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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
第一幕:進み出す烽火
282/302

麗らかな死神

きりが良いので、今回はここまででご容赦下さい。



 荒廃した城塞の跡地。

 その膝下には、いつか栄えた都市の捨てられた景観が拡がっている。大抵が崩落しており、名残ばかりを惜しむように壁が一面だけ辛うじて建つ物であった。壁面にまた、時間の経過を告げる植生が手を伸ばしている。

 雲底に鎖された天下には、沸々と各地で生まれる人の悪意ばかりが滞留し、既に虚無と化した跡地に邪悪な気配を募らせた。

 一つの存在を求め、各地から多種多様な種族が挙って自陣を築き、陣取り合戦を繰り広げている。未だ互いに厳しい牽制をし合って、奥地に佇む最大の要所まで誰も辿り着けていない。

 爆撃を仕掛けたり、斥候による陣地の拡張など陰険な者を使嗾し、その歩を妨害するのみ。

 やや埃を株っているものの、唯一当時の状態で保存された城塞が戦局を睥睨した。平地に佇みながら、見上げなければならぬ威容で荒廃した土地を支配する。


 城塞の最上階の広い空間には、椅子が一つ拵えてある。要塞の外から持ち込まれた物であり、周囲の風致と時代の差異が生じる奇妙な風体だった。

 玉座のようなそこに安置された少女。

 神の寵愛を一身に受けた美貌は、静謐の眠りによって今や彫像の様に動かない。艶を帯びた漆色の髪は、毛先から次第に銀に染まり始めている。

 その様を、灰色の総髪をした道化師が注視していた。派手な紫の燕尾服に身を包んだ姿で、自身の杖の柄頭に腰を下ろして器用に平衡を保つ。

 野蛮な盗賊でさえも侵し難い神聖な少女に、唯一嘲りを向けて対する。

 ただ、本当の神として羽化するのを、その目に確と焼き付けんと黒塗りにした眼窩の奥で灰色の目を光らせた。


 二人が保っていた沈黙を、扉の音が打ち破る。

 盛大に観音開きに開放された音で、道化師は杖の上から転倒した。喫驚冷めきらぬままに、そちらを見ると黒衣の男が立っている。

 襟元の焦げた徳利襟の下着、羽織った裾の擦り切れた長裾の単衣と袴には血が滲んでいた。普段は怜俐な光を帯びた鋭い目も、疲労の色が重たく内側に浮かぶ。

 顔からは返り血と思われるものが滴り、黒い手套は赤黒く濡れていた。道中、如何に過酷な戦を切り抜けて来たかがありありと窺える様相。

 道化師は彼の訪問を歓迎した。

 両腕を広げて、そちらへと歩む。


『ようこそ喜劇の最終幕へ。悦んで君を歓迎しよう』

『響に何をした……!』

『何も?取りあえずは事情の仔細も知らない私からしても、彼女がいま神格化されようとしているのが判る』

『…………』

『すべて失ってもそれを救わんと奔る兄、果たして報われるか否か。それを見届けたい』

『何故だ』

『何処へ行こうとも、誰に会おうとも、『妹を殺せ』としか言われぬ哀れな旅の終着点だぞ?面白くない訳がない!守るべき者を殺さなくては幸せを得られない人生なんて、悲しくて、なんて綺麗なんだろう!』


 道化師の背後から複数の触手が飛び出す。

 それらは大樹の幹ほどに太く、しなやかに動いて部屋の空間を圧迫しながら接近する。その数と密度で、道化師の姿が匿されていた。

 黒衣の男は傷で充分に動かぬ体を叱咤し、得物も持たぬ素手で正対する。元来持つ己の特異性を遺憾なく行使し、縦横無尽に駆け巡って道化師の放つ変幻自在な牙を躱した。

 少女の前で広間は瞬く間に破壊されてゆく。

 疲弊した男へと擲たれる理不尽な攻勢、けれども一度たりとも直撃の手応えは得られず、黒衣ばかりを掠めていくのみ。

 道化師の狂喜乱舞は続き、男は更に増す手数をいなしていく。弾雨も斯くやといった勢威で際限なく攻撃の密度は増した。

 男が何気無く振るったように見えた手に触手数本が寸断されたのを見て、ますます道化師は加速する。

 反撃を織り混ぜた彼の立ち回りが始まって、広間に戦塵ばかりでなく、異色の血が噴き撒かれた。


 幾度か攻撃の応酬を繰り広げた後、道化師の直近に着地した黒衣の男が、振り払うように向けた手で相手の顔面を掌握する。

 道化師の体が凝然と停止し、次の瞬間には全身を痙攣させた。ゆっくりと放すと、指先に至るまで脱力して前のめりに床に倒れ伏す。

 相手の絶命を見届けた男はその場に頽れて、服の血の滲む箇所に手を当てて小さく苦鳴する。

 顔に貼り付いた汗と返り血の混じる物を手套で無造作に拭い、広間の安全地帯に据えられた椅子の方へと跛行しながら進んだ。

 近くまで寄ると、無傷の様子を見て安堵する。

 白く透き通った肩を摑むと、名を呼びながら揺すった。


『兄……様……?』

『遅くなった』

『……ごめんなさい。わたしが、真姫を殺した』


 男はふと面食らって微かに目を瞠ったが、やがて前に姿勢を倒して少女を立ち上がらせると、正面から抱き竦めた。

 平時は感情の機微が灯らぬ相貌に、少女は若干の困惑を浮かべた。自分を包む血臭の漂う黒衣から、安心する温もりと感触が得られる。

 その背に腕を回した少女も、彼の肩に顔を埋めた。


 男は、短刀を引き抜いた。手中で一旋させて鋒を少女の背中へ、即ち己ごと貫く軌道に定める。

 彼女も悟っているのか、後ろで蠢く兄の兇手にも抗わずにいた。ただ真紅の瞳は、震える兄の肩に視線を注ぐ。


『いいんだ、もう俺たちは逃げなくていい』

『……どうして、兄様が苦しむの』

『お前を幸せにしてやれなかった、愚かな兄を許してくれ。そしてこれから、ずっとその隣にいることも』


 そのとき、少女の髪が完全なる銀に染まった。

 広間へと衝撃波が奔り、彼女を中心とした総てが斥けられる。城塞は内側から爆裂し、男は道化師の死体と共に外へと弾き飛ばされた。

 瓦礫と共に地面に転落し、辛うじて繋いだ意識で頭上を仰いだ。


 城塞の最上階が存在していた高度に、赤い燐光を纏う少女の姿が浮かぶ。

 黒い羽衣と絹の様に薄い黒のドレス、背面の中空には鮮紅に光る円環が据えられている。

 彼女を始点に雲が吹き掃われ、一瞬の青空の後にすべてが黒く染まった。漆黒ではなく、光すら届かない本当の闇で天上が満たされる。

 見慣れた姿が異質な気配を発し、唖然とする男の前で彼女がたおやかな仕草で手を挙げる。

 その挙動に合わせ、荒廃した都市の跡地のみならず、大陸全体、海を越えて別大陸……大地の悉くが赤く光り始めて地鳴りを轟かせた。

 何事か理解できぬままでいると、道化師や周囲にあった死体、まだ交戦を続ける人間たちから青く微光する球体が出現し、少女の手元へと殺到する。生者さえもが倒れて、男以外の生命が枯れていく。


 男が茫然自失とする中、天空から少女が眼前に降り立つ。音もさせずに降下し、ただ穏やかな微笑みを向ける。

 手にしていた魂の集合体は、赤い円環へと吸収され、その背後から更に強い後光を放つ。

 男はの体も薄く赤い光を帯びた。


『響……?』

『ようやく、二人きりだね……兄様』

『違う、お前は誰だ』


 男のその一言に、僅かに口許が引き攣る。

 少女が手を差し向けた途端、再び強大な斥力が発生し、男と一帯に存在する物質を斥けた。直近で受けた彼の姿は、空間と共に歪んだ。

 廃墟の壁に叩き付けられ、地面に倒れたところへ少女はまた歩み寄る。


『兄様、冗談はよくないよ?』

『違う、お前は響じゃない』

『……ああ、そう』


 少女は倒れた男の背に腰かけた。

 傷を圧迫されて呻く彼の頭を撫でながら、天上の闇を見上げて物憂げに微笑む。


『私は伊邪那美……本名はミラルナ』

『本……名……?』

『伊耶那岐、本名は玲哉(れいや)。二人で幼馴染だったの。故郷とは時間の流れの違う世界で、ずっと長く二人でこの世を見てきた』

『……何の、事……だ?』

『そこまでは響も話してないのね。じゃあ、野暮な話だわ』


 男の全身から力が抜けていく。

 頭頂から、あの時と同じように発光体が取り出されようとしていた。彼女に触れた部分から、体と乖離する。

 呻きながら、そちらを睨む。

 妹の顔をした別人が、また艶やかに笑んだ。


『さよなら、かわいい私の子供』


 そこで、男の意識は途絶えた。






  ×       ×       ×





「えっ――?」


 少女は目を覚ました。

 千極の首都火乃聿の天守閣、それが孕む霊園の一画である。以前まで雑草の生い茂る無法地帯であったが、数ヶ月前に起きた事件の犠牲者たるクロガネを弔う際に一斉清掃がされ、今では風が吹き抜け日の光が届く場所となっていた。

 整備された霊園でクロガネなる者の名を刻んだ墓石の前、少女はいつしか眠っていた己の奇怪さに首を傾げながら、そこへ花束を添える。

 曇り無き冬の蒼天よりも深い青みのある碧眼は、手から離れる花との別れを惜しむように眇められた。

 疾風怒濤の勢いで旅路に立ち塞がった困難、その始点まで記憶を遡れば、あの霧の港湾都市が勃然と脳内に立ち上がり、道々に悪行の手を伸ばす首魁が潜む旅籠、その最上階にて構えた長作務衣が鮮明に思い出せる。

 墓石の隣に飾られる傷んだ錫杖は、クロガネが二年前から己が道を改めて進み出してから伴った相棒。遊環は欠けており、長柄は刃を受けた跡もあった。

 少女――ジンナは合掌し、黙祷を捧げる。

 暫しして立つと、黒髪を高い位置で結い上げて迷いを払うかのように頭を横に振った。新調した黒と緑の上着を身に纏い、茶の襟巻きで首もとの防寒装備をを固める。だが、爪先を露出するサンダルのお蔭で、果たして彼女の体感が寒いのか否か判らなくなる風体。

 澄んだ霊園の空気を胸一杯に吸うと、今度は熱い息を長く吐き出す。


 今のは――“初代アキラ”の記憶の断片か。


 カリーナが真相を同盟軍のみならず、全人類に報じたのは、年明けて間もない頃である。

 その一報は、どんな人間であっても驚愕を禁じ得なかった。誰しも信じ、それを常識と弁えてきた世界の(カタチ)が覆ったのだ。

 ここは『出雲島』と呼ばれる隔離された場所であり、神によって左右されるしかない実験体たちの住む(かご)。外界からは神域とされ、しかし実態は単なる神々の支配下によって無意識に自由を剥奪された盲信の徒の築く仮初の世界。

 それらを破壊する為に、規格外な一人の矛剴によって時間軸を跨ぎ、再始動した計画で現状に至っている。


 ジンナがいま目にしたのも一部。

 ユウタの邪氣と己の聖氣で衝突したことに起因し、左手の黒印もあって一時的に感覚が共有され、彼の『隈』の最奥に眠った存在と接続されたのだろう。

 初代ヒビキとの対面までは辿り着けなかったが、それでもジンナもまた彼女の存在した“旧世界”を視ることを可能とした。

 今のは、話に聞いていたもの。

 初代アキラが妹を守るべく全勢力を一人で相手取った末の結果。後に一度は『外』に追放され、それでもなお抵抗して再び帰還した。

 そうして、計画が始められたのである。


 半世紀を要して作られたモノが、いよいよ仕上がろうとしていた。


 年が明けて数週間、いよいよ戦闘開始である。

 冷え込みが厳しくり、差し込む日が磨かれたかの様な鋭さを増していく冬季の洗礼を受け、皆が粛々と待ち構えた戦が到来した。

 未知なる北大陸へ潜入するとは、如何に先手といえども罠などの可能性を考慮すれば、必然的に危うい。それでも迎撃に回れば、敵陣に坐す大将アキラによって、非戦闘員が控える故郷さえもが脅威に晒されてしまう。

 故に、カリーナが採ったのは敵地への侵攻。

 無論、中央大陸とは海で隔たれてしまい、物資補給などが絶望的かと思われたが、北大陸出身の者によれば、食糧及び体力などへの配慮は不要であるとのこと。

 その真意については既に同盟軍総員が承知済みだが、些か信じ難い内容である。然れど、あちらは神聖なる領域、夢見物語、法螺と謂われる超常の現象すら、太陽が出ればそこに光が差すと同義である当然の理らしい。


 ともあれ、自身らが縛られた世界の上で成り立っていると識った兵の士気は高まり、打倒神族への気勢は昂り続け、留まる処を知らぬ激化の傾向を見せた。

 拘束した上で、これまで起きた災厄……恐らくアキラの計画が開始される前にもあった第一次大陸同盟戦争も、神族が戦況などを観察し、外界での統治する地域での差配の判断材料とする為である。

 これまで憎悪のみの戦役が繰り返された歴史が、神の作為的な試行実験であったと判れば、これまでの犠牲などを鑑みても感情の矛先が束ねられる先など知れていた。

 ジンナは彼らの意思に背を押され、最前線で戦う事になる。身に余る大役であり、重責が心の圧を凄まじい物へと変えた。もはや気軽に道草を食む動物の旅にはいかない。

 この半年余で、ジンナの背中を押して死んだ者の顔が浮かんで退路を塞ぐ。苦には思わず、けれどもそれが左腕から、更に肉体の死滅範囲を広げていく。

 だから――これで最後にする。


「……ヴェシュ、飜、呀屡、仁義(ひとよし)師匠。……これで、終わりにするね」


 左腕に氣を巡らせる。

 神経を復活させ、萎えていた筋肉を死滅前まで再生した。神の一端の力が為せる不条理を使い(こな)したからこそ可能な芸当。

 自滅覚悟で戦線に立つ心構えは、もう既に固まった。この旅の(はて)が終着点なのだとしても、『院』を出発した時点で納得している。

 先月からもやや増えた死斑を隠すように左手へと長手套を填めた。軍全体には秘匿しており、それが後の憂いの種になるかは判じられないが、露見するのならば、それは然るべき時であり致し方無いと弁えている。

 墓石に一礼して去ろうと体を巡らせた。


「彼は其処にはいないのに」


 自分以外にいない筈の霊園に透き通る一声。

 驚いて声のした方へと視線を向けると、初夏の萌える森林に(ちか)しい鮮やかな緑を帯びる長髪の少女がいた。

 彼女もまた、ジンナの視線を受けて些か驚いた面持ちである。枯木の梢に腰掛け、宙に裸足を揺らして遊んでいた。

 襦袢に赤袴の出で立ちであり、寒風吹き抜ける霊園の中でも平然とする。同色の瞳は烏のように無邪気な悪戯心を宿していた。


「おや、私が見えるのかい?見えるんだね」

「だ、誰ですか?」

「や、英雄さん」


 奇妙な存在からの挨拶に当惑する。

 ジンナは一礼しながら、そちらに体の正面を向けた。視界の一点だけに夏が芽吹いたような錯覚を覚え、刹那の忘我を誘う。

 左手に奔った痺れに似た痛みが意識を引き戻す。相手に見とれていた事実を誤魔化そうと後頭部を掻き、笑いながら声をかけた。


「わっせはジンナ。――貴方は?」

「んー……まあ、『イセイジン』かな」

「変わった名前ですね」

「種族名なんだけどな……」


 苦笑する彼女は、梢から墓石の上に飛び降りた。その行為が死者に対する侮辱に感じ、ジンナは顔を顰める。

 飄々と降り立ったイセイジンは、その僅かな感情の機微を看取って、片目を瞑りながら舌を出す。まるで悪びれの無い様子だった。

 聞き及んだ覚えのない種族名『イセイジン』には死者を弔う習慣がないのかもしれない。墓標を建てて死後も相手に敬意を払う文化が無いのならば、価値観の相違として片付く。

 しかし、死者に名を刻んだ上で、そこに花を添える者の行動から事を察せられないのか。


「ごめんごめん!だって、此所に()は居ないからさ」

「……何の事か訊きたいけど、取り敢えずそこを退いて」


 ジンナの剣幕を感じ、その場を退いた。

 それでも反省の色は全く無く、降りる際も墓石を踏み台に飄然と飛び上がる。邪気が無いからこそ、筆舌に尽くし難い苛立ちが胸中に湧く。

 イセイジンは下草に裸足で降りて、その感触に快感とも不快感ともいえぬ矯声を上げる。

 依然として冷たい眼差しのジンナにも態度を変えず、隣へと軽い足取りで並び立った。


「初めましてジンナ。私は()()()()()()()()()()()だよ」


 ジンナにとって――

 どこまでも、気に食わない人間だった。







読んで頂き、誠に有り難うございます。


空気が急激に乾燥してきたので、最近は手がカッサカサになってきました。次いでに隣の家にもカッサカサが出てきた模様です。

怖いですね……奴ら、神出鬼没なので。

皆様のお宅にも出ない事を祈ります。


……珍しく話にオチが付けられたかな……と思います。


次回も宜しくお願い致します。

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