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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:優太と道行きの麋──中
246/302

拓真とシェイナ



 地中深くで優太は空を仰いでいた。

 円形に天井を穿ったかの様に、茜色の曇天が見える。不思議な場所から再び帰った後であり、知識は冴えていた。

 上体を起こして、自分の体を検めた。

 外傷は無く、完全に治癒している。

 しかし、満身は己の出血で汚れていた。果たして回復したのかも些か疑わしい状態に、優太は眉を顰める。

 一度、本当に臨死体験をした。

 番人に蘇生されなければ、拓真の言葉通り黄泉國へと流れる魂となっていただろう。

 簡単な体操などで動作確認を行っても、どこも骨身が軋みを上げる部分はなく、けれども至るところから血が滴った。

 やはり、番人の存在は本物であり、あの場で目にした“世界の真性”は紛れもない事実。この世では、神族のみが知る禁忌とされた真の世界の姿を視た。

 優太は氣術で脚部の瞬発力を増幅し、三丈もの高さにある地上へと跳躍して戻る。登攀で体の具合を調べるのも良かったが、番人の回復が本物と知れた今、確認すべき事柄の優先順位が他にあった。


 地上へ帰還した優太は、荒涼とした里の景観を見渡す。

 里全域に甚大な被害をもたらしたのは自分と拓真の戦闘であり、滞在期間は少ないといえど蹂躙された故郷に苦々しい顔をした。

 より状況を把握する為に歩こうと一歩前に踏み出した途端、脚部から電流が全身へ満遍無く奔る様な痛みと共に、途轍もない虚脱感と疲労感に筋肉が圧迫される。

 両膝を突いて倒れる優太は、何事か判らず震えて力の入らない脚を見遣った。瞼も重くなり、何度も意識が明滅する。

 体内氣流を加速させて応急処置を施すが、急場を凌ぐ回復にすらならなかった。氣術による誤魔化しも利かない窮状。


 番人は蘇生や致命傷の回復は済ませていた。

 しかし、体力面に関して彼女は全く触れていないのだろう。故に、戦闘で蓄積した負荷のみは体内に残り、傷が癒えようとも行動を阻害している。

 これこそ、”規則に反しない程度の蘇生“なのだ。優太は黒檀の杖に縋り付いて、蹌々と立ち上がる。

 戦闘の末に、拓真を討ち取ったか否かを確かめなければならない。

 相討ちでなければ、今の優太では確実に勝機が無く、忽ちに蘇生の意義も無く処刑される。元より満身創痍な状態で肉体を酷使し、聖氣を全開で行使したのだから、拓真とて無事では済まない。

 斃れる相手の姿が想像できず、優太の中で不安は際限なく膨らんでいく。

 響花は無事に逃げられただろうか?

 ゼーダの安否は、子供の行方は?

 仲間は未だ健在だろうか?

 慎やセラの様子、それと母の幻影は?

 もし自分が敗北したなら、彼等の命が潰えてしまう。健気に待っている花衣との約束や、暁の願望の成就も無駄になる。


 前方を遮蔽する土煙の中に、忽然と人影が浮かび上がった。

 優太の表情が絶望一色に染まる。

 風に裂かれたところから、仮面の下より滂沱と溢れる流血で濡れた拓真が直立していた。超然と背筋を伸ばし、その体を支える足はまだ地面を(つよ)く摑んでいる。

 呼吸は荒く、その右腕は肘の下より爆裂して損失した惨状だった。千切られた藁の如く弾けている筋繊維の断面からは煙が立ち上る。

 一点に聖氣を集中させたが為の破壊力であり、その傷は確約された反動か。

 それでも、まだ優太よりも余力を有している。


「聖氣と邪氣は……衝突すると、分散する。まだ、十全に邪氣の回収が済んでいない、ようだな……」


 重傷であろうとも、拓真は冷静に敵の損耗を分析する。仮面の奥から聞こえる声には、戦意の炎が未だ烈しく燃えていた。

 対する優太には、もはや手立ては無い。

 斥力や引力は操作は可能だが、それでも石を動かす微弱な力。

 拓真が推測した通り、邪氣の回復が完了していないとなれば、いま発揮しうる力量も本来の力の半分にすら至らない。


 拓真が腕を後方に引き絞る。

 危険を察知して優太は躱そうとするも、肉体は思考に追い付かず、鈍重な行動速度でしか動かない。危機感に脳裏で警鐘が強く鳴り響く。

 突き出された張り手から発せられる氣を束ねた物理的圧力に、優太は為す術無く転がった。

 やがて瓦礫に激突して静止した優太は、伏臥のまま歩み寄る拓真を睨め上げる。

 傲然と顎を上げ、足下の相手を片足で踏む帝王は、血反吐を吐きながら拳を振り上げた。その拳固を武装するかの如く、大気中から練り上げられた氣が緋色の半透明な球を生成する。


「貴様を殺して、最期の復讐を全うしよう」


 拓真の腕に宿した凶器が振り翳される。

 優太は接近する氣の塊に瞑目した。


 しかし、それが優太の肉体に到達する事は無く、拓真の左腕が宙を飛ぶ。上空高くに舞い上がり、里の一劃を爆発させて消滅する。

 両腕を喪失した拓真は、後ろへと視線を動かす。

 そこには、自身同様に深傷を負いながらも立つゼーダが居た。氣巧剣を振り抜いた体勢で静止している。


「……透……お前……!」

「死なせない……薫様の為に!」

「お前では敵わんとさんざ言った筈だ!」


 拓真の叱咤に爆発したかの如く、ゼーダを衝撃波が弾いた。岩に背を強打して沈黙する彼に、更なる氣の弾丸を発砲する。

 しかし、その寸前で優太の生成した邪氣の防壁が展開された。十全に復調していない上に、精神力を消耗した優太では操作可能な密度にも限界があり数弾が貫通する。

 それでも、ゼーダに着弾する前に消散した。

 拓真は足の裏から斥力を放出する。

 地面に押さえ付けられ、逃げ場の無い優太は凄まじい圧力を体に掛けられて血を吐いた。

 ゼーダが再び前に出ようとして、首を見えざる手に摑まれたかの様な圧迫感に襲われる。

 拓真は両手に、二つの命を握っていた。


「見ていろ、暁……貴様の野望も、これで――」


 拓真がまさに優太達の命脈を断たんとした刹那、連続で轟音が炸裂した。更地となった里の上空に響き渡る音と共に、優太達は己を苦しめる圧力が消えた事に気付く。

 優太が見上げれば、拓真の胴体に複数の小さな風穴が空いていた。さしもの拓真も事前に感知できなかったのか、傷口を見て狼狽える。

 一同を見下ろす瓦礫の上で歓声が聞こえた。


「っしゃ!予想通り!氣の鎧が弱体化してやがるぜ!」

「ま、慎……」

「随分決心が遅れたが、助太刀に来たぜ!」


 漆黒の拳銃を駆る慎の背後から、剣を片手に携えて獰猛に飛び出す赤い影。

 低く馳せた獣は西方にて勇者の号を与るセラ、凶悪な対敵にも臆さず攻勢に出る。内懐に入り、振るった剣閃が重なるほどに素早く斬り付けた。

 未来視を開始していた拓真は、鋒が届く空間のみを屈折()げて、転身もせずに相手の攻撃をいなす。

 掩護に連射された慎の氣巧弾を一瞥のみで分解し、自身の弾丸として再構築して放射する。

 間一髪で回避した慎は爆風に煽られて地面に倒れ、拓真の氣に阻まれていたセラは斥力で引き剥がされた。

 絶命寸前の手負いであろうと、拓真を侵害するのに複数名の手練れも敵わない。


 返り討ちに遭った者達を睥睨して、拓真は嗤笑する。


「透……殺した筈だが、凄まじい生命力だ。優太も、なぜ傷が癒えている?更には、観戦しているだけの裏切り者と、御大層に勇者まで参戦するとはな?

 これだけの面子が揃いながら……なぜ暁は来ない。それだけ、この脆弱な戦力で俺を制圧できると勘違いしてか?」


 拓真はやや落胆の色を相貌に浮かべる。


「まあ、良い……優太だけでも、この場で」

「拓真っ!!」


 また違う声。

 拓真は更なる参戦に名乗りを上げる者に向かって振り返る。

 荒れ果てた里の中に佇む貴影を捉えて、血に濡れた口許でその名を誰何する。


「……シェイナ」

「……拓真、もう止めなさい」





  ×       ×       ×




 三十年以上も昔。


 シェイナは王家の中でも、末子の王女より出来た子供だった。

 権力の弱い立場にあり、王家に属する同年代の子供からも疎まれ、不幸な幼少期を過ごす。

 希望を見出だせず、当時の大陸同盟戦争後に未だ傷で苦しむ負傷者を癒やす為に魔法と呪術を学んだ。地方で治癒魔導師として働けば、王家に束縛されず自由に過ごせるのだと信じた。


 元より素質が高い事もあり、直ぐに才能を開花させた。既に幼くも城内で各地の小さな諍いで負傷した兵を癒やす役割を担う。

 認められる為、王族の柵から逃れる為に努力した先で実った結果に屡々喜ぶも、彼女を嫉視した姉達からまたしても迫害を受けた。


 何をやろうと虐げられる日々に辟易していた時、西国中枢政権の重鎮たちを招き、王宮にて開催(ひら)かれた社交会に列席した。

 王家の者として、当然受ける数々の縁談。

 それらを躱して会場を離れ、バルコニーにて休んでいる時である。


「……体が冷えます、中へ」


 片手に自身の黒外套を手にした男が立っていた。

 いつとも知れず、支柱の陰に同化していた姿に戦慄していたが、彼は何も言わずに自分の手を取って会場へと戻る。

 場内で煢然とするシェイナの隣で、男はひたすら黙って寄り添う。王の御前に適わぬ薄汚れた黒装束だったが、始終男が見えないかの様に誰も彼に目を留めた者は居ない。

 その後、自分の下へ来た王とカルデラ当主の響からの話で、彼こそがカルデラが数年前に傭い、政敵や東国からの剣呑な刺客を退けているという化け物だと知った。

 社交の場でも度々名が口にされる――アキラ。

 そんな彼が、王の前に跪いて、唐突に言い放った言葉は、数十年経ったシェイナでも未だに驚く言葉である。


「彼女を私に預からせて頂けませんか?」

「……なんと?」

「素質がありますが、それを充分に瑳けていない。私の下で、修行させたい」

「……カルデラで預かると」

「次に城へ戻る時分には、比類無き治癒の術に長けし王女になるかと」


 怪訝な王だったが、カルデラからの申請とあり無碍にするべからずと承諾した。

 これこそ、生涯の師として仰ぐ暁との邂逅だった。

 彼に連れられ、南方の山岳部に建つ屋敷で暫しの時を過ごす事となった。王家に居ては学べぬ様々な事、もちろん使用人に万事を任せていたため、家事に関しても紛糾した日がある。

 暁はそんな王家ならではの驕りや無知を咎めず、治癒魔導師としての力量のみを注視した。王家の子供でもない、ただ一人の人間として対する。

 シェイナが初めて、他人を尊敬した相手でもあった。


 だからこそ、彼の修行に傾倒した。

 しかし、暁が最も注力している相手は自分ではない――屋敷の『離れ』にある小屋で彼と響に育てられている少年。

 自分と同年代の少年の名は拓真。

 二人を本当の親の様に慕っているが、途中で屋敷に招かれたシェイナに難色を示していた。

 互いに有能であり人に愛される人柄、嫉妬し合う両者は、媚び諂う事をしまいと相手を屈服させる体勢で挑む。


「私はシェイナ、シェイナよ」

「俺は聞いてないんだけど」

「名乗りなさいよ、ほらほら!」

「知ってるだろ、どうせ」

「悪魔、でしたっけ」

「拓真だよ!タ・ク・マ!」


 奇妙にも、時に師より課せられた修行内容にて困窮した際は二人で協力した日もあった。

 意地を張れぬ程の難題に、渋々と手を組んだ様子も、回数を重ねる毎に親密になる。

 二人で屋敷を脱け出して町を散策したり、屋根上に上って変わった生き物を見つけたりもした。


「師匠、凄いんだよホント」

『うるせぇ』

「私はこの前、お願いしたら厨房のお肉で人の眼球を作る所を見せてくれたわ」

『うるせぇ』

「おい、聞いてるのか祐輔」

『寝るっつってんだろ、噛み付くぞ餓鬼ァ!』

「こら吠えない。折角盗んだ薫製肉をあげないわよ」

『飯で釣れると思ってんじゃねぇ』


 屋敷での充実した日々の末、シェイナは西国最大の治癒魔導師となった。もっとも、戦場に立てる身では無い。

 年頃の男女二人が切磋琢磨し合う日々が続し、自然と拓真とも恋仲。最初は歪み合っていた両者も、互いを尊重し認める関係へと成長した。


 べリオン大戦が開戦した時、師が忙しくなり、そして響の容態が芳しくないとあって、王宮を離れ常駐し、彼女の面倒を見る事が日課となった。

 魔導師として暁を、女性として響を尊敬していた彼女としては、どちらか一方が欠けるだけでも胸を引き裂かれる思いである。

 窶れた響の部屋を辞する度に涙が出た。

 それを慰めるのは、立派な青年となった拓真である。

 

「どうしよう、拓真……響さんの延命が出来たら良いのに……私ではとても……!」

「……師匠は、響さんから承った仕事で忙しい。俺でも無理だ」

「言っても無駄なのは判ってるけど……。戦争なんて、早く終わってしまえば良いのに……!」


 シェイナが遣る瀬無い想いに拓真の胸に縋り付くと、彼は優しく抱き締めた。


「判った、俺に出来る事をやる」

「え……拓真、何を言っているの?」

「戦争を、終わらせるんだ」


 その日から、拓真は一変した。

 屋敷を離れ、矛剴の里へと帰ったのである。


 誰もが彼の思考に理解を呈する事無く、頭を悩ませている中でシェイナは後悔に暮れた。

 自身の無責任な一言に端を発した行動、拓真は本来なら関わることもなかった運命の渦中に投身し、戦っている。

 暁はシェイナの記憶を読み取って事情を知りながらも、響に告げる事はなかった。


「祐輔……戦争は、終わるのかしら」

『……じゃなきゃ愛しの小僧も帰って来ねぇぞ』

「……そうね」

『どいつもこいつも、愛してるなら傍に居りゃ良いのに。何で笑顔や夢の為に、そこまで働くのか判らねぇ』

「ほんと、そうね。……ありがとう」

『フンッ』


 シェイナは戦争が激化した頃、暁を随身として伴い、各地で治癒魔導師として奔走した。

 それを勲として捉える王家には嫌悪したものの、東西の戦力を同一に維持し、膠着状態にしている内に軋轢が緩和すれば終戦も夢想では無くなる。

 拓真が無事に帰還すると信じた。


 しかし、終戦前に拓真の死亡報告を受けた。

 詳細不明、後にその息子より聞いた話では二人の愛したカルデラの地下迷宮にて焼死との悲惨な内容。

 そしてまた、暁もまた手紙を一通遺して戦場で散ったとされる。

 それから生きる気概を失った。


 カルデラの尽力により、べリオン大戦が終結した際、自分は女王として迎えられたのだった。

 もう二度と、愛する人に会う事はない。

 諦観した彼女の下に、拓真の息子である二人が訪れるまでは、そう思っていた。




  ×       ×       ×




 数十年間も離れていた相手を目にし、拓真すらも言葉を失っていた。

 気配としては感知していたが、いざ本当の彼女を目の当たりにすれば、言葉すら出ない。突き放しの一蹴も、敵として対する為の面罵も、再会を懐かしんで久闊を叙す言葉すらも無い。


 シェイナは眥を決して戦地の中心に進み出ると、拓真の横っ面を平手で打った。

 仮面に守られて倒れる事は無くとも、動揺に(みだ)れて動けない拓真は、ただ茫然自失とする。


「連絡も寄越さず、何をしていたのよ」

「……お前には、関係ない」

「心配だったのよ」

「……俺は、暁に裏切られた。道具だと、愛情など無いと」


 拓真は眼下の優太を見下ろした。

 暁の遺産と嘯かれる優太こそ、彼の愛情が注がれたと皆に持て囃される存在。しかし、彼に愛情が無いと断じた拓真からすれば、それは信じ難い法螺として耳へ空虚に響く。


 シェイナが押し黙る。

 過去のカルデラの屋敷の庭で、自分と拓真が喧嘩をする姿を師が無表情ながら、目に呆れと微かな笑みを浮かべていた事も知っていた。

 道具としてならば、小屋を設けて育成に注力する筈もない。響と共に育てようと、誰かに協力を申し出る事も無かった。

 しかし、本人から告げられた拓真の身としては、幾らその言葉を言おうとも届かず一蹴される。

 それを弁解するのは、師本人でなければ不可能である。


「違う……!」


 優太が両腕で体を持ち上げる。

 直立が精一杯だった拓真は、体勢を崩して倒れそうなところをシェイナに支えられる。彼女は血を厭わず、無言で抱き締めた。

 震えながら、優太は憤然と拓真を見上げた。


「僕は時折、師匠の記憶が視える事があった!」

「……だから、何だ」

「アンタを溶岩流に落とした後の師匠は、悲しそうにしていた。少なくとも、焼死するアンタへの同情じゃない、強い後悔だ!」


 拓真は口を閉ざした。


「師匠は、いつも言っていた。『わしのようにはなるな』と。自嘲気味に、後悔に顔を歪ませてね」

「…………」

「最期まであの人はきっと、アンタに行った事を悔いてた。歴史の為に、家族同然の相手を切り捨てるのは、褒められた話じゃない。でも……アンタを愛してたって事を、疑わないでくれ!!」


 沈黙した拓真を、シェイナは岩の上に座らせた。

 優太の言葉を鵜呑みにするほど、鬱いだ心の壁は弱くない。師への怨恨は尽きる事無く、未だ心の中に燻っている。

 溶岩の滾る場所で、愛する時間を過ごした屋敷の下で、敬愛した相手からの裏切りは、脳裏に焼き付いて悪夢の如く夜に瞼の裏に映る。

 火傷が疼く都度に、その復讐心を増大させて来た。


 しかし、仮に師の向ける愛情が本物であったと知ったなら、自分にも責められない。

 愛する人(シェイナ)を置いて、勝手に戦に擲った日々。彼女とは別に、断りもなく伴侶を持って待たせた事。

 せめて、シェイナが安らかで居られるよう、また家族(みんな)で過ごせる日々を取り戻す為に奔走した。


 だからこそ、その努力を慨嘆される覚えは無い。


 目前でシェイナが地面に正座する。

 その相貌を、一筋の涙が伝う。

 拓真は次に彼女の口から発せられる言葉を予感して、頭を振った。


「ごめんなさい」

「……」

「ずっと後悔してたの」

「……よせ」

「私の無責任な言葉に応えて、貴方の身を滅ぼしてしまった事。それが決定された運命であっても、その背中を押してしまった事」

「よせ」

「本当に、ごめんなさい」

「よしてくれ……」


 拓真は震えた声音で、ゆっくりと俯く。

 シェイナは立ち上がって、彼の仮面を両手で摑んだ。


「情けない声ね……。ちゃんと、顔を見て言いなさい」


 拓真は意識を失った優太を流眄する。

 透も目を閉じ、彼女の近衛達は体を背けた。

 真っ直ぐ己を見詰めるシェイナに逆らえず、拓真は仮面を外すその手を振り払えない。


 仮面を失った拓真の面貌は、形容し難き状態であった。

 正視に耐えぬ光景、鏡で自身を確認するのも厭わしい姿を晒し、拓真は視線を落とす。正面に居る彼女の言葉が恐ろしい。

 耳を固く杜してしまいたい衝動に駆られるも、それより先にシェイナの嘆息が鼻先を擽る。


「情けない顔ね。私もこんな顔していたのかしら」

「シェイナ、俺は……すまない」

「許される訳じゃないけれど、それでも芯が変わって無くて安心したわ」


 微笑するシェイナに、拓真は脱力する。

 これまで背負ってきたすべてが、たとえ一時的であろうとも免罪され、許されたかの様に体が軽くなった。

 彼女に抱き締められ、またその背に自分の腕を回す。久しく感じる体温、氣術が無くては五感すら補えない身であるのに、その温かさのみは感じられた。


 拓真はふと、シェイナの肩越しに見た先の瓦礫の山の頂に立つ黒い影を見咎めた。

 黒の長髪を揺らし、裾を捌いて接近する姿に瞠目する。


「……ア……キラッ……!」


 近衛や慎、セラまでもがそちらを振り仰ぐ。

 悠揚と近付くのは、今や世界の敵たる氣術師こと暁であった。結った髪を靡かせて、周囲から逼る近衛や慎、透からの威圧さえも意に介さず進み出る。

 シェイナは拓真を押さえながら振り向いた。

 暁は二人の直近まで近寄る。


「何をしに来た!?」

「何を言おうと変わらない事は承知している」

「だったら何だ!?」

「お前達を家族の様に想っていた。

 響とお前は、何をしても俺の予知した未来を覆す。二人に振り回される反面で、それを幸福とさえ感じていた」


 怒りに震える拓真をシェイナは制止する。

 暁はその場に胡座で座して、深く低頭した。


「計画の為でも、お前達を悲劇に追い遣った。今さら許しは乞わない。それでも、すまなかった。生きているなら、せめて謝罪したかった」


 拓真は顔を背けた。


「さんざ刺客を向けておいてか」

「それは俺の意思ではない、伊邪那美だ。自身の復活の為に必要なのは、俺と優太の有する邪氣の総て。

 その一方を潰さんとするお前を排除したかったのだろう」

「それでも貴様への恨みが晴れる事はない」

「それで構わない」


 拓真はシェイナへと視線を移した。

 自身の鼓動が次第に弱くなっていくのを感じる。優太より受けた一撃で、既に残された時間を多く削られてしまっていた。

 本来なら躱せた。

 しかし、視界の隅を掠めたものに意識を奪われた。そこに佇む――亡き妻の姿を見て。

 幻影だろうとも、自身が欺した女性。

 否、彼女は知っていて受け容れたのかもしれない。

 しかし、拓真には無視できなかった。


 今となって、様々な後悔が浮かび上がる。

 やり直しの利かない人生だったが、最期に彼女と言葉を交わせた事のみを幸福として微笑した。


「シェイナ、俺が口にするのも憚られるが」

「言ってみて」


 拓真は暗くなっていく視界の中で、真っ直ぐ自分を見据えるシェイナに告げた。


「シェイナ、お前を愛してる」

「私もよ」







アクセスして頂き、誠にありがとうございます。


次回も宜しくお願い致します。



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