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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:優太と道行きの麋──中
243/302

親子喧嘩(参)/矛先に宿る笑み



 拓真は上着を脱ぎ捨て、前に進み出る。

 倒れた儚い敵影にも油断せず、指先に高密度の氣を弾丸の形に充填し、照準を合わせた。


 僅かではあるが、確かに戦闘中に氣術師として驚異的な速度の成長を果たしている。このまま甘んじて相手が再起するのを待ち、再開すればまた修練の時間を与えてしまう。

 一秒たりとて無駄にせず、革新的な前進で背後から少しずつ肉薄する姿には、鬼気迫るものがある。

 肉体を焼かれ、煌人と同様に成長性を奪われた自分の資質を継承している彼は、紛う事なく拓真という最強の氣術師を超える可能性を秘めた逸材。

 一定範囲内ならば人体の氣流を外部から撹乱する悍しい能力。微弱ながら未来の気配を捕捉する感知性能。

 時間概念への干渉、即ち拓真の在る領域への入門を獲得した優太は、神族、まだ未知の力を秘める勇者と魔術師の少女、そして魔王の後継とカリーナを上回る最悪の敵性がある。

 暁にとって、神族の長兄(カグツチ)が人生で最後の格上たる強敵だった。

 全盛期で復活したあの暗殺者が居なければ、恐らく優太の生涯に於ける最大の敵対者が自分であろう。

 神族との戦闘以降、もはや誰も止められない成長と強さへと到達した暁の軌跡を辿り、優太もまたそこへ近付いている。


 拓真の存命、それこそ暁に於ける唯一無二の失敗だった。

 しかし、奇しくも暁が用意した障害という名目で作られし優太の成長材料に、己が成り変わってしまっている現実を悟る。

 息子だから、曾ての拓真(じぶん)と同じ復讐者として猛進する姿に同情したのか。

 自問自答で突き詰めても、やはりそこに類する感情は皆無。一人の息子を傀儡として操り、この手で屠った時点でその疑惑は晴れた。


 伏臥した優太の指先が、微かに動いた。

 微弱な生命の反応にすら敏く、拓真は指先に装填した凶弾を過たず放射する。

 標的の少し手前の地面に炸裂し、割れて隆起した地殻を熱と風で捲り上げた。優太の体は粉塵の如く宙に吹き飛ばされた。

 直近で爆風を受けたのが気付けとなったのか、両目を開けて眼下の景色に瞠目している。


 拓真は指先ではなく、より高密かつ強力な一撃を放たんと、掌中に球状で氣を纏めて練った。

 今の彼ならば空中の移動も可能、氣流なり浮力なりと環境を巧緻に操作して回避するだろう。

 だからこそ、一帯を()き掃うほどの威力で確実に死滅させる。

 弾丸としてではなく、拓真の掌に凝縮した(エネルギー)は、光線として放出された。前方に広がる全景を白く塗り上げ、森の一画を浚っていく。

 遠方では待機していたであろう優太の仲間が、間一髪で上空に飛んで避難したのを捉えた。彼等には何事かも判らないだろう。

 そして今、優太が潰えたという事実も。


 必勝を確信した拓真は、その直後に前景の光帯を裂いて、自分の肩を貫く黒い槍に目を瞠る。

 これもまた、以前とは比較にならない密度の邪氣で生成された物。拓真の重厚で密度のある氣で製作した不可視の装甲を穿った。

 またしても聖氣で防げなかったのだ。

 槍を引き抜いて苦痛に呻く拓真は、光の消えて谷も斯くやといった亀裂が拡がり、平衡を失っている里の大地を蹴って迫る優太を発見した。

 あの暴虐の光線を凌いで、未だ果敢に歯向かって来ている。


 隆起した地面の段差を機敏に飛び越え、内懐に踏み込んだ優太が仕込みの柄に手をかける。

 未来視で回避せんと相手が氣術を発動するよりも先んじて、逆手で()き放った鋭尖な剣閃が拓真の腹部を斬った。

 その鋒にも邪氣を装備しており、氣の防備を食い破る工夫を施している。返す刃で、続け様に背中に一太刀を浴びせた。


 懐を許した途端、仮借ない凶刃を連続で揮う。

 拓真は激痛に堪えて、斥力で優太を弾き飛ばした。今は距離を取らなければ、優位に立つ要因だった氣の装甲と未来視をもろともせぬ今の相手に、近接戦での勝機は薄い。

 それ以外ならば――まだ自分の方が強い。

 宙で背転して納刀と共に着地を決めた優太へ、息つく暇も与えず緋色の氣で生成した拳の雨を注ぐ。数は数十本、速度は銃弾に相当する。


 掃射されたそれらを、優太もまた体得しつつある不完全な未来視で懸命に避ける。

 この危地にも、まだ未来を視るのに確立された手段である千里眼を行使しない不敵さ、そして上昇志向。

 絶望的な戦力差に怯懦せず、尚も己の成長の為に利する精神は、拓真からも狂気の沙汰としか考えられない。

 被弾しながらも、前へと確かに歩を進める。

 儚かった敵影は、いま段々と危険な輪郭を明瞭に帯び始めていた。


「それでも、貴様を捻り潰す」

「やってみろよッ」


 拓真が突き出した拳の先から、一条の七色に輝く腕が現出する。回避に尽くす優太を狙い撃ち、その胴に拳撃を見舞った。

 寸前で邪氣を展開した優太だったが、それすらも粉砕されて直撃し、後方へと鞠の如く跳ね転がる。

 拓真は手応えから、相手の体の芯を捉えたと摑んだ。巧みな体術で幾度も逸らされていたが、今度は間違いなく命中した。

 他者の聖氣と激しい衝突をすれば、肉体に大きな損壊を与える。体組織の殆どに多大な邪氣を含有し、逆に聖氣の無い闇人ならば効果は一入である筈だ。


 漸く静止した優太へと、容赦無く氣の弾丸を乱射する。付近で爆裂しただけでも、体を転がされる威力。

 標的は四方八方へと飛び、拓真は何度も狙いを合わせて撃つ。手元は冷静に、相手を壊滅させる定量の氣を蓄積し、放出する作業を行っている。

 それに反し、拓真自身が焦燥していた。

 照準が狂い、その分優太の存命に繋がる。

 どうしても摘んでおきたい芽、しかし予想外に生き延びる彼の苦闘に翻弄されているのは自分だった。


 行動可能な程度に復調した優太は、乱射される相手の凶弾を避けながら接近する。

 聖氣の攻撃は脅威だが、少しずつ気配が(つか)めるようになって来ていた。

 総ては無理でも、その内の幾つかの弾丸が次に爆撃する位置(ポイント)を把握できる。

 優太は杖を腰帯に差し、両腕に邪氣を纏わせる。性質を氣の遮断に切り替えた鎧となって、邪氣が漆の様な光沢を帯びた。


「黒貌――邪装・遮断強化!」


 氣の砲撃が着弾する地点に構え、踏み込みと同時に引き絞った掌底を目前に落ちる瞬間に合わせて放つ。

 攻撃の気配を察知し、攻撃の芯を捉える。二つの卓越した技能を発揮して実現した。

 優太の打撃を受けた砲弾は、軌道を変えて拓真へ向けて奔る。直撃には至らなかったが、その足下で爆ぜた。

 再び駆け出し、攻撃に怯んだ隙を衝いて接近する。至近距離ならば勝てる、その確信が胸にあった。

 猛り狂う弾雨の中を劈いて、優太は拓真との距離を詰める。射程距離に納めれば、今度こそ肉体を人体の氣流を狂わせて破壊できる。


 接近を恐れていた拓真は、自身から前へと跳躍する。

 予想外の行動に優太が驚愕し、その間に高速で地面を滑走した彼は、まだ手の届かぬ距離で張り手を突き出す。

 虚空を叩いた衝撃が増幅され、前に猛進していた優太を迎え撃った。轟音の炸裂と共に、再び後方へと弾け飛ぶ。

 優太は体で実感し、いま自分を斥けた力の正体を即座に察した。

 それは氣術による斥力ではなく、純然たる打撃によって打ち出された空気の振動。風ではなく、空間を伝う波紋の如き現象である。

 人体で再現するには、氣術に於ける身体強化の術でも高度な技量を要するもの。体内氣流を加速させ、攻撃に伴う各所で発動する独特の運動を一切の乱れなく爆発的に増幅させる。

 また“認識能力の拡大”で追随していた優太に、次は別の分野である“身体能力の促進”で対峙する拓真の気迫。

 負けじと踏ん張って耐え、邪氣を解除してから拳を構えた。全身が硬い鉄壁に叩き付けられたかの様に痺れて痛む。

 相手は優位にあるが、戦闘の中で急激に消耗している。身体強化でも負担の軽減は難しいだろう、短時間で決着を付ける積もりだ。


「アンタがどれだけ格差を見せようと、僕は必ず――その上を征く!!」


 烈帛の気合いと共に、優太は地面を蹴った。





  ×       ×       ×




 殴られ、弾かれ、叩かれる。

 その優太の姿を、林間からシェイナ達は覗いていた。難を逃れた彼等だったが、黒衣の敵が擲つ隕石の数々によって泥に汚れ、数名が軽傷だった。

 それでも生きているだけで奇跡、高望みをすれば今にも絶命の影は目前に現れる。

 護衛に務める慎は、銃身の長い狙撃銃を組み立てていた。優太の成長力ならば、もしかすると敵に勝利するかもしれない。

 しかし、その後に生きているかは不安だった。

 今も傷を負って戦っている。それもまるで、嬉々として血に汚れるかの様な姿。

 戦闘後には壊れている――そんな予感があった。

 致命傷は避けているが、いずれも肉体の限界によって突然行動不能になる事はある。あの対敵は氣術師と呼べる存在を限界にまで高めた者。

 そんな相手の敵前にて隙を見せれば、それこそ落命に直結する。優太だからこそ、ここまで幾度も存命に繋げてきた。

 互いに復讐で始まった親子の旅路――それが交わる時、斯くも凄惨な戦場へと様相が一変するとは思いも依らず、慎はただ悲壮感に胸を痛める。

 双子の兄すら容易く唾棄する拓真は、シェイナの知る人物ではない筈だ。優太もまた然り、その状態はさながら戦闘狂。

 互いの血肉を貪る死闘は、なおも続く。


 組み立てが完了し、銃口を黒衣の男に定めて銃爪(ひきがね)に指を添える。

 敵影は精確に捕捉――距離は射程圏内――誤射で優太が被弾する確率は限りなく低い。必中にして致命的な一弾となる事に相違ない。

 正対すれば勝機は微塵もない、然りとて優太をこのままにすれば彼が身を滅ぼす。

 手段は一つ、銃撃。方法は暗殺に限る。

 危惧すべきは外れた場合、或いは防御された時に相手に此方の位置を逆探知されてしまう。あの強力な聖氣などの攻撃を放たれれば、回避は間に合わない。

 こちらは手練れの衛兵が居る。一度は凌げるかもしれない。或いは、シェイナを見た拓真に一瞬の動揺さえあれば……。


 慎はゆっくりと銃爪を引き絞る。

 しかし、それを隣から佩剣した赤毛の勇者セラが腕で制止した。急を要する事態である、ここで優太を援護しなければ取り返しが付かない。

 思わず憤怒に顔を赤くする慎を、セラは珍しく宥めた。

 本来ならば、好戦的な彼女こそ皆の制止を振り払って戦場に推参する人柄。

 如何に相手が強者であろうと、それを良しと見て状況を推し量らず猛進するかと予想していただけに、慎は驚きで暫く言葉を失う。


「待って、下手に動くとボクらが掃除されるよ」

「優太が死んじまう!」

「ボクも“聖剣”を試したいけど、アレは手に負える範疇じゃないって。優太でも敵わないんだもん」

「だから――!」


 その時、慎達が潜む林間の先にある崖が瓦解する。岸壁に叩き付けられた優太が岩の中から上空へと跳躍した。

 飽くこと無く拓真への突貫を敢行する。不可視の打撃に応じ、その術を少しずつ学習していく。微弱ながら、またしても優太は相手と同じ技を発動していた。

 拓真が放つ波動に比すれば漣、しかしこれまで見せた成長性からすれば、それは大波の前の引き潮とも呼べる。

 至近距離で命中し、宙を回転して地面に四肢を投げ出して倒れる優太を、拓真が一切の慈悲もなく追撃した。

 仰臥する優太の胴に、直上から波動の連撃。血を吐いて、連続で体を蝕む物理的な重圧によって立ち上がる事も許可されない。

 体の内外を震撼させる攻撃は、その意識を絶えず断ち切ろうとする。


「今は優太一人で戦うのが最善。少なくとも、きっと優太からしたら、ボクらの援護なんて邪魔だから」


 拓真が聖氣の巨拳を振り翳した瞬間、攻撃の波が途切れた刹那に邪氣で同様の物を生成し、優太は反撃(カウンター)を入れる。

 攻撃の予備動作から力を乗せたところを狙い撃たれ、今度は拓真が宙を藁屑も同然に舞う。地面を叩いて跳ね上がった優太が、至近距離で返報の波動の打撃を浴びせる。

 しかし、未来視で先読みをしていた拓真の聖氣が二枚の重厚な板を象り、左右から打撃を放つ寸前の優太を挟撃する。万力の如き圧迫に吐血し、攻撃を実行できず地面に落ちた。

 拓真もまた岩の上を転がり、四肢に力が入らず沈黙する。

 もう肉弾戦自体を禁じなければならない重篤な肉体で、過度な身体強化を行った反動であった。全力の戦闘を許された限界時間(タイムリミット)を大きく削いでいたのだ。

 喘鳴の様な声で仮面の下にて不規則な呼吸を洩らし、手足は痙攣を起こしていた。

 開花していく優太、片や追い付かれるのを待つばかりの拓真。次第に圧倒的に傾いていた天秤の鍼が、前者の急成長と後者の衰弱に平衡になろうとしている。


 優太は蹌踉と立ち上がり、各所に青痣の滲む全身を叱咤して、拓真の方へと進む。歩いた足跡に血の斑点を残しながら、ただ戦意だけに衝き動かされている。

 傷の痛みなど、とうに感じていない。

 数分前の己よりも格段に強くなっている、その実感が自分の原動力だった。

 拓真の居る高みからは、今まで遠く霞んで未だ見えない霊峰の山頂と仰いでいた(アキラ)は如何様に視えるだろうか。

 半生を費やしても届かないと半ば諦観していた師の後ろ姿を、視認できる位置まで来られるかもしれない。


「立て……僕は、まだ、戦える……。もっと、アンタの氣術を見せてみろ……ッ!!」

「そこまで目指して……どうする積もりだ?」


 横臥したまま問う拓真に、優太は毅然として応える。


「これで、守れるかもしれない」

「…………何を?」

「アンタが諦めた、沢山のモノさ」


 拓真の体が微かに跳ねた。

 優太はその反応に得心する。

 識っている――復讐の業火に身を焼く者が、何を以てして復讐を始めるか。

 それは、今まで心の支えとなっていた様々なモノから離れ、諦める事である。

 復讐の為に戦いを選び、優太は結果として花衣の傍に寄り添う事を、そして大好きだった森の生活を放棄してまで東西奔走した。

 なればこそ、拓真もまた同じ心境であろうと推察した。

 拓真が途中で投げ出したモノが何かは知らずとも、大切な存在を無視してまで進んだ苦痛が犇と感じられる。


「それは、魔術師か?それとも皇族の娘か?」

「そうだけど――違う」

「ならば何の為に戦う?()が為に剣を執る?」


 追及する拓真に、怯まずに応答する。


「僕を支えてくれた“世界(みんな)”だ。一人では何も成し遂げられなかった、何処にも進めなかった。そんな僕を支え、寄り添い、押し出してくれた仲間が居る」


 優太が“外界”に出て、最も痛感した事。

 世の中の不条理に見舞われ、右往左往する優太の手を誰かが引いて、導いてくれた。学んでも知らない事があり、その先で別の人が隣を歩いて苦難を分かち合った。

 あの暁でさえ、響の存在無くしては歴史の示す通り、闇人の責務を全うするのみに終えただろう。

 だからこそ、家族の花衣や相棒の結に限らず、艱難辛苦に堪えて共闘した仲間も、優太にとって守るべき存在。


「そんな胡乱(うろん)な物に執着してどうする?」

「胡乱な物じゃない。代え難い価値がある」

「何故断言する?」

「諦めたアンタには判らないよ。だから、価値を弁えず理不尽に奪おうとするアンタらを、僕は全力で止める。僕が強くないと、皆が消えてしまう」

「……そうか」

「手段は選ばない。誰も失わないように」


 優太は口許の血を拭って、足下に臥す相手の襟を摑んで持ち上げる。

 邪氣も氣巧法などの装備すら無い拳を握りしめ、その横っ面を加減もせずに打擲した。

 地面に転がる彼を睥睨する。


「後悔が残ろうと、望んだ未来(けっか)を手に入れる為に……アンタらを排斥する」


 優太の冷たい信念が、拓真の耳朶を打った。







  ×       ×       ×




 拓真の全身が七色に微光し、魁偉に膨張する。

 四方へと緋色を滾らせる高圧な球体の氣を急造し、一斉に掃射した。地面を抉りながら進む一つは優太を直撃、その他三つの内の一弾は慎達の方角を目指す。

 立ち上がる拓真の四肢から七色の煙が立ち、歩いた軌跡は虹を生んだかの如く様々な色彩の光子が飛び散る。

 肉体の聖氣を全開にさせ、その足先は最後の止めを刺すべく優太へ。

 

 ――これは……死ぬ、かも……。

 血飛沫と共に吹き飛ぶ優太は、球の圧力によって拓真から突き放されていく中、視界の隅に集団の影を捉える。戦闘を藪に潜んで観察する何者かであった。

 優太の精神は、今や肉体を喰い破らんとする暴虐の光に圧されながらも、何処か冷静な状態だった。途轍もない力に縛られ、体が動けないからこそ、奇しくも氣術を発動し易かった。

 即座に“認識能力の拡大”を展開し、見咎めた集団の正体を明らかにする。優太の脳裏に、数名の人物が恐怖に表情を染めている映像が浮かんだ。

 優太には既視感のある面子ばかり。

 慎、シェイナ、セラ、オーガンと城勤めの衛兵達。いずれも二年間の内に絆を深めた仲間達だった。

 その彼等へと、脅威が迫っている。

 拓真が放った四発の砲弾の一つが轟然と接近――十数秒後には着弾すると、未来視を使わずとも想定し得た。この密度の氣の攻撃を防げるのは、高等な技術を持った氣術師か規格外の魔導師のみ。

 ――させるか……!

 優太は邪氣を全身に纏う。


「黒貌――邪装・吸収強化!!」


 優太は自分を圧迫する氣を総て吸収し、それらを同時に右手で球の形体に再構築する。破壊するにまでは至らないが、軌道を逸らす事は可能。

 渾身の力でそれを投擲した。

 しかし、瞬間的に展開した黒貌は薄氷の如く、吸収から放出までの過程の間で容量を超えた氣を取り込んだ為か、優太の右腕の筋繊維が爆発したかの様に破断する。

 溢れた右目の血涙が視界の半面を蔽い、その場に膝を突いて喘ぐ。


 優太の背筋を、今までに無い戦慄が撫でる。

 右方から、まだ遠いが悠揚と近付く気配に向けて巨石を連続で数十発も投じる。

 しかし、それらは一瞬にして塵と化してしまった。


「身体能力の強化、認識能力の拡大、自然界に於ける力の操作。……最高水準の段階まで昇華させてしまった」

「……それは、どうも」

「これ以上、貴様に吸収させてはならない。全力の聖氣を解放した身で、塵にしてやる」


 拓真の威圧が最大まで高まり、風を生まんばかりの勢いで空間を支配した。


「これで、最後だ」

「判った」


 優太は拓真の異様な姿にも後退せず、全身の邪氣をより薄く、しかし密度や強度をより増した装備に変化させる。

 皮膚を染め上げる邪氣は、目許の隈と合流し一対の角を形成する。顔の下半分を残し、頚部を黒く塗っていく。

 肱から短い刃を突出させ、草履の鼻緒を摑む指の爪も鋭い鉤爪を作った。諸肌脱ぎにした上体は、隈取りの様な模様に邪氣の線が走る。

 拓真を見据える双眸も深紅に変色し、僅かに翠を帯びた漆黒の禍々しい武装を完成させた。

 その変貌を静観していた拓真は、片手に聖氣を練り上げた三叉槍を手に取る。


「邪氣道――禍津日神(まがついのかみ)


 優太は口内に残る血を吐き出した。

 これは、諢壬への出発前の一週間で体得したもの。『氣道・羅刹天』を凝縮し、体に装着する為に変化させた故に、多量の邪氣を必要する。

 巨人を形成するのに三割を使用するのに対し、この力は半分を用いる。優太が擁する技の中でも、精神力の消耗が最も激しい。

 だからこそ、拓真に対する最後の戦いに最適だった。


「それが貴様の最大出力か?――優太」

「杖は使わない、師匠に二度も愛弟子を殺させる真似はさせたくないから」

「ほざくなッッ!!」


 跳躍した拓真に向けて、優太は静かに腰を据えて構える。

 仁那の体技を想起し、撞木足のまま後ろに控えた足をより後ろへと退かせ、前に照準を合わせるかの様に手を翳す。腰元に氣術で応急処置を施した右拳を引き絞った。

 拓真の氣術の練度は、氣術師の到達点。その肉体が重傷に苦しんでいなければ、仙人へと進化していたかもしれない。

 徒に攻撃を仕掛けても、未来視で躱される。氣術による投擲での物量戦でも、相手の総量が圧倒的な多く、優太の攻撃は全弾消散に潰える。

 勝利条件は、聖氣を破る高威力且つ未来視をも無駄にさせる不可避の一撃、それを連続で放つ他に無い。


 拓真が優太に向けて拳を突き出す。


「終わらせ――」

「遅いッ!」


 優太の拳撃が正面から拓真の胸面を撃つ。

 第三者からも、極限まで身体能力を強化し、動体視力で捕捉し得ぬ動体など無い状態で正対する拓真でさえも見えない。

 優太が小さく腕を前に動かして引き戻したかと見紛う一動作は、しかし相手に確実な打撃を与えていた。加えて、拳を胸で叩いた上から波動の一打を重ねた二連撃。


 聖氣の鎧を破壊した無防備な皮膚から体内へと伝播する衝撃の波紋に、拓真の満身は激痛を催す。

 未来視で想定した筈だったのに、回避出来なかった。ただの前に突き出した拳、だからこそ軌道を呼んで射程圏内に入った途端、予め体を半身だけ相手に晒すよう転身していたのである。

 掠めるならまだしも、捉えるなどあり得ない。

 戦闘開始以来、驚怖する拓真に優太は連続で拳を投射する。

 遠く距離を置いても被弾し、未来視で先読みしてもその先で撃たれる。射程距離の長さは兎も角、拳が追尾しているのかさえも視認出来ない。

 恐慌と混乱に冷静さを欠いた拓真を、更なる拳の豪雨が襲った。


「無駄だぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!」


 拓真の仮面を攻撃が掠めて、皹が入る。


「攻撃は加速する」

「ぐ……ご……」


 顎を下から撃ち抜いた。


「この“邪氣道”なら、アンタの聖氣にも負けない!」

「思い上がるなッ……小僧!」


 拓真が無造作に振るった腕の延長の如く、七色の長大な鞭が優太の胴を薙ぎ払った。衝撃が奔り、踏ん張って堪えた優太の背後にある地殻が爆散する。

 攻撃体勢から回避へ移行する間も無かった。

 しかし、未来視を除いて攻撃が必中不可避であるのを理解した。即ち、優太からすれば対処可能な速度である。


「もう、アンタは格上じゃない……倒せる敵だ」

「調子に乗るなよ」


 優太は氣術で未来視を始める。

 四方八方から虚空に作られた緋色の拳が、一斉に優太へと乱射された。

 拓真の攻撃圏は、森の外にまであると想定している優太には、もはや驚くことは無かった。総て紙一重の転身でいなし、一つずつ撃墜して消滅させる。

 攻撃を中断した拓真へ、優太は両目を千里眼へと切り換えた。深紅の虹彩に浮かんだ黒い三角が回転を始める。


「僕の氣術と、時間概念の干渉で出来ない事は無い!」

「少し氣術が上達した程度で――!?」


 拓真は突如として、背後や側面から多数の拳に撃たれる。

 優太の腕は、打撃を放っていないにも拘わらず、攻撃を受けた事実に混乱する。


「『天眼通』で、過去にアンタに躱された拳が存在していた“時空”と、今の“時空”を繋げたんだよ」

「過去の世界と……繋げた、という事か?」


 千里眼で視た過去の時間を記憶・固定、氣術で座標を設定して、現在の時間と過去の時間を強引に繋げる。

 例えるならば、一匹の栗鼠を視認した時間を、『その壱』と設定する。

 栗鼠が別の地点に移動した後を『その弐』。

 その後、自由に選択した場所を精確に把握し、千里眼の“遠隔地を視る”という空間把握と“未来視”の時間概念の能力を併合させた物――つまり“時空の操作”で、『その弐』の空間へと、過去に存在していた『その壱』を出現させる。

 云わば、対象に過去の自分と瞬間的に遭遇させた現象。


「だから……()()、かッ……」

「遣り過ぎると反動で暫く千里眼が使えない」


 これもまた、『邪氣道』と併合させて修行していた。

 この“時空の操作”は、座標を捕捉するには視覚だけの千里眼では情報が不足するため、氣術による補助が必須だった。

 しかし、その補助作業に必要な技量は、“時間概念の干渉”に対応した認識能力。故に、当時の優太では成功自体が稀有であった。

 拓真との戦闘開始時では、既に体験していたからこそ入門は済ませていたが、自由に扱うにまでは達しておらず、今だからこそ攻撃として転用可能になった。

 つまり――付け焼き刃だった。


「それでも、アンタには有効みたいだな。僕に空振りは無い」

「そうか……だが、攻撃が止んだな。反動で使えない様だが、それは何秒だ?……この、一秒たりとて命取りとなる現況で」


 優太の両目から三角の模様が消失する。

 拓真が推測した通り、反動で使用不可となった。回復までの所要時間はおよそ一分。この戦闘では致命的だが、少しでも相手を牽制する為の()()()()()

 所要時間が露呈しなければ、相手は回復時間がいつ来るかと慴れ、警戒する攻撃の種がまた加わる事で意識が薄れ、無駄な動きが増える。


 優太は、自分の肉体も限界に近いと悟る。

 今まで誤魔化し、欺いてきたが、もはや負荷の蓄積が今度こそ臨界点に上り詰めんとしていた。全力での勝負は、維持できても数分。

 その間に、拓真を打倒する。


「氣術師としてでもない。親子喧嘩に、決着を付けてやる!」


 優太は残る数分に全力を消尽すべく宣誓した。


 追い詰められた拓真は、しかし不敵に笑う。


「貴様だけだと思うな……“奥の手”で、必ず始末する」


 その手に握られた三叉槍が、微かに煌めいた。


アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


なんだかんだで、書き続ける。

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