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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
二章:ティルと黒塗りの刃
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家族の想い

更新です。





『ねぇ、ユウタの先生ってどんな人?』


 春先の事件が終わって少し、朝霧が森の中に立ち込める時間帯。少し早く家を訪れた友人と過ごしていた。

 昨日の夕餉の残りを完食し、ユウタは二人の椀にぬるい湯を用意すると、ハナエが尋ねてきた。椀を前の床に置いて、小首を傾げた。なぜ今あの人について問うのか。

 ハナエは差し出された湯の入った椀を両手で持って、小さく啜る。薄桃色の唇に視線が釘付けとなった。彼女が気付いて顔を上げた時、慌てて顔を逸らす。ユウタには目がハナエの口元に集中してしまった理由が判らなかった。

 戸口の方を向きながら、ユウタは質問について考える。奇妙な人だった。

 琥珀色の瞳、中背で少し筋肉が付いている。理由は不明だが、武器の扱いが達者で氣術という謎の力を持つ。印象が薄く、常日頃から共に過ごしていたユウタでさえ、あの人が見せた悲しげな笑顔だけしか思い出せない。


『どうして、あの人の事を聞くの?』


 ハナエの方へと向き直って訊く。その時には椀の中を空にした彼女が、床に置いていたそれを指で小さく小突いていた。

 ユウタも自分の湯を一息で飲み干す。囲炉裏の中で火が小さくはぜる。


『だって、ユウタのお父さんにしては年が行き過ぎてる気がするし』


 その言葉がユウタの胸の内に谺した。師は自分にとって父親のような存在だった。彼の姿に憧憬し、いつだって目標として今も目指している。

 何に対しても関心が薄くて、家に居ても何もせず窓から空を眺めているだけだった。だから、家事を自分で積極的にし始めたのも、恐らくは彼が原因だ。料理をするようになって理解したのは、それでも師の作る味には及ばない。

 彼も父親ではない。それは幼いユウタにも自然と解する事実だった。しかし、自分に対する愛情だけは深く感じている。だから、彼に連れられた村で親子が仲睦まじく戯れる光景にも、嫉妬や自己憐愍を懐くこともなかった。


 ハナエの質問が心に響いたのはなぜか。釈然としない自問自答を脳内で繰り返して、彼女が心配そうな顔で覗いていることに気付く。

 安心させる為に笑顔を取り繕う。ユウタは笑えているか不安だったが、ハナエが胸を撫で下ろした。自分が問い質してはならない人の深部に、無粋にも踏み込んでしまったかと思っていたのだ。

 ユウタは彼女の胸中を察して答える。


『もしかして、僕の父親が誰か気になった?』


『ほら、ユウタが結婚したら…って考えてたら、祝辞を言う人が居ないじゃない』


 神樹の村では、親族や親しかった者が集まり、新郎新婦を祝う。そこで新郎と新婦の選んだ人間が、祝いの言葉を伝える。そういう風土であった。以前、守護者のニールが式を挙げた時に師に連れられて参加し、その際に知ったのである。

 赤面しながら小声で言う彼女に、ユウタは微笑んだ。村に恨まれた身では、結婚など出来ない。そんな自分を心配してくれたのだろうと、その言葉の真意までは察せずにいた。


『僕は近い将来、旅に出て他の土地に住むよ。そしたら、そこで結婚式が挙げられる。君の時に参加できないのが残念だね』


『~~~~ッ!ユウタのバカ、知らない!』


 ハナエが泣きそうな顔で、ユウタの頭を椀で叩くと戸口を開け放って、叫びながら走り去った。呆気に捕らわれたまま、その背を見送る。

 その後、急いで後を追って謝ったお蔭もあり、機嫌を直した。






   ×      ×      ×




 ダンジョンの第一層で、【冒険者殺し】と対峙した。入口から遠くない場所で、ティルと交戦しているところに駆け付け、寸でのところで彼を救うことに成功する。

 ユウタは小太刀の把を握りながら、隣で拳を上げるチームの仲間を一瞥した。怖じ気付いている様子はなく、寧ろ今にも鎖から解き放たれる隙を窺う狂犬じみた気迫を犇々と感じる。身内だと言うのに、心強さよりも警戒心が勝ってしまう。

 「大丈夫?」話し掛けたユウタの声にも、数瞬を置いて短く答えた。理性の方は辛うじてあると解って安堵する。そして前方の敵を改めて観察した。


 数多の冒険者を殺め、【冒険者殺し】と畏れられた人間。顔に白い烙印のある女性。黒目黒髪に黒装束と、数ヶ月前に対決した氣術師達を彷彿とさせる風貌をしている。彼等の仲間である──そしてムスビの種族を虐殺した武装集団の一員。

 タクマという人物についても知っているらしく、ユウタを一目見て“忘れ形見”と、タイゾウと同じ反応を示す。前回は聞き損じてしまったが、新たに出現した手懸かりを得た。ここで逃す手はない。

 ただ、懸念がある──ムスビが彼女を問答の余地すら残さずに討ち取ること。質問に一つでも応答さえ貰えれば良い。

 冒険者を数多く殺害した罪状によって、発見次第に魔物と同じく絶命を以て解決とする。その判断にはユウタも口を挟まず、既に二人の人間をその手で屠った自分が口出しするものではないと諦観していた。だが、ムスビに関しては別である。

 ユウタは春に戦いでタイゾウを討ち取ったが、手応えが未だに手中に残っている。怒りに身を委ねて人を殺す。それは後に罪悪感となって、己を縛りつける。それがどれだけ苦痛となるのかを知っているからこそ、彼女にも同じ思いはさせたくない。

 何よりも、家族から体術を学んでいたとは聞いているが、それでも頼りない。純然たる戦闘力なら、まだユウタの方が有るだろう。それに敵はあのタイゾウの仲間──氣術の使い手である可能性も無視できない。そうなれば、魔法も呪術も習得していない彼女が正面から立ち向かうには危険である。


 帽子を脱ぎ捨てようとしたムスビの手を掴む。ちらりと訝る彼女に、ユウタは敵から視線を外さずに囁いた。


「ムスビ、帽子は取るな」


「どうして?邪魔だし、こっちの方が物音が聴き取るやすいのに」


「頼む」


「?……もしかしてあたしの帽子被ってる姿がお気に入りなの?」


「ごめん、意味判らない」


「バカね」


「それ君だろ」


 ムスビの諧謔に答えつつ、その手を下ろさせた。

 帽子を取れば、獣人族の証である一対の耳がある。本人曰く尾もあるらしいが、それは隠せるらしい(本人はその方法を開示しようとしない)。とはいえ耳を匿う術は持たず、帽子が最善である。

 それを取り払ってしまい、【冒険者殺し】に暴露したとしよう。敵は<印>の一人、即ち獣人族を壊滅させた犯人なのである。故に、折角その追手を逃れ生き延びた彼女の命を、再び危険に晒す行為だ。【冒険者殺し】が優先的にムスビを狙うかもしれない。

 ムスビの身分を最低限秘匿すれば、標的となるのは自分だと、ユウタは覚悟を決める。幾ら家族を抹殺した怨敵であろうとも、それだけは譲歩できない。彼女よりも先に、【冒険者殺し】を仕留める。

 ユウタは【冒険者殺し】に尋ねた。


「僕はユウタ。アンタは?」


「ミヨリ。これから宜しく」


「今回限りだよ」


 【冒険者殺し(ミヨリ)】が石畳の床を蹴った。その手に刺剣が吸い寄せられるのをユウタは見咎め、やはり相手が氣術師であると解した。益々ムスビと真っ向から衝突させるのは危険であると認知する。

 踏み込みを決め、ムスビへと山刀を大振りに薙いだ。初手にしては杜撰な攻撃を疑い、ムスビの前へと立つ。背後で不満と罵声が聞こえたが、それを気に留めず目前の敵に集中し、小太刀で弾き上げる。

 すると、間髪入れずに刺剣が何度も鋭く刺し出される。初撃を防いだ手応えを感じた瞬間に、連続で繰り出されるそれらを丁寧に一つずつ叩き落とす。殺到する刺突の嵐にも冷静に対処し、刺剣が引き戻される隙を狙ってこちらも剣閃で狙う。

 布間を通すような正確さ。どちらも急所を寸分違わずに狙い打つが、総てが跳ね返される。

 だが、これでも両者にとっては小手調べである。相手がどの程度まで処し切れるかを見定める為の手加減した攻め。二人は調子を上げて行き、その手元をさらに加速させていく。交わされる刃の応酬は、連続で鳴る音の間隔を狭めていった。


「すごい」


 ティルが感嘆の念に呟いた。【猟犬】を返り討ちにした実力は伊達ではなく、目の前でその実力を披露する。自分とは違い、互角に渡り合って見せていた。

 ガフマンはユウタの戦闘ぶりを見て、その奇妙さに舌を巻いていた。死角や正面から襲う軌道の読み難い刺剣を見切る感覚の敏さ、正確で無慈悲な攻撃を返す動きの鋭さ、状況を把握する判断力の素早さは熟練の冒険者にも引けを取らない。

 ユウタから預けられた紫檀の杖で石畳を突きながら観戦する。


 ユウタは刺剣を鍔で搦め取り、天井へと弾いた。続く山刀の逆袈裟切りを上から振り下ろした小太刀で押さえた。


「ムスビ!」


「言われなくても!」


 ユウタの声に応じたムスビが、彼の後ろから飛び出し、動きを封じられたミヨリの右に立つ。


「甘い!」


 ミヨリが刺剣を引き付けようと氣術を使う。今から手繰り寄せても、問題なく接近してきたムスビを刺し貫く事が可能だ。確実に仕留める為に心臓を貫く。少女の美しく整った相貌を断末魔の苦痛に歪めてやろうと下卑た笑みを浮かべる。

 だが、手先の氣の流動が乱れた。操作した通りに武器を引き寄せる力が作動しない。不可解な現象に、氣の流れを感知で辿った。


 “──これって……ッ!”


 謎の正体はすぐに判明した。

 自身が操る氣の主導権を、全て少年が強奪していた。突き出された彼の手に吸収される。武器は宙で静止し、磁石に振り回される方位磁針のように奇怪に動いていた。

 ムスビの拳が横合いから叩き付けられる。


「は!?」


 ユウタは目を疑った。

 ムスビの拳の威力は、牽制程度にはなるだろうと予測し、彼女の攻撃を促すことを意図した。それで怯んだ相手の両腕を切断する準備体勢は既に整えている。怨みを晴らすなら、一撃でも入れれば、解決とは言わずとも納得はする筈だ。


 だが、ユウタの予想を裏切り、ムスビの拳撃が轟然と唸りを上げてミヨリの顔面を突き刺す。不自然に傾いた相手の顔に、一切の容赦なくそのまま振り抜いた。高所から岩石が地面へと落ちて地面に衝突したかのような音と共に、炸裂したムスビの一撃で壁へと沈んだ。強固な岩盤も同然の硬さを誇るダンジョンの壁面に、大きな亀裂を入れて半身が突き刺さった。ミヨリの足だけが伸びた状態で硬直した。時折痙攣しているようにも見受けられる。

 ユウタは一撃の下に、惨憺たる姿となった相手を見て、開いた口を閉じる事が出来なかった。拳を引き戻し、満面の笑みで勝ち誇っているムスビの腕を見て顔を引き吊らせた。あの華奢な体から、一体どうすればあの剛力が発揮されるのか。

 ティルは後方で、自分の上着に仕込んだ爆弾が作動したかと錯覚した。それがムスビのものと悟るのにはかなりの時間を要した。

 ガフマンはユウタに対する意識が、一瞬で総てムスビへと奪われた。巧みに技を交わしていたユウタと違い、豪快な力を振るう彼女に呆れて物申す事すら忘れてしまう。あまりに対照的な力だった。ユウタとは別種の意味で、違う潜在能力を見せ付ける。


「どう?見た?見た?!」


「え、嘘やだ……僕こんな珍獣を手元に置いてたのか。どうしようガフマンさん」


「結婚しろ」


「駄目だこの人も脳がショートしてる」


 ユウタは当惑に立ち尽くし、眼前で沈黙した敵を見詰めるしかなかった。


「さ、【冒険者殺し】はあたしに殺らせて貰うからね」


 ユウタの小太刀を見た。ムスビは無遠慮にそれを差し出せと催促し、詰め寄ってくる。彼女の剣幕に後退しながら、背に回して拒否した。

 ムスビが首を捻った。彼が拒む理由が判らず、煩悶としている。家族の仇を前に、仇討ちを果たそうとするのは当然の事だと訴えていた。その姿勢が、意思が、今のユウタにはただただ恐ろしく感じたのである。自分が今、人を殺そうと言う残酷な事実に無自覚な人間の姿は、本能的に相手を怯えさせる。


「ちょっと、あたしの手柄なんだから!」


「待て!何故、奴がここで冒険者の殺害を繰り返していたか、それを知らない限りは情報源を殺す事は愚策だ」


 咄嗟に口に出たのは正論だった。彼女の怒りを律する為の強い力を持つ言葉。

 ミヨリが【冒険者殺し】として、ダンジョン内に潜伏していた理由が不明な今、その背景に更なる<印>の策略があるかもしれない。ムスビにとっては大きな復讐を果たせる絶好の機会ともなる。

 彼女は押し黙って、ふんと鼻を鳴らした。


「おい、娘」


 ガフマンが進み出る。ユウタの頭頂に大きな手を置きながら、目に険しい表情を浮かべてムスビを見下ろしていた。彼女は剣呑な雰囲気を漂わせながら、視線を返す。二人の間に立つユウタは、二人から感じられる覇気に圧迫されて苦しくなった。


「何故、その女に強い憎悪を向けるかは知らん。ただならぬ事情を抱えているとは察するが、それでも娘が誰かを殺める──それを悲しむ人間の事を考えたか?」


「?何言ってるの。あたしの家族は戦士だった……だから殺された無念を、きっと晴らして貰いたいの。絶対にあたしも奴等が許せない。その復讐を果たして、何が悪いの?」


「我は、お前さんが狂気に人の命を奪う事が悲しいぞ。何があって、こんな小娘にそんな重い枷のような事を望む?」


「何も知らないあんたが、知った口で言うな!」


 ムスビが(こえ)を上げた。それがガフマンの周囲をより緊張させる。確かに彼は、彼女の過去を知らない。今日、確かに濃密な時間であったが故に長く感じていたが、ユウタ達と彼はまだ一日と経たぬ間柄である。そんな人間の感情で意思を曲げられるなど、ムスビからすれば言語道断だった。念願の仇敵を前にして焦慮に駆られている。

 ユウタはガフマンを見上げて凍りついた。

 彼の表情が、師の見せるあの悲しげな顔に酷似していた。それを見てユウタは了解する。

 その顔は、子供が自分と同じ道を辿ろうとする事に対する畏れ、それを諭せぬ遣る瀬無さだと。師はきっと、己を羨望の眼差しで見詰めるユウタに対して忸怩たる感情を抱いていてに違いない。彼は自分がユウタの考えるような人間でないと、そう言いたかったのだろう。


 “──わしのようにはならないでくれ。”


 いつもそう言う彼の真意はそうなのではないのだろうか。親が子を思う──そして、自身が辿る災禍と喪失を想起し、子供には辿らせまいとしているのかもしれない。ユウタには、ガフマンからそうとしか感じられなかった。


「ムスビ。さっき言ったけど、僕も友人を殺されたんだ。その時は確かに憎かったよ……凄く、どうしようも無い程にね」


「ほら、そうじゃない。誰だってそう思うのが道理よ」


「うん。でも僕は後悔した。この手で屠った、その手応えが未だに残っている。ふとした時に甦ってくるんだ。

 それで思うんだよ──僕は奴等と同類なんだって」


 ムスビが顔に渋面を作った。先程までミヨリを処理すると息巻いていた彼女の気勢が弱くなる。ユウタは小太刀を鞘に納めて、歩み寄る。

 右腕の包帯を取り除いて、ムスビの眼前に差し出した。


「ほら。僕はこれの所為で、奴等を招き寄せて、大切な人を巻き込んだんだ」


「嘘……あんた…アイツらの仲間…?」


「だったのかもしれない。僕は物心付く頃には、一人の老人と過ごしてた。その人にも同じ烙印があって……いつも僕の憧れだったんだ。

 彼も言っていた。これは呪いみたいなものだって。でも、僕のこれが愛情の形だといつか気付くって」


「……その人って?」


「僕の師匠だよ。親ではない…でも本当の家族みたいだった。何より、気にかけてくれた幼馴染の女の子も、これを見て僕を邪険に扱うなんてしなかった。

 師匠が、きっと僕に人殺しを望んじゃい無い。僕は彼に恥じぬよう生きたい」


「それでも……あんたとあたしは違う」


「違わない」


 ここはユウタもきっぱりと言った。


「ムスビ、何で家族は君を逃がしたと思う?戦士だったなら、立ち向かった筈さ……戦場では子供でも立派な戦力だから。でも、そうしなかったのは?」


「何が言いたいの?」


「決まってるだろ。君に手を血で汚して欲しくない。ただ生きて欲しいから、そう願ったんだよ。進んで奴等と敵対すれば無事じゃ済まない。

 家族は、君の平穏を願っただけだ」


「………」


 ムスビが口を噤んで項垂れた。ガフマンよりもユウタの言葉が心に響いたらしい。家族への復讐と、家族の想いに葛藤し、苦しそうにガフマンを見上げた。下唇を噛んで、何かを必死に堪えようとしている。

 赤い髪を掻きむしり、ムスビの肩を強く叩いた。


「我も娘が居たら、そんな真似はさせん!恋い焦がれ、蝶よ花よと愛でられておれば良い。冒険するも構わん…だが決して、人の死を悼む人間ではあっても、他人を殺める狂人であってはならんのだ」


 傷口に応急処置を施して、浅く息をつきながらティルは弱々しく微笑んだ。


「俺もミミナには、そんな事して欲しくない。家族ってそんなもんだ」


「じゃあ、誰が殺るのよ」


『誰もしない』


 その場にいる全員が、ダンジョン内に響き渡る声に身構えた。この場には居ない人間が発した声。だが、胸の奥を叩くような強さを込めた力がある。

 ユウタは春先の思い出が甦った。タイゾウが現れた時も、森の音すら掻き消し意識に訴えてくる声音。ガフマンの手から杖を受け取り、柄を握り締める。


「ガフマンさん、注意して下さい」


『ここに用はもう無い。悪いが、仲間は返して貰う』


「!こりゃやられた」


「?何です?」


 ガフマンが指差す。全員がその先を追うと、亀裂の入った壁面を映した。

 そこにミヨリの姿がない。忽然と姿を消した【冒険者殺し】に全員が目を剥いて、周囲を見渡した。しかし、上下前後にも第三者と思しき影は見られないのである。ムスビがガフマンの服の裾を掴み上げる。


「ちょっと、どういう事!?」


「奴等、相当な気配遮断に長けてるらしいな。恐らくは会話中、お仲間を颯爽と回収したんだろ。お前達との話しに夢中になっとった死角を突かれたわ」


「覚えがあります。僕の気配感知もすり抜ける手練れでした」


 ムスビが壁に拳を打ち付ける。彼女の腕が壁面を陥没させ、それがユウタをまた慄然とさせた。

 ここに用はもう無い──つまり、<印>は此所で何かを働いていた。それが何であるかを調べるには、もう今晩の【猟犬】との約束に間に合わない。【冒険者殺し】がこのダンジョンからも姿を消す。そう考えれば、なし崩しに解決ではある・・・禍根を残して。


「ガフマンさん。奴等、何をしてたんでしょうか」


「さぁな。だが、坊主の言う連中の策は解る。

 恐らくは、深層辺りに眠る何かを求めていたんだろ。片割れがそれを探り、ミヨリと名乗る女がダンジョン内から冒険者を徹底的に排除して弊害を少なくしようとしたのだろう。

 その過程で【冒険者殺し】なんぞが生まれた。そして、我らが来た時が奇しくも連中が目的を果たしたのかもしれん」


「奴等が狙いそうな物とは?」


「知らん。深層に眠る宝は数知れん。それに、我もシェイサイトのダンジョンを攻略した事が無いからな」


 ユウタはそれを聞いて消沈した。結局、“タクマ”についても、<印>の目的も、依頼の完遂も果たせなかった。ティルを救えた事以外、総てが徒労に終えたと思い、深々と溜め息を吐き出す。


「あーあ、あたし疲れた。今度こそとっちめる」


「ムスビ」


「殺したりしない。半殺しにする」


「それでも容認し難い物騒な発言だな」


 ムスビは改心した。憎悪を完全に消す事は叶わないが、それでも彼女のその手が返り血に穢れる事も無いだろう。自分とは違い、未然にそれが防げたことにユウタは安堵する。


「さ、坊主。冒険者の務めだ、ギルドに報告だぞ!」


「……初仕事、失敗ですね」


「ガハハハハ!そんなモンよ!我なんか初の依頼、商人の護衛で報酬以上の損害を町に出したわ!」


「わ、笑い事じゃない…」


 ガフマンは最初から破格だった。ユウタは苦笑して、ティルを背負った。彼の心臓の鼓動を背中で感じる。ミミナの下へと早く届けなくてはと使命感に駆られ、ユウタは歩調を早める。ガフマンは怪我人を抱え、戦闘の疲労があるというのに慮る様子もなく帰路を闊歩していた。


「ティル、帰ったら聞かせて貰うから」


「……説教は妹だけにして」


「覚悟しろ」


 耳元から聞こえる歔欷を無視し、振り返ってムスビを見る。彼女は病人のように左右へと揺れながら、覚束無い足取りで進んでいる。敵を逃した事、形式上は初仕事も失敗に終えてしまった事への落胆だろう。依頼内容を見れば、Lv.1の冒険者が受けるような難易度ではない。

 ユウタは嘆息混じりに、彼女を呼ぶ。


「ムスビ」


「……何?」


「帰るぞ」


「……はいはい」


「じゃあ、僕はヴァレンさんと落ち合うから、宿取っといて。柔らかいベッドのある宿」


「じゃあ、あんただけ馬小屋にしとく」


「構わない。君はダンジョン第四層で朝を迎えるだろう」


「冗談じゃないわよ!?」
























今回アクセスして頂きありがとうございます。

これからも宜しくお願いします!


ちなみに窓枠に顔を打って暫くしたら、痣できちゃって・・・それを友達の皆に笑われました。


「お前、トトロか!」


そこまで腫れてないわ(怒)!



 ・・・次回も、よろしくお願いいたします。





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