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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:優太と道行きの麋──中
227/302

奴隷商の祭典に足を運ぶ



 諢壬の街道に四人は紛れ込んだ。

 矛剴の里より、赭馗密林の森林限界まで邪氣で生成した麋に騎乗し、凡そ三日を要する道程を数時間に短縮した。長距離を潰す速度であり、その分荒れる乗り心地ではあったが、皆は何ら不満を口にせず、揺れる麋の背に座して先の景色が(ひら)けるのを待った。

 街道を見下ろす辺りに差し掛かり、邪氣の操作を解除し、人の往来に身を潜ませる。諢壬という情報以外に敵の所在が捉めない今、隠密行動で探索するのが賢明。

 十字路で解散し、其々で別の地区を調査する。優太以外は珍奇な種族とあり、外貌が目立つ為に外套の被りで目許まで蔽う。しかし、ここで周囲の視線を過敏に気にするほどではなく、外界に畏怖と興奮が綯い混ぜとなっていたサミまでもが冷静に行動していた。

 優太は街の西部を一人で散策する。

 景色を検める都度、喪われつつあった視力の著しい回復が兆候として現れ、優太には今までよりも鮮明に町の景観を捉えられた。当て処なく歩んだ足が、一つの建物の前に止まる。

 見上げる高さのある諢壬西部の旧孤児院。

 角錐の屋根をした見張りの塔に連結した母屋は、一部に再建と修復の形跡が幾つもあり、古くから此所に在るのだと判る。

 神の御名の下に人を守護する西国の風習と違い、東国は己の強さを誇示する風潮。千極の孤児院は、子供の健やかな成長を見守る施設を建前に、戦力増強を図って秘かに児童を未来の兵力に変換する兵舎だった。

 北部国境付近に密集した物以外で、東国に存在する物は希少である。旧孤児院の側に建てられた石碑に刻まれし文字を読み解くと、これは千極という国家が創立される前の歴史的建造物。孤児を匿う役目を既に五十年以上も前に終えている。

 撤去されない理由としては、警鐘が設置されている辺りから敵襲を逸速く看取する為の方策として好都合だったのだろう。

 しかし、塔の上では一人で男が頬杖を突いて欠伸を漏らしていた。緊張感の無い様子を見るに、東国平定から早一月が経って、反乱軍の襲撃などが途絶えた事に起因している。この街の安穏とした雰囲気も、漸く過ぎた戦禍の後の静寂に馴染んで憩う人々の醸し出すものだ。

 優太は孤児院の戸を開けて中へ入る。

 今や土足で踏み入っても問題なく、廊下の先々にある壁に設置された案内板に従い、見張り塔へと向かった。階段を上がり、角錐の屋根の下に覗く塔の最上部へ到着し、見張りの男の背後に立つ。

 優太が隣に立つ。何気なく街を見回していた男が視界の隅に彼を捉え、二度も見直した後に驚いて後ろに転倒しかけた。尻餅を突く前に優太が腕を摑んで止め、体勢を直させる。

 隻脚の男だった。

 義足も装着せず、杖を屋根の柱に立て掛け、見張りの欄に身を預けていたのだ。後頭部から禿げかかった頭髪、気恥ずかしそうに手で押さえて笑う。


 男は笑みを湛えたまま驚悸に叩かれる胸を押さえ、跫もさせず現れた少年に見入る。

 街でも滅多に見掛けられない眉目秀麗な容貌だが、その冷たい眼光が刃物を突き付けられた感覚をもたらす。それも妙な気配……直近に居ながら、視線を外してしまえば塔の上には己以外に存在しないかに思える。


 優太は街を眺望してから、南部の方へと集まって行く人々の動きを見付けた。祭でもあるのか、妙に騒がしく口々に報せ合って、周囲の者から取り込んで行き、次々と南部へと駆けて行く。


「今日は何かの祝祭でも?」

「ん、ああ、あれの事か。いや何さ、諢壬を代々統轄する阿吽一族の当主が竜族の奴隷を飼うそうでよ」


 優太は一度瞼を閉じてから、千里眼を解放する。紅い『天眼通』の眼差しが遠方の景色の仔細を容易に目視した。

 南部付近の広場の地面に設けられた地下への大門に町人が群れている。

 扉の周りを掘り、更に範囲を広くしようとしていた。優太は地下への通路が在る事に驚く。

 言義は地下の学術都市だったが、地上は荒涼とした砂漠。此所は地表にも街が栄えていながら、地下にもまた別の姿を秘匿していた。


 大扉周辺の路地などを細部まで見れば、其処かしこに溝板を填めた地下通路への入口と思しき物が幾つも見咎められる。

 この街には、地下と密接に繋がる風致だった。

 優太でも阿吽一族の名は聞いた事がある。千極では国境警備の軍備も彼等から多く支給され、優秀な武官を輩出した。

 最近は戦争の最中でも活躍が聞かれたのは、阿吽当主の夬の部隊が西国の偵察部隊を撃滅した武勇伝。

 しかし、彼等もまた戦争に生きる千極の名家では多い部類で、戦役の中にこそ栄えあり、然れど戦火の熱が風に去れば名も廃れる。

 千極での活躍はあったかもしれないが、確かにこれ以降の時代では生き難いかもしれない。


 竜族――兵器にも成り得る生物の奴隷を飼う、果たして何に役立てるのか。権威の主張か、単なる趣向か、何らかの底意があっての購入ならば、戦争以外に利用法が考えられない。

 矛剴が忍ばせた密偵は、不自然な程に殆どの情報が得られず帰還した。

 ただ、諢壬に滞在、または元来在住する高位な身分の要人こそ、敵の本影であるとしか明かされず。その情報に挙げられた特徴に拠るなら、阿吽一族当主もまたその例として一考の材料に加えるべきなのだろう。


「……竜族、珍しいな」

「処がよ、(やっこ)さん地下の歓楽街から中々出すのが手一杯でさ。今もまだ出せねぇんで、出入口を広げんの」

「地下は歓楽街になっているんですか」

「おうよ。今は丁度、奴隷商の祭典が開催(ひら)かれてる、十曜を三回ってとこかな」


 優太は大扉の周辺に暫し視線を巡らせた後、踵を返して階段を降りる。男は不思議に思って耳を済ませるが、草履の足の裏を擦らず、古い段差を軋ませずによく歩けるものだと感心した。

 戦争を終えて見張り台の用途が失われつつある今、交代以外に此所を訪れる方が珍妙である。あの手先足先の運びの鋭さ、素人には判り難いが隙の無い立ち居振舞いから剣呑な事情が垣間見える。

 男は元より兵に所属していた者だった。だからこそ、少年の裏に匿されたモノを微かだが見抜けたのである。尤も、戦からは縁遠くなった年頃、今さら若者の此所に至る酷な経緯(いきさつ)を聞く気も無い。

 旧孤児院を出て行く黒外套の背中を見送り、せめてその救いを祈る。千極の風習としては、他人の幸福を神頼みするのは些か可笑しいが、男は珍しく二国分裂前の考えを持つ人間であった。

 神も都合の良い物、祈りたい時に祈り、頼りたい時に頼れば良い、拠り処を求めても人の心は結局自分に行き着くのだから、他人を思ったって構いやしない。

 少年に幸あれ――兵の名残か、合掌して深々と一礼する挙措も鋭かった。




  ×       ×       ×




 藁葺の屋根が軒を連ねる街路。垣で整然と区切られた住宅と舗装された道は、辺境の街である印象とは些か異なる。煙突から立ち上る湯気と漂う香りは夕餉の仕度。既に日は傾いて夜闇が遠くから静かに呑み込むように迫る。

 街の基幹となる中央道から逸れた路地を辿り、大扉に向かうが人の群が壁を成して阻む。容易に踏み込めない密度で犇めき合い、作業現場を見守っていた。

 優太としては、甚だ不審でならない。見張り塔から眺めた様子では、大扉を拡大する試みで開始した工事も、未だ少ししか掘れておらず、捗っているとは見えないのである。素人からも一目瞭然、それでも集る異常な人々の景色は不気味だった。

 付近を歩き巡ると、路傍で会話をする男女の団塊を発見する。垣の前で集合して、路地に響く声も気にせず談笑していた。

 優太は先程の男の様に驚かせぬ為に声を掛けた。振り向いた一同の前で外套の被りを取り、緩慢な歩調で歩み寄る。同じ年頃だが街では見慣れぬ容姿に目を見開く男女。旅人だと気付くには幾らか時間を要して、我に返った一人が慌てて応えて自ら近付いて来た。

 近距離で対すると、女性の面々と男性一人が頬を赤らめた。旅人が長らく訪れていない所為もあるのか、男性陣の一人が積極的に話に応じる。

 亜麻色の短髪に片耳の無い青年。体は程よく鍛えられており、運送業で肉体労働に従事していると語る。目鼻立ちは整っているが、体格の良さ以外には印象が薄い。

 異端審問機関や関連する戦力の所在に付いて、直截的に訊いても東国の人間では判らぬ場合があると想定し、西国出身の人間が最近見たか、その際に何処を訪ねたかと詰めていく。

 一人の男は左手で後頭部を掻きながら、身ぶり手振りで応答する。初対面とあり、丁寧で物腰の低い姿勢だったが、優太が年相応の一面を見せて受け答えをする内に対応も碎けていく。

 丁寧に答えるのは男一人で、他は訊ねても優太を凝視し、忘我して質問内容を忘れて再確認する事が頻りにあった。先程から女性の一人が連れている女児が裾を摑んで放さない。不安な表情だった。

 街の噂や目撃情報、西国の訪問者や鉄笠、物騒に思われる武装した連中に関して芳しい情報は無かった。今は戦力調達等で武器の運搬などを担う飛脚や、行商人に訊く方が早いかもしれない。尤も、今は重点的に北部の海峡に集中するので、辺境の此所は通過点であり滞在している人数や日数も少ないだろう。

 立ち去ろうとした優太だったが、背後の路地で鋭く踏み込む跫に振り返る。角から身を躍らせた人影、体は短槍を投擲する動作に突入する。その時には、既に背に庇う男女を即座に展開した邪氣の盾で保護しつつ、女児を抱いてその場から飛び退いていた。

 躱された事で短槍は邪氣の壁に激突し、硬質な音を立てて弾かれる。宙に飛び上がる寸前の短槍を小さく跳躍して摑み取った優太は、体勢を立て直し、それを投げ返すまでを一動作で行った。

 高速の反撃に虚を衝かれ、襲撃者の腹部に命中。優太は片腕に抱いていた女児を下ろし、邪氣の盾を解除した。一瞬の間だけ暗闇に包まれた感覚だった男女は、再び引き戻された現実の光景に瞠目する。

 優太は女児を男女の輪の中へと避難させてから、腰の杖を引き抜き、男へとゆっくり接近した。槍に刺され、四肢を痙攣させている。急所を一突きされ、動く事も適わぬ様だった。

 黒頭巾を無造作に剥がし、匿した面を晒す。東国の女、しかし頭髪は赤混じりの黒髪である。幽かに既視感を覚え、優太は襲撃者の上半身の衣服を脱がせた。絶句する男女の前でも躊躇わず、その体を検める。

 襲撃者の半身を裸にした時、背に白い蛇と短刀の刻印があった。優太には嫌気が差す程に見慣れてしまった矛剴の“白印”。――この襲撃者が矛剴である証拠だ。

 優太は衣服を元に戻し、路傍へと寝かせる。杖を腰帯に再び差して、男女の下へと早足に戻った。

 街にも矛剴の人間が潜伏している、密偵任務を継続した人間か、或いは分家が私怨で送り込んだ刺客。どちらにしても、街中で攻撃を仕掛ける時点で非常に危険である。こうなれば、優太の敵は諢壬に潜伏する首魁、鉄笠、異端審問機関、矛剴と大きくなってしまう。

 未だ驚愕の熱が引かない全員を叱咤した。


「質問は終わりだ、ありがとう」

「お、おいお前。大丈夫なのか?何か……」

「慣れている。でも貴方達が危険だ、これ以上は関わらない事を勧める」


 優太は小さく一礼して去ろうとしたが、外套の裾を再び捕まえる。女児は恐ろしかったのか、指先が震えていた。

 女性に縋り付かず、優太を選んだ様子にその場の全員が微笑む。屈み込んだ優太が撫でると、擽ったそうに身を捩る。地下の奴隷商の祝祭の話を聞いた後に笑う子供を見て、嘗ての同志である歌姫(セリシア)を想起した。

 首都の仲間に助勢を乞えば、容易い任務なのではないか。響花の命運が懸かっているなら、如何なる手段も是とする精神で挑まなくてはならない。しかし、此処までは馬車でも数日の距離、今さら遅かった。


「お兄さん……何処行くの?」

「調べ物、大切な物を探しているんだ」

「そっか……頑張ってね……」


 優太は最後に寂しげな女児と抱擁を交わしてから立ち上がり、最も質問に応えた男に再度問う。


「地下の奴隷商の祝祭は旅人でも入れる?」

「あ、今やってる奴か。でも一般人は入れないんだよな。彼処は大抵が高い(もん)ばっかだからさ、金持ちが募るのよ」

「金持ち……か」


 諢壬自体は常々“辺境”と呼ばれる、換言するなら僻地である。言葉の印象以上に栄えている事に、優太はこれまで歩いた道で見た風体より理解した。しかし、その高い財力を有する人間が多く在住する街ではない。

即ち、各地から呼び集められた。異端審問機関も字面から宗教的な意味を含有している筈である。異端とは、本来は信仰すべき主催神ではなく、別の神を仕立てて祀るか、或いは無神論を掲げる背信の徒を狩る機構。

 地下街で探し出せば、異端審問機関と繋がりのある要人と接触可能な機会が訪れるかもしれない。優太が見張り塔で確認した幾つかの経路で侵入は出来る、問題は奴隷商の祝祭は約一ヶ月間、まだ行われているなら標的も居るだろう。

 男が握手を求めて差し出した左手に、優太は左手で応えようと出す。


「俺は仗惧(ヨグ)、また何かあったら頼れよ。一晩くらいなら泊めてやるぜ」

「そうさせて貰うよ。といっても――」


 優太の左手は彼の手首を擦り抜け、喉元を包む様に優しく手を添える。仗惧の隣に立ち、その膕を後ろから鋭く踵で打ち、脱力した彼の喉元に置いた手で傾いた上体を更に押す。後方へと傾く体を静止しようと踏ん張ろうとしても、直立の力点であった膕を打たれて脚力が入らない。

 仗惧は地面に叩き付けられ、腰の仕込を抜刀した優太の手の動きすら見えず、眼に鋒を翳されていた。優太によって両腕の肘を踏まれて動けず、顎を摑まれて話す事も出来ない。


「――先ずはアンタに訊くのが先だな」

「~~ッ……!!」

「先を視る眼が無い。先を摑む手が無い。先へ進む脚が無い。……喪う前に、出来る事がある」


 優太は五指を先ずは一刀、返す刀の一刀で斬り落とした。早業で痛みは然程無い――いや、出血が無い。本来は人体にない木目が袖の下に覗いている。木を刳った製作した義手である。

 痛みや手先を疼かせる喪失感は無くとも、そちらを見もせず、第二関節から正確に斬られた事に戦慄した。事も無げに、小用を済ませた様な優太に震える。

 腕の力が入らず、広がった掌には意識しなければ見えない針が刺さっていた。針先には薄く塗られた透明な粘膜の光沢を帯びている。

 仗惧の口から手を放した。


「何で……判った?」

「左手の関節が男女の一団の中でも不自然だった。それを悟られまいと後頭部に置いていただろう」

「ッ……!」

「この男女も僕に合わせ誂えた虚偽。示し合わせたけど、金でも握らせて黙らせたんだろう。子供の表情が怯えていた」


 後ろでは男女が垣に背を貼り付けさせていた。子供は両手を胸前で固く握って怯えている。


「背後のから俺達を守ったのは……!?」

「情報源の確保と一般人の保護……子供は可哀想だからね。それにアンタ……僕が左手でしか握手に応じない癖、知っていて左手を出したんだろ」


 一連の挙動から既に優太は敵を判別した。

 装着した義手、後遺症に苛まれて動かし難い、それらにも動作で差違のある特徴が窺える。戦場で五体の一部を喪った人間の成り行きなどを多く目にして来た優太は、それらを正確に記憶していた。

 自分の体ではない物、自然となる様に巧みな欺瞞で匿されていたが、相手の僅かな予備動作から読んで先手を取る戦法に重きを置く優太には看破し得る範疇だった。

 子供の不安な表情は、今まで男女の輪に居た筈が見知らぬ人間に容易く心を許して縋り付く訳がない。特段、会話中も優太は子供を気に掛けた事は無く、一言すら交わしていないのだから不自然にしか感じられなかったのだ。

 実際に左の掌には、毒を塗った針がある。微少でも人を死に至らしめる猛毒性のある物か、或いは遅効性か。どちらでも毒殺を図っていたのは事実である。

 左手でしか握手に応じない癖――神樹の村で忌諱された過去で、右腕で誰かに触れる事に拒否感を抱いて反射的に避けてしまう癖が染み付いた。此れを知るのは花衣や相棒、友人の中でも数少ない人物か矛剴。

 先程の襲撃者が矛剴だった。つまり、これは計画的襲撃なのだ。違和感のすべてが重なり、優太は危険だと判断した。尤も、既に街に居る事も露呈している。矛剴からの情報提供を受けて、彼等と結託しているのだ。

 これが煌人による物かは不明だが、何れは問い糺すべきだろう。そして当主の意向であろうと無かろうと、自分を潰す為に策を選ばぬ彼等はやはり抹殺対象だと確信をより深めるばかりだった。

 優太は散った仲間を集めてから、地下の歓楽街に向かう事にした。踏み抑えた男の左の義手を、肩まで何度か踏み締めて感触を確かめた。接合部を探し当てた優太は、それよりも上部を素早く一太刀で切断する。

 痛みに暴れる彼の胸を踏み、再び眼に鋒を突きつけた。


「踏みつけた時に実感したけれど、どうやら義手は左だけみたいだね。……次は何処が良い?選ばせてやる、応えないだけ明日から出来る仕事が減る、簡単な事だよ」

「ひっ……」

「さあ――どうする」




  ×       ×       ×



 地下歓楽街は、地上の諢壬を移築した様に瓜二つの様相であった。路地裏は石造りの貧民街が広がるが、他に差違は無く、強いて挙げるならばこの地で大々的に行われる奴隷商の祝祭が今なお開かれる天幕の建物。

 街の中心部しか光の灯らない景趣は、曾ての雨の歓楽都市を想起させる。優太は溝板から侵入した後、街の側にあるが人通りからは遠い物陰の岩に腰を下ろしていた。その隣には、四肢を切断されて断末魔の痙攣を起こす惨たらしい死体。

 優太しか居ない暗闇へ、三名が集合した。

 邪氣で生成した烏を飛ばし、三人を案内させる。正確に制御するには、視界に在る事だが、能力や機能を持続させる事は“意識下”から消えない限り、延々と機械的に繰り返す。優太の意思を伝達し、案内するまでを“役目”として与えれば、邪氣は三人を回収して本体の優太へと戻ろうとする。

 闇精族のサミは被りを取り払い、慌てて屈んで死体――仗惧の様子を見る。義憤に顔を紅潮させ、涼しい顔で岩の上でに座す優太へ平手打ちを繰り出すが、難無く躱されてしまう。


「……何故、殺した。この外道ッ!」

「口を割る気が無かった、強引な策を講じたまでだ。君だって襖の後ろに隠れた奴を一射するのも躊躇わなかっただろ?親交のある矛剴なのに」

「……それは……」

「殺されるよりも先に殺す、その防衛本能に従ったまでだ。僕は後の危機を回避する材料を得る為に、仗惧に犠牲になって貰ったまでだ」


 優太の双眸が暗中でも紅に輝いた。

 会得した『天眼通』の用途は、実に多種多様であり、効果は多彩である。完全な開眼の前にあった遠隔地の目視、未来視の二つ。後者の応用の一つとして他者の記憶を遡行し覗き視る事が可能(でき)る。

 しかし、拒否する相手の意思の有無に拘わらず、強制的に行える事で、覗かれた者は拒絶反応の余り精神の錯乱や記憶喪失、酷い(ケース)ならば致死。煌人からの説明後、矛剴の里で襲撃しに来たのを逆に捕らえた康生の部下で実験した。結果は一切の反動が優太の眼に無く、相手の中身すら見透せる。感情までは読み取れずとも、対象が干渉した過去や未来の事象を目視した。

 仗惧は拷問を行っても全く答えず、四肢を切断しても口を割らなかった。結果、『天眼通』を行使して強引に記憶潜入を実行し、烈しい抵抗を見せたが優太には何ら効果がなく、主への忠義を果たせなかった慚愧に震えながら死亡したのである。

 優太は記憶遡行の時、仗惧の異常な程の忠誠心を垣間見た。彼に限った話ならばまだ戦いようもあるが、仮に敵の全員が仗惧に匹濤する精神の持ち主ならば、その組織力は高い。優太達でも牙城を崩すのは至難の業となる。

 矛剴が掩護しているならば、諢壬に潜入した【鵺】の構成員の特徴なども露見しているだろう。しかし、鍛練中は優太や眞菜と西吾の『氣道』を行使していない上に、『天眼通』の実験体とした者も抹殺した。

 相手はまだ此方の手の内を識らない。サミに於いては、恐らく反応すら不可能だろう。

 あの後、女児や残りの男女には黙秘を強要した。誰もが己の命には正直になる、一見穏やかではあるが優太の言外に秘められた脅迫を敏感に読み取って、全身から血の気が失せていた。余程の窮状に曝されぬ限り、彼女達が密告する事はないだろう。

 サミは優太の胸を肘で(なじ)る勢いで問う。


「それで、敵の本体は何だ?我々の故郷を襲った黒幕は……ッ!」

「サミ、激情に奔って短絡的な手段で復讐する心算なら死ぬぞ。相手は一枚岩の堅固な守りで自陣を強くしている」

 

 優太が立ち上がり、サミはその足下に遣る瀬無い表情になっていた。獣か魔物を殺める以外の殺生を学んで来なかった彼女は、未だ人を殺した実感を手応えとして得ていなかった。屋敷で外敵を殺した時、何も感じなかったのだ。しかし、優太が拷問の末に死滅させた敵には情を懐く、憎むべき敵の手先だというのに。

 優太としては、その根本的な理由に勘付いていた。外敵に大して容赦をしない、それが今となって反感を持つのは、森の中ではないからだ。闇精族は古くから森を出る事を禁としている宿命を等しく背負い、それ故に自身らの殺生は森の摂理だと弁える。

 しかし、彼女が慣れ親しんだ環境とは大いに離れた状況下では、その概念が通用しない。その軋轢に今思い悩まされているのだ。

 サミの脇に眞菜と西吾が寄り添う。


「これも敵対した故の結果、致し方無し」

「大丈夫、す……れる……うから」


 サミが二人を見回して、未だ納得しきれない部分もあるが、頷いた。


「それで、敵とは!?」

「そいつの面を今から見に行く。僕の得た情報だと、頻繁に地下の出入口へ来て居る様だ」


 優太が歓楽街の中枢へと歩を進める。

 三人は標的を眼にし、脳に刻む方が良いと考えて黙った。赭馗深林の秘境を二つも襲撃し、優太を挑発して矛剴や異端審問機関と結託した首魁は、すぐ其処に居る。

 進むにつれ、次第に路地に見受けられる人の数が増して行く。一時は地下全体を震撼させる喧騒が天幕の向こう側から響いてサミが何度も驚いた。

 あの場所に敵が潜んでいると照準を今にも定めんとするサミだったが、優太は天幕から逸れて南西部へ行く。怪訝に思った彼女は、ふと地下の天井に作られた大扉と、その直下へ高さを稼いで続く階段、そして段差に乗せられた巨大な荷車を認めた。

 巨大な鉄塊を乗せている――いや、微かに全体が上下運動をしている。恰も、生物の呼吸の様に。

 優太が指差した。全員の目に緊張感が走った。


「あそこに敵は居る」









アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

泥吉を早く登場させたいけれど、今回は見送りです。矛剴、鉄笠、夬、異端審問機関、西からの来訪者、優太と【鵺】、暁と“あの人”と煌人、泥吉……etc.

これらのピースが確り填まるよう書いて行きます。


次回も宜しくお願い致します。



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