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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
二章:ティルと黒塗りの刃
28/302

シュゲン救出作戦

更新しました!

朝方からぶっ続けです!




 シュゲンは地下牢獄で静かに床に寝ていた。老衰と共に病弱となっていく体は、次第に近付く死期を悟らせる。あと自分の命がいつまであるのか。それを数える日常だった。

 仕事を済まし帰還する部下を息子のように労り、それを祝福する。いつしか、家族のようになっていた。何故、自分がそうしようとしたのかわからない。だが、いつの間にか一人ひとりが大切な人間となっていた。一人欠ける度に、随分と昔、この生業を始めてから枯れた筈の涙が溢れる。

 そんな風になったのは──そう、確かあの時だ。


『わしはこれから、この子を連れて隠居する』


『は?』


 久々に現れた知人を前に、間の抜けた声を上げた。外に出回っていた仲間を全滅させてみせた化け物を前に、恐怖すら忘れて呆れてしまった。腕に抱えた赤子を布に包んで、硝子物を扱うような優しさで扱っている。それが数十年前に、仲間を切り伏せてみせた敵とは思えない。

 理解の追い付かない思考で必死に彼の言葉を嚥下した。


 相手は血の付着した刀身を払い、紫檀の鞘へと納刀する。片手で刹那の内にその作業を並行して行ってみせた相手の手練を見て、シュゲンは益々理解が及ばないものと判断した。既に名のある刺客として、裏の世界に膾炙する彼が子供を慈しむなど、想像すら出来ない。

 幻覚ではないかと思ってしまう。だが、その琥珀色の瞳には尋常ならざる覚悟が秘められていた。それを察して、シュゲンも信じざるを得なかった。


『まさか、子供?』


『……いいや、違う。だが、わしが育てなくてはならない』


『どうして?』


『わしはこの子に、償わなくてはならない。愛情を注いで育てるつもりだ』


 まだこの世に生を授かって短い命に、一体どんな贖罪をしなくてはならないのか。彼の事情は判らない。だが、それでも人殺しの人間に愛情などあるものなのか。



 それを識りたくて、部下の事を想うようにした。一人に対する認識などを変え、接する内に胸の中で育まれる温かい感情を理解した。傷を負って生還すれば心配し、死別の時は悲泣の涙を流した。相手を大事に想う──それが『愛情』なのだと。

 あの化け物に影響を受けて、部下を愛する貴さを教えられた。本当なら、暗殺者など止めて貰いたい程である。


 今は失う事が恐ろしい彼等を、シュゲンは自身の所為で危機に陥ろうとしている事が悔しかった。悩んだ末に、部下は自分を救いにやって来る。指名手配者の娘の捕縛よりも、こちらを優先して。自分の言葉に背馳しないよう戦う筈だ。


 シュゲンは祈った。


 どうか、彼等が無事であるように──と。





    ×      ×      ×




 領主の館の警護は強固である。

 建物を取り囲む一丈の壁に囲われ、縁には円錐形の鋼が稠密に並んでいる。昔に暗殺を恐れた領主が侵入に備えた物である。無論、これは現存しており、現代の領主やその家族を守っている。

 そして玄関の脇に立つ兵士。守衛を務める人間の腕前は、上級と評されるLv.5の冒険者と同等だ。容易に侵入できる筈もなく、更には館の中にも兵士が警護に勤しんでいる。仮に押し通れても、領主まで辿り着けるはずもない。

 現在、領主が不在であってもその防御力は健在であった。



「よし、入るぞ」


 その兵士を事も無げに沈黙させてみせたヴァレンは、ユウタと数人を連れて玄関を静かに開ける。敷地内に入ると高速で肉薄し、二人を瞬く間に斃した。ユウタも驚嘆に目を見開いたが、仲間の冷静さを見るに、自分以外の人間は彼の実力を解している。そして、先行を任せられる信頼の理由も納得した。


 館の中に灯りはなく、薄暗い屋内に窓から月光だけが柔らかく廊下を照らしている。周囲を見回し、人の気配が無いと確認するとゆっくりと入った。続けて隙間から身を滑らせたユウタが彼の隣に立つ。

 不気味なほど静かな館内に、ユウタは気配感知を始める。範囲は限られているが、接近する影を捕捉できるなら是非もない。大気中の氣から伝わる人間の音や臭いで、敵の数や位置を特定する技。今持ちうる力を最大限に引き出し、速やかにシュゲン救出と領主の息子ビバイの暗殺を済ませる。

 ヴァレンが小声で話し掛ける。研ぎ澄ました感覚で探るユウタの反応を待つ。


「どうだ?」


「確認可能な範囲内でなら。一階に六人。二階は八人。三階では一室の前に数名群がっています」


「数名?何故そこだけ曖昧なんだ」


「すみません、僕の感知の境界線を往来する者がいるので、数が常に変化しています」


「了解した。最低数がそれだと弁え、切りかかるぞ。俺と小僧がシュゲン爺さんの救出、その他は領主の坊っちゃんにお灸を据えてやれ」


 ヴァレンの指示と共に、廊下の闇に溶け込んで走る精鋭たち。彼によって選ばれた強者は、その凶刃に新鮮な血を求めて上に向かう。その背は狡猾な狩りを展開する狼のようであった。


「シュゲンさんは、何処に居るでしょうか」


「恐らく、館の奥側にある地下牢獄だ」


「内部構造を把握しているんですか?」


「過去の記録を漁っただけだ。シュゲン爺さんが現役で、小僧の師匠に撃退された時のな」


 皮肉を言う彼に苦笑した。あの時、敵として交えた二人の弟子がいま、結託して救出を行おうとしている。恐らくは師も想像しなかった未来だろうと、ユウタは笑った。

 シュゲンはきっと、師と交流あった数少ない人間の一人だ。ユウタにとっては貴重な人間である。


 左へ続く通路を進み、ユウタの気配感知を頼りに二人は地下牢獄を目指す。氣術による認識能力の拡大は、全方位に対応している。故に、壁などの遮蔽物がある場所だろうと、万物に流れる氣を読み取る事ができる。氣術師となれば、流動のパターンで個人の判別まで可能だ。ユウタもその位階にまで技術があるからこそ、以前の邂逅で記憶したシュゲンの氣を探せる。

 ヴァレンは氣の操作で注意が疎かになっているだろうと思い、ユウタに接近する敵を排除する体勢で構えていた。彼の武器は鋼鉄の籠手、手の甲を守る部位から突出した鋼の爪。先程はこれによる早業で門衛を死人にした。彼はシュゲンの弟子の中でも特に秀逸した存在とされ、組織内でも尊敬を集めている。実力の高さは、先生であるシュゲンへの親愛。だからこそ、今回の救出にも全力で挑む所存だ。


 長い廊下を直進し、右折する前でユウタが壁に身を寄せた。それに倣ってヴァレンが隠れると、ユウタが角の先を指差した後に三本の指を立てる。──この一階を守護する兵士が三名いる、というジェスチャーだった。

 ヴァレンは黙って頷く。

 ユウタは小さく息を吸って、音もなく床を蹴った。ヴァレンが続き、少年の背を追う。

 飛び出したタイミングは、守衛の目線がすべてこちらに向いていない時だった。その瞬間を狙って躍り出た二人は、左右へと別れて兵士へと迫る。相手が痛みの声を、武器の音を立てる前に切る。

 ユウタは剣を携えた二人の間を飛ぶ。ただ通過したように見えるが、彼が着地するのを合図に二つの鉄兜が血の糸を引いて床に転がる。かちりと仕込みを納める音が鳴った。

 ヴァレンは兜の目元に爪を突き刺す。断末魔の叫びを上げぬように、片手の爪で下顎を切り落とした。口元から鮮血が滝の如くに流れ、守衛の銀の鎧を汚す。爪で刺したまま、床へと静かに横たえた。

 ヴァレンはユウタを確認する。返り血のない綺麗な姿を見て、本人に自覚のない真実を了解した。ユウタの業は、錬磨された刺客の業である。音もなく肉薄し、返り血を浴びぬように敵を切る判断と切り方。紛うことなき暗殺者の手際だ。頼もしさよりも、やはりヴァレンの胸中にある感情は恐怖だった。


 ユウタの先導に従って進む内に、一室に辿り着いた。用心深くドアに耳を当てて室内の気配を探り、無人である事を認めてドアノブを捻る。

 開けてみると、そこは骨董品が並べられていた。棚にも装飾の入った優美な品々が顔を揃えている。ヴァレンは地下牢獄への階段を目指していた筈なのに、此所に立ち寄ったユウタの気を疑った。内部構造を大方事前に把握した自分の記憶が正しければ、階段は別の場所にあったのだ。

 ユウタ室内を見渡した後、今度は屈み込んで床を調べる。手で触れて、自分の掌を眺めた。その後も、床に落とした物を暗中で必死に探すように足下に手を這わせると、急に動きを止めた。

 先程から挙動不審な彼を、ヴァレンが肩を掴んで引き止めようとすると、岩同士が衝突したかのような重い音がなる。ユウタが手を前方に滑らせた。


「おい……何して……」


 言おうとして言葉を飲んだ。

 ユウタが手を動かすと、それに比例して床に隙間が生まれていく。そこから覗く階段が現れた光景に愕然として言葉を失った。

 ユウタは立ち上がると、手を擦り合わせた。


「おい、小僧。隠し階段があると、何故わかった」


「いえ、ただシュゲンさんの気配を捉え、彼の場所からの空気の流れを探ったところ、この一室の直下に蟠っていました。ですから、此所に隠された通路でもあるのかと探りました」


「空気の流れ?地下なんて密閉状態だろう」


「僅かに流れています。澱んでいるように多方向へゆっくりですので、壁に跳ね返ったり角で捻じ曲がった場所を特定したんです」


「そこら辺の感覚は解らん。だが、床の階段自体は暴きようがないだろう」


「はい。ですから、まず周囲を見たところ、骨董品は埃が覆っていて生活感がありませんでした。なので、床も埃を被っている筈だと。シュゲンさんが捕らえられてまだ長く時間も経過していないでしょうし、人の歩いた部分に埃は無いだろうと考えて手探りに」


「この暗さじゃ、壺の埃なんざ見えん。どんな目してんだ」


 ユウタの耳目の敏さに呆れながら、階段へと足を入れる。地下は夏の湿気が籠るため、すぐに爪先で空気が変わるのを感じた。ヴァレンは歩を進める。ユウタも物音を立てないよう細心の注意を払いながら段差を踏んだ。壁に等間隔で固定された龕灯(がんどう)で、視界は悪くなかった。

 ユウタが彼の背を押した。蹌踉(よろ)めいて倒れそうになった体を、慌てて壁に手を付いて堪える。姿勢が落ち着いた事に安堵し、ヴァレンは背後のユウタを睨んだ。可笑しそうに笑うユウタの口を塞ぐが、彼はその手を払った。


「地下に監守はいません。早くシュゲンさんの下へ行ってあげて下さい」


「いや……だが、小僧は?」


「僕は万が一の事態を考えて、帰路が塞がれぬように入口で待っています」


 ユウタは来た道を戻った。

 その背を見送ったヴァレンは含羞に後頭部を掻いて、階段を駆け降りる。彼はシュゲンとの再会に水を差さないよう、と余計に気遣ったのだった。

 既に残りが僅かであった段差を飛び越えた。

 着地すると、そこは一本の通路の路肩に牢が整然と並んでいる。監守用の机や椅子もあった。

 ヴァレンの姿を見て、牢に捕らえられた人間達が鉄柵に縋り付く。間から手を伸ばし、救済を乞う姿にも無関心で、シュゲンの姿を探した。ユウタが入口を守っているのだから、敵が来る心配はない。だと言うのに、焦ってしまう。仮面を外して血眼になった。


 ヴァレンは一つの牢で足を止めた。

 中には、壁に凭れながら座り、瞑目している老人が居た。


「爺さん!」


「……ヴァレン」


 呼び声に弱々しく答えたシュゲンが立ち上がって、中から彼に近付いた。再会を歓喜する弟子に微笑する。しかし、ヴァレンが慌てて牢の鉄柵を見回す。鍵穴を見付け、彼は顔を蒼白にした。


「しまった……鍵がねぇ!」


「お前らしくない失敗だな。だが案ずるな」


 シュゲンが鉄柵を内側から押すと、抵抗なく開いた。唖然とするヴァレンにひらひらと手を振って、悠々と牢から脱出する。

 彼は弟子の頭頂に手を置いて、その髪を掻き乱す。


「このシュゲン、戦闘はもう無理だが、まだまだ健在。ボクを甘く見るなよ、この愛弟子め」


「ったく、冷やかすなよ爺さん」





   ×      ×      ×




 一階の入口で待機していたユウタは、上階の索敵をしていた。この部屋は館の中間辺りにある。これなら内部の様子をある程度は調べられるだろう。ビバイ暗殺に繰り出した味方の様子が知りたい。

 静かに氣で気配を手繰り、三階の状況を見た。


「……?」


 静かだった。

 人の気配も何もしない。守衛と思しき死体が複数転がっているが、それ以外にも何かある。恐らく【猟犬】に恥じぬ実力で標的といま接触しているのかもしれない。或いは、既に任務を完了して外で待っているとも考えられる。

 だが、より詳細を知ろうと氣の操作に集中して、ユウタは凍りついた。


「小僧、戻ったぜ」


 ヴァレンが地下からシュゲンを背負って戻った。

 シュゲンはユウタが居る事に驚愕して、わなわなと震えている。自分でも解らない感動に涙を流し、ヴァレンの背で小さく嗚咽を漏らす。服が濡れると嫌がる彼の声は届いていない。


 ユウタは振り返らず、押し黙っていた。ヴァレンが少年の肩を叩くと、酷く驚いてこちらを見た。まるで先程まで気付いていなかったような顔である。訝ったヴァレンが質問した。


「何かあったのか?」


 彼の言葉に、口を漸く開いた。


「三階で……仲間が全滅しました」


「はぁ!?んな訳が…」


「僕だって信じられません。ですが、守衛と彼等の死体が転がって・・・いや、()()()()()()()()()


「まさか」


 ヴァレンはユウタの言葉の真意を知って、戦慄いた。自身が召集した【猟犬】の少数精鋭隊が、全員返り討ちにあったのだ。その情報が未だユウタの錯覚であって欲しいと思った。

 シュゲンだけは沈痛な顔で、事の詳細を把握しているようである。


「やはりか……」


「爺さん、やはりって何だよ」


「すぐに退散しろ、でなければ死ぬぞ」


 シュゲンの警告に、ユウタ達は身を震わせる。敵の正体が何であるかを知る彼が言うのだから、余程の事に違いない。この場に居る人間では太刀打ちできないと彼が判断した、何者か。

 ユウタはドアを開ける。自分が先に廊下へ出て、左右を確認するとシュゲンを担いだ彼を出るように催促する。

 全員が退室すると、ユウタは一番近くの窓を開けた。丁度、正門が見える場所だ。


「ここから逃げます!」


「だが小僧、奴の傀儡を巻くことができるか!?」


「追手や障害物は僕が切ります!さあ、早く!」


 ユウタは仕込み杖を左手に、先に飛び降りた。ヴァレンが後に続き、地面に着地するとその背を急かすように押す。

 正門を通過したところで、ユウタは振り返りざまに突き上げるように仕込みを抜いた。先を走っていたヴァレン達の足下に折れた矢が落ちる。


「小僧!」


「行って下さい!」


 ユウタの叱咤する声に、歯噛みしながら敷地内を出て駆け抜けていく。遠くなる背を肩越しに見ながら、鞘に刀を納める。

 館の三階を睨め上げ、低く構えた。

 上階の窓から、三人の影が飛び降りる。


 深緑のローブに弓矢を使う人間。

 赤いのローブに短剣を持つ人間。

 青色のローブに戦槍を振る人間。


 異色の三人に、ユウタは一人立ちはだかる。


「ねぇ、見て。私の好みだよ」


 深緑のローブがそう言った。


「あんなの婿にするの許さねぇぞ」


 赤いローブが怒鳴る。


「集中しろ、あれは敵だ。捕らえるなり自由にしろ」


 青色のローブが二人を諫める。


 ユウタは三人の武具を見て焦る。近距離は短剣、中距離は戦槍、長距離からの射撃。武器を見るなり、三人は連携の取れたチームだと判る。だとすると、弓矢使いは仲間に対する誤射が無いと絶対的な自信を持っているのだろう。

 だとすると、多勢に無勢。隙を見て、この場を脱する事は困難である。やはり、時間稼ぎではなく、本気で切り倒すしかない。


 仕込みの柄に手をかけて、ユウタは気を引き締めた。





















今回アクセスして頂き、誠にありがとうございます!

これからも楽しんで頂けるよう精進しますので、どうぞよろしくお願いします!

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