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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
番外編(休憩):水底の記憶
248/302

妖しき月影(壱)~月の村~

三話くらいになると思います。



 第一次大陸同盟戦争。


 その最中、街には届かずも魔族の脅威からは遠い北部に属する村は、中々に栄えていた。

 戦時の需要などを考え、売り手の多い南方で品を(ひさ)ぐより命を惜しんだ行商が集まる傾向がある。

 終戦の兆しはあれど、未だ混迷の時代は予断が禁物、慎重に事を処さず物を(ゆるが)せにしては、後顧の憂いはより悪夢となって身辺を襲う。

 何も敵は海外ばかりでなく、協定を結んだ同盟にすらあり得る。政敵と見定めし弊害に遣わすは悪意の凶刃による屠殺。

 暗殺者もまた、この時世にて食に困窮する事は無かった。刺客の界隈で名のある有能な人間ならば殊更に請け負う仕事の数は桁が違う。

 しかし、積み重なる仕事に忙殺された者は、次第に心疲れに失敗を招かれ易い。故に、余暇を北側にて過ごす者が多かった。


 悪意の渦より一時脱して、中央大陸北部は”月の村“と呼称される場所にて、体を休めるとの名目で訪れた少年がいる。

 若くして業界に名を馳せる彼は、平生その身を修羅場に置いてきた日常を離れて、村の宿に来ていた。

 別段疲労を感じてはいないが、知人より久しく届いた再会を望む一通の手紙に応え、予定より些か早く村に到着する。


 少年の名は――(アキラ)、後世に伝説の暗殺者と語り継がれる刺客の手練(てだれ)

 これより会う主に命名される前であり、本人も“闇人(ヤミビト)”を名乗っている。

 薄汚れた単衣と裁付袴、足袋は黒一色で統一された装束。草履で踏み締める足からは音もさせず、道行く人々の中に無色透明の空気となって溶け込んでいた。

 癖のある長髪を一つに結い上げ、表情に乏しい面相は端正で白く透き通った肌。左の面を前髪で隠して、その奥より周囲を窺う目を光らせた。


 まだ昼時も遠い朝方、宿の受付が始まる際疾い時間帯でも人は多く道は混雑する。

 暁はその中をすり抜けて、落ち合う約束の宿屋『音道(おんどう)』を目指した。人通りの少ない道を颯爽と抜けて歩む。

 本道を外れて暫し、辿り着いた目的地は先刻離れた絡繹の一端が流れて盛況する場所だった。

 捷径と踏んで選んだ道程が徒労に終えたかの様な思いにも動じず、店に入る参列へと加わる。


 待つこと半刻、漸う店内へと入れた暁ではあったが、食堂の端にある所定の席は、まだ誰かが使用していた。

 仲睦まじい恋人は皿を平らげて、それでも(たむろ)して雑談に花を咲かせる。店の(めぐ)りなど考えず、その席を占有していた。


 入口に立ち尽くしていた暁の前で、食器を運んでいた宿屋の主が止まる。

 望洋と天井を見詰める彼を注視すると、厨房の方を顎で指し示す。


「突っ立ってンのは邪魔だい」

「すまない」

「腹減ってんのか」

「人と約束をしている」

「なら、そいつが来るまで手伝ってくんな」


 暁は少し思量してから、肯いて厨房へ向かう。

 流し場に積み重なる食器を洗い、それを新しく入店した客の注文を叶える品の土台として宛がう。

 人を待っていただけで運営に携わる事になる己の現状の珍妙さにも、暁は無表情だった。


 厨房に知らず識らずの内に立っていた少年を訝る面々は、やや自分の仕事の多さに音を上げていたのもあって、彼を使役する企みをする。

 最初は流し場で客より排出された食後の皿を片付けていた暁の職場は、料理も出来るとあって配膳や調理まで一任された。

 最初は厨房の中でも唯一平時の服装だった彼は、同じ職場を担当する年上の女性から前垂れと三角巾を施され、もはや店を支える一員に風変わりしている。


 そんな頃に、知人は食堂を訪れた。

 背には拵えも無く、鞘もない長刀。恰も針をより長大にしたかの様な獲物を担いでいる。

 手巾で片側の目隠し、法被と股引に手甲と脚絆、(はだし)の男。腰帯には雑嚢を幾つか付けていた。

 罠仕掛けを得手とする刺客の嵌是(カーゼ)は、所定の席を占める男女に舌打ちして、ならば他の席かと隻眼を店内全体へ巡らす。

 その途中で、配膳をする店員の一人に視線を留めた。

 見た目は制服で誰も同じ、しかし雰囲気の異質さが違う。客に悟られず接近し、一声かけて食卓を一驚させては、速やかに注文を聞いて厨房に戻る姿。

 嵌是はその仕事振りを眺めていたが、やがて近付いて、後ろ姿に誰何の声を飛ばす。


「おい、闇人!オイが来たで」

「ああ」

「……お()ぇ、何だその身形は」

「店の物だ。割烹着もあったが此方が動き易い」

「いや、何でお前ぇが働いてんだって話よ」


 暁は応えず、配膳を淡々と行う。

 沈黙で返された嵌是が途方に暮れて立っていると、その肩を背後から摑む店主。

 嵌是は些か嫌な予感を覚えて振り向けば、そこに厳つい面が不器用な笑顔を浮かべていた。


「働くか?」

「正気かい宿の親方。堪忍してな、オイは客だぞ」

「飯を食いに来たんじゃねぇだろ?」

「あいつを開放してくんな。オイ達は店を出るから」


 嵌是の言葉に引き下がった店主だが、委任された職務は完遂すると暁は断って、仕事を継続した。

 間もなくして、嵌是もまた食堂を掃除する立場に回って、やや涙しながら箒で埃を掃いた。



 二人の仕事が一息ついたのは昼時。

 嵌是は店から供された賄いの品を箸で突つく。客側から一転して店の商いを手伝う己の惨禍を嘆いて、食欲すら失せている。

 対する暁は、ただ無言で食事を摂る。

 いつしか職場で好印象を受けられたのか、厨房にて協力していた複数の女性から声を掛けられていた。それらへ律儀に会釈や返答をしながら、彼は嵌是の様子を見詰める。


「オイは早く宿(ここ)から出てぇ」

「疲れたか」

「そうさな。使用人の如く雑用押し付けられて、喜ぶ人間は知らねぇな」

「…………仕事があるのは、良いと思う」

「休暇にまで働いて堪るかってんだい」


 理不尽な忙殺に糾する嵌是の慨嘆。

 暁からは犒いの一言すら無く、それもまた嵌是の体により深い疲労感を与えた。

 束の間の休息を味わう二人へ、宿屋の親方――はぎのが快活に笑う。


 暁は訝って、首を傾げる。


「仕事ではないなか?」

「お前さん、仕事って言わなきゃ来ないだろうと思ってな」

「謀られたか」

「そうだ」

「そうか」


 暁に差して悲嘆の色はなかった。

 後の人生でも、私生活に於ける人との約束を壊滅的に守れぬ彼の性分を、嵌是は意図せずして回避していたのだ。

 仮に休暇と誘っていたなら、嵌是は一人で店に佇んでいただろう。


 ふむと頷く暁の背後で、割烹着を着た女性達が姦しい。

 はぎのが鬱陶しそうに見ながら、二人に尋ねた。


「外で雪が降りだした。お前達、宿はどうしてる?」

「此所に居んのもちと嫌だが、労働の見返りは一部屋借りれるくらいにゃあるだろ?」

「お前達の働きからするに残る支払い額は……」

吝嗇(ケチ)にも程があんだろがい!?」


 そうして、二人の午後の労働が再開された。




  ×       ×       ×




 二人は宿ではなく、親方が別に所有する家屋にて民宿となった。

 人が寝静まった夜半の帰路は、雪の降る音が聞こえそうな静けさである。

 宿泊代は免れたが、はぎのが持つ家とあって嵌是の相貌には不満の色しかない。口に出さぬが最大の譲歩、微かな刺激で忽ちに滂沱と溢しそうな予兆である。

 暁としては暗殺業の中に生じた休暇、如何に時間の使い途を考え倦ねていたところである。宿の仕事もまた一興、特段託ち顔になる事は無い。


 家に辿り着いた時、戸口にはぎのが仁王立ちになる。

 怪訝に思った嵌是が一歩退き、何気ない仕草で腰の雑嚢に手を入れた。

 誰もが気に留めぬ速度や手つきを考えたその挙止も、しかしはぎのは見咎めて険相が更に厳しくなる。


「お前さんら、刺客を業とする奴か」

「ご名答。此所へは単なる休暇だけんども」

「そっちの兄ちゃんは死人みたいに気配が無えからな。直ぐに気づいたよ」


 宿屋の親方としては、当然だろう。

 暗殺者が仕事を求める時、仲介者に斡旋して貰う際に飯屋や宿の一室、或いは食堂などを利して交渉するのが常道。

 国の高官でも、己の手が露見せぬように、敢えて町の平屋や何気ない路傍などで行われる事もある。


 暁は首肯する事もなく、はぎのを見る。

 家屋の前に立つ彼は、食堂に居る時にも優る気迫を発していた。無論、普段から人の生死に係わる仕事に身を窶す彼等がそれに臆する事もない。

 二名はどちらも暗殺者としては若くとも達人とされる。

 宿屋の親方から感じる気迫など、命の遣り取りとなった際の緊迫した状況下に比すれば大事無い。

 寧ろ、暗殺者を家の前に招いて今さら止める彼の魂胆が解らない。


 はぎのは腰に両手を当てて昂然と立ちはだかる。


「良いか、お前達」

「何でい」

「内には一四の娘が居る。家に泊まるのは自由だが……」

「ああ、そういう事な」

「絶対に手は出すな」

「何も心配すんなや。仕事以外なら恩を仇で返す真似はしねぇやい。それに扱き使われたんで、早う寝たいんでね」

「俺も同意見だ」


 年頃の男二人、なるほど娘が居るならば疑って当然の理。父親てして安全を懸念していた。

 暁が頷くのを、二人は怪訝な目で見詰める。


「何だ」

「お前さんが一番怪しい」

「何故だ」

「店でもさんざ声かけられてたろ、特に女。好色家は除いて、かなりの評判だったろ」

「何がだ?」


 暁の反応は、自身が何を疑われているかを悟っていない。


「げっ……マジかよ。まあ、暇ある奴なんざこのご時世にゃ居ねぇが、まさか娼館とか女性経験も無ぇ口か。あと女心が解らないとか」

「娼館は無い。女心は幼馴染より教授された」

「ほう。例えば?」

「女は複雑だ」


 暁の発した一言に、二人は硬直する。

 女心という漠然とした題を問われれば、誰もが頭を悩ませて捻出するのが普通。即答できる者など、よほど女の扱いに手慣れているか、単なる阿呆のみ。

 しかし、どちらに属するかも判然としない暁の簡潔な即答には、二人が呆気に取られた。


「……そんだけか?」

「……要約した」

「嘘付け。その幼馴染も碌な奴じゃねぇだろ」


 暁は脳裏に浮かぶ幼馴染との記憶を想起する。

 森の奥で共に遊んだ少年であり、もう一人の幼馴染の逆鱗に触れても判らぬ暁を諭してくれる。


「いや、立派な人間だった」

「どうだか」

「少なくとも、身を以て識っている」


 暁の返答の悉くを懐疑的に見る二人は、そのまま呆れてしまった。


「ま、良いだろ」

「そん時ゃオイ達を張り出しゃ良い」

「ああ、それと一つ。――柄に紋章の入ったの刀が飾ってあるが、絶対に触れるな」


 はぎのも諦め、屋内へと招く前に忠告した。

 二人は家宝なのだと認識して、触れぬ事を約束する。

 一礼して暁と嵌是が閾を跨いだ時、廊下を慌ただしく走って接近する足音がした。

 上がり框に腰掛けた全員が振り返ると、そこに亜麻色の長髪を結った娘がいた。


 単衣に裾を絞った袴で胸を張る姿は一瞬だけ男に見紛うが、齢を一四でその容貌は豊かな肢体、所作からは清艶な印象を受ける。

 眥に掛けてやや上がる眉の尻では、前髪が撥ね上がった旋毛が巻いており、そこから綺麗な白い額が覗く。

 沈黙する一同に娘は笑いかける。


「珍しいお父、他のもんを連れて来るなんて」

「今日、臨時で働いてた二人だ」


 娘が二人の前に躍り出る。

 暁達もそちらに体を巡らせた。


「初めまして、おなきやで」

「オイは嵌是」

「闇人だ、世話になる」


 宿屋のの親方の娘――おなきは、暁を矯めつ眇めつする。既に彼は視線を外して草履を脱ぎ捨て、手拭いで足の砂を払い落としていた。

 おなきの反応に首を傾げた嵌是とはぎのは、暫くして蒼褪めた。

 彼との間に嵌是が割って入り、はぎのは娘の肩を摑んで引き離す。


「どうした、嵌是」

「油断も隙も無ぇな、お前さん」

「休暇だ、気張る必要は無かろう?」

「意味判ってねぇだろ」


 おなきは興奮気味に父の肩越しに暁を見詰める。


「あの人、誰!?仕事無いんなら、家で働かん!?」

「やめや、おなき!」

「そうだぜ娘さん。こいつぁ仕事も碌に(こな)せねぇ奴だ、穀潰しになるぜ?」

「すまない」

「面倒臭ぇからお前さん黙ってろ」


 おなきを諫めて、二人は居間で夜食を供された。その間も、暁の隣に張り付く彼女だったが、当の本人は全く反応しない。

 呆れと疲労に箸だけが動く嵌是。

 臭いに寄せられ、鼻先を飛び回る虫を払うが、存外俊敏に旋回して捕らえ難い。

 不意にはぎのの視線が暁の紫檀の杖に固定されているのを見咎めた。

 その目は鋭く、剣呑な杖の中身を看破しているかの様な眼差し。


「はぎの、どうしたんでい?」

「闇人、嵌是……少しアンタらの得物を見せな」


 はぎのに言われ、暁は仕込み杖を抜刀した。

 鎬地まで研がれた白銀の刃が熾火を一瞬眩く照り返す。その過程で嵌是の手を煩わせていた蝿を墜とす早業に、一同が沈黙する。

 計算されたかの如く、両断された虫の死骸は、そのまま火に落ちた。

 鮮やかに斬った刃に汚れは無く、手渡されたはぎのは鞘より抜き放たれた技と美を感嘆の息と共に眺めた。

 嵌是もまた錐状長刀を渡す。

 柄頭に硬質且つ柔軟、意識せねば視認も難しき細い糸を結い付けた珍妙な得物である。


 品定めするかの様なはぎのの挙措は、珍しい物を眺める子供の様な好奇心と、しかしどこか刃を撫でる手先の動きが滑らかな事に暁は気付く。

 ――あの手の動き、刃物の扱い方を知る者だ。まるで……


 おなきは含み笑いをこぼして、二人に耳打ちした。


「お父は元は刀鍛冶、気になったんかもね」

「仕込なのに感付いたのはそういう事かい」

「…………」


 はぎのは二人に刀を返戻する。


「さぞや名のある刀工が打った物と見受ける」

「おう?オイも闇人も同じ人だったな」

「その者の名は?」

「名もない小人族」

「確かドン爺つったな」


 暁達の返答にやや沈黙した後、はぎのは上階の方を振り仰いだ。


「この村には、伝説の妖刀が存在する」

「妖刀……人の血に飢えてるって奴か?」

「他にも、何かが宿ったという意味がある」

「そんな曰く付きの物、戦の時代にゃ腐るほど生まれるもんだろ」

「これは私の祖先から続く話だ」


 はぎのが口を開いた時、鐘の音が鳴り響いた。

 屋外の空間に重く谺するそれに、全員が振り返る。時としては、既に日付が変わるのも目前の頃だった。

 暁は鞘に仕込を納める。

 はぎのも首を横に振って笑った。


「今宵はこれまでだな。二人とも休め」

「おい、親方。オイ達は明日も働かんぞ」

「この村に集合したの目的あってか?」


 嵌是は頷くと、おなきに抱き着かれ、猛攻を受けていた暁の背を叩く。


「なーに、互いに久しく会った仲。積もる話もあるし、安穏と北側を歩き回って行こうって予定だ」

「そうだったのか」

「それ以外に休暇の過ごし方なんてあるか?」

「そうだな」


 暇乞いを告げたはぎのが寝室へと襖を開けて退室する。

 おなきに案内され、暁達もまた上階へと上がった。長い廊下を渡り、二人はそれぞれ別室を宛がわれる。

 部屋の前で、欠伸を漏らしながら嵌是が暁に向けて顔を向けた。


「んじゃ、また明日。ゆっくり休めや」

「ああ」


 嵌是が入って間も無く、暁も入室して直ぐに就寝した。

 微かに屋内に漂う、異様な気配を感じ取りながら。





アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


嵌是は十七歳、暁は十五歳。

修還(シュゲン)はたぶん名前のみの登場ですね。因みに彼は当時十八、十九の年頃。


おなきは十四歳の娘です。


次回も宜しくお願い致します。


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