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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:優太と道行きの麋──中
237/302

秘匿された皇族の落胤


 更地となった諢壬の中心街に屹立する怪物(グラウロス)は、攻撃の余波で欠損した腕を再生しながら周囲を見回す。先程まで敵対していた天色の人間は吹き飛ばした。肉片が残っているかも定かではない威力。

 諢壬を破壊する密命を帯びていた怪物にとっての難敵は、先程の蒼い火炎を操る青年である。肉体強度に自負のある身だったが、あの強力な熱線(レーザー)攻撃は絶対的な脅威になり得た。

 諢壬全壊の計略では最も障害となる。

 負傷で弱体化した今こそ屠殺の好機。相手が完全に復調し、再戦を挑まれたなら勝機は薄い。幾ら披露していない手があろうとも、青年にもまだ凶悪な奥の手が存在するようにも思える。

 怪物は肩部からの噴射機構で上昇し、街を俯瞰する高空に達する。大きく見開いた瞼から、二つ、三つ、四つと眼球が生成され、其々が四方八方へと視線を奔らせた。高速で他方の情報を脳で迅速且つ精確に処理して行く。

 北部から此方へと飛行する鉄色の竜、東部から此方を窺う少年(?)、そして……西部の街路で鷹の翼を持つ人間と黒馬に乗る青年を発見した。

 旋回して方角を定めると、怪物は急降下の姿勢に入る。今度こそ確実に仕留める、その一念のみが脳内を占めていた。あの青年によって与えられたのは、生誕から一度として覚えなかった初めて危機感、生命喪失の恐怖。


『見付ケたぁぁあアっアっアっ!!』

「――させる、かぁッッ!!」


 中心街の地殻を破って現れ、轟然と上空に延びる天色の手。怪物の脚部を摑み、地面へと引き摺り戻す。望んだ方向とは別の場所へと急降下して行く躰、抵抗に噴射の勢いをより強く調節しても更に強い引力によって、瓦礫に叩き付けられた。

 立ち上がった怪物へと、地下から反転させた瀑布の如く土煙を上げて出現し、正面から突貫する仁那。握り込んで天色に光らせた拳に全身の力を乗せて絞り出す。

 雷鳴となって地上を馳せる拳打。音速の域に達したそれを避ける事は、規格外の怪物であろうとも適わず、胸郭を打ち破って背中へと貫通した。突き抜けた拳に遅れて、軌道の下にあった地面が連鎖的に爆ぜる。

 しかし、怪物は損傷を即座に回復させ、再生する胸の肉で貫通した仁那の腕を捕らえた。

 敵を穿つ目的を達成し、腕の延長たる破邪の拳は護謨(ゴム)の如く収縮運動を始める。強固に摑まれた事で、逆に仁那は怪物へと引き寄せられて行った。


「なぁっ!?」

『お前ェェ……本トウに邪魔!!』


 急接近する仁那に間合いを測り、怪物が片腕を膨脹させた。肉体の内側では、細胞の様に筋肉が増殖し、更に容貌魁偉な様相へと変じる。

 更に、先刻に青年から受けた熱線の一撃を僅かに吸収した熱力(エネルギー)を併用した。艶のある黒褐色の皮膚へと深く刻まれる筋肉の筋が微弱な紅を帯びて蒸気を上げる。

 攻撃を察知した仁那は、もう一方の左拳を固く握って後方へと引き絞った。天色の光沢に濡れる黒金の腕に氣を滾らせ、正面衝突へと備える。


『いイ加減にィ、失セろッ!!』

「絶対に斃す!」


 突き出された両者の打撃が正面から相食む。

 高熱を発する怪物に、仁那の皮膚が蝕まれた。蒼火が操る熱量は、欠片であろうと万物を熔解させる。数秒も貌を維持する事こそ異常なのだ。

 小さく悲鳴を上げて、それでも踏ん張って耐える仁那は、右腕の聖氣を解除して左へと集束させる。装填された更なる力に、左腕から轟々と天色の電気が迸った。

 二人を中心に捲れ上がる大地と瓦礫を撹拌する竜巻。

 相手の拳によって異常な加圧を受け、より膨らんだ怪物の腕が、遂に耐えられず爆裂した。血肉を四散させ、右肩から肉体を破損した怪物が後方へと地面と平行に空を切り裂いて飛ぶ。

 仁那もまた爆風に煽られ、弾かれた火傷を負う左拳に引っ張られて跳ね転がって高く積み上がった瓦礫の中へと突っ込んだ。

 怪物は両足を地面に突き立てて静止し、再び仁那へと跳躍する。伸長させた腕は、空をも両断する怪剣の如く振り下ろされた。

 直前で瓦礫を押し退け、仁那は横へと飛び退いた。大地に刻まれる一文字、深々と抉る怪物の腕に戦々恐々とし、宙に浮かぶ敵影を振り仰ぐ。


「乱発しないって事は、あの氣の砲撃には装填時間(インターバル)があるって事だよね。……とは言っても近付けないし、やっぱり出し惜しみは……?」


 仁那が戦況を推し量る最中に、上空から敵影を目指して趨る銀の雷閃。怪物の上体を袈裟懸けに断ち、地面へと突き立つ。

 何事かと見ると、そこに高く聳えている。仁那の目前に墜ち、敵を撃ったそれは鋭利な銀の鉄柱だった。大樹さながらの太さと長さに唖然とする。

 驚愕に打ち拉がれる仁那の隣へと、両翼を拡げて静かに降り立つ鉄色の偉躯。その背から、次々と異形の影が飛び降りりと、仁那を怪物から庇う様に立つ。


「主が泥吉を届けるまで耐えるぞ眞菜」

「言わ……も…………るから」

「ん?」

「言わなくても判るって言ってるじゃん!!」

『こんな時に喧嘩は止せ、姫の御前であるぞ』

「な、ナタス……大丈夫だから」


 切断された肉体を修復し、地上へと舞い降りた怪物が眼前の対立勢力を睨め付ける。


『終わらセテ……帰るカラね、ナーリン』


 怪物の全身が更に肥大化し始めた。


 時は数分前に遡及する。

 鉄竜ナタスから戦場を眺望する優太は、存外苦戦する仁那の様子に目を眇めた。外貌からは、また新たな能力を体得した彼女だが、相手の多彩な一手によって決定打を講じる事が出来ずにいる。

 戦闘を洞察して、頭部が弱点という解答は容易に導き出せる。

 しかし、言うは易し。狙い撃って命中させるには、あの巨体が織り成す奇怪な体捌きを予測しなければならない。人型ではあるし、猿や近い形状の魔物の予備動作すら読み取れる優太でも、あの怪物の動作は予測不可。

 視線を外して、優太は東部を探す。

 路傍に礫の転がる荒れ様ではあるものの、破壊の猛威を免れた家屋の並び佇む住宅街が広がっている。既にこの区域も同様に避難が完了しており、人の気配は無かった。

 しかし、優太は黒馬に乗る女性を捉えていた。複数の人影に護衛されながら、中心街から離脱する足先の運びである。女性を庇って後ろに腰掛ける青年から微かに上がる蒸気が目印となっていた。

 泥吉が語る姉の特徴と照合しても、殆どが合致する。本人と見て相違無く、優太は後方を顧みて静思する。怪物は仁那が食い止めているが、今その彼女も劣勢にある。敗北した場合、街を襲う過程で此方に追い付く場合も十分に考えられた。


「泥吉、居たぞ」

「本当かよ!?」

「僕と泥吉は姉の所へ行く。お前達は怪物の誘導だ。用が済み次第、僕も加勢する」


 優太は泥吉を脇に担ぎ、暗黒の翼で宙に躍り出た。悲鳴を上げる彼の口を塞ぎながら滑空し、黒馬へと肉薄する。

 時間稼ぎに仲間を送ったが、仁那の実力で処理に難儀するならば、彼等が加勢しても事態が好転するとは考え難い。阿吽一族を滅した後、残るアジーテの刺客と思しき魔物を見て直感した。

 あれも、科学の産物である。

 既視感としては、飛脚の詩音や言儀の人造人間達である。生体を操作し、別の個体との生態を融合させる技術。

 仮にこの推察が正しければ、敵の中には言義で取り逃した時計塔の面子が潜伏しているのだろう。アジーテは自陣に招き入れ、その技を利して戦力を拡大させている。


 飛翔する優太へと、気配を感知した飜が迎撃に出る。空中に於ける翼の捌きならば、飜に一日の長があるだろう。しかし、先程は敗走した身とあって、彼には油断の一切が無い。

 飛びかかる飜は、翼から抜き取った一枚の長い羽毛を硬質化させて刀剣に変えた。翼を武器とする真髄として、武具を羽根から拵える彼らは空中に於いて何者よりも秀でる。

 優太は黒檀の杖を軽く横薙ぎにふるった。まだ飜とも間隙のある位置で無造作に、血払いの如く自然に払ったその動作を飜も気に留めなかった。

 しかし、その直後に腹部を不可視の太い鞭に打たれて地面に墜落する。氣展法で太く大気中に含まれる氣を練り上げて繰り出した攻撃は、飜ですらも見きれない。

 第二矢として跳躍する呀屡を、続け様に背から出現させた複数の腕で乱打した。邪氣で生成したそれらは、再生力を無効化しながら敵を無慈悲に殴打し続ける。数回は弾いていた彼も、豪雨も同然に降り注ぐ拳に地面へと磔となった。

 優太は黒馬の前に滑り込む。

 綱を引いて立ち止まった女性は、驚いて思わず落馬しかけたが、背後の蒼火が腕で支えた。


「ちょっ、誰っ!?」

「闇人か……紫陽花、黙ってろ。――熱いぞ」


 蒼火が掌中から火炎を発射する刹那、紫陽花は目前の少年が抱える小さな影を見咎める。正体を判じた時、後方の男の顔面に後ろ手で裏拳を放ちながら、馬上より急いで飛び降りた。

 攻撃は空へと逸れて、顔を押さえて悶絶する蒼火を他所に、優太へと駆け寄る。否、泥吉へと屈み込んで抱き着いた。


(デャイ)!」

「姉ちゃん!!」


 互いに抱擁を交わす二人を傍観し、優太は蒼火へと視線を投げ掛けた。彼は外衣の裾を叩いて降りると、蹌踉めきながら二人の傍まで寄る。何か言葉を発する事も、優太へ攻撃を再開する事もせず、寄り添う二人を黙視していた。

 優太は杖の石突で地面を叩く。硬い音に振り返った一同に微笑みかけた。


「僕は行く。泥吉、もう姉さんと離れないようにね」

「ったり(めぇ)だ!姉ちゃんは俺が守る!」


 優太は何も言わず、そのまま中心街へと駆けようとするが、蒼火の誰何に立ち止まった。


「何ですか」

「奴と交戦するだけ無駄だ。あれは諢壬を潰す為に動いてる。さっさと離脱(ずら)かるのが利口だぜ」

「奴がアンタらと手を組む連中から遣わされたモノだから、早急に始末するだけだ」

「腹立つガキだな……」

「二人を頼みましたよ」


 優太は墜落した飜や呀屡を飛び越え、災厄の中心に在る怪物の影を目指した。








 ×       ×       ×


 首都火乃聿に霙混じりの雪が降る。

 厳冬の到来を告げる空の()に、皆は頭上を振り仰いで寒々と白く吐息を煙らせた。二年間の騒擾では、新雪も紅一色に染められるばかりで殺伐とした風景。

 以前ならば季節の移りである気候の変化も、何かの凶兆とさえ思えて、人々は神経を尖らせたものだった。斯くも穏やかに空を眺め、冬を過ごすとは思いもよらなかっただろう。

 平穏を謳う者達は、各々で異なる感慨を胸に懐きながら、曇天より振り落ちる雪に想いを馳せて憩う。次の同盟戦争を最後に、一つの戦時代の終焉が訪れる事を願った。


 固く閉じた嵌め殺しの窓は、西国から発注した硝子を用いた物であり、遮音性に優れて己が務めに差し支えある大概の雑音を遮断する。

 窓越しには堆積もせぬ雪に期待して屋外に飛び出し歓声を上げる子供や、年甲斐もなく騒ぐ大人。その様子が滑稽に思って口端に笑みを浮かべるカリーナ。純粋無垢、無邪気であろうと彼女の気分を和ませる物には足らない。

 首都を見下ろす天守閣に設けた執務室は、些か本人の趣向とは異を唱えるものであったが、託ち顔ながらも不平を述べず、カリーナは己の元に運ばれていた案件の処理を恙無く行っていた。

 既に時は一年の終わりに差し掛かる。

 無事に年越しを終えたなら、総ての準備が完了し、憂い無く神族との決着が望める筈だった。

 しかし、未だ無視してはならぬ大事が目端で火種を燻らせている。この戦役で敵か味方、どちらとも区分されぬ勢力がある。それが矛剴、阿吽、アジーテの三竦み。

 矛剴は此度の二年間の争乱の発端であり、阿吽は上連から聞き及んだ通りの危険分子。後者は確実な粛清が必要とされるが、前者の処遇については、さしものカリーナでさえ頭を抱える難題だった。

 カリーナの腰には、“白印”がある。

 尤も、純血でないばかりに氣術の才能は在れど恐らく微々たる力しか扱えず、神への怨恨という感情の束縛もない形骸化した刻印。

 思えば、母の(アカリ)が矛剴当主の一族出身とあり、言わずもがなカリーナ自身も矛剴の正当なる指導者の血統でもある。

 別段矛剴の当主の血を擁するという責任感は無いが、完全なる無視で事を済ませる些事ではないのだ。故に、妥協を重ねて一時休戦協定を締結して大陸同盟戦争後に処断を降す他に策が浮かばない。

 現在は優太による接触で休戦協定の申請が行われる手筈。しかし寒気とは違い、膚を刺す様な不穏な予感を与える現実に神経質なまでに苛立ってしまう。

 今まで策に窮まる事など無く、大抵の事を処し遂せてきた。だからこそ、若輩ながらにカルデラの権威を維持し、数ある政敵や苦艱を乗り越えたのである。

 昨年に逝去した母ならば、如何とするか。

 想えば疑問であった。当主の血筋となれば、最も白印の呪縛を受ける立ち位置。だからこそ、燈や話に聞く薫は神への復讐に執着せず、自由に己が人生を全うした人生自体が不可思議に思える。

 その思想までもが、生まれながらに呪いで形成された固定概念によって決定され、生涯を復讐の徒として駆り出す。

 燈と薫の二人が白印の呪縛を免れた要因は、透や慎など純血では無い理由とは明らかに異なる。突然変異なのだとしても、闇人暁の変革以降に発生したとなれば、偶然ではなく何かの処置が降されたという一考も浮かぶ。

 優太の闇人としての成長を阻害する為に、暁が彼の目許に移植した黒印と同じく、何かが作用している。

 手段としては三つ。

 優太同様に黒印による制御や相殺、呪縛の無効化。

 当主か暁の工作か、何者かの判断の上で、当主は薫達の代で別の血が混ざった。

 亦は、存在自体を改竄された。

 黒印ならば前例が幾つも存在するし、純血の件は可能性として否定も難しい。暁ならば、偽装工作から矛剴を操作する事も容易。最後に関しては、もはや神の業としか思えぬ所業。


 一室を訪れる叩扉の音に、沈思に耽っていたカリーナは面を上げて応えた。

 赤髪の文官ジーデスが粛然と姿勢を正して入室する。最重要指揮官として執務に当たる彼女を訪れるのは、専ら懐刀である彼であった。故に見飽きたと言うのも致し方無いが、しかし今回は異なる様相を見せている。

 カリーナが振り向いた先では、いつになく神妙な面持ちのジーデスが立っていた。片手に書簡を入れる筒状の箱を携えた立ち姿。

 訝って差し出した手の上に、ジーデスは躊躇いがちにそれを乗せる。蓋を開けて中身を検める際にも、始終面持ちが晴れない。恐らく先に見てしまったのだろう、そして内容が芳しくない示唆なのだ。

 カリーナは中に丁寧に丸められた紙を展げ、文面に目を走らせた。暫しして読み終えると、カリーナは徐に席を立ち上がる。


「至急みなを円卓に呼んでくれ、厄介な連中が戦争を始める積もりだ」



 天守閣最上階に召集された面子は、云わば二ヶ月前の焼き直しの様に思える景観。

 花衣、その近衛一団。

 結、そして幹部二名。

 カリーナ、側近三名。

 赤髭総督と春京帝。

 ガフマンと四聖獣に認められた三人。

 錚々たる顔触れの中、カリーナが円卓を叩いて立ち上がる。先ず、鋭い眼光を長作務衣の夜影へと放った。


「仁那は今、諢壬に居るそうだな」

「私は今や八部衆を離れ、仁那の足下にある者である。貴様の意向よりも、主命を優先するのは必定」

「却って無駄な抑圧になってしまったか」


 仁那は状況を好転させる最後の一押し。尤も、武力的解決及び人心掌握を奇しくも成り立たせる故に、万策尽きた窮状にこそ活きる。彼女という存在を無闇矢鱈に解放してはならないと抑圧していたが、カリーナにしては失着だった。

 夜影の幇助もあるとは思うが、守衛の目を掻い潜って脱した様子から、およそ人の手に負える代物ではないのだと改めて窺い知れる痛手。


「今回、集って頂いたのは他でもない、アジーテ一族についてです」


 カリーナの元に届けられた書簡は、妥協と提案、いや強制を主とした内容だった。世界の趨勢を己が一存で決定するという、如何にも無理難題な要求に呆れを通り越し、甚だ愚かしいと思えたが、後半へ進むに連れて記されていたカリーナの知らぬ事実が明かされて行く。

 矛剴、阿吽――それらよりも注目すべき、最悪の敵が未だ中央大陸には潜在していたのだ。


 送り主はアジーテ一族当主のトライゾン。

 様々な事業で活躍の幅を広げ、今や私財はどの高官にも並ぶとするが、秘匿する物はそれ以上と噂される。有能であるが、南西の田舎町マリュトゥを運営する事に専念しており、王宮から中枢政権参入への勧誘を受けたが、これを固辞した。

 普段は人前に姿を晒さない事から様々な疑惑を掻き立てたが、マリュトゥが廃退せずに在るのは彼のお蔭であると、住民達からは篤い人望を受けている。

 しかし、己の正体の披瀝するトライゾンの意は書簡にこう綴っていた。

 彼が統治するは歓楽都市ラングルス――曾て優太と結が国賊として指名手配された事実を知り、悪意の渦によって苦しめられた場所である。

 しかし、トライゾンもまた、優太達によって街の経済の中枢たるサーカスを破壊され、暫く人が寄り付かぬ場となって被害激甚。暫し、大陸を奔走して資財を蒐集る事に追われた。

 街の起源とは大陸同盟戦争より後であり、旧ベリオン皇国崩壊の翌年であった。トライゾンの父親が凶悪な魔物の住処とされるシエール森林を開拓し、町を建設して息子の代では歓楽都市にまで発展させたのが現況。

 彼の父リュゼはベリオン皇族の落胤であるとされ、正当なる家系は神樹の森に潜む中、別の道を選んだ皇国の遺産だった。東西に分かたれた大陸をいつか統制する為に活動した現今の反乱軍――東西の確執を抹消し、現体制の解体を目的とする大陸解放軍を創設。

 トライゾンは後継となり、己が正体の隠匿の為に偽装として、更にマリュトゥを建設。以降は港町リィテルで魔族との密貿易などを繰り返し、より勢力を広げて行き、現状に至った。


 手紙にあった要求とは、後述の通りとなる。

『勢力拡大に努めていたが、父の代では第一次ベリオン大戦に一度だけ、とある事件で闇人暁と対立して壊滅状態に陥った。嗣いだ私で復興が成された直後に開かれた第二次ベリオン大戦(註.ベリオン歴二〇五八~六〇年)にて『白き魔女』こと結に各拠点を懐柔されてしまい、戦力を大きく欠いたのである。

 今や手元には解放軍の重鎮と、数千の最重要戦力のみ。

 父の遺志を嗣ぎ、ベリオン皇国を復興させるのは真に私であり、大陸同盟戦争にて解放軍が共同戦線を開く代わりとして幾つかの要求を行う。

 一つ、解放軍を貶めた『白き魔女』の断罪。

 二つ、ベリオン皇国復興の際に皇帝としてトライゾンを着任させる事。

 三つ、純粋な血統への回帰として、長女たる神豪(しんごう)花衣(はなえ)との婚姻を結ぶ。

 上記の内容を一週間以内に認めなかった場合、それは我々への反抗として、ここに新たな戦端を開こう。

 戦力の優劣について、我々が君達同盟軍を全滅させるに足る戦力を擁する事を諢壬にて証明しよう。それもまた一端ではあるが、判断材料にしてほしい。良い結果を待っている。

  トライゾン・アジーテ・神豪』


 内容を一通り聞き終えた一同、カリーナが嘆息すると、ジーデスは独りごちた。


「イカれている……」

「戦力比を覆す程の兵器を持ち合わせた自負なのか。度を弁えぬ傲岸不遜な男にしか思えんが」


 今や中央大陸と南大陸の戦力は、曾て無い程に強大である。仮にこの問題、トライゾンによる戦が中央の問題として処理したとしても、兵数や戦略の幅、犠牲を伴ったとしても勝利し得る。

 諢壬で披露する戦力の一端――帰還した上連からならば、一撃で町を半壊させる威力。多種多様な能力、様々な生物の生態を併合させた異形の怪物であるとされる。

 それが大陸を支配する手懸かりとして有効か否か、ガフマンなどを擁する此方の戦力を鑑みた上での沙汰なのか、未だに信じ難い。

 ベリオン皇族と今さらながら自白した理由としては、世界情勢が皇族を中心として動いた現在、東西の禍根が少しずつ解消される今こそ身を潜める必要性が無くなったからだと考えられる。

 しかし、矛剴以上に隠匿された伝説の一族であり、謎が多いからこそ真偽が問われる問題。


「何よりも、長女の花衣をご指名と来てんな」


 上連が卓上に頬杖を突いて、花衣を見遣る。

 居心地が悪そうに花衣は顔を逸らした。


「自分の(かばね)を初めて知りました。父や家の書物にも記されていませんでしたし」

「無名が聞けば独断で暗殺しに行くだろう」


 カリーナが鼻で嗤って呟いた冗談に、皆の顔を蒼褪めた。上連からの情報伝達の余談では、仲間であろうと殺傷沙汰になる寸前だったのである。花衣はまだ聞いておらず、不思議に思って首を傾げていた。

 その様子を見て、上連が優太からの言伝てを想起した。


「そう言えば、花衣への伝言預かってたんだよ」

「え、誰からですか?」

「優太から」


 花衣の体が一瞬で緊張に固まる。


「“必ず迎えに行く”とさ。本人曰く、一時期記憶障害を引き起こしたけど、持ち直したんだと」


 上連の言葉を反芻して、花衣は暫く円卓を見下ろしていたが、不意に安堵に目許から溢れる涙を拭う。堰を切った様に頬を滂沱として流れる感情の滴、衆目に晒すのを恥じて顔を手で覆った。

 結が不機嫌を露にする中、カリーナもまた微笑している。


「暁の黒印を取り込んで淘汰したのだろう。目許の隈が消えたそうだ。尤も、闇人としての成長を促す結果を招くが」

「容姿は……何というか、憎たらしいが闇人暁に似てきてたぜ。隣に可愛い女を二人侍らせて」

「あいつの事よ、今さらでしょ」

「銕の事は……言えなかったが」


 カリーナは卓上を叩いて仕切り直す。


「大陸同盟戦争前に無駄な犠牲を避けたい。今回の要求を呑む事は出来ないが、話し合いの場を設けて説得しよう」


 カリーナが振り向くと、ジーデスが示し合わせた様に頷く。


「アジーテへの連絡を試みます」

「赤髭総督、春京帝は防諜の体制を強化して下さい。花衣の近衛隊は誘拐等に備えて気を引き締めてくれ。上連にはアジーテの調査を一任する」

「またかよ……」

「お前には会談の旨を伝える書状を彼等に運ぶ重要な立回りだ。可能ならば仁那を強制送還、もしくは制御、そして無名の動向を窺え」

「注文多すぎるだろ!殺す気か!?」


 己の重責がより厳酷になる現実を糾する上連にも、カリーナは一瞥もせずに席を立つ。本人には判らずとも、周囲は彼女がそれ程に彼の実力を信頼しての任命なのだと解した。

 疲労に嘆息する上連の隣で、漸く落ち着いた花衣が目元を赤く腫らしながら苦笑する。


「帰って来たら、何か作りますね」

「やめろぉ……お前の飯を食えるなんて言ったら、小僧(ユウタ)に屠られる……」

「仕方無いわね、あたしが作ってやるわよ」

「お前の“味覚にもたらす地獄(アレ)”は料理と言わん」

「はぁ!?殴るわよ!?」


 喧嘩を始める結と上連を諌める花衣は、北の方角から感じた気配に振り返る。今、諢壬では優太が戦っているのだ。上連が預かった伝言から、花衣の存在を忘却する惨事を免れたと判る。

 しかし、まだ災厄は過ぎていない。


「……大丈夫だよね、優太……」




 中央大陸北部に建つ屋敷では、男が肘掛けに頬杖を突いた手で顎を支えていた。右の瞼を閉じて、開かれた左目は静かに暗室の虚空を見つめている。


「さあ、統一の刻だ」







アクセスして頂き、誠にありがとうございます。

グラウロスVS【鵺】・仁那となります、多分!

『五章:優太と道行きの麋――下』の主要人物が揃いました。これから、終盤に向けて書き抜いて行きたいです。


次回も宜しくお願い致します。



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