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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:優太と道行きの麋──下
266/302

不滅の皇都(弐―3)/その解放に彼は笑った

今回、最後ら辺は“??の移植”に関する物が一部判明するので、重要です。


どうぞ。



 黒髪の少女――ステッラは、よく憶えている。

 ある集落で僅かだが時間を共有し、妹として愛してくれた心優しき赤い髪の少年を。

 その人が、謂れ無き罪を背負って追放された事も、克明に思い出せる。

 送り出す時、彼は黒髪になって、自分が赤い髪になっていた事も。


 両親の急逝により、遠縁の血筋が住まう西方は山奥に隠れた集落に身を寄せた。厳かな戒律に従う村民は、外部からの接触を厭う。故に、道中も様々な人間の手を介してようやく到着した。

 その部族は、全く異なる言語体系をしている。

 西国出身であり、まだ日常会話も支障無く行える程度にしか学習の済んでいないステッラとしては、その言語が東西には無く、また嘗ての公用語にも属さないとは知る由もない。

 聞き慣れぬ言葉、文字を通じて理解し合う彼等の環から、当然ながら除外されてしまう。

 大人は外部から招かれたステッラの滞在と交流に難色を示しており、誰一人として近付かなかった。

 学ぼうにも、物を頼む態度や必要な言葉も識らないステッラは途方に暮れ、孤立するにはそう時間を要さず、毎晩を人知れず涙で過ごす。


 そんな彼女に手を差し伸べたのは、赤髪の少年――虹希(コウキ)だった。

 この名は彼自身が作成した偽名の意味を東国に当て、それらしい単語で繋ぎ合わせただけの物。村民の中では、一際目立つ赤い髪をしていた。

 近隣の子供たちを束ね、大人の代わりに教育しており、ステッラもまた彼の手解きを受けて集落に順応していく。

 そこで、“ステッラ”という名は、この部族の言語では“星”の意を指す言葉なのだと知った。


 虹希は集落の中では忌み子(ウィールス)と渾名され、生来の特性に由来する力の影響で避けられていた。

 その少年こそ、現代に生まれた次の『勇者』であり、集落は代々『勇者』を輩出する特殊な血族である。世間には神を信仰する人間から無作為に選ばれて現れるとされており、真実を認知している者は非常に少ない。

 これを秘匿するのは、西国王室と集落のみ。

 西国王室については秘蔵する書庫の最奥にある書物を代々継承する(なら)わしであり、実際に目にする者は王室でも数代に居るか否かという物。

 即ち、実質的には集落しか知り得ず、また他の『賢者』、『聖女』は『勇者』が現れる事で、他に集落の血縁者の中から呼応するかの如く現れる。

 なぜ『勇者』が忌み子とされているかは、大人のみが識る一族が擁した過去の歴史に由来するという。

 一族に関する事情は、成人の年を迎えると親から完全に受け継ぐ事になっている。


 虹希は七色を象徴する力を有しており、その中でも普く燬焼させる“劫火”は、セラの目を惹いた。七色の力を幾度か披露して貰ったが、“赤”に属する『加護』までは見る事は無かった。

 その特異な力に憧れ、少しでも追随する為に虹希の下で魔法や武術を習い、努力を積み重ねる。

 セラを素直に褒め讃え、一人の人間として認めるのもまた、彼しかいなかった。

 だが、同時にセラも悟った。

 子供を受け容れるその彼には理解者がおらず、その存在を忌避する大人のみで環境が構成されているのだ。


『そんなに『勇者』に憧れてんのか?』

『そうさ!ボクはね、虹希兄ちゃんみたく強くなりたい』

『……そうか、そりゃ良いな』


 セラは能う限りの時間を虹希と過ごそうとする。いつか『勇者』として、海峡の南方より、支配の機を窺う魔族への抑止力となる為に集落を出て行くのだ。有限の時間で、本物の家族になろうとさえ思った。

 子供ながらに理解者であろうと努め、彼を慕う者の中では誰よりも親しくなる。

 ステッラはその内――セラという愛称で呼ばれるようになった。呼称の変化、それだけでどれほど親睦が深まったか、幼く多感な頃だったからこそ、ステッラ――否、セラは心底から理解し、嬉しかったのだ。


 そんなある日、虹希はセラを祭壇へと呼んだ。

 集落の側にある鍾乳洞の最奥には、二本の柱が建っており、間の壁面には鎖でそれらに繋がれる女性の姿、その頭上には観音開きの大扉が描かれていた。

 天井には隆起した岩を削り、布を被った複数人の老人と円形の舞台。その中心にもまた、女性が一人跪いた姿が描いてある。

 村民は一月に一度、必ず全員が祈祷を捧げるのが掟。これを一度とて怠れば、集落からの追放は免れず、また“不還(ふかん)の誓い”を立てさせられる。

 また、用も無い場合に立ち入っても掟に抵触するとされた。

 その祭壇に、虹希がセラを立たせる。


『俺達の一族は、異界の民なんだとさ。『御三家』が絶対に生まれるよう血に細工されて、この世界に拘束された』

『ここで生まれたんじゃないの?』

『違うって、母さんが言ってた。

 この壁画の女性は、ここに来た時に一族当主を嗣いだばかりの少女だったらしい。扉は何なのか知らんけど』


 成人していない虹希が何故知っているか。

 その理由としては、『勇者』となって集落を追放されるため、誰よりも早く開示される。尤も、世に流されても支障無い程度なため、断片的な部分もある。

 重ねて、“不語(ふご)の誓い”と呼ばれる秘密に関して口外する行為を本能から禁ずる制約が施される。

 セラは異界と謂われても、それが如何なる空間の広がった場所なのか想像も付かず、ただ相鎚を打つだけだった。

 憧れた『勇者』は、単なる一族にとっての呪縛なのだ。だからこそ、忌み子と呼ばれてしまう。大人にとって、虹希そのものが負の象徴と化していた。


『それでも『勇者』、憧れるか?』

『うーん、じゃなくて虹希兄ちゃんかも。でも『勇者』も……だって、勇ましい者なんだよ、格好良いよね?』


 無邪気なセラに、虹希はその小さな手を取って自身の額へと寄せる。

 触れられた瞬間、体内で二人の境目が消えていく。未知の感覚が擽ったく、身を捩るセラに対して、虹希は真剣な表情だった。

 眉間にセラの手背を付けると、囁くように唱える。


『《我の愛する異端(アミークス)よ、ウィルトスの名に於いて、其方を|第二の“赤”とする》』

『愛する友?第二の赤?』


 当惑するセラの手が赤い微光を帯びる。

 虹希が手を放し、立ち上がった。

 向き直った際、その髪が黒く染まっている事に気付く。鮮やかで頭に炎を点したような色艶は無くなっており、くすんだ灰と黒となっている。

 やや窶れた顔付きの彼は、セラの頭を撫でた。


『セラ、“赤”はな……勇気の色なんだ』

『勇気?』

『お前が真の“赤”を開放した時、きっと判る』


 虹希の目が柔らかい視線を注ぐ。

 セラには、それがいつか親が自分に向けてくれたような愛する者を見る時の目であると思い出す。薄れていく幼少の記憶の中で、それだけは忘れられない。

 虹希の中に、両親の姿を垣間見た。


「血よりも鮮やかで、花よりも華やかで、炎よりも烈しい。……そういう“赤”だ」


 その後、大人達が騒々しくなりながら虹希を連れ去り、それ以来セラは面会すら出来なかった。暫しの時を経て、そんな彼が追放されるとの報を聞いて駆け付けたが、小さな荷物を背負った彼が振り返って朗らかに笑む。

 その時、彼の髪は黒ずんでいたが、その中に美しかった“赤”がまだ幽かに残っているのを見た。


 それから、セラはこの集落出身と素性を改竄される事になり、知らぬ間に自身の髪が赤くなっていたこと、そして自分が『勇者』であると認知した。

 虹希から如何にして力が継承されたかは大人達にも判っておらず、始終セラを見る目は奇異や物の怪を見るかの如きものである。

 それからは魔法と武術の鍛練を継続し、数年を過ぎた頃に迎があって首都に送られた。その後、集落が消えたこと、慕っていた存在と思しき少年兵の活躍を風の噂で耳にしたが、今や幼き日に想いを寄せる暇は無く、後の解放軍やそれらに列なる反政府組織の鎮圧に明け暮れる。


 いつしか血臭を纏い、その鎧兜を鮮紅に燃やすステッラは、『勇者セラ』の通り名として世に膾炙していく事となった。






  ×       ×       ×




 皇都出現より十数分前。


 “――不思議な記憶だった。

 どんな手段か知らないけど、間違いないよね……ボクに『勇者』を譲り渡した少年だ。”



 双剣の嵐と正面から打ち合う。

 剣身が薄く青みを帯びたキノトの得物は、細身であるが故に軽く、太刀筋が捉え難い。

 視野の隅で閃く剣は稲妻の如し。兇器の照り返した光が届いた時、蒼髪を振り揺らす総身から辺りに瀰漫する殺気が刃の形を成して襲う。

 セラは巧みに柄、鍔、剣脊、とあらゆる部分を総動員してまでの防戦を強いられた。

 過去に『勇者』の資格が無いと首都から撥ね付けられた雪辱を胸に叩き上げた技量は、()()に優る勢威である。

 対するセラは、戦場での経験が豊富であり、面食らわせる剣技や速度に直面しても怯まぬ胆力と捌く技術で回避した。

 防戦一方という点のみを除けば、無傷で敵の猛烈な連撃を躱し続けることに誰もが驚嘆する。


 “――じゃあ、結局……ボクも贋物?憧れたボクに対して、虹希兄ちゃんがくれた慈悲なのかもしれない。”


 屋根上で交わされる剣戟の音が町の空を叩く。

 棟瓦の上に立ち、互いに半身のみを向けた状態の戦況だった。

 武具の数は操る者に高い難易度を強いるが、それ故に使い熟せば手数と攻撃力を数段増す。両手の得物を同時に扱うことで生じる問題も解消し、己が指先も同然に使われた剣の猛威に、さしものセラも不安を覚えた。

 相手に双剣の困難が無い以上、両手の剣を封じる為に武器を満足に振るえぬ隘路を作る他に無いと断じ、棟瓦の上に誘導した。

 本物の『勇者』を斃さんと息巻くキノトは、変わらず攻撃を繰り出し続け、棟瓦の上で体を支えながら前進するのに適した姿勢を体が自然と取り、片手の剣のみで攻勢を継続した。彼女の意思は剣先をただセラの不敵な面に叩き込む、その一点に集中することで盲目となっている。

 無論のこと、その戦況を作り出すまでの過程を即座に、そして巧緻に作り上げる術理があるセラだからこそ為せた。劣勢も敢えて受け容れて命の遣り取りに興じるのが本来のセラだが、此度の戦争で敗北は許されない、そして守る為の戦なのだと認識しているからこそ、あのセラにも綿密に事を遂行する冷静な脳を構築し得るのだ。

 何より、如何に困難であっても諦めずにいられる。

 手に握るのは、北大陸から追放された各代の闇人が駆る剣を製作するため、中央大陸から最高の技術があると判定された上で選ばれる鍛治師によって打たれた物――聖剣であった。

 セラの要望に従い、変形機構によって七つの形状と異なる性能を持つ一品。使う者によっては、窮地に立たされようと幾度でも脱出することが適う。

 そう――七つの変形機構。

 これをなぜ熱烈に要望したか、特殊な機能の搭載に好奇心を擽られた故ではない。

 根源に、虹希があったのだ。


 キノトは躱される都度に顔に苛立ちをよく浮かばせた。読み取り易い表情、手先から意図せず滲む焦燥は、己の優勢を崩す枷になる。

 セラ自身は焦らずとも、このまま相手の攻撃を遣り過ごしていくだけで、自ずと劣勢脱出の機は到来するだろう。

 尤も、戦場にこそ無常は付き物であり、僅かな気の緩みて心臓に敵の刃が届くかも分からないからこそ、油断はできない。


 キノトが左の剣で刺突を放った。首を狙う為の最短軌道を描き、手元の動きは微かに揺れただけかと見紛う妙技を揮う。

 音が遅れて鼓膜に伝わるかの様な鋭い突きに、上体を低く屈めて避けると、下から聖剣を持たない左の空手でキノトの手元を摑む。

 唯一、攻撃として機能していた片手を止められて動揺の色を仄かに瞳に見せた。

 セラは摑んだ腕を引いて体勢を前に崩させると、こちらの懐へと頽れたキノトを火炎を纏わせた聖剣で横薙ぎに一閃する。

腕力と(タイミング)、そして太刀筋として申し分無し。装備ごと膾斬りにせんと刃先が銀甲冑に噛み付いた――その瞬間に、炎刃(えんじん)を弾いて大きな氷が発生した。

 炎が無効化され、更に聖剣を難なく防いだ奇妙な力に、セラは衝撃で後ろに踏鞴を踏んだ。そこへ、前傾になっていた上体を捻りながら、キノトがもう一方の剣をセラの顔面へと突き込む。

 不意打ちの連続に狼狽えながら、踏み留まらんとした足の力を急遽後方への跳躍に転換させ、体を反らして間一髪で回避した。前髪を鋭利な光が貫く。

 大きく跳んだ上に姿勢を不安定にさせた不利が重なり、棟瓦の上から滑り落ちる。瓦屋根に聖剣を突き立てて屋根縁から路地への落下を防ぐ。

 屋根から足だけが投げ出された状況で、一先ず安堵の息が口から漏れる。

 あの銀甲冑――セラが所持する三叉槍と同じく魔装の類いだった。攻撃に反応して自動的に頑丈且つ重厚な氷を展開して防御する仕組みである。

 成る程、普段から魔装を用いて敵を薙ぎ伏せていた武勇を誇るセラに対し、尋常な装備で挑む愚者はいない。実力を比較する為、雌雄を決するなどと己の矜持(プライド)に賭けて決闘を申し込んでくる挑戦者としては、よくみられる傾向だったのに失念していた。

  セラが腕の力を振り絞って、体を屋根上に引き上げようと奮発した時、眼前から瓦を蹴って肉薄するキノトを見咎める。


「その首、獲った!!」

「うげっ!」


 セラは多量の氣を流し込んだ聖剣を中心に、盛大な火柱を発生させた。屋根の瓦が内側から沸騰した気泡の如く撥ね上がり、キノトの行く手を阻んだ。

 生命の危機を感じて、目眩ましの積りで放った窮余の一手だったが、些か威力は予想以上となってしまい、二人が足場とした屋根が瓦解する。

 セラは聖剣が抜けて路地に転落し、キノトは屋内へ瓦礫に揉まれながら床に叩きつけられた。

 着地を決めて構えんとした時、ふと腕の関節が言うことを聞かない事に気付いた。視線で探ると肩や肘の部分だけ血色が悪くなっている。

 キノトの放つ冷気に当てられたらしく、軽微な凍傷を負っていた。火乃聿の冬も相俟って、凍り付くまでの所要時間も早いのだろう。

 舌打ちして体内から魔法で熱を放射し、同時進行で治癒魔法を注ぎ込んで凍傷の回復を図る。数秒と経たずに固くなった皮膚や組織が戻った。

 セラは思わず自嘲の笑みを溢す。

 キノトの指摘通り、甲冑を着た方が良かったかもしれない。機動力重視で僅かな枷も嫌った結果として甲冑を装備せぬという判断に至ったが、あれは相手の魔法によって受けた効果などを緩和する機能が付帯している。急いたあまり、思慮が浅薄になっていた。

 回復を終えてキノトが落ちた二階へと壁を突き破って侵入しようと跳躍する。


「やはり貴様は甘い!!」

「ええッ!?」


 突撃を開始した直後、二階はおろか建物全体の壁を内側から氷塊が突き破って出現する。無数の刺を作った形状で拡大されるため、接近するセラとしの相対速度は倍増され、正面衝突を起こした彼女の体を裂く。

 激突して弾かれたセラは、体の各所に裂傷を負って地面に転がる。水路に落ちる寸前で木の欄に摑まった。

 重力に従って垂れる全身、それを支えようと張る腕に乗しかかる重量も、鍛えた腕ならば然したる問題にはならない筈である。いつもの腕力でぐいと懸垂の要領で上がるだけなのだ。

 しかし、体の節々が再び凍傷に蝕まれ、脳は危機感で冴えて行くのと対照的に、身体の感覚の薄れていくもどかしさばかりが増す。岸に、路地に戻ろうと努めるほどに、体から力が失われる。


 満悦の相貌が躙り寄る。

 川縁で激痛と脱力感に堪えるセラへ、キノトが両手の剣を交差させたまま悠々と歩む。かつての屈辱を晴らすべく、いま手負いの怨敵を前に抗い難き愉悦が心臓から爪先まで突き抜ける。

 木の欄を切断するか、はたまたセラを切り刻んだ後にゆっくりと放れる手を観察するか。遣りようは幾らでもある。

 ただこの状況を愉しむ事にのみ思考が傾注した。

 陶然と胸裏から絶え間なく湧く達成感が自身の堕落を危ぶむほどに心を潤す。


 不意に背後で瓦礫が蹴散らされた。

 キノトが翻身すると、舞い散る木っ端よりも軽やかに跳び、身の丈に余る三叉槍の穂先を突き出す鈴音の脅威が至近にまで及んでいる。その更に後方からは、追走するま属の刺客ミキュの影。

 双剣でいなしたが、槍の威力は予測を凌駕しており、全身を巻き込んで柄を回転させた鈴音の第二撃によって横へと弾き飛ばされた。

 ミキュが後頭部めがけて槍擬きを振り下ろすが、小さくその場から飛び退いて避けた鈴音から受けた回し蹴りで突き放される。

 敵を一旦退けた鈴音は木の柵を背にして庇い立ち、目前で体勢を整える両名に向けて牽制と不動の意を込めて石突で地面を打ち鳴らした。


「魔族が人族の……それも勇者さんと協力なんて、正直笑えないんだけど~」

「これから世界は変わるの。延々と繰り返す必要も無い。私たちと人族(かれら)の戦は、太古に神が魔族の祖先を見限った事に端を発する。

 だからって、……現代の私たちが憎み合って、争う道理が私には全くわからない」


 笑顔を崩したミキュが語尾の間延びした声でありながら、声色に冷たさを感じさせる。

 鈴音は僅かの機微すら見せぬ瞳に決意の焔を滾らせて真っ向から反駁した。

 彼女の声を聞いたセラは苦笑する。

 過去には魔王と相見えて、一度でも構わないから命を擲って決戦をしたいとまで、好奇心で物を語り、蔑ろにしていた魔族から守られる現状の滑稽さと、不快感の無い心。

 何かが変わろうとしている。

 その節目に、いま自分はいる。


 『勇者』――特別な肩書だが、少し軽薄に思えてきた。

 なぜ、特定の人間だけが『勇者』の称号を手にするのだろうか。勇敢に戦う者にこそ相応しいその称号は、云わば世界中の戦士にも等しく与えられる。

 自分ひとりに定められたこの状況こそ、そもそも神が定めた不可思議で理不尽な状況じゃないか。


 “――何だろう。

 忘れていた物が、全部解き放たれてく感じだ。忘れた訳じゃないけど……思い、出そうとしなかった物まで込み上げてくる。

 “何か”が奥底から、復活しようとしてる。

 ボクに勇気をくれた、あの人の……。”


 背中が熱い。

 その熱が背筋からセラの脳裏に伝わる。

 そのとき、集落の映像が浮かんだ。

 服を脱いで肌を晒す幼き赤い髪の男児――虹希と、正対する老人の立ち姿。老人に向けられた小さな背中には、『勇者』の証たる赤い紋様があった。


『俺って、『ゆーしゃ』じゃなくなるの?』

『消去するのは最終手段だ。お前は七つも持っておる。一つずつでなければ、負担が大きくて死んでしまう。だから、先ずは『加護』を移植する術を教えよう』

『良いの?』

『ああ……私も嘗て、琥珀色の目をした青年に教わった、神族(やつら)が禁忌とする言葉だ』


 老人が一本立てた指を、虹希の背に軽く触れさせた。


『『加護』を得た者を、我々は縛られし者(アマデウス)と呼ぶ。一生、神々に縛られてしまう者なのだ。

 我々が普段口にしている言葉はな、“外の言語”なのだ。神の力に対抗するには、神が畏れる異界の言葉が必要なのだ。

 我が愛する異端よ。ウィスの名に於いて、其方を第二の“色”とする。……とな?』

『それって、相手が誰でも出来るの?』

『ああ。そして『加護(のろい)』から解放されし者は、真なる力を得る。神からの束縛という干渉を得たからこそ、体の奥底に宿る力が……な。

 さて……移植者の顔を想いながら、解放を求めし者はこう唱えるのだ』


 老人の微笑みが白く薄れていく。

 セラには、これ以上の記憶を視ることは叶わない。

 それでも、声だけは続いた。それだけで、老人がどんな表情で、それを聞いた虹希がどんな顔をしたかは判る。


 その言葉は――』


 囁くような老人の声に合わせ、セラも口がしぜんと動いた。



「我らが宿敵の神々(レモラ)よ。ステッラの名に於いて、其方等が定めし“赤”からの解放を」







  ×       ×




 闇の奥底に、小さく灯りのある空間がある。

 四方に鳥居を据えたその中心で、幽かな波紋が立つ。

 限りある照明されたそこで、白装束の老人が突き立てた大太刀の柄頭に座っていた。俯いて呼吸すらせず、屍が如く眠ったままだった彼の体が、波紋に合わせて小さく動いた。


 顔を上げ、何もない虚空に視線を投げる。

 老人が見つめる先の闇、その中に小さな赤い球体が薄く浮かび上がる。手を伸ばすと、自ら掌中へと舞い降り、泡のように触れると消えた。


「おかえり、一人目の解放者」


 老人が闇の中で、嬉しそうに呟いた。


「暁、アイテール……もうすぐ扉が開くよ」






アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


いま少し体調を崩してしまい、申し訳ありません。

内容はまた追々自分で確認しますが、何か変わった所があれば指摘して下さると幸いです。


次回も宜しくお願い致します。



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