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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:優太と道行きの麋──下
253/302

妖刀『緋鬼』



 国境よりやや離れた北方の大地の一つ。

 十数年前より魔物が密集する地域となったため、人間が土地を放棄した跡地である。烈しい魔物による食物連鎖の頂点を競う争闘は、云わば魔物の歴史で謂われるベリオン大戦さながらだった。

 正に人外魔境――人間を排斥し、魔が築いた支配領域とも呼べる。

 何者も触れるべからず、其処に在るのは人を畏れ、妬み、憎む獣の牙が突き立つ地。踏み入ったが最期、その血の一滴までもが供物とされる。

 これを魔物の国、東国や西国に列する強国と比喩され、人々は密かにこう渾名した。


 恷眞帝国、またはカーリャタルナ。


 その中に属する諢壬跡地の北方の平野。

 新雪の一掃された荒野には淡紫の蒸気が煙る。

 雪溶け水がさらに蒸発する様な音を立てるが、透明だった液体が黒ずんでいく様は明らかに実態が異なることを意味していた。

 僅かに雪下で眠っていた植物までもが、根本まで腐敗して枯れる。


 地上から降り注いだ光によって、およそ深い場所まで潜って冬眠していた魔物もろとも土壌が汚染された。

 太陽とは対照的に、疫災の如し猛毒の光圧。

 照明した地上のみならず、その効果は普く物体に浸透して死滅させる。生命を根絶することのみを意図した凶悪な力が揮われた。

 辛うじて光が去った後も生き存らえた個体もいたが、断末魔の苦悶に打ち震え、死力を尽くして地上に上がったあとに事切れる。

 心臓の鼓動が停止すると、腐肉と化して水と共に蒸発した。


 恷眞帝国の一劃に体現された地獄絵図。

 滅亡した平野の全景を、北の山岳部で最も頭を高く擡げた霊峰の頂にて俯瞰する影があった。

 黄昏色の隻眼をかすかに眇めて、軽く足許の雪を蹴り掃う。軽く一啼きすると、垂直に等しい険難な路を駆け降りた。

 閃光のごとく奔り、一足は水を一瞬の内に気化させて地面を踏み鳴らす。

 高地に吹き荒ぶ暴風の孕んだ寒気を切り裂いて進み、平野までの距離を轟風となって潰す。

 道の途上で遭遇した魔物は、その首を狙って飛び付くも、素早く駆け抜けて素通りされた挙げ句、風に吹かれた途端に発生した烈火に焼かれて灰塵と帰す。

 森を疾駆するその速度は、あたかも樹木を含めたすべてが彼女の道から身を退いたかの様であった。

 平野の直前で脚を停め、北の方角に首を回す。

 そちらからも、森を蹂躙する巨大な外敵の土煙を巻き上げた威容があった。彼女は不機嫌に鼻を鳴らすと、再び前に向き直って走る。

 毒々しい蒸気の炊き込める荒野を前進し、周囲の景観に厳しく注意を払って眺めた。

 魔物の死骸が散乱する風景を直に近くで目の当たりにして、その目は益々険しさを増す。


 平野の中央に高く屹立する一つの柱の影を見咎めた。

 穢れた土を踏み荒らして方向転換し、その正体が判る距離まで迷わずに疾走する。今やこの環境下で聴こえるのは、自分の蹄で鳴らした己の足音のみ。

 紫の煙幕が晴れた近距離まで行くと、それが柱ではなく不自然に柱状で地表に突出した断層であると理解した。

 自然現象ではない、下賤な人間の所業か。

 頂上から下までを眺め回して、地層の中に挟まった異物の存在を認めた。

 大きく展かれた傘の如く、口内を外気に晒す醜い魔物の偉容である。何かを吐き出した後か、その喉の奥からそこかしこから立ち上る紫の煙を排出していた。

 被害を受けた魔物であるか否か、判断するのは早い。

 彼女の知る中で、この平野に縄張りを敷いていた個体に見ない者だったからである。


『ア゛~、畜生めぃが!腹ぁ減ったぁぞコラ』


 魔物が舌を動かして人語を話す。

 彼が少し接近した時、怪物の腕が高速で伸ばされた。

 自分めがけて無粋にも摑もうとする手を睨み、地面から跳躍して柱へと飛び付き、その壁面を再び蹴って怪物から離れた位置に着地する。

 毒の大地よりも汚物を見つけたかの如く、冷然とした眼光を地層の狭間で足掻くそれに向けた。

 災厄の元凶はこれか――彼女は了解する。


 自分を捕獲せんとした無礼と魔物の地を侵犯した大罪を咎めるべく、彼女が接近しようとした時、横の煙幕が唐突に穿たれた。

 気配も感知できなかった接近に驚き、その場から飛び退いた彼は、怪物へと直進する小さな人影に瞠目する。

 紫檀の杖を携え、怜悧な眼差しで先を見据えた瞳の少年だった。

 無音の跳躍で柱との間隙を詰め、無防備に晒された怪物の頚部の下へと潜り込んだ。何事かと彼が覗いた瞬刻の内に、怪物の頭部が肉体から刎ねられていた。

 その杖だった物から、二尺近くの長さに及ぶ刀身が現れている。

 他者を殺める武器、この地で唯一生存した人間。

 彼女は少年も敵と認識し、この両名を粛清すべく駆けた。


 刎頚の一刀を見舞った少年が、続く二閃を放とうと体を巡らせたが、宙に跳んだ怪物の首から垂れ下がった血管が伸長し、自在に動いて攻撃する。

 血を撒き散らす鞭の様な物を冷静に躱し、それらをまた一刀で断ち伏せた。

 しかし、その対処で生んだ僅かな時間の間に、別の血管を柱に搦めていた怪物は、奇怪な登攀で頂まで逃れて肉体の再生を始める。

 怪物を見上げていた少年を、彼女は油断と見て横合いから振り上げた後ろ足で蹴った。


 しかし、手応えは無く、攻撃に伴って発生した風圧に煽られ、横へと跳ね飛ぶのみだった。

 器用に背転して着地を成功させた少年に、彼女は空振りに終えた脚を引き戻して鼻をふんすと鳴らした。

 自分の攻撃速度に対応した人間は数少ない。

 若者ながらに回避して見せた少年をより危険な物として認識を改める。


 排するべき敵は少年のみではない。

 見上げた柱の上で、膝を抱いたような奇形なる姿勢で、こちらを見下ろして嗤っていた。単眼ゆえに、それは交互に忙しなく少年と見比べる。

 血を払って鞘に納刀し、杖に戻った。

 半身のみを向けたその体勢で、自分の背に隠すようにして構え、柄に右手を伸ばす少年に彼女もまた身構える。


『どっチも旨そうだな、食っていイかな』


 怪物の背から複数の管が伸びる。

 長く伸びたその先端から、再び毒を孕む瘴気が噴気孔より放散され、辺りの風景を占める紫色の濃度がより濃くなった。

 少年は口許を手で杜ぐと、踵を返して現場から離脱する。呼吸を止めて怪物に接近していたが、空気中の毒の濃度が上昇すると流石に危険だと感じたらしい。

 彼女もまた怪物に背を向けて離れた。

 魔物たちの骸を踏み越え、毒気の無い場所へと逃れる。存在するだけで他を滅する脅威は災厄が如し。

 相手が死の発散を中止し、自ら出てくるまでは尋常な手出しも敵わない。


 霧中から脱出した彼女は、同じくして死の境界から避難した少年と遭遇する。

 無害な土地で漸く呼吸を再開し、息荒く俯いていた。確かに長距離ではあった――素早く流麗な剣の腕、およそ三分近く堪えていた肺活量。恐らく厳しい鍛練の賜物だろう。

 あの毒の攻撃を凌ぐのも含め、並大抵の戦士では無い事が判る。

 しかし、あの怪物と争う理由は知れない。


 少年はこちらを狙わない。

 毒霧の中にて、怪物の前に気配を悟らなかったこちらの方が仕留め易かった。確かに危険度からしても怪物が高く、先に仕留めたいのもあるが、先に潰せるならば是非もない筈である。

 目的は災厄の排除の一念。

 人間と雖も、危害を加える積もりが無いのなら現状として取るに足らない存在。

 なれば、その戦力を利して平野を蹂躙する怪物を取り除く事に専念したい。


 自分は、この魔物の帝国を統べる王なのだから。






  ×       ×       ×





 長い無酸素運動から解放された優太は、呼吸を整えるべく酸素を大きく吸い込む。新雪の下に潜んでいた大量の魔物が死骸となっている。

 地下にまで浸透するとなれば、その侵犯領域は相手が何処に避難しようと獰猛に追跡し、一度捕らえれば死を確約する爆弾。

 毒素を振り撒く敵の策は、今も拡大を続ける霧の奥に鎮座する。呼吸によって体内に取り込んだ時に効果を発揮するとあっては、優太が戦闘では最大の主力ともなる感覚器官を封じられた。


 闇人の感覚器官は確かに常人よりも獣に近い鋭敏さを誇り、しかし鍛練によって磨かれねば低下していく。

 ゆえに厳しき修練の中で研ぎ澄ました五感は、人体を冒す類いには相性が悪い。皮肉にも、鍛え上げた機敏さが仇となり、より毒への耐性を低くしてしまっている。

 相手はその弱点を遺憾無く突いて、近接戦を主とする優太を巧みに突き放していた。

 流体でありながら、厳然たる絶壁のごとく目の前を立ち塞ぐ。毒の霧という弊害が一つ生じるだけで、討つ手立てとして選択肢の数を大いに削減された。

 不意を衝いた地殻変動によって拘束され、やむを得ずに大気に毒性のある物を充満させる。自身には強い毒への免疫があるのか不明だが、その地獄を自由に往来し得るのは、あの怪物のみに許された特権。

 地層の間から脱したならば、もう接近を畏れる必要は無い。その奇異なる能力を駆って優太を滅する。

 平野の三割を内包するであろう濃霧は、剰さず死の毒で占有されていた。最初の砲撃で多くの命を奪いながらも、貪欲にその猛威を拡げる。

 これでは徒に攻撃を仕掛けても、返り討ちに遭う事が想定できた。

 柱に縋り付いた怪物の追撃を実行していれば、今や元凶は根絶されていた。


 奇襲に失敗したのは、隣に居る魔物の所為である。

 四本の脚で凛然と佇立する大型の麋鹿(びろく)。蹄で土を掘り返し、汚染されて僅かに紫の滲む不吉な土砂を睨め下ろす。

 体色は白く、筋骨隆々として所々に傷痕が刻まれていた。その偉躯と相俟って、歴戦の勇士に似た風格を纏った立ち居姿でたる。

 鬣を模した緑碧と黄金の混じる氣の火焔が背で烈しく燃え上がり、吹き付ける風に火の粉を散らして靡く。鬣のみならず、蹄から踵の範囲や尾、そして一対の巨大な角を象って燃え上がっていた。

 賢しげに霧中を見据える瞳は、不完全な千里眼と同様に乳白膜が黒く、小さい紡垂状の瞳孔である。


 優太は怪物を感知して来ていた筈だが、この麋鹿の存在を全く認知できなかった。

 以前にも似た存在と遭遇している。

 つい最近、激闘の末に勝利を摑み取って討ち負かした強敵――拓真であった。

 即ち、この猛り狂う炎は聖氣である。

 明らかに普遍的な熱反応の炎とは全く別の物。

 存在が確認されていないだけで、人間にもそれを開花させた人物が何名かいるが、魔物という種も有しているとは予想だにしなかった。


 優太が注意深く全体を見回す。

 その視線を不快に感じたのか麋鹿の魔物は低く唸ると、黄昏色の隻眼で相手を圧倒する様な気迫を乗せる眼光を飛ばしながら流眄してくる。

 たった一瞥で、強い危機感を催された。

 先刻に攻撃されたのもあり、飛び退いて距離を置く。

 しかし、足が宙から浮いた途端に押し寄せた凄まじい強風に背を押され、わずか一歩分のみしか後退できなかった。

 今の現象について理解不能だった優太は、目の前でこちらに体の正面を向けた魔物を見上げる。

 先の攻撃もそうだったが、回避しても強烈な風に押し退けられた。

 これまで尋常ならざる膂力がもたらす攻撃の余波で吹く風はあったが、この麋鹿は自然現象から架け離れた力を行使している。


 麋鹿が霧の方に顔を向けた。

 数瞬遅れて、優太も感知する。

 地鳴りを伴って怪物が再び地下を掘り進め、こちらの足下に迫っていた。氣術で地中を圧迫したが、それでも地中から追い出す事しか能わず、結果として攻撃を許した。

 優太が顔を苦々しくして地面を睨んでいると、いつの間にか懐に潜り込んでいた麋鹿の鼻面によって胴を持ち上げられ、その背に投げて乗せられる。

 理解の追い付かない優太を無理やり乗せたまま、霧に背を向けた奔り出す。

 地下で怪物も、標的が進路を変える都度に方向を変えて迫った。


 優太は麋鹿の首筋に手で触れた。

 この速度ならば、怪物に摑まれる事も無い。逃避ばかりでは斃せはしないが、少なくとも策を練る猶予が与えられる。

 その間に、先ず自分を乗せて逃走する麋鹿について考えた。

 魔物が容易く人間を背に乗せるなど有り得ない。深い事情がなければと考えても、魔物は本能に従って動く獣に等しく、明らかに優太を助けることが異常事態であった。

 実情を知るには、直截的に本人から聞くしかない。

 氣術による擬似的な『他心通』による会話を試みる。魔物で試行した事は無いが、『六神通』の力の一端ならば、種の隔たりも無効とするだろう。

 掌から微熱を感じ、次第に全身へと伝播する。

 互いの体内を接触した手を中心に収斂する波紋に似た振動を感じた時、両名の意思は繋がったのだと了知する。


「アンタは何者だ?どんな底意があって僕を助ける?」

『不思議。人と会話したのは半世紀振りよ』


 手応えあり。

 優太は杖を片手に、気配感知で怪物の位置を調べながら尋ねる。


「あの怪物は、いま北に潜伏する組織に生産された人造の魔物だ。複数の魔物の生態を兼ね備えていて、標的である僕を強襲してきた」

『狙いは貴方ね。

 私はこの北一帯の土地を統轄する魔物。足元で息絶えた者や、いま東方から募り戦争の準備を整える者もまた私の子』

「魔物の王……という事か?」

『それで相違無いわ。昔ある人間にムジカと名付けられた』


 怪物が急上昇を開始した。

 土を掻き分けるのではなく、自ら掘り進めた地下通路の足場を蹴って、跳躍の勢いそのままに頭で地殻を破壊している。撃ち上げられた砲弾となって、こちらに鬼気迫る速さで肉薄した。

 優太は邪氣で手綱を生成し、麋馬の魔物ムジカの進行方向を急転換させる。天隠神(ディン)の背に響と乗った時の失敗があって、ゼーダと練習していた騎乗の技を実践した。

 それに従った彼女がその場から俊敏に離れると、半泥状になった土を噴き上げて地上へと再び異貌が現出する。

 優太は手綱を放し、手元に急造した邪氣の弓矢を連射した。雨水の如く降り注ぐ泥で視界が悪いが、氣術で正確に位置を捕捉しているため恙無く連射する。

 凶悪な射撃に、しかし怯むことなく被弾しながら怪物が追走して来た。皮膚が如何なる硬度や厚さを備えていようと邪氣は魂と肉体を保護する聖氣を攻撃して致命傷を刻む。

 しかし、幾ら着弾しても敵の進撃に僅かな緩みすら無い。


 ムジカが足を止めると、鬣から空気に撒布される火の粉が直線を描いて怪物へと飛んだ。ただ目的もなく切り放されて消えるはずの小さな熱の塊が、自我を持っていたかのようである。

 怪物が首を傾げて動きを止めた。

 全方位を囲って漂っていた火の粉――それぞれが眩い光を放出し、一瞬の後には雷鳴を轟かせた。

 天地が反転したかの如く、地上で発生した稲光に思わず優太も目を瞠る。高度な魔法を操る魔導師でも、この威力を再現することは叶わない。

 焦土の中で四肢が灰となって崩れ、それでもまだ匍匐する。

 追撃に優太が大気中から練り上げ、生成した氣の弾丸を投擲した。圧縮された力の塊は、物体に衝突した衝撃で元の形に戻ろうとする運動力が働く。高圧力を加えて作ったため、開放された際の反発力は想像を絶する。

 怪物の眉間に命中すると、真紅の閃光となって轟音を炸裂させた。

 邪氣をものともしなかった身体強度も呆気なく、放射された反発力に耐えられず顔面が拉げて頚が捩じ切れる。

 頭部に多大な損害を受けた怪物は、それ以降微動だにせず、地面に力無く伏臥した。


 警戒心を解かず、微かな挙動も見過ごさんとばかりに目を光らせる。

 ムジカもまた不用意には近付かず、敵の周囲を円弧を描く様に歩く。


「戦争の準備って?」

『恐らく貴方を狙う組織と同一、北を開拓する邪悪な人間を恷眞より剔除する為に』

「そうなれば、この怪物に似た奴と戦う事になる」

『我々も近々仕掛ける心算』


 魔物も己が縄張りを防衛すべくトライゾンを敵視している。

 状況としては、優太達と同じ目的で動いていた。尤も、動員される総数は比にならぬものではある。大陸に内包される同盟軍や解放軍とは異なる第三勢力。

 その軍を統べる王の背に跨がる奇々怪々な現況に優太は苦笑した。


「僕も奴等から恋人を取り返す所存。一時ではあるけれど、貴女たちの進軍を掩護させて貰えないだろうか?」

『最初からその積もりで背に乗せたまで』


 優太は提案する前から自分に選択肢が無いことに笑った。強かな魔物の王による強迫が、現状として都合の良かった事に安堵する。

 これならば、ナタスの様に移動時間を短縮する手段を得たも同然。

 しかし、馬上では敵襲に際し、仕込みの刃を抜き放つのに些か難しい体勢である。

 長剣か、もう少し刃渡りのある刀剣が望ましい。


 何処で武器を都合するか思量していると、ムジカが何かを察知してその場を飛び退いた。

 突然の移動に揺られ、慌てて手綱に摑まって体勢を立て直す。復活した敵の攻撃かと肝を冷やしたが、死骸はそのままに地面に伏したままだった。

 堅い物が地表に落下する音を聞き咎めた。

 優太は過去位置に転がった物に注視を注ぐ。


『何……これは?』

「……刀だ」


 ムジカの背から飛び降りて、それを手にした。

 都合の良すぎる時に現れた武具の正体を、優太は何故か疑わず、躊躇わずに触れる。

 その奇妙な感覚に隠れた()()()()()()()に気付くことはなかった。


 ()を摑んで抜き放つと、黒曜石の様な刀身が現れる。妖しい艶を帯びた漆黒の刃は、鎬地に添って丁子の模様が微かな赤みを帯びていた。

 業物と見える逸品を眺め回すと、軽く一振りする。

 試し斬りにもならない無造作な仕草だったが、それに伴って刃先から文字通りの紫電が迸り、地面に鋭い切れ込みを入れた。

 揮われた力は、優太の感知にも認められない性質である。

 疑わしいが、この中にムジカや拓真、仁那同様の聖氣が宿っていた。

 刀身自体も、それを保有する為の物質――火廣金(ヒヒイロカネ)である。

 どんな用途で、何者に鍛造されたかは知らないが、刀という造形に凝縮された強大な兵器であると確信した。

 一刀が産み出した威力に感嘆し、鞘に納めてからも掲げて見詰める。

 柄を取り外すと、銘が刻まれていた。


「……『緋鬼(ひき)』」

『この“異形”を討ち果たした末に奴等の寄越した皮肉な贈呈品か?』

「いや、判らない。少なくとも罠の類いは無いし、手持ち無沙汰で困っていた時だ。有り難く頂戴しよう」

『所有して良いのかしら』

「見る限り、民間伝承の中にある空想上の……妖刀に相応しいね」


 優太は紫檀の杖を腰の後ろに、妖刀緋鬼を左に差した。

 邪氣で(あぶみ)を作るとそれに足をかけて一思いにムジカの背に跨がって手綱を摑む。


『人間に乗り物扱いされるのも、些か業腹ね』

「済まない。奴等の居る場所まで行こう」

『私の仲間が集合している場所がある。そこに先に行くけど、貴方が同行する事情は話すから、共に来て貰う』

「了解した」


 ムジカが毒の平野の中央で啼き声を上げて、西の方角へと地面を蹴る。魔物であり、その中でも上位とされる者ならば尚更、その速度は体感した事のない速さであった。

 騎乗の技術に長けた者でも、初速から面食らうであろう走り出しにも、優太は既に慣れており、落ち着いて周囲を検分している。


 北の山岳部で山の一つが瓦解した。

 盛大な土砂崩れが遠雷の様に辺りに響く。


「誰だろうか」

『先刻の怪物の奴儕でしょう』

「始末しに行く?」


 走りながらムジカは首を横に振った。


『それも良いけれど、彼方は別の勢力が対敵している。私達は先を急ぎましょう』

「了解したよ」

『油断していると舌を噛むわよ』

「お気遣いどうも」


 魔物の王を伴って、優太は平野を去った。

 腰に帯びるのは、優太の意思が敵に屈する事が無い限り、刃毀れする事の無い“加護”を付与する、“無名の闇人”専用の『無銘の剣』。


 そして、さらにもう一振り――妖刀『緋鬼』がこの時に何を意味するか、優太が知るのは更に先の事であった。

 優太にはただ、腰元で小さく身体の邪氣に反発するような力を感じるだけである。

 しかし、正体について自ら開示するのを望むかのように、北の騒音が激しくなる都度、妖刀から微弱に発せられる反応が大きくなっていた。


 “彼ら”は望んでいる――再びその血の手に戻ることを。






アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


予告すると、これから


迷宮(ダンジョン)の存在意義。

・蒼火の過去。


が解明されます。

物語上では非常に重要となるので、頑張って分かりやすく書きたいと思います。


次回も宜しくお願い致します。

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