怪物が欲しかったもの
短めになります。
怪物は工房での開発を受けた後、自我の発達が確認されて以来、即座に独房へと移動された。
まだ敵を識らぬ状態では、視覚能力が起動して初めて目にした背広姿の男が親――絶対的に裏切ってはならない存在なのだと解した。
これがまだ、幼児の脳で果たせる認識であった。しかし、産みの親たる学院長の設定に誤りがあったとするならば、それは怪物の中に限り無く発育の可能性として低かった不確定要素の発露である。
それは、独房の扉を開け放った背広の後ろに佇む少女の姿。
何故か、その人を視認していた。しぜんと親では無いのだと了知して、どこか怪物の胸裏に擽られた様な感覚を与えた。
金色の髪に可憐な容貌、対照的に服で隠された似つかわしくない醜い欲望の痕。初めて与えられたのは、不快感だった。
所詮は己も背広姿の道具。その欲の示威として狗走となり、死ぬまで使い潰される終末。
だからこそ、同じ立場にある彼女にまた親近感すら湧いた。自分よりも脆弱で、そんな傷すら治癒できず痛みを抱える憐れな人間。
守らねばならないと、最初に思った。
怪物は――友情なのだと、本能で解した。
学院長を退けて、親より貴び優先した。名を与えられ、固有の名を呼び合う。この屋敷で彼女を呼名するのは自分だけだという、筆舌に尽くし難い優越感が生じた。
雪と戯れる際も、これらを使って彼女を楽しませる様にと尽くす。初めて触れる雪の感触、白く純粋な新雪は、指の間から脆く儚く崩れ落ちて行く。
――どこか、ナーリンの様だ……。
怪物は少女を呼び出したが、芳しい反応は無く落胆した。悄然とする自分を励ます姿と、友達だと告げると嬉しそうに微笑む。この顔を向けるのが、引き出すのが自分だけなのだと、堪らない優越感がまたしても生じた。
ナーリンを叱責する学院長の存在が煩わしかった。消し去りたかったが、彼女が悲しむ。
背広姿の言葉がいらだたしかった。
何故、お前に少女との時間を阻害されてしまわなければならない。何故、お前に制限されなければならない?自分の方が強いのに。
屋敷からの出撃命令が出た際、少女は飛行前の崖まで見送りに来た。襟で隠しているが、新しい傷痕があった。
四肢は自分の血肉で生成されている。後々、その微々たる傷も以前よりは治癒が早いだろう。しかし、自分が少し目を放した隙に悪意を放つ学院長に烈しい憎悪を覚えた。
それすらも誤魔化し、安心させんと笑む少女が心底純白で輝いていると思えた。
だからこそ――。
「地下では鞠遊び……うんしようね。壊れていたから、帰ったら新しい物に取り替えておくね」
だからこそ――。
「え、傷……?う、ううん、大丈夫だから。貴方は自分の務めを果たして来て」
だからコそ――。
「言語を充分に扱える様になったら、本を読みたい?大丈夫だよ、一緒に勉強しよう」
だカらコソ――。
「私が……綺麗?貴方だけだよ、そう言うのは」
ダカラコソ――!
「でも、何でだろう……嬉しい」
ダダダダカラカラカコソ――!
「ありがとう――グラウロス」
ナーリンが欲しい!
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回からは通常通りです。
仁那・飜と呀屡・蒼火と紫陽花VSグラウロス。
現場付近にいる優太と【鵺】。
諢壬での戦ももうすぐ完結します。
五章:優太と道行きの麋――上
舞台・赭馗密林(矛剴の里、闇精族の里)。
十七年の月日を経て訪れた故郷。
優太を待ち構えたのは、生き別れた兄と矛剴の実態。それらを目の当たりにした衝撃、闇人暁による記憶操作、千里眼の反動……。
苦痛と葛藤に苛まれ、懊悩する優太にまたしても神族や様々な悪意の策謀が引き寄せられる。
五章:優太と道行きの麋――中
舞台・諢壬
優太は外部から訪れた獣人族にして瑕者の眞菜、魔王一族にして穢人の東西吾、闇精族の長の娘サミを束ね、少数精鋭の部隊【鵺】を結成した。
悪辣な罠に嵌められ、呪いを掛けられた響花を救う為に諢壬を訪れた。仇敵の膝下で、優太は裏切りと新たなる刺客と対峙する。
五章:優太と道行きの麋――下
舞台・?????
あらすじにして纏めると、こうなりますね。……これ、終わるのかな?(苦笑)
次回も宜しくお願い致します。




