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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
二章:ティルと黒塗りの刃
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ティルの大切なモノ

更新しました!



 領主の息子──ビバイは、【猟犬】の親方を地下牢獄に拘束していた。親方と【猟犬】の面子は父子のような固い絆で結ばれた関係である。あの暗殺者集団を制御するには、効果的な人質だ。

 【猟犬】はその業で西の国に名を轟かせ、時に国から敵視された事があるほどの実力がある。現に、地下に捕らえたシュゲンという男は、国直属の騎士団の長を務めた人間を過去に暗殺している。他にも現役で名だたる殺人者を抱えている。

 幾らあの娘が強者の護衛を雇おうとも、必ず捕らえてくるだろう。


 ビバイは、あの娘の美貌が忘れられなかった。自分はどんな女も振り向かせて来た。だが、あの娘だけは自分を拒んで見せた。初めてである──手に入らない人間と出会ったのは。

 あの娘さえ手に入れれば、何も要らない。


 しかし、【猟犬】が寝返る可能性がある。実際、祖父の代で雇った人間も、任務中に裏切った記録がある。確実な信用の下で使役し、己の任務を遂行する人間が必要不可欠。

 今回は遠征に出た父の伝を頼りに、達人を守衛として既に配置している。過去の友好関係らしく、厚意でその息子たる自分を守る事に躊躇いを持たなかったそうだ。これで一先ず安心である。


 あとは、娘の到着を待つだけ──。





    ×     ×     ×



「ごめんよ、ミミナ」


「ふんッ!お兄ちゃんなんて知らない!」


 半ば懇願するようにミミナに跪いて、額の辺りで合唱して謝る。彼女の機嫌は、一向に直る気がしない。その光景を見ながら、ムスビとガフマンは意地悪な笑みを浮かべ、時折あらぬ事を言ってはミミナの怒りを助長させた。

 ギルドにガフマン達が帰還し、依頼の失敗とその経緯について語ると、ミミナが激怒した。当然、この事態を予測していたティルは大人しく彼女の説教を数時間も受け、機嫌取りに必死となっている。

 ムスビはミミナの憤懣を露にし、兄を叱り付ける彼女の姿を見て、昨晩帰宅したユウタを叱責するティルの姿が重なった。どうやら、兄妹は似通った性質があるらしい。


 ムスビは溜め息をついた。ガフマンの奢りで、ギルドで夕飯を食している最中である。肉を豪快に頬張るガフマンとは違い、昼の様子からは嘘だと思わせる食欲の無さであった。実際にユウタがこの場にいれば、怪奇現象を目の当たりにした人間のように目を疑っただろう。


「どうした、娘。恋人が心配か?」


「何かとあたし達を結ぼうとするのやめて。いや、アイツがシュゲンとやらを救うのに、足引っ張ってないか気になってるだけ」


 ガフマンは見透かしたように笑い、それ以上を言及しなかった。素直ではないところが愛らしい。

 ムスビは机の中心に置かれた麻の袋を見つめる。今回の報酬は失敗ではあったが、【冒険者殺し】を撃退した功績もあり、本来の報酬の半分を手にいれたい。中には二人には少し多いと思われる報酬金額が入っている。これを使用するには、チームでの分配が必要である故に、彼女は手を付けずに指導役のガフマンが管理していた。


 シュゲンが捕らえられたと聞いて、ユウタは協力を惜しまなかった。自分が招いた事態だというのに、彼に庇われてしまっている。しかし、現状は余計な動きをしない事こそ、ムスビに出来る精一杯であった。罪悪感に苛まれ、ただユウタが無事に帰還するのを切望する。


「あー、もう。早く帰ってきなよ」


 一人呟いたムスビの隣に、意気消沈したティルが座る。その顔に絶望を浮かべ、机を見ていた。


「どうしたの、あんた」


「妹にお兄ちゃん大嫌いって」


「仕方ない。でも、それってあんたを想ってる証拠なんだから、前向きに考えなさい」


 ムスビの言葉に、潤んだ瞳を向けて唇を噛み締めている。体中に包帯で巻いた彼の姿は痛々しく、【冒険者殺し】との戦闘で如何に追い詰められていたかを、そして同時にその勇気を物語っていた。【冒険者殺し】の刺剣は、ユウタとの戦闘を一番近くで静観していたムスビには判る。並々ならぬ覚悟で挑み、炭鉱で護衛を務めるだけの彼は、相手からすれば拙いと揶揄されるその技量を以て難敵を凌いだ。


「ああ、俺は明日死のうかな」


「どんだけショック受けてんの」


 ティルは床に伏せて沈黙した。

 職場の為とはいえ、命を擲った討伐に乗り出す彼は異常である。己を最優先に考えぬ自己犠牲は、度が過ぎていた。ムスビには考えられない。


「ねぇ、あんたは何で【冒険者殺し】と戦ったの?」


「え?」


 唐突な問いに、ティルは首を傾げた。それはまるで、ムスビが然るべき常識を弁えていないかのような、当たり前の事を問われて困惑しているといった様子である。


「俺を求めてくれる場所だから」


 戸惑いの声を上げてから、すぐ答える。


「あんたを求めてくれる場所なら、他にも沢山ある。そこに拘り過ぎると、今日みたいにいつか身を滅ぼすかもしれない」


「構わないよ。それで救われる人がいるなら」


 澱みなく答える彼に、ムスビは黄金色の頭髪を引っ張る。強引に引き寄せられたティルは意味が解らず、痛みを必死に堪えながら彼女を見た。眉間と鼻の頭にしわを寄せて睨んでいる。


「あんたを心配するミミナと、あんたをこき使う連中・・・どっちの為に命を使える?」


「それは…」


 当然、家族のミミナである。この世で残された唯一無二の希望。妹の為ならば、自分一人を生け贄にする事だって容易い。代償として払うものは、他人でだって構わないのだ。今回は彼女にも【冒険者殺し】の脅威が届くと思ったからこそ、その退治を敢行したのだ。

 ムスビが諭す口調でティルに囁いた。


「いい?ミミナがあんなに怒って心配する理由。それは、あんたが大切だからよ。死なれちゃ困る、だから自殺みたいな真似したあんたを叱ったの。

 それに、言ってたわよね。ミミナに人殺しはして欲しくない、って」


「……俺は……」


 ムスビは家族を殺された悔しさを知っている。それがどれだけ、後の人生を憎悪に染めたことか。その感情が、一番何が大切か考えさせる事を放棄させ、自暴自棄になる。己に対して盲目になることこそ、最も危険な状態なのだ。ユウタやガフマンに教えられるまで、全く気付かなかった。

 仮に、彼らに会う事なく、別の形で彼等と相対していたとする。その時、自分は冷静でいられるか?否──迷わずに敵へ殴りかかっただろう。その勝敗の結果がどちらに転ぼうと、自分にとって大切な者が望んでいるモノとは大きく違う。そしてきっと、その行動を延々と後悔する。

 ユウタが見せた右腕の正体。それを語る彼の苦しい表情。

 ムスビには、大きな火傷に思われた。ユウタの罪悪感や自責が火となって彼を焼いた痕のようで、痛々しかった。ユウタは師の言葉を一切疑わず、いつか呪いではなく愛であると解ると信じている。<印>を憎む彼女が、それを見れば敵だと認識して襲われる事すら畏れず、自分を止める為に烙印の右腕を露出した。

 憎まれ口も叩くし、恨み言も言った。だが、そんな自分を救ってくれた彼は、紛れもなくムスビを想っていてくれているからだ。本人に聞いても、きっとそんな返答はない。だが、ムスビは彼の行動から感じ取ったのである。

 誰かが大切に想ってくれている。それを自覚しない限り、人は本当の意味で道を見失っているだろう。


「お分かり?あんたがすべきなのは、ミミナを安心させること。勇気ある行動なんて望んじゃいない。あたしからすれば、蛮勇よ。

 自分を想う人の為にも、強く生きなきゃ。そう考えたら、命を危機に晒すことはしないでしょ」


「…………そうだな」


 ムスビが満足げに頷く。先程までの自分とは違う、と誇っているかのように胸を張る姿にガフマンは苦笑した。まだ出会って初日だというのに、成長を見せてくれる。

 ガフマンは机の横にある酒樽の蓋を開け、三つのコップに注いだ。ムスビはその様子を嫌そうに目を細めて見詰める。この西の国では齢一五が成人とされ飲酒が容認されるが、飲んだ経験がない彼女からすれば未知の液体。加えて、夜明けに晩酌を終えて出た男が町中で立てる臭いが嫌いである。


「さ、娘よ!些か早いが初依頼終了を祝って乾杯だ!」


「あたし、多分飲めないから」


 遠慮する彼女に押し付ける。

 渋々といった様子で受け取ったムスビの横で、ティルは受付で働くミミナの姿を観察していた。冒険者達の他愛ない話にも受け答えを確りして、受付嬢の手伝いも怠らない。彼女が働き始めた理由を知っている。それは、貧乏な生活を少しでも和らげる為に身を粉にする兄を助ける。

 そんな彼女を、自分は独りにしようとしていた。きっと、自分の死の報せを聞いて、誰よりも悲しむのは彼女だ。


「ごめんな、ミミナ」


 彼女には聞こえない。だが、自然と口から溢れた謝罪だった。これからは、己の行動に責任感を持たなくてはならない。


「おい、聞いたか?」


 ふと、近くで会話をしていた冒険者の談笑が耳に入った。特に気になる内容でも無いのに、関心が引き付けられる。


「領主の息子が、凄まじい戦士を館に招いたって話だぜ?」


「何でだ?」


「さぁな。祖父の代みたいに、また何かやらかして怖くなって、護衛として雇ったんじゃねぇの?」


 大笑する彼等。ティルは背筋が凍った。

 領主の息子が、戦士を雇った。恐らく理由は、【猟犬】の裏切りを想定し、その為の盾を用意したということ。ムスビから事情を聞いているからこそ、冒険者の解らぬ領主の息子の魂胆が読めた。


「……まずい、ユウタが!」


「んぇ?アイツがどうひたってのよぉ」


 大声を出したティル。一杯だけで酔い潰れそうになっているムスビが、朧気な意識で彼に振り向いた。








   ×      ×      ×




 日が落ち、人の波が引き始める夕刻。

 屋根の上からユウタは、その景色を俯瞰している。確か自分がシェイサイトに到着したのも、この時間帯だったと感慨に浸っていた。

 これから領主の館へ侵入し、シュゲンの救出を敢行する。ユウタがムスビと共に【猟犬】のアジトから帰ったその数時間後に、護衛を引き連れた領主の息子に身柄を拘束された。何としても取り返さなくてはならない。ムスビを匿った所為でそうなったのだから。

 その為には、弊害となるものを速やかに倒す武器が要る。最も手に馴染んだ仕込みの杖を膝の上に置いて、瞑目して耳を澄ませた。

 風の音、町の喧騒の雑音の中でも、無心を保ち精神を落ち着かせる。そして、これから来る仲間の到着する足音を聞いて振り返った。


「よう、小僧。待たせたな」


 ヴァレンは手を振りながら、四人の同僚を引き連れて現れる。黒衣に髑髏の仮面をした集団を見てユウタは、なるほど夜に彼等が畏れられる所以を納得した。彼等はまさしく死神の様相を呈している。逆に、味方となると心強いのがユウタの救いである。

 立ち上がって彼らに目礼すると、全員が狼狽した。こんな少年を、と不審顔でユウタを眺めた全員に、ヴァレンがちらりと視線を送る。


「お前達、()()()の名に憶えはないか?」


 それを聞いた黒衣の人間は、ヴァレンの意図を察せずに首を捻ったが、少年の持つ紫檀の杖を見て戦いた。「……まさか……」と次々に、目前に立つユウタを眺める。

 勿論、面識はない。それでも過去に全盛期のシュゲンすら圧倒した人間だと聞いている。だがそれは、化け物のような手練れが持つ名であった筈だ。この少年と、一体なんの縁があるのだろうか。

 ヴァレンは緩く首を振って微笑む。

 

「この小僧は、その弟子だよ」


 ユウタは小し気恥ずかしくなり、消え入るような声で「ユウタです」と挨拶した。

 【猟犬】の面子は、一見穏やかそうな少年を疑う。これが、あのアキラの弟子。ヴァレンの紹介や困難な救出に乗り出した決意を後押しする正体を考えると、虚偽では無いのだと判断できる。だが、この年端も行かぬ少年が確固たる自信を持つヴァレンが協力を求める程なのか。


 ヴァレンはユウタの平時と変わらぬ服装を見て、嘆息をついた。


「あのなぁ、もう少し自分を隠す工夫をせんか」


「いえ、見られた瞬間に切ります」


「相手がどんな敵でも?」


「大抵は可能です」


 大胆不敵に断言するユウタの覚悟を見て、【猟犬】は納得する。少年にしては、これから人殺しを犯そうというのに、肝が据わっている。戦場で足枷となるような存在じゃないと認識し、全員はヴァレンへと視線を戻す。


「良いか、諸君。我々の目的はシュゲン爺さんの奪還、及び──」


 その次に紡がれた言葉を聞いて、【猟犬】は屋根の上を俊敏に駆け抜ける。目指すは遠目に眺められる領主の館へ向けて接近した。彼等の後をユウタが追随する。


 “──わしのようにはならないでくれ”


 ずっと解らなかった師の言葉が、ガフマンの思い遣りで理解した。人殺しを望んでいない、きっとムスビに言った通り、師も自分の健やかな成長と安寧を希望した筈だ。

 だが、もう既に手は穢れている。それに、人を切らない限り、自分の未来が切り開けぬ時があると悟ってしまった。だからこそ、せめて己が幸福である為に、後悔がないように、この刃を振るう。



 日が暮れ、更が暗くなり始めた。町に訪れる静寂と、すっかりと消えた人の声。

 夜が来る。


「領主の息子の、暗殺だ」















今朝、起き上がると同時に首を痛めまして。

急に、首傾げた瞬間に「コキャッ!(骨の音)」。激痛が肩から首筋、そして後頭部まで走ったんです。痛すぎて、視界が白くなりました。


え・・・死ぬの・・・?


 勘違いでした。遊びに来た友人の白い靴下に踏まれただけでした。

 悪化しましたね。病院行こうかと思います。



 ・・・次回もよろしくお願いいたします。




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