プロローグ
プロローグです。
暗闇との格闘を終え、少年は帰還した。
先生と川で身を清めた後に就寝し、森に曙光が差し込むよりも早く起きた。短い睡眠時間といえど、二人は特段疲労はない。そういう体質なのであり、これが異常とは全く自覚していない。
朝の歩み寄る音を聞くように瞑目し、屋外にて体を解す体操を済ませる。
入念に繰り返し、その動作を留まった虫が飛び立たぬくらいに、ゆっくりと焦らず行う。
小屋では先生が朝餉の用意をしている。食器の音は聞こえないが、鼻先に漂ってくる臭いが空腹を誘った。
体の凝りを完全に解消した少年は、急ぎ足でそちらに向かう。質素な料理といえど、毎日先生が供する食事は舌を満足させた。
量ばかりは育ち盛りとあって、摂取量もかなり要する。その配慮についても、先生は一日たりとて欠かさないし、後刻の修練を阻害せぬ程度の量以上は出さない。
二人は食事を終え、食器などを片付けた。
その間、少年は昨日の話の続編――否、完結編とさえいえる終盤が聞ける。何度聞いても彼が胸躍らせる理由の、最も大きな部分を擁するからだ。
先生はその意中を察してか、時折呆れたような、どこか嬉しそうな微笑を浮かべる。少年はずっと、彼の屈託の無い笑顔を見たことがない。
囲炉裏のそばに再び座った二人が向き直る。
先生は水で浸した椀を前の床に置き、一度だけ窓の外を見遣った。風に揺れて闇の中に騒立つ枝葉が幽かに艶を帯びる。そこに少しずつ光の手が伸び始めたのだ。
森に黎明の光が届く。
先生は椀の中身をすべて飲み干した。
「誰に幸せになって欲しい?」
唐突に先生が問う。
虚を衝かれた少年は、慌てながら応えた。
「それは、みんなです。物語の登場人物」
「神族も?」
「……はい」
するとまた、先生はあの時と同様に微笑む。
正誤の判断が付かぬ質問に思えたが、彼の癪に障る回答だったかと憂慮した。少年は正座した己の膝の上に置いた拳を見詰める。
漸う経ってから、先生が襷を緩めた。
布擦れ音に気付いて、少年はちらりと窺う。
「そうか、優しい子だな」
「…………」
先生は襷をそのまま懐中に押し込んだ。
「では、話そうか。これは終わりの物語、人が神を淘汰する時代に、その在り方を問われた奇妙な少年の話だ――――」
皆様にお楽しみ頂けるよう、努力致します。
次回から第三部本編スタートです。
次回も宜しくお願い致します。




