ティルの冒険/ムスビの覚悟
更新です。
途中から何書いてるか解らなくなってきました。
シェイサイトは鉱石が非常に取れるため、地下炭鉱が設けられた。必然的に鍛冶屋たちも多くなり、益々金属類の需要が増す事によって、炭鉱の仕事は大きくなった。屈強な男達は岩壁などに力強く鶴嘴を打ち付け、地下を開拓していく。発展を志し、一心不乱に働く男達は容赦なく地面を侵犯していった。
しかし、新たに問題が発生した。
人の手が及ばぬ深度が存在する。そこを切り開いてしまった時、本来交わらないモノと邂逅する事となる。人の欲が進み続けるならば、その遭遇は必定。
地下に広がる迷宮──ダンジョンを発見してしまった。そこは未知の可能性が隠れる世界。冒険者にとって宝庫も同然の仕事場だ。早速、シェイサイトの冒険者協会が総出で調査を開始した。炭鉱を夥しい冒険者が出入りをするようになる。
彼らの介入を良く思わない人間が急増した。主に、町の外などで活躍していた冒険者が迷宮を頻繁に訪れるとなれば、仕事効率の阻害になると訴える集団も自然と生まれた。
ダンジョンには魔物が生まれ潜む。魔境に隣接する状態とあっては、冒険者の力を借りなくてはならない。下層に下れる程、比例して個体の強さも変化してくる。鉱石を掘り起こしている最中に、仮にダンジョンから現れた魔物に襲撃されれば被害は大きいと予想される。苦しくも炭鉱の人間は、彼等の存在を許容せざるを得なかった。
だが──
最近、シェイサイトの冒険者達がダンジョンに出入りする数が著しく減退していた。その変化に違和感を懐きつつ、炭鉱は何も口出しをせず黙々と仕事を遂行する。
冒険者協会の活動が次第に町の外でも少なくなっていた。この事態に、身の危険を悟る。冒険者が少なくなれば、ダンジョン内部で発生した魔物は数を増やし、炭鉱まで行動範囲を広げるだろう。
そこで、冒険者の代用として新たにフリーランスの人間を雇い、護衛を任せる事となった。彼等を戦闘に使役し、魔物の脅威を撃退する。そうすれば、依然かわらず仕事を継続可能だ。まだ冒険者もダンジョンを完全に攻略した訳ではない。すぐ戻って来るであろう。
炭鉱が打ち出した弥縫策に、数多くの人間が募った。その大半が職の無い人間だという傾向ではあるが、以前よりも魔物による被害件数が減少した結果を見れば、確かにこれは成功だったと言える。
だが、これがいつまでも持続する筈ではない。先述の通り、雇用する人間の半数以上が無職で貧相な者達。魔物と対峙しても、そのまま死傷者が続出していた。いよいよ、次の選択が迫られている。適宜な処置を急がなくてはなるまい。
冒険者協会に要請し、時折冒険者を雇う事にもした。炭鉱は出費が嵩んだが、死者などの数も再び減っていた。数々の苦難を乗り越え、現在の炭鉱は治安を維持していた。
だが、その中の一人は知っている。
次の問題が、既にすぐそこまで来ている事も。
ティル──黄金色の髪と同色の瞳。住宅街の路地裏で妹と暮らす、齢十五の少年である。
炭鉱に雇われ、主流の武器としてナイフを使用し、魔物の脅威を凌いだ。今ではその場に必要不可欠とされる優秀な人材として、炭鉱の人々の期待に応えていた。戦闘経験を得る度にその腕前は上がり、より確実に魔物を屠る術に長けていった。
そんな彼は、噂される通り名に危機感を覚えていた。それを理由に、不真面目な冒険者が多出し、それを不満に思う人間との軋轢が激化している。これでは、また冒険者が消えていくかもしれない。原因を取り除き、彼等が真剣に働ける環境にしなくてはならないのだ。自分の居場所を守る為にも。
ティルは密かに、解決の糸口を探し始めた。
× × ×
炭鉱の人間が一度、夕餉に仕事場を後にする。その時間帯は活気に満ち溢れていた地下も閑散とし、無骨な岩から剥き出しの鉱石が設置された灯火の光を鈍く反射するだけである。
等間隔で絶やさず光る内灯を頼りに進み、ティルは更に地下へと進む階段を下りて、一本の道に出た。道なりに添ってそのまま直進すると、穿たれた壁の向こう側に、幾何学模様を刻む壁画が現れる。
壁画の下にある小さな取手を少し押すと、壁が静かに引戸のように横へと移動する。
「此所か」
ティルは押し退けられた壁の先に出現したダンジョンを発見する。不気味にも道先に蟠る闇が、彼を歓迎しているように思えた。心なしか引き込まれるような力を感じる。
ティルは、ダンジョン内の探索に不備がないかを検めた。護身用と、愛用しているナイフ計三本を腰の鞘に納めている。両腕には破損して冒険者に捨てられたプロテクターを修繕した物。脚部を守る膝当ても着用し、最低限の防御力を確保した装備は冒険者よりも頼りない。
「行こう」
だが彼は躊躇わない。
自分を求めてくれる場所を守る為ならば、その身を危険に晒す。
ティルの強固な意思が、前に踏み出される足を退かせはしなかった。一度前に向けば、止まらずに進み続ける。
ダンジョンが発見されて数ヶ月後、冒険者たちによる探索が最盛期に突入した頃である。彼等は貪欲に次々と下層まで潜り、未知の宝や魔物との出会いを果たす。時に凄惨な事件もあったが、それらが柵にならぬよう隠蔽した冒険者によって、ダンジョン攻略に身を窶す者が増え続けていた。
そして、ある時。
ダンジョンに赴いて姿を消す者が後を絶えなくなった。これを疑問に思った人間たちが徒党を組み、調査へと向かう。
失踪者がどうなったのか──解答はすぐ出た。それも惨憺たる光景として。
強力な魔物が出現する深度でもないのに、数多の冒険者は肢体を切断された状態で発見された。深層の魔物が偶然にもここまで来た、と皆が口を揃えていたが、そうなのだとすれば凄まじいまでの獰猛さ。血に飢えた獣でも、この量を殺める事が可能なのだろうか。
魔物の痕跡を調べたが、依然手掛かりはなかった。代わりに──現場から離れていく人間の足跡が血で彩られた物がダンジョン内にある。
それからも、日を空かさずに増える死傷者。冒険者たちは畏怖し、周囲を疑うようになった。
更にダンジョン外での仕事でも、惨殺される人間が急増している。冒険者協会はこれに対応できず、依頼を受ける冒険者が激減した。
冒険者の屍を積み重ね続ける謎の脅威。
人々は【冒険者殺し】と呼んだ。
その殺人鬼を畏怖し、職務放棄してしまう人間が次々と現れた。これが現在の炭鉱の抱える問題であり、このままでは魔物による被害が増えてしまう。二つの職が衝突し、犬猿の中となっている。
被害者はダンジョン内に現れた冒険者の職業、性別やレベルといった共通点の有無を問わぬ不特定多数の人間。
ティルは【冒険者殺し】が障害となるならば、それを排斥する所存である。自分よりも場数を践んだ冒険者の実力には遠く及ばない。相手はそれを積極的に屠る事に特化している。更には、その間にも迫る魔物すらも退ける力を備えた人間。
自分のナイフ捌きで凌げるとは到底思えない。
「面倒だな」
一人呟きながら、ダンジョンの石畳を靴で踏み鳴らす。大袈裟に音を立てるのは、【冒険者殺し】を誘き寄せる為。自身を冒険者と偽装して接近するのは、効率的な策であると自負していた。相手の察知が早いだけ、浅い層で相対する事ができる。そうなれば、横合いから乱入してくる魔物を予測しても、強力な個体の危険性を少なく済ませるのだ。
相手が如何に破格の敵であろうと、ティルには退路はない。
上着の懐には、炭鉱の備品庫に貯蔵されていた爆薬を仕込んでいる。ミミナを独り残して行くのは何よりも後悔が募るが、彼女も無関係ではない。冒険者協会に直接的な被害が出た例はないが、【冒険者殺し】が殺戮の規模を伸ばした時、間違いなくミミナにも害を為す。実際に、その魔手が次第に、事件現場は入口へと近付くように位置を転々としている。
彼女はいま、ギルドに採用され仕事も漸く軌道に乗り始めた時期である。恐らく、これから人並みの幸せを手に入れていく人生を歩むだろう。そう達観した時、ティルはそこに影を落とす【冒険者殺し】が気に掛かった。
何としても、阻止しなくてはならない。ダンジョン内で食い止めなくては。
ティルのように懸念する者達は多くいるが、【冒険者殺し】に立ち向かう蛮勇は自身の力を恃みにする。犠牲者たちの数と、確実な殺害を繰り返す相手に、そこまで己の能力を信頼できるまでに至らなかった。
皆が動かない。なら、自分で戦うだけだ。
固めた覚悟を胸に臨むティルの進行方向で、金属音が鳴り響いた。
「なんだ?」
走る。音源を目指し、足を前に駆り出した。その先に在るものの正体を予想して、恐怖に早鐘を打つ心臓が、胸骨を激しく叩く。浅く早くなる呼吸、肌に滲む汗、震える手先。
音が激しい。熾烈な戦いなのだろう。
ティルは右折する角の前で足を止めた。一歩だけ身を乗り出せば、その正体が確かめられる。だが、彼にとってはそこに劃然とした一線が引かれているように思えた。踏み越えれば命は無い、明確なる死が構えている。
ティルは半ば自暴自棄に、ミミナの顔を思い浮かべながら、角を曲がる。
「ぁ……!」
呼気とともに小さな悲鳴が混じった。踏み出した自身の行動を後悔させる光景が、ダンジョンの通路に広がっていた。
目前には、人が倒れていた。頑丈な重甲冑に身を包む男性。それが白眼を剥いて、地面に仰臥している。鋼鉄の胸当て、その隙間から流血が床に広がった。縅に染みが生まれる。
その傍に、静かに佇む人影。黒装束を纏っている。袖は長く、手首の辺りで膨らんでいた。指先まで包帯を巻き、右手に山刀、左手に錐状体の刃をした武器を握る。深く被ったフードで人相までは判らないが、足元に転がる冒険者の男に一瞥もせず足で通路の端に押し退け、ティルへ悠然と歩み寄る。
間違いない──【冒険者殺し】だ。
「……ッ!」
体の芯を浮遊感にも似た恐怖が襲う。震える下顎を強引に力を入れて黙らせ、腰の鞘からナイフを手に執る。
自ら冒した危険。今さら変えられず、逃げられず、命乞いも届かない。
黒装束が両手の武器の尖端を擦り合わせながら、ティルとの間合いを詰める。火花を散らす刃を目で知覚した時、己を鼓舞するように二本のナイフを打ち鳴らした。
「……来い、俺が止めてやる!」
× × ×
「冒険者殺し?何じゃそりゃ?」
間の抜けた声で、ガフマンが片方の眦を上げる。依頼が非常に多くて、判断に困る。そう不満に思った彼は、まずシェイサイトの冒険者協会が何故、依頼を溜め込んでいるのか。それを直截的に質問した彼は、その返答に小首を傾げた。
受付嬢の代理として、依頼の案内説明に現れたミミナ。未だに幻惑かと疑うユウタとムスビは、絶句したままギルド職員の制服を着る彼女の姿をまじまじと見る。何度も顔から爪先まで視線を巡らせていた。
「み、ミミナ?あんた、どうしてここに?え、マジなの?」
「私、実は働いてるんです♪ユウタさん、どうですか?制服、似合ってますか?」
「正体を明かすんだ」
「凄まじい疑い様……」
スカートの裾を摘まんで、回って見せたミミナに対するユウタの反応に、彼女は苦笑した。ムスビだけは漸く現実を嚥下することが出来たらしく、取り乱した態度を誤魔化すように姿勢を伸ばす。
「冒険者殺し……そりゃ、人か?」ガフマンがミミナに尋ねる。その問いに澱みなく首肯する彼女は、神妙な顔で説明を再開した。
ユウタは語られた【冒険者殺し】についての情報、長期間行われた犯行、未だ増える犠牲者、それらが原因でシェイサイトの冒険者達を不自由にさせていること。その姿を確認した者が居ないという点が、何よりも不気味さを際立たせた。即ち、現場に居合わせた人間を無差別に殺める正真正銘の殺人鬼。
どんな動機で冒険者を襲うのか。冒険者協会はその影を追って、捜索を打ち出したが、数回ほど派遣した調査隊は二度も全滅した。残る一回は無事に生還したが、彼等がダンジョンを探索している際に別の場所で冒険者が数名殺傷されたのである。敵影は依然として掴めず、俄に信じ難い都市伝説的なものとして、今は町中にも隠然と知れ渡っているらしい。険悪な炭鉱の状況に、人々の関心も引き付けられる。事件解決に有効な一手を切り出す事も出来ず、ギルドの煩悶としていた。
ミミナが話し終えると、ガフマンは両手を強く合唱させた。乾いた音にユウタとムスビは振り向いた。ガフマンの背丈は六尺長もある故に、自然と見上げる形となる。自分の顔を覗く二人に白い歯を見せて破顔すると、ミミナの肩を叩いた。
「そいじゃ、ソイツを仕留めに行くぞい!」
「は?」
「え?」
「ひょえ?」
「ん?」
受付で会話に聞き耳を立てながら作業していた受付嬢まで、戸惑いの声を上げてガフマンを見た。
「丁度良く、手応えを感じられる仕事が欲しかった訳だ。そっちの方が単純で良いし、その【冒険者殺し】ってのも、これから経験する世界に潜む危険性の一つだと認識できるだろ。
どうだ、依頼としては受理できるか?」
「えーと……」
自分だけでは判断しかねる案件に、ミミナが助勢を求める視線を受付に向けた。それを予見していたのか、既に受付嬢が歩いて来る。落ち着いた足取りで、ユウタとムスビの前に出る。
「これはシェイサイト冒険者協会が依頼人としての仕事になります。奴の積み重ねた罪は重く、その実力は計り知れません。死の危険性が伴う事になりますが、受けますか?」
脅すような彼女の口調は、覚悟を問い質している。
数瞬の間をおいて、ユウタが答えた。
「冒険者なら、常に死と隣り合わせだと貴女の説明で理解しました。今さら、ですよ。指導方針に口出しはしないつもりですから」
ガフマンがムスビを腕で絡めて引き寄せる。彼女は胴回りの太い大蛇に巻かれたと勘違いし、絶叫しそうになるのを堪えた。
「お前さんの彼氏、ありゃ良い男になるぞ」
「あたしの好みでは無いんだけど…。でも、チームとしては合格にしとく」
依頼を受理した三人。
その背後から、ギルドの玄関が開け放たれる音が谺する。屋内で食事をしていた冒険者までもが振り返り、入口に注目する。
立っていたのは、印象の薄い男だった。ただ、その様子があまりにも忙しそうである。焦燥感を孕んだ瞳が、掲示板前のユウタを見付けると、手を大きく振りながら駆け寄って来た。
「おーい、小僧!俺だ、ヴァレンだ!」
「あ!アイツ……」
ムスビが不機嫌そうになる。
ユウタは名を聞いて戸惑ったが、それがすぐに昨夜に【猟犬】のアジトへと案内してくれた男だと思い出す。走って来る相手の剣幕に気圧されて固まるユウタの肩を、ヴァレンが力強く握った。
「どうしたんですか」
「き、聞いてくれ…大変な事になった。
昨晩、領主の息子が衛兵を数人引き連れて来たんだ。アジトの場所はバレてねぇ筈なのに、奴等なんの迷いもなく辿り着いてみせた。
要件はそこの指名手配者の処遇だ。捕らえて身柄を引き渡せってきやがった。取り下げたシュゲン爺さんの判断が気にくわなかったんだな」
ムスビが僅かに身を固くし、表情が凍てついた。ヴァレンが彼女を指名手配者と言った事に、ユウタは思わず頭を抱えた。秘匿していた正体が一瞬で露呈してしまった。それも、性急な用事で訪ねに来たのであろうヴァレンの声は大きく、周囲の耳にも行き届いているだろう。しかし、彼は気にも留めずに言葉を紡ぐ。
「指名手配者の娘が凄腕の護衛を雇った…こりゃ小僧の事だが、そう言ったら奴等が強攻手段に出たんだ。
シュゲン爺さんの身柄を連行して、領地に戻ったんだ。んで、その前にこう残した」
ユウタは次の言葉に、領地の息子の本気をいよいよ垣間見た。
『この老人を救いたければ、全力で娘を捕らえろ。護衛も殺せ』
ヴァレンはそう言い終わると、足下へ崩れ落ちてしまった。俯せの体勢で、床を何度も叩いている。ユウタが彼を起こそうと身を屈めた時、小さいが歔欷が聞こえた。木目の床に、小さく落ちる滴を見て彼に伸ばした手を止める。
「くそッ……シュゲン爺さんは、アンタらを庇護する覚悟でいやがった!だから俺達もそれに従いてぇ…だけどあの人は、俺達にとって親も同然なんだ……!どうすりゃ良いんだよぉ」
ユウタはムスビの顔を見上げた。彼女は沈痛な面持ちで、項垂れる男の背から目を逸らしている。彼女すらも受け止めたくない現実がある。シュゲンの身柄が拘束されたのは、紛れもなく自分の責任だと重く感じているのだ。ユウタは今回ばかりはその態度を咎めず、ヴァレンの肩に手を添えた。
ガフマンが大笑する。何の脈絡もなく笑声を響かせる巨漢に、全員が驚いた。
「どうやら切迫した状況下にあるらしいな。成る程、道理でお前達が少し警戒しているのか解ったぞ」
「あの……ガフマンさん」
「安心しろ。折角見つけた可愛い後輩を、そんな情もないどこぞの領主の息子なんぞにくれてやるか。その件について、我は不問に処す」
「如何なる者でも、ギルドは冒険者を迎える場所ですから」
受付嬢も微笑んだ。二人の大人が自身を許容した事が信じられないのか、ムスビは目を見開いて口の開閉を繰り返している。その反応が可笑しく、小さく吹き出したユウタの背中にガフマンの大きな掌が打ち付けられた。鈍器で殴られたような衝撃に、ユウタは危うくヴァレンに躓きそうになる。
「さぁ、坊主!そうと決まれば、こりゃ急がなくちゃならんぞ!」
「ガフマンさん、僕の考えている事…解りますよね?」
「無論だ!お前は今から【冒険者殺し】を討ち、捕らえられた知己を救いに行くのだろう?」
「あなたはこの行動を、看過できないものとしますか?」
「寧ろ面白そうだ。ダンジョンに潜伏する殺人鬼を処理した後、娘の事は任せろ!子供のやんちゃの責任は負う・・・我はお前達の指導役だからな」
もはや初級冒険者の指導を過ぎた彼の行動と判断に感謝した。自分が引き付けるのは面倒事ばかりで、他人を守る余裕がない。そんな中で、周囲には快く協力してくれる人間が居るという事実が、何よりもの救済になった。
ユウタはヴァレンに話しかける。そっと耳打ちするように囁いた。
「【猟犬】の精鋭を少数、用意して下さい」
ヴァレンが涙に濡らした顔を上げ、ユウタを見上げた。
「僕らで共同し、今晩…シュゲンさんを救出しましょう」
「だが、領主の息子の気を逆撫でするだけだ」
「そこは、あなた方の本業でしょう?」
ユウタの言葉に、ヴァレンが呆気に捕らわれる。己の残虐さを韜晦する笑みを湛えて、少年が離れていく。暫く忘我していた彼だったが、シュゲンの顔が脳裏に浮かび上がった瞬間、すぐに立ち上がる。
「よし、小僧。よろしく頼むぜ」
「こちらこそ」
ユウタはヴァレンと握手する。
ムスビがその背後で嘆息をついた。
自分には何もできない──守って貰う事しかできない現状が虚しく、無力感に打ちひしがれる。ユウタだけだった筈が、今やシュゲンやヴァレン達、それからガフマンにまで広がっている。家族を殺され、その追手から逃れシェイサイトを孤独に生き抜いてきた過去とは全く異なる未来を歩んでいる。自分を見捨てずに助け、協力してくれる人の情が胸を締め付ける。
「ムスビ」
ユウタの声に振り向かなかった。いま顔を見てしまえば、自身の中で決壊するモノがあると感じたのである。何もない虚空に視線を向けたまま、ユウタを正視せずに口を閉ざす。
それがまた、ユウタを突き放してしまうのではないか。そう怯えながら、素直になれない自分を心の中で叱責した。他人に受け入れられることを拒むのは、今まで孤独でも強く生きてきた自分の矜持があるからかもしれない。それに縋っていると自覚して、忸怩たる感情を懐いた。
ヴァレンの言葉を聞いた時点で、自分の行く末を観念したし、大人しく領主に投降する選択肢すら浮かんだ。これ以上の抵抗が無為であると思ってしまったのである。
「ムスビ」
「ああ、もう!何!?」
やり場の無い怒気を含んだ語調で、ユウタを睨んだ。彼の顔を見た途端、体の芯を焼いていた無力感が霧散していくのが解った。
「まずは【冒険者殺し】の退治。それが僕らの初仕事だ、油断するなよ」
ユウタの憐愍のない瞳。純粋な琥珀色の眼差しが、決然とした意を籠めて自分を映している。ムスビを見放さず、強く在る彼に憧憬した。自分には無い強さを輝かせる少年の姿は、鍛え上げられた一振りの剣を連想させた。一体何が彼をここまで錬磨したのか。
ムスビは自分の頬を手加減無しで叩く。皮膚の痺れるような痛みを堪え、ユウタに向き直る。少年は自分を仲間として認め、助けようとしてくれる。ならば、それに恥じぬように努めるのが今できる最大限の返礼だ。
「ふん!あんたも足引っ張るんじゃないわよ!魔法も呪術も適正がEのくせに威張らないでよね」
「な…いつ見た!?」
「遠目で判るわよ、バレないとでも?」
「く……適正があっても使えなきゃ、ただの役立たずだぞ。そこを確り弁えろ!」
「見てなさい。どっちが【冒険者殺し】を先に討ち取るか、勝負よ!」
いつもの調子を取り戻したムスビを見て、ガフマンが右の拳を天井へと突き上げた。
「では、行くぞ!坊主、娘!」
彼の声を合図に、二人を両脇に抱えられた。
ガフマンが受付嬢に振り返る。
「それじゃ往ってくる!」
「ご武運を」
短く答えた彼女に背を向けて、ガフマンが走り出す。ユウタもムスビも、抵抗せずに身を委ねた。
「ねぇ」
「ムスビ、今さら勝負を取り下げるのは無しだよ」
「いや、そうじゃなくて。
あたし達──宿どうすんの」
「あ」
完全に失念していた。
今回アクセスして頂き、誠にありがとうございます!
文章力などがまだ拙い点もありますが、これからもよろしくお願いします!




