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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:優太と道行きの麋──下
264/302

不滅の皇都(弐―1)/新旧征討戦線

間違って削除してしまいました。

すみません。


途中保存だったため、書き直しとあって一部を改稿状態となっていると思います(ほとんど同じだと思います)。



 皇都出現の半時前に遡る。


 北方に構えた同盟軍先鋒は、最強の冒険者ガフマンを加え、『白き魔女』こと結が睨む磐石の布陣で臨んだ。如何に敵勢力の内包する戦力が未知であっても、【灼熱】の名は劣勢の字を知らない。

 誰よりも速く、獰猛に敵軍に向かったのは結であり、噂に違わぬ卓越した魔法の腕で蹂躙した。常人では既に限界消費にも近いであろう質量の魔法を連続して放つ様から、その体内に含有する氣は明らかに常軌を逸している。

 敵地に攻め込んだ解放軍としては承知済みであったが、次々と十数人を瞬きの内に倒す個体戦力には戦いてしまう。

 剣の貌に集束された厖大な氣による白兵戦と遠距離射撃の両立、不可思議な重力の加圧、追尾する炎の矢など、特殊魔法に類似した奇異なる力の応酬である。

 戦闘時間を経るに連れ、彼女は更に別の力を引き出し、周囲に鮮烈且つ強大な一撃を見舞う。ガフマンという大戦力を最も警戒していたが、よもや机上の資料で量れぬとは思いも依らず、部隊の各所に焦燥の火が熾る。

 その不安を盛大に煽るように、ガフマンが長剣を軽く薙いで発生させた巨大な火柱によって、前衛の隊列の二割が吹き飛ぶ。平野で勃然と火山の如く噴き上がった火に焼かれ、被害圏内に在った者の大半が戦闘不能に陥った。

 ガフマン一人でも、この戦争を終局させるのは容易い。解放軍は一つの意思に統合された強固な兵隊だが、目前に聳える圧倒的戦力に怯まぬ筈もなく、進む先は敗色濃厚に見えた。


 結は百を超える数を征したところから、既に戦功を数える事を止めた。前衛を圧しているといえど、後方からは未だに兵が雪崩れ込んで来る。

 順調に制圧を遂行しているが、一体どれ程の員数が北から押し寄せているのか。事前に斥候を放って確認した筈だが、明らかに報告以上の数があった。

 そして不可解なのは、敵将と思しき人物の姿が認められない先陣の隊列。指揮を執る者も居らず、何を以てして突貫を敢行したのか。

 疑念に手を止め、《信心の剣》に乗って上空まで昇り、戦場を眺望する。森から続々と参加する解放軍、迎撃する同盟軍の苛烈さを増す戦場。

 結は暫し観察の体勢で眺めていたが、やがて敵の現れる森の中で木々が連鎖的に倒れて行く部分を見咎めた。

 障害物すら意に介さぬ猛獣の侵攻かと見紛うほどに、夥しい倒木によって歪な直線軌道の道が森林に刻まれる。

 漸く解放軍の特大戦力が参戦するかと思い、面貌に浮かべていた余裕の冷笑に戦意の火を点す。ガフマンに伝達せんと降下し、結は戦場へと戻った瞬間、大気全体に響く声に結は止まった。


「活きが良いのが居るじゃねぇか。それがオメーの見つけた新時代か?

 ――ガフマンよう。」


 結が何処から聴こえたか、視線を戦場一帯に巡らせて探した。同じくその声を耳にしたのか、両軍が争いを中止して困惑している。

 同盟軍ならば兎も角、解放軍までもが混乱しているとなれば、第三勢力からの声なのか。中央大陸の思潮は、同盟軍と解放軍に着くか静観するか、それ以外の選択肢が無い筈なのだ。

 それも、二つの勢力を敵に回す形で戦争に参加するなど無謀にも程がある。


 結は不意に、視界の隅で凝然と森の方を見詰めるガフマンを捉えた。

 獅子に似た迫力を備えた顔には、驚愕で目を見開いている。彼からは滅多に窺えない戦慄の色を垣間見て、結は問おうとした。

 ガフマンの咆哮に似た注意喚起が戦場を震わせる。結がその意味を解する前に、後方の森から地鳴りを聞いた。

 振り返った直後、地面が捲れ上がって土砂と共に人が空中を舞う。

 大気を圧倒する暴風と地中深くで絨毯爆撃を炸裂させたと錯覚させられる地殻破壊。轟音と烈風に支配された平野で直立し得たのはガフマンのみ。

 結は《剣》の上に屈んで踏ん張って堪えていたが、噴煙さながらの濃密さで巻き上がる土煙の中から突如として現れた巨大な兇刃に瞠目する。

 刃渡りは人の体躯にも匹敵する規格外な武具の襲撃に、下で自動攻撃で設定していたもう一振りの《剣》を瞬時に手元へ帰還させた。盾の如くその剣脊で受け止めるが、激突の際に防御を貫通して衝撃波が結を襲う。

 鈍重な刃物で殴られた様な圧力に上体がくの字に折れ、粉砕された《剣》の破片に巻かれながら吹き飛んだ。

 ガフマンは腕で彼女を受け止めた。

 抱えて見ると一撃で昏倒させられており、触れた手応えから体内で幾つも臓器が破裂していると感じ取れる。普通ならば即死しているが、幸いにも結には再生機能がある。

 破壊された器官の修復が自動的に開始され、結は失神の闇から意識を回帰させた。ガフマンの腕から起き上がり、まだ痛む腹部を擦る。


「なッ……何が、起きたのよ」

「驚くなよ、娘。我が噂を立てた所為かは知らんが、まんまと来よったぞい」

「はあ?」


 結は彼の腕から飛び降りる。

 優勢だった戦況を一瞬で覆し、平野に在る人間を一網打尽にした正体は、土煙の向こうから悠々と進み出た。片手にしたおよそ人が操れるとも思えない巨大な斧槍(バルバート)を軽く振るっただけで、轟風が荒れ狂った戦野に吹く。

 足音を耳にするだけで結は総毛立つ。

 数々の戦いを経験し、その感覚は対峙した相手の実力を膚で感じ取れるにまで研ぎ澄まされていた。

 いま対面するのは、自分の頭上の空よりも広大であり、どんな深海よりも深遠に思わせる実力差。理性がこの敵との対決は危険だと必死に警鐘を鳴らしていた。


「我らが相対するは、現代の最強とやらが師事した真の最強だ」


 ガフマンの緊張した声音に応え、巨大な影が結の前景に屹立した。



 北で激突したとの伝令を受け、勇者セラは首都を屋根伝いに移動していた。検問口は北に無く、迂回して行かなければならない。

 早急に現場に到着する為、直線で向かう。

 高い市壁を魔法で乗り越えるのは造作も無い、氣の消費量も然して後顧の憂いとなる支障には至らないので、余人ならば策を考案しても講じる事は無いであろう時間短縮を実行する。

 甍を踏み鳴らして頭上を飛び行く影は、戦禍の余波が首都内にまで及ばないかと憂慮する国民としては、より大きな不安を掻き立てるには充分な物だった。


 それを追走するのは鈴音である。

 彼女は首都内に敵の間者が侵入する場合を想定して、火乃聿の各所に配置された警衛の部隊として活動していた。

 しかし、国民の騒めく様子を聞き付けて現場へ向かえば、戦場に居る筈が屋根上を跳ねるセラの行為を見咎め、その真意を問うべく追っている。尤も、北を一直線に目指したその足先から、概ね察知した。


「セラ、一度止まって」

「急がないとさ、ボクの出番が無くなるよ」

「まだ戦闘は開始されたばかり」

「だって【灼熱(おじさん)】が居るんだから、敵なんてばっさばっさでしょ?」


 鈴音は沈黙で肯定した。

 ガフマンの実力は識っている。

 神族を相手に渡り合い、一騎で地図を書き換える程の破壊力を生み出す。“最強”と現代で嘯かれる者の最たる例として挙げられる。

 相手の兵力がどれほどの攻勢を展開しようとも、ガフマンという障壁を前にすれば理不尽に敗北するのは自明であろう。

 口では急かすが、別段セラに焦慮は窺えない。

 戦闘狂で知られる彼女にしては、妙に冷静であるからこそ疑う。尚更いちど足を止めて心境を問い糺したかった。


 二人で並走し、市壁を直前に見上げる位置まで来た。鈴音は如何にして、この高い壁を登攀するのかと一瞥する。

 セラは三叉槍を両手で摑み、魔法で炎を纏わせた。熱した尖端は白熱化し、灯火の様に周囲を薄く照らす。

 鈴音は納得した。先端で市壁の表面を溶解させる事で、槍を突き立てながら登る積もりなのだ。強引な策だが、成るほど炎の魔法を得意とする彼女ならば可能な芸当である。

 セラが戦場に行くのなら、自分はもう所定の位置に戻れば善い。特に咎めるべき注意点は無い、加勢を止める方がここでは間違った行為だろう。

 普段は見せぬ特別な彼女の表情の原因を知りたかったが、いま勃発した戦争に比すれば瑣末。

 鈴音は踵を返して来た道を戻ろうとする。


『見つけたよ、次期魔王さん♪』

『探したぞ、『加護』に背馳した贋物めが』


 セラと鈴音は同時に足を止める。

 頭上の市壁から飛び降りる影を捉え、その場から飛び退いた。耳にした声は二つ、即ち壁の上から来る影もまた二つ。

 砲弾じみた落下速度で突撃し、影は二人の立っていた建物の屋根を貫通し、屋内から金色に燦めく閃光で一軒を爆散させた。木っ端が飛散し、路地を往来していた民間人を無差別に襲った。

 セラは路地に居た子供の傍に降り、回旋させた槍で払い墜とす。鈴音も彼女の手が届かない場所へと跳躍し、右手を巨大化させて残る者達を守った。


 瓦礫から立ち上がる二人の姿を見て、セラは鈴音へと三叉槍を投げ渡す。槍はまだ炎の余熱を残しており、(かち)を握った際に皮膚が焦げた。

 魔族として回復は早いが、些か配慮の足らないセラを鈴音は睨んだ。本人は肩を竦めると、腰元から聖剣を抜く。


「まさかボクらの仕事場が此処とはね」

「喋らないで集中して」


 当代の勇者、次代の魔王はそれぞれ武器の鋒を襲撃者の影に定めた。






  ×       ×       ×




 火乃聿北部の平野。


 天下に第二の雲海が敷かれたかの如く、土煙が延々と立ち上る。粉塵を伴う濃霧の中では互いの安否を確かめる作業すら困難であった。

 未だ土砂の驟雨が戦場に降り注ぎ、倒れ伏した兵士達へと覆い被さる。死に瀕する者には、あたかも自然がもたらす葬送にさえ見えた異常な現象だった。

 ほんの数十秒前まで一騎対一騎の戦線が幾つも連なり、大きな闘技場と化していた平野。互いの存続を懸けた勝負とあって、その命の遣り取りに一抹の躊躇さえも取り除かれていた。

 地面に落ちるは屍と墓標となる得物のみ、敗者を受容する褥となった地に伏す者は皆が死者である摂理が今しがた完成する。

 誰一人として反逆せず、その在り方に従って敵を滅して地に叩き墜とす。衝突の火花は数と勢いを増した。

 総身を戦意で漲らせ、武具の先端までを殺意に染め上げる。自らを血に飢えた獣へと変換させて一騎を討とうとも足を止めない。

 正しく人の理を外れた鬼となった戦士が相身互いに命を奪い合う地獄。退路は間断なく戦場へと参入する後続部隊に阻まれる。

 そんな修羅場が展かれた火乃聿北部の平野が、今や両軍共に倒れて動かなくなっていた。森から唐突に受けた謎の襲撃の規模は計り知れず、今や生存者の数こそ有るのか否かさえも疑わせる。

 この主犯を、地獄に終焉を与えた救世主と呼ぶべきか、はたまた己が閻魔となって更なる地獄の隆盛を促す為と訪れた災厄か。

 その解を思量する者も、およそ二名に限られる。


 体内の回復が完了し、結は自分の腹部を叩いて具合を確める。まだ繋ぎ合わさっていない血管などが刺激されて痛む部分もあった。

 純粋に氣のみで生成した武具の硬度は、鉄や金剛石にも勝る。何よりも結の魔術擬きの産物ならば、粉砕を可能とするなら相棒(ユウタ)の様な不条理の力を用いる以外の術は皆無。

 だからこそ納得いかない。

 天地の境界を曖曖とさせる砂塵の煙雨を浴びながら、結は前景で揺蕩う巨影に向けて疾走する。

 相手の得物は魁偉な斧槍、純然たる氣で組成された硬質な物体をも力業で破壊する腕力。魔法を付与した魔装による一撃と思われるが、森から平野北部の全域を収める攻撃圏。まだ土煙で実体は(つか)めないが、体躯はおよそ一丈かそれ以上あり、ガフマンよりも大きい。

 不意を打たれてしまったが、先刻の一撃を防げた事から、行動速度は十全に反応の能う範疇にある。鈍重な武具に巨体、機動力が無いのなら全方位から翻弄しながら倒せば良い。

 処し遂せずに幾分かの手傷を負わせるには至るだろう。その肉体の頑丈さが魔術の域に肉薄する結の魔法を凌駕するなら。


 七本の《信心の剣》を武装し、一斉掃射した。

 一撃では薙ぎ払えぬよう土煙に紛れ込ませ、以前に生成した《剣》を目標の背後から喚び寄せている。回避は叶わない、必勝への道筋が完成し、結は氣を更に注力した。

 七本の《剣》がより大きさを増し、一点に向けて攻撃の環を収斂させる。煙幕を引き裂き、影の正体へと突き立つ。

 一寸の狂い無く、想い描いた通りの理想的な攻撃の命中。ガフマンじみた実力者ならば話は別だが、過たず《剣》は戦場を物理的に、そして破滅的に撹乱した怪物を討ち果たす。

 結が勝利を確信して笑む――その顔が凍り付いた。

 前からの突風に乗せて、粉砕された《剣》の破片が足下に散乱する。激湍の勢いで土煙が払われて斧槍を摑む手元が露見した。

 結が敵の正体を目に焼き付けんと、服を摑んで後ろに引かれるかの如き風圧に耐え、その場に踏み留まって目を凝らす。


 斧槍の手とはまた別の、左手が忽然と土煙の中から立ち上がる。上に拳固を翳し、血管が隆々と浮き立つほど握り込んだ腕の筋肉は、触れずとも鋼かと思い違うほどの固さだろう。

 唖然と見上げる結の前で、それは更なる凶悪な変化を遂げた。

 前腕の表面が薄い黄橡の光沢を持つ腕となり、同色に輝く小さな火を纏う。異様な色を纏う鋼鉄の腕は、斧の如く直線に振り下ろされ、豪快に見える攻撃とは裏腹に正確な狙いの下、結の頭頂を目指す。

 初見ではあったが、結は心得た。

 あれが報告に聞いた肉体が宿す力の真髄――聖氣なのだ。その効果は攻撃に付加すれば通常とは比較になら無い威力を発揮する。

 直撃すれば肉の一片とて残らない。

 最悪の結末が鮮明に想像しうる体は、しかし反応できずに固まってしまった。避ける事を罪と罰する様な破滅の鉄槌は迫る。


「何しとる、娘ェェ――――ッ!!」


 ガフマンが疾駆した。

 拳と結の間に長剣を割り込ませ、正面から受け止める。真面に受ければ破損するであろう破壊力に耐久し、結を全力で防護した。

 聖氣を集中させ、剣を握る腕を深緋の鋼へと硬質化させ、更に武器にまで付与する。烈帛の気合いと共に押し返さんとした。

 足の裏が地面を抉り、上からの圧力で臑が地中に埋もれるまで突き刺さる。衝突をいなした故に衝撃波が周りへ拡散し、歪だった地面が一層変化した。

 豊かな紅い顎髭から汗が滴り落ちる。

 骨の軋む音が体外に漏れるまでの悲鳴を上げ、弥増す圧迫で膝が折れていく。通常の呼吸では間に合わず、血管の隅々が呼吸を求めて鈍痛を発した。

 長剣で対抗しつつ懐を見下ろすと、結が新たに《剣》を出し、ガフマンを押し潰す腕を下から押し上げる。幾ら投射しても破片になって返却されるなら、彼の掩護として回した方が()()が良い。

 普段の口調からは素直には見せない健気さが窺えて、ガフマンは腕に活力が高まるのを感じる。

 二人で僅かではあるが、段々と敵の怪腕を押し返しつつあった。


 土煙を切り裂いて、無造作に振り上げられた膝があった。頭上の脅威にも見劣りせぬ巨大さに驚く暇も無く、結もろともガフマンは蹴り上げられる。

 突進する四足獣の群に轢かれたかの如く、遠くへと跳ね転がった。途中で背転して勢いを殺いでから地に剣を突き立てて静止したガフマンとは違い、受け身も取れず結は止まれない。

 聖氣が付加されていない蹴りと雖も、先刻の斧槍による打撃よりも重かった。隆起した岩に背を強打して漸く停止した結だったが、その口元からは絶えず血が流れる。

 爆裂した体内器官から荒れ狂うように血が喉を駆け上がるのだ。座る姿勢で動けず、俯いた顔から迸る流血が足下に染みる。


 瀕死となった結に顔を歪ませていたガフマンは、前方からのけたたましい足音に正面へと直った。

 まだ長剣を摑む腕全体が衝撃の余響で震えて麻痺し、漸く再開された自由な呼吸に体が喘いでいる。人生で神族との死闘以来、受け止める行為で死滅させられるやもしれないと危機感に陥れられた。

 ガフマンは顔に笑みを作る。

 強者との邂逅は戦場では至上の褒美、刃を交えた末の亡びならば誉れ。それがガフマンたる者の戦場における心構え。

 その常道が通じない。

 ガフマンが虚勢を張らざるを得ない敵性が前にある。


「胡麻粒なりにも手を焼かせたお()ぇらを思い出させる生きの良い小娘かと思えば、これでへばるたぁ情けねぇ」

「……ふん、貴様の定規で物事を測ると世界が狂うわい。相変わらず手加減が利かん性分か」

「お前ぇに言われたかねぇなぁ」


 払われた土煙から全貌が露呈した。

 直立するのは一丈以上に及ぶ偉躯、開かれた前身頃から覗く筋肉は浮き出た岩盤を連想させる大きさと彫りの深さがある。所々に認められる傷痕は、修羅場の中で鍛えられた肉体だと証明していた。

 諸肌脱ぎにした外套は、腰元に注連縄で縛り付けてあり、ズボンの上に太腿にまで及ぶ黒い革の長靴を帯で絞る。

 その比類なき巨躯をも超える斧槍は、徒と斧刃の接合点である柄舌から、斧の側面にまで延びて這う金の蔦を模した模様と填められた琥珀が光る。鉤爪は凶悪な形に歪曲し、敵を摑もうとする猛禽の爪に錯覚させた。そして掲げられた穂先は三尺という長さを経て研ぎ澄まされた尖端が天を衝く。

 髑髏の紋章(マーク)をあしらった三角帽を禿げた頭に被り、豊かに茂る黄橡の髭は首元まで垂れている。

 異界の魔物の風采。

 ガフマンでさえも化け物と称するべき超人が居た。


 怪物はその顔貌に呆れ笑いを浮かべる。

 深い皺が刻まれた部分なども、表情が変遷する都度に革帯で締めるような音がした。何よりも、その挙止の至る部分から風を伴う威圧感が放たれる。

 彼に無許可で立つ人間など居られない。

 そう納得させられてしまう威厳に充ちていた。


「しかも、お前ぇは口の利き方に気ぃ付けろっつったよな、俺の現役最後によぉ。それが小便臭かっただけのお前ぇらを一端の冒険者にだけはしてやった師に対する礼儀か?」

「引退後のご意見番にもならず、行方を晦ませて数十年も音沙汰なかった爺に今さら畏まってどうする」

「ぐははは!!そりゃあ確かに、そうだなぁ」


 重篤な傷から回復しつつあった結は、直ぐ眼前で展開された会話に驚いた。

 交わされた一言ひとことから旧懐の念を感じるので見知った間柄であるのは判る。

 会話の一端に『師』という単語(キーワード)が浮上した事から察すると、戦場でガフマンが溢した話と一致する。

 今や最強と謳われる数名の冒険者を育成した一人の師。


「今さら出て来て何を仕出かす魂胆だ――グレイワン」


 呼ばれた怪物――グレイワンは、結を一瞥した。快癒はしていないが、痛む体を引き摺って近付いて来る姿に口角を上げる。

 ガフマンではなく、そちらへと斧槍の石突で戦野を叩き鳴らしながら歩を進めた。


「お前ぇが俺から継いだ最強を、また継ぐだろうこの小娘を量りに来ただけだ」


 両者が足を止め、上下から視線を激突させる。


「名乗れ、蟻ん()

「……(ムスビ)よ。最強だか何だか知らないけど、あたしの前に立つなら容赦しないから」

「なら、見せてみろ。次世代名乗れるくらいなのかをな」


 満身創痍に近い結へ獰猛な笑顔を浮かべると手に提げた斧槍を振り翳す。







   ×       ×       ×




 首都火乃聿の北区。


 市壁を前にした鈴音は、更なる障害物の参上に顔を顰める。元の配置に戻ろうとした直後に町を破壊して壁上から出た侵入者に、民間人の守護を目的とした警衛の隊員としては看過できない。

 希望した現場とは違うが、嬉々として戦闘に臨むセラの姿勢に呆れる。戦えれば何処でだって良い、戦闘態勢の心構えには見えなかった先刻の表情については杞憂だったと彼女を案じた過去を後悔した。

 貸された三叉槍だが、元より鉈以外の武具の扱いに心得の無い鈴音は、軽く刺突や一薙ぎの軽い操作を試す。手慣れない感触に、これを武器とする事を勧めた勇者に尚更疑問が増した。

 民家を破壊した侵入者が瓦礫を押し退けて街路へと躍り出る。

 セラ達は後ろ手で子供や付近の大人たちに避難を促す。言葉無くとも、状況から察した者達が次々と協力し、侵入者と二人からを中心に人のいない町が作られた。


 侵入者は二人。

 鈴音の前に立つのは、同じ魔族の少女だった。

 艶やかな金髪は短く切られ、首筋のやや上で毛先が内側に巻いていた癖がある。灰銀の双眸は無邪気に輝いており、町の景観を頻りに眺め回す。

 魔族の象徴たる角は一対であり、後頭部から伸びて前面へと迂回しながら湾曲した形状。山羊の様に節立った凹凸があり、艶のある鈴音とは違い鑢の様な表面をしている。

 被り(フード)と膨らんだ袖の外衣は前も閉じない開放的な着方。晒された中身は下着同然の格好をしており、豊かな胸元などは面積の小さい黒の衣をしたのみ。無造作な腰巻きの中も下着で、長く細い脚は肌を寒風に吹かれている。

 元気に周囲を見回し、楽し気に笑う。

 厚く着込んだ鈴音とは明らかに容貌、人柄が逆転させた様な対照的造形。

 奇しくも、その彼女が手にしているのも長柄だった――厳密に言うならば似て非なる異形の戦斧。

 黒く煤けた柄は半五尺、その両端には歯車を両断し、それぞれを片方ずつに設置した外観。刃ではない、殴打を目的とする鈍器。


 金髪の魔族は、角を掻いて小首を傾げるのに合わせ、腰を横に折って体も大きく傾ける。

 相手に可愛く見せようとするような挙動に、鈴音は動かない表情の下で不快と不可解の感情を葛藤させた。


「あっれ~?同じ魔族を見て、次期魔王サマはやっぱ挨拶無し?ウケる~、これじゃ、楽しみにしてたあーしが空振りしてるみたいじゃんっ」

「……ウケる??あーし??」


 聞いた事のない一人称、単語に眥が引き攣る。

 対峙しても全く危機感を抱かせない無邪気な挙止、それでも片手にした鈍重な斧を下ろさず軽々と持ち続ける腕力が縮尺を間違えた絵のように、金髪の魔族を見る者に異様な姿へと見せる。

 鈴音が警戒に身を引き締めると、傍にすり寄って来たセラが小癪な笑顔で耳元に囁いた。


「ほんとに対照的だね~。鈴音みたいに着込まなくて良いのかな、寒そうだよね」

「…………そう、まるで貴女みたいに落ち着きがない。私の嫌いな感じの人」

「ボクの場合は元気があるって事だよ?みんな良い事だって言ってるし」

「それは貴女の立場に言動を慎んでいるだけ。単なる皮肉だから」

「ふーん。……それにしても、あの魔族、本当に肉置(ししお)きが良いよね。ボクより大きいもん」

「…………私だって、まだ……」


 鈴音の相手を見る瞳が嫉視へと変わる。

 機敏に察知してか、金髪の魔族は前傾姿勢となって片目を閉じた笑顔を披露した。男には目の毒な姿勢だが、今の鈴音に対してはただ嫉妬の情念を爆発させるに不足無い火薬である。

 その様子を可笑しそうにセラが観察した。

 魔王一族と勇者、殺し合う為の宿世で幾度も世界に生まれる。

 相反する存在との戯れとあって、セラには面白味しかない。

 そんなセラへと、叱声が降りかかる。


「私の存在を無視するとは、どういう料簡だ!!それに鎧も着ずに戦に臨むとは!やはり貴様が勇者など、断じて認められん!」

「うわ……その声聞いたことあるね」


 厳しい批難の声に、セラは辟易した表情で振り向く。

 声の主は瓦礫を踏み締めて、昂然と胸を張って立っていた。

 太陽に照らされた海面の様な艶を持つ蒼い長髪に、敵意で炯々と光を放つ同色の眸をした少女。

 厳かな緊張を持って引き締まった表情は、柔らかい表現でも浮かべれば可憐と称されるであろう美麗な作りだった。

 その顔を保護する冑は庇が無く、頭頂に羽を模した形の角がある。華奢な体を銀の軽甲冑に包み、腰には拵えの特殊な二本の佩剣。


 セラは既視感のある容貌を認め、殊更に顔を苦々しくする。


「君って確か反『御三家』勢力の巫女の……えっと……………………キノミだよねっ」

「キノトだッ!!」

「うわ、ごめんよ。そんなに怒らないでよ、ボクだって必死に思い出そうとしたんだよ」


 憤慨する蒼髪の少女――キノトはその場で地団駄を踏む。

 名前を間違えて狼狽するセラの背後で、鈴音が呟いた。


「人の名前を間違えるなんて勇者としておかしい。それなら、まだ彼女の方が適任だと思う」

「ボクだって真面目さ!」

「文官ジーデスの仕事を邪魔する貴女に、果たして一片(ひとひら)の真面目さがあるのか」

「仕事を溜め込むジーデス……じゃなくて、仕事を次から次と放り込んでくる当主ちゃん(カリーナ)が悪い!」


 鈴音はキノトを一瞥した。

 反『御三家』勢力――中央大陸の反乱軍とは別に活動していた反政府団体の一つである。『加護』による特別視、高位の役職を与えて優遇する措置の不平等さを嫌った国民の一部が組織し、約二十年間もの活動を続けていた。

 主に『御三家』として認められる『加護』の有無は、魔法を使用した際に背中に紋章が現れるか否か。

 その反応の発見は西国の法律によって首都へと即座に報告される仕組みとなっている。紋章の形によって勇者、賢者、聖女のいずれかと定まる。

 反『御三家』は、彼等が地方を訪れて調査などの任務を遂行する際に、全面的な支援を強いられる。

 高い戦闘力と財力を有しながら傲慢であり、我欲が強く現状よりも栄えある未来を求めた三種の選ばれし者たち。結果として、その暴力的な要求などで困窮し、廃退した村などの住人などの訴えが反『御三家』の起源となっている。


 セラは腰に手を当てると、首を竦めた。


「キノトはね、ボクと同時期に『勇者』の資格があるって首都に報告されて王の御前に招かれたんだけど、それが虚偽だって判明(バレ)て村に追い返された子なんだよ」

「それはきっと、何かの手違い。彼女こそ勇者だったに違いない」

「ほんと冷たいね。ボクが勇者なのにさ!」


 二人が皮肉混じりの軽口を叩く。

 すると、キノトの傍に移動した金髪の魔族が路地に斧を振り落とした。亀裂が四方八方へと伸び、付近にあった建物までも侵食すると、瞬く間に複数の家屋を瓦礫の山へと変えた。

 寸前で安全地帯へと飛び退いた二人は、その膂力に一驚する。


「ねー?鈴音の知り合い?」

「知らない」


 金髪の魔族は斧を地面から引き抜くと、肩に担いで一礼する。


「初めまして~的な?あーしはミキュっていうの。魔王の第六子なんだ~、だから異母姉妹ってやつ?宜しくね~!」


 侵入者の魔族――ミキュは快活に笑う。


 魔王には側室が多く、その分多産である。

 魔王の素質を持つ後継者――即ち死術を備えた子供を生まれるまで、多くの子供を生むのがその一族の慣習となっていた。

 当代の死術師として選ばれた鈴音は、親ともすぐに隔離され、実質母親の顔は記憶しておらず、物心付いた頃から父たる魔王以外の親族と面識も殆どない。

 身も知らぬ彼らが、後継者争いで内輪揉めをする事を厭うて、鈴音は二年間の遁走を実行した。

 その過去もあって、異母姉妹……死術師の素質が発見されなかった血縁者を複雑な心境となって見詰める。


「それが何の用?」

「いや、思わない?もう死術の有り無しとかで決めるの古いとか。他の子供は成長したら兵隊に入ったりとか普通の仕事しなきゃいけない訳。気に入らないからさ、いっそ後継者も魔王も殺してチャラにしちゃおうよ」

「横暴が過ぎる」


 セラは嘆息すると、目前の二人を指差した。


「キノトはボクが嫌いで、ミキュは鈴音が気に入らないから解放軍と協力してるんだね」

「そうだ、ここで貴様を討ち果たす!」

「そうだよ~、だから死んでぇ」


 嘆息する鈴音は槍を回旋し、穂先をミキュへと翳す。

 セラは立てた二本の指を掌へと折って、その笑顔に狂喜の色を滲ませた。


「今さら出て来て何言うのって感じだけど。そこも省けば単純に敵なんでしょ?なら、やる事は一つだよね」


 各々の得物を手で摑み、敵意の矛先へと集中する。


「なら――戦って殺す、それだけだよね?」







アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


 意外と関係無いと思われるかもしれませんが、結は皇都に、セラはある人物に大きく関わって来ます。それに繋がる話にしています。


 昨日は空を見上げた時に、何か黒い物が高速で通過して行くように見えて驚きました。瞬きをする度に確認できるので、よく目を凝らしました。

 その後は何も通りません。結局何だったのかと考えて三秒。

 あれ、瞬き?

 よく思い返して、それが自分の睫毛だと知って何だか恥ずかしくなりました。……久々にオチの無い話です、すみません。



 次回も宜しくお願い致します。

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