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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:セリシアと精霊の歌
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聖女のお願い

更新です。

明日は学校なのに、何してるんだろう・・・。



 いつも、声が聴こえていた。

 自分を誘う、清らかで心地よい音楽のような声。

 だが、自分は奴隷だ──そちらを目指して歩く自由がない。その正体に近付くことはなく、いつも遠くから聴こえるその声に耳を澄ましている。心を落ち着かせる、優しい音色。

 同じ人間に虐げられる日々には慣れていた。自分が生きる為には、誰かに必要とされなくてはならない。


 山道を移動する時、衛兵に暴力を受けた。その事に不満はない。こうしていないと、自分は人と関わるなんて出来ないのだ。町で見た家族を見て、憧憬してしまったことは忘れよう。

 自分の人生は被虐の日々──そう達観して、今日もまた人々の足下に踞る。


『すみません。その子、僕が買ったのでやめていただけますか?』


 あれ──何だろう?

 土に付していた顔を上げると、そこに少年が立っている。自分より一つ、いや二つほど年が上だろうか。こちらを一瞥して悲しそうにすると、衛兵に対して解放を求めている。

 彼等と口論になろうとも、毅然とした態度で少年は引かなかった。その力強く響く声音に、自分の中の何かが突き動かされる感覚がする。闇色だった心の中に、一筋の光明を見た。

 少年に触れられたとき、鮮烈に響く。


 知っている。知っている。

 いつも聞いていた、あの綺麗な音色だ。少年が自分に近付くほど、その音は大きくなっていく。


 抱え上げられ、体が触れた時。


 “──あなたの音が始まるよ。”


 幼い子供のように、弾んだ声が脳内で反響する。


 “──あなたの音を聞かせて。”


 少年に抱擁を求めた。もっと、その声が聞きたくて。どうすれば良いか、自分が何なのかをしっかりと把握する為に。







    ×      ×      ×



 リュクリルを出発し、西のシェイサイトから南下するユウタとムスビ。次の町との境目に位置する山脈の峠も通過し、いよいよ到着前である。ユウタは一週間前に出立したシェイサイトを想起し、時間の経過が早いことを省みる。


 山道を下っている。背中に乗る軽い重みを感じ取りつつ、林間の間を進んだ。背後で徒歩に不満を述べるムスビの愚痴は聞こえず、背負われて眠るセリシアを起こさぬように努めた。

 余程疲れていたのか、挨拶をした後に倒れるように眠ってしまった。この状態で歩行を強制するのは気が引ける。確かにユウタはセリシアの主人ではあるが、人を奴隷として扱うことには慣れない。寧ろ奴隷と言う制度に否定的な考えを持つ。

 ユウタの方針としては、セリシアを同伴する気は毛頭なかった。<印>の追跡に加え、ユウタの性分は行く先々で問題を発生させるのだ。故に、何の力も持たないセリシアを理不尽に巻き込むのは愚考である。

 機を見て、良心ある人間への引き渡し、ハナエの時のように暮らせる家を探さなくてはなるまい。


 長らく歩いていると、山の傾斜も緩やかになり、豁然(かつぜん)と開けた場所に出ると、町を囲う防壁が遠目に見えた。久しぶりの町に、ムスビの表情に明るさが戻る。長い山道に、彼女の疲労も蓄積しているのであろう。ユウタは彼女を慮り、到着後の予定にまず宿を取ることを組み込む。

 防壁へと近付く中、ユウタは関所と思われる入口に滞った人の流れを見咎める。

 太陽に照らされた集団が、晴天に降り注ぐ雨の如く陽光を乱反射していた。竹笠の鍔を翳して目元を隠しつつ、光源の正体を窺う。膝下まで鋼で固められた装備の人間達を見て、ユウタは気まずそうに目を伏せる。

 どうやら、関所で待ち構えているのは先程の衛兵達と、屋根の付いた荷馬車。セリシアでのやり取りがあった後では、彼等とも顔合わせは面倒である。

 ユウタが思案していると、ムスビはその側を通過して関所へと近付いて行く。思考に意識を取られていたが、彼女が背を向けてそのまま歩く様子に気付くと、慌てて駆けた。


「ちょ、ムスビ!待ってくれよ」


「え、もう目の前に町があるのに」


「兵士がいる。悪いけど、僕やセリシアを思って少し待ってくれ」


「あんた、あたしに山道で何したか憶えてる?」


「どれだけ昔の話をしてるんだ?」


「協力して欲しい奴の態度なのそれ?」


 ムスビは呆れながらも、渋々と踏み留まった。ユウタが集団に視線を向けていると、セリシアが目を覚まし、肩に乗せていた顔を持ち上げる。主人の背で寝ていたことに驚き、急いで彼の背から飛び降りる。

 ユウタは軽くなった背を伸ばし、集団を観察していた。荷馬車に乗った人間の身分を確認するのに手間取っているのか、先頭の兵士と門兵が険悪な空気を醸し出している。恐らくは、高貴であると言い張り頑なに確認を拒否する衛兵に手を焼いているのだ。

 ユウタはちらりと、行列の最後尾を確認する。やはり、そこには自分と言葉を交わした連中が進まぬ列に苛立っていた。周辺の仲間を巻き込み、悪態をついている。

 仕方なく、と溜め息混じりにこれから負担する労苦を覚悟して、関所へと歩く。後ろのムスビ達には待機するよう指示し、門兵の側に寄った。当然のことながら、会話に割り込もうとする少年に怪訝な視線が募る。


「僕は冒険者ですが、一体どうしました?」


 物腰低く、ユウタは竹笠を取って胸に抱えると、その場の全員に軽く会釈した。改めて近くで見れば、緊張した空気である事を肌で感じ、引き攣りそうになる顔を、必死に笑顔へと偽装する。

 門兵が横目に、集団を睨みつつ、ユウタに説明した。


「聞いてくれ。どうやらこの大袈裟な近衛兵どもは、何と“聖女様”を連れて来たんだと。あの荷馬車にその方がいるとか」


 “聖女”──聞きなれぬ単語にも相槌を打って、ユウタは荷馬車を見た。御簾のように小窓は布で中の景色を遮断しており、その“聖女”と呼ばれる人物の顔は見られない。門兵の口調からも、来訪を疑うほどの有名な人物だと推察できる。

 確かに、荷馬車の近くにいる兵士は特に神経質な様子で、周囲を囲う森に警戒の目を巡らせていた。万全の守備を想定した陣形にしては、些か量が過分である。高名な人間ほど、その護衛は少数で挑むのが得策だ。敵による察知の危険性を最小限に留め、実際に襲撃を受けた時に立ち回れる実力者を伴うだけで充分だ。


「確認は?」


「まだ済んでない。と言うか、コイツらは頑固で、聖女様の姿を門兵風情には晒したくないんだとさ」


「しかし、本人の姿を確かめない限りは、立ち入りも認められませんよね」


 ユウタがそう言うと、門兵の非難する眼差しが先頭の兵士に向けられる。彼等も自身にある非を感じており、ばつが悪そうに目を合わせない。

 この状態が続くことは誰も望んでいないのだ。兵士は護衛と移動で磨耗した体力で疲労している。更にはユウタも、ムスビを休憩させる為の宿を探したい。


「聖女様ご本人に直截訊いてみましょう。彼女本人の了承を得れば、問題も無い筈です」


 近衛兵に問うと、彼等は首を縦に振った。門兵は解決の糸口を掴んで安堵に笑い、ユウタに手を振りながら急いで荷馬車に駆け寄る。荷台へと声をかける二人を遠目に窺いながら、その結果を待った。

 戻ってきた門兵が、入り口の鉄門を開いた。重々しい音を立てて、観音開きに開いていく。広がる隙間から覗く景色に、全員が身を引き締めた。超然と背を伸ばし、その手に戦槍を手繰る。恐らくは、聖女護衛としての体裁を守る為だとユウタは察した。

 ぞろぞろと入る夥しい甲冑の人間達から視線を外し、ユウタは身分証明となる冒険者の手帳を見せた。


「うん、了解だ。歓迎するよユウタくん。お連れの子達と通ると良い」


「あの、奴隷の女の子を連れているんですけど、その場合は通行料などが発生したりは?」


「ああ、その場合は心配ない。君の奴隷なら、所有物と見なされるから」


 ユウタは一礼してムスビ達の下へ走り戻ろうとした。



「止まって」



 関所に居る人間達が動きを止めて、その声に意識が向く。荷馬車から聞こえた声は、胸を掴むような神々しい響きを持っている。誰もがそれを感じて、その一声だけに息を呑んだ。

 小窓を隠していた布を取り払って、中から金の長髪をした女性が顔を出す。外見年齢から、ユウタは彼女が年上だと判断した。荷馬車を制する命令に従って、手綱を引くよりも先に馬が足を止めた。どうやら、その声は人間の範疇にすら留まらない。

 意思の固そうな青い眼差しが、ユウタを射抜いている。女性の白くたおやかな細い指が、静かに視線の先を指し示した。


「馬車に乗りなさい」


 聖女という言葉に、ユウタは気優しく清楚な女性を想像していたが、人を平然と指差す態度を見て霧散した。戸惑いながら答える。


「僕がですか?仲間を待たせているので、失礼ですがお断りさせて頂きます」


「仲間とは後で合流可能です」


 丁重に断ろうとも、それを容認しない聖女に混乱する。ムスビの方へと振り向くと、走り出そうとするセリシアの襟首を掴んで引き留め、明るい笑顔で手を振っている。


「……分かりました」


 内心ではムスビを薄情者と軽蔑しながら、聖女の命令に従って馬車へと乗る。

 開けられた扉を閉めると、車体を揺らしながら進み始めた。聖女は傍に本を置いて、窓の布を閉めて外の景色を再び遮断する。ムスビとセリシアを取り残すことへの心配に、ユウタが居心地悪そうにしていると、聖女が振り向いた。右腕の包帯を眺めている。


「貴方の腕、拝見しても?」


「いえ、酷い火傷なので。人前に晒すのは」


 咄嗟に嘘を取り繕うと、聖女は短く答えて諦めた。右腕について質問するということは、何らかの気配を感じ取ったのかもしれない。

 まず、ユウタは“聖女”についての知識が無い。故に会話が噛み合わない恐れがあった。ここに来て再び無知を痛感させられ、ユウタは含羞に足下の床を睨んだ。


「僕を乗せた理由、お訊きしても?」


「私は人の内側を透視する力を持ちます。山道の途中、貴方と兵士の諍いも見ていました」


「お、お見苦しいところを」


「いえ、奴隷の少女を救おうとする貴方の善行を知っています。称賛されるべき行いなのだから、誇っても良いのですよ」


 聖女が微笑んだ。


「貴方を見て、最近噂となっている人物だとすぐに理解しました」


「噂とは?」


「悪者を暴き、あの傭兵クロガネを撃ち破った、大変実力のある人物。黒髪に琥珀色の瞳をした少年だと」


 ユウタは、噂の発生源がシェイサイトに滞在していた冒険者や旅人だろうとすぐに気付いた。一週間前だというのに、情報の伝播は速い。仮にそれが、目的の町にも伝聞が広まっているなら、これからの行動にも注意を払わなくてはならないのである。

 聖女がユウタに向き直る。その碧眼は尋常ではない覚悟を感じさせ、自然とユウタも目を離せずにいた。


「この町に滞在する期間、私の護衛として随伴して下さい」


「め、命令ですか、それ?」


「いいえ、お願いです」


 口調は明らかに、ユウタにそれを強制するものだった。彼女は淀みなく首肯し、膝の上で握っていた少年の右拳を、優しく両手で包む。

 何故、数多の兵士による護衛という強固な守備を展開しながら、ユウタを傍に置くのか。聖女の要望を聞くと、あたかも敵の正体を把握しており、この兵士を束ねても、敵の実力に到底及ばないと示唆しているようだった。

 ユウタはそれを優しくほどいて、彼女の顔を見詰める。ユウタは直截的に問う。聖女と呼ばれる人間が恐れる存在について。


「聞かせて下さい。貴方を狙う者について」









   ×       ×       ×




「行ったわね」


 荷馬車が関所を通過するのを見届けたムスビ達も、続いて門兵に挨拶をしながら入った。





 港町──リィテル。

 陸は山々に囲われており、その対岸は海に面している。自然との調和を基調とした風体は、穏やかで平和な雰囲気がある。森の北地区と、海の南地区。漁港には新鮮な魚介類を販売する店が密集しており、対照的に北は錫物工場や建築業を請け負う店が陳列している。


 入り口から続く並木通りを抜けて、二人は北地区の中心街へと到着する。左右を向けば、この場から世界の境界線が敷かれているかの如く景色が一変する。

 西には工場や店の数々。東には赤い屋根の家が連なる居住区。シェイサイトとは違う土地に、彼女の興奮は高まっていた。潮風の香りが新鮮で、それが胸の内を昂らせる。その隣でセリシアは沈鬱な表情を目に浮かべていた。

 ユウタが離れた事に哀しみを覚えているのだ。主人が不在な今、彼女は命令もなく動けぬ奴隷である。町へムスビと共に入ることすら戸惑っていた。自由行動をユウタからの了承を得ぬ限り、不用意にムスビと出回ることはできない。


「セリシア、安心しなさい。あいつはすぐ帰ってくるから、それまで適当にしてれば良いのよ」


「そう……なんでしょうか」


「それまで、あたしに付いて来なさい。取りあえず、まずは服装をどうにかしましょう」


 ムスビはセリシアを見て腕を組むと、空を仰いで黙考する。

 今は彼女のパーカー、ユウタの脚絆と草鞋のみで行動をしているが、当然この風貌だと注目を集めてしまう。聖女の連れた兵士のように、悪意の的とされない為の工夫を施さなくてはならない。

 近くを歩いていた町人に呉服屋の場所を尋ね、セリシアの手を引いて進んだ。道の脇に植えられた木々の枝葉は、新緑の火を灯す松明のようである。景色を楽しみながら、店を目指した。

 シェイサイトよりも幅の広い道は、所々で人が足を止めて会話をしている。和気藹々とした空気は町のものと同じで気分を和ませた。


 呉服屋で好きな物を選ばせると、白いワンピースを手に取る。


「それだけじゃ、悲しくない?」


「いえ、旦那様が夜伽相手を求められた時、すぐ対応できるようにしておきたいのです」


「セリシアに手を出したら、海に沈めるわ」


 セリシアは自身の発言に対するムスビの反応を訝った。常識が欠落しているのは、セリシアも同様らしい。ムスビも自信満々に人に語れるほど弁えている人間ではないが。


「……あいつがいないと、この町のギルドで仕事も決められないわね」


「旦那様は、いつご帰還されるのでしょうか」


「きっと今頃、聖女に鼻の下伸ばしてるに違いないわ。まあ、早くて今日の夜か……明日か?あたしにもよく分からない」


 その返答に沈黙するセリシアに、麦わら帽子を被せる。


「あんたを捨て置くほど、あいつは薄情じゃないわ。……あたしを除いて」


「??」


「ほら、可愛いじゃない」


 ムスビが破顔すると、セリシアは頬を少し赤く染めて口元を綻ばせる。少女の柔らかい表情に頷いて、料金の支払いを済ませる。この町に至るまでの食費と、セリシアの被服で財布の中が軽くなった。恐らくは、今夜の宿泊のみで限界を迎えるであろう。

 観念し、ユウタを抜いてリィテル冒険者協会(ギルド)へ向かう事にした。簡単な依頼で生活を繋ぐしかない。その先でまた問題に直面するだろう。その遭遇が果たして、再び町一つを巻き込んだ大騒動に発展するようなモノなのか。

 ムスビはこの町で起こる事件を予感しながら、空を見上げて呟いた。


「全く、今回も何が起こるのやら……」


 確信めいた言葉を吐くと、ギルドへ向けて歩を進める。




























アクセスして頂き、本当にありがとうございます。まだ拙い点もあり、修正する事が多々ありますが、温かく見守って頂けたら嬉しいです。


 次回もよろしくお願いいたします。

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