残りをすべて掲示板へと戻し、颯爽と踵を返してギルドを出て行く。






























今回、この作品を読んで頂き、誠にありがとうございます。


まだ企画段階ですが、『氣術師の少年』のスピンオフを書きたい所存です。本作と並行しての投稿となります。

予定としては、ユウタと同じ時間軸、そして別の場所で起きた物語・・・のようなものを。

仮にこちらが作品化した際は、是非ともご覧になって頂きたいです。


次回もよろしくお願いいたします。

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