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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
五章:優太と道行きの麋──上
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故郷の空は鈍く曇りて

五章スタートです。



 豪雪に見回れる国境付近は、厳冬の凍てつく冷気に堆積した新雪が磨かれたような光沢を放つ氷原となっていた。隆起した崖に周囲を囲われた広い敷地を有する邸宅の前庭も、その風景は同じく氷霧が煙る厳寒の世界である。

 枝葉に重圧にを掛けていた雪は、自重に従って梢を撥ねさせて地面に落下する。それは、樹影に斃れた死体を弔うかの如く柔らかく覆い匿した。屋外へ出て庭園に居る者の影は、忙しなくこの惨事の後始末よりも、殃の源を探って四方八方へ拡散する。

 動き出した追跡者の追随も許さず、屋内を回廊を馳せる闇色の雷。

 警邏隊が制止の一刀を振るう前に、閃いた一条の禍々しき光に血煙が壁や天井に飛散する。悲鳴も無く、斬られた箇所が急所でなかったとしても、僅かな接触で生命力を収奪された。傷口や廊下の隅に、光の通過した跡と思しき黒い炎が揺らめく。

 遅れて屋内に駆け入った三人は、血糊と共に深々と刻印された死神の足跡を見回す。立ち止まって戦闘を行った痕跡は無い。留まらず、滞らず、風となって敵勢を悉く討ち滅ぼす。隅で床を焼く黒い焔が誰による所業であるかを瞬時に悟らせる。

 もはや目的の為に見境無く目前の人間を斬り伏せる復讐者となった今の彼を止める策が無い。だが、一刻も早くその行動を阻止しなくては、本当に二度と引き返せない道へと踏み出してしまう。喩え恐ろしくとも、その優しさに触れたからこそ、救い出さんと三人は走り出した。


 梳いた紫の長髪を肩の上に長し、円卓に座して接近する死の気配を犇々と感じていた。今から逃走を図るのも無駄であり、正面衝突で勝利するなど望むべくもない。自分達が如何に蛮行に及んだか、その狼藉が死の獣の怒りを呼び寄せたのだと重々悔やんでいた。

 既に円卓のある一室と接する廊下で、何かを見咎めて叫んだ兵士の、一瞬の叫びが鼓膜に短く届く。途中で断たれたのだとは容易に察する。円卓に集った数名と、護衛の面々が厳戒体制で構える場に扉がゆっくりと軋みながら開く。

 複数の護衛が槍衾を展開して包囲する。円卓の上に飛び乗った大弓の小人族は、扉へと矢を放った。まだ僅しか無い間隙に正確無比の射撃、開扉する最中である敵に確実に命中したと誰もが疑わず称賛に価する攻撃である。数瞬の後には悲鳴、或いは侵入者の倒れる音がするだろう。

 しかし、廊下より返って来たのは、矢が折れる音だった。誰もがそれを耳にした刹那、黒い閃光が奔り、槍衾を構えた全員が首を失って力無く頽れる。

 円卓の中心に荒ぶる暗黒の雷の終端が停止し、虚空に人の形を成して行く。その輪郭は卓上に低く屈み、片手に抜き身の刀を振り抜いた姿勢で現れる。庭園から此所に辿り着くまで、道程に邪悪な力を揮って来た黒装束の侵入者、円卓の一同の前へ遂に正体を晒した。

 背から一対の翼、顔を覆う梟を模した面甲に手甲や草摺――闇色の甲冑を装備した奇態な外貌は、まだ真の姿を秘匿した装いである。それらが靄となって空気中に霧散した時、死の瘴気の中から一人が立ち上がる。


邪装(じゃそう)――黒鴞(こっきょう)


 大弓に次の矢を番えた小人族の手が卓に落ちる。些か小さくも、平生より武器を操る者の武骨で節くれだった、弓使いにとって命も同然の物を喪失して、悲鳴を上げながら血を振り撒く。断面を頭上に掲げた事で穢れた雨が降り注ぐ。

 小人族を一閃した侵入者の行動、その始終を誰もが捉えられなかった。ただ振り抜かれた刃が残酷な現実を示唆する。

 侵入者の全身が黒く霞んで、暗雲の如く拡がると雲底を紅く瞬かせて黒い稲光が弾け、室内全体を凄まじい衝撃を伴って奔った。爆薬を一斉に着火させた絨毯爆撃に似た威力は、如何に強力な生物といえど無事では無い。彼の立つ位置を除き、円卓は木っ端微塵となって電撃が全員を強襲する。

 身構える暇も無い、視認した瞬間には全身の神経や筋肉を食い破る必滅の黒雷(こくらい)の咆哮に痙攣し、皮膚は捲れ上がって皮は僅かに灰となった。微弱に紅を帯びた電流が床面で連鎖的に爆発し、より室内の内装を荒れた風体に変えて行く。


「氣道――建御雷神(タケミカヅチ)


 侵入者が周囲を眺め回すと、標的となる要人の姿が忽然と消えていた。死体を完全に消滅させる威力までは有していない、瓦礫と粉塵で視界が遮られているが、見逃しは無い筈だった。

 耳を澄ますと、廊下を駆ける跫がする。あの黒雷が放つ蹂躙の波頭を回避した事に若干の感嘆を懐きながら、円卓だった物の上から飛び降りて後を追った。生き延びた方法に関する考察は今価値は無い、今必要なのは生存した標的を仕留める、その一点に意識を傾注するだけだ。

 逃げ惑う人間から発せられる音を標に駆ける侵入者は、角を曲がって奥手に伸びる薄暗い回廊の闇に気配を感じて立ち止まった。純粋な陰影とは違う、道の先に異質な影が渦となって蟠っている。用心して摺り足で接近すると、影の中から刀を佩いた老人が出現した。


「やはり殺さんと止まらんか……一度拾った命、みすみす無駄にするとは愚かしい。だが、それでこそ彼奴の弟子」


「素直に退いてくれないみたいですね」


 老人が喉を鳴らして笑う。この状況に於いても滲む余裕は、強者の自負であるとは語るまでもなく、侵入者にもまた伝わっていた。

 どちらも、その場を動かない。


「儂も耄碌してな、一々動くのに体力を要するんじゃよ。まあ、児戯程度なら安易で済む。今宵の相手も承ろう」


「よく言いますね。なる程、その先ですか……なら、押し通る」


 侵入者と妨害者、二人の視線が交わる。

 言葉無く互いの意思を伝えたそれが、瞬く間に剣閃へと変わって交錯した。相手を滅する一手、その策と技が何度も高速で実行される。月光も無い暗中で相手の位置を、動きを把捉する手練の本領が遺憾なく行使され、未だ命脈を保つ敵の息の根を確実に止めるべく動き、それを凌ぐ攻防が続く事で自覚せず両者の戦技の精度が増す。

 琥珀と錆色の視線が至近で睨み合い、小さな空隙に間断無く刃先が空を切り裂く音がした。無音の剣戟、いつ勝敗が決してもおかしくは無い際疾い戦況である。

 何故に彼等は争い、剣を振るのか。

 その理由は――此より二ヶ月前に遡及する。





  ×       ×       ×




 冴えざえとする秋冷に森は眠る。

 夏の天下に萌え、蒼然としていた葉肉は乾いて萎えると、朱や黄色に染まり風景を塗り潰して行く。落葉が地面を柔らかく覆い、冬に備える生き物の足許に踏み固められる。山の巓は低空を早く泳ぐ雲の合間から麓を睨み、木枯らしの風を待つ。

 山水の景観を彩る紅葉は、清澄な空気の中に鮮やかに映え、道往く者の心に時の経過を告げた。街道を進む者も、防寒の備えを充分に施した出で立ち。景色が変遷する都度、人の文化や外貌も移り変わる。それは神々が世界を創造して以来、予て設定された環境であって、人類が適応する方法が種族に拘らず共通の概念として深層心理に根付いたからだ。

 衣服は権威を示す物としての役割も十全に担い、相手に存在を主張する効果的な道具だ。顕著であるのは東西の国が持つ衣食住の文化の違いだが、より細分化すると歴史ある血統や稀少な種族、その誇りを象徴する。

 そういった部族が戦役に於いて偉大な戦功を挙げ、輝かしき戦歴を示威する事で他者の畏怖を招き、当面の敵として敵勢の結託や強固な団結を生んで、戦を助長してしまう傾向があった。今回の戦争でも、その性質が働いているであろう。特に、この森林周辺の広野や町も、何としても首都に攻め入りたい反乱軍が、此よりさらに東方の湿地地帯に住む強力な血族を雇い、国軍へと使嗾して多数の死者を生んだ。脅威に対抗すべく国軍も交渉の末に国境付近に居を据えた名高い武官が保有する強力な精鋭部隊を援軍として借り、旗を掲げて対抗し様相は地獄への一途を辿る。

 戦野の跡地に建てた墓標の数々、打ち捨てられた無粋な武具、少し土を掘り返せば人骨が覗く。凄惨な犠牲の血によって、闘争に終演の幕は下ろされど、未だ血に濡れた地は山とは異色の赤に染められたままである。それを見た哀悼の心痛が万人を繋ぎ、後世へ伝える訓辞として深々と民の心中に刻み込まれた。

 この戦時中に多く出現するのは森より降りて骸を貪る異形の影、または死者の身体に寄生し徘徊する亡者の群。個々の信念と欲望に衝き動かされ、争った人々は戦傷を負いながらも、その矛先がそれらに集中し、悲惨に分断していた想いが一つの形を成そうと集積する。

 第二次大陸同盟戦争の予告が伝播した今、中央大陸各地から距離の長短や危険の如何すら鑑みず、此度の戦の要所となる首都火乃聿へ次々と戦闘に心得ある猛者が集う。武勲を挙げんと息巻く野党や元兵士、未知の探求を生業とする筈の冒険者等、忌み合い冷嘲する者達の懸隔を捨てた。

 対敵は史上最大の敵、誰もが対峙すらしなかった神の一族、彼等に忠義するその走狗となる生物。衝突を選んだ過去と現在の反目は、前例にない最大規模の闘争を予感させる。勝利して得る者は各々で千差万別、けれど意思としては統率が為されている。後は戦後の安寧ばかりを祈って、不安と恐怖に霞む未来の情景に想いを馳せた。

 未だ鬱屈した心情に荒む世界を遠景に望む山々、その更に奥で路無き道を踏み締める複数の人影は、植生が根強く己の生を謳歌し、地面を匿すまでに繁茂する中を行軍していた。鳥の囀りと時折強くなる風の嘶きばかりが索莫とした空気に谺する。

 紅葉の騒めく林間を、より奥深くへ足を運ぶに連れ、周囲に密集して乱立する常緑の針葉樹へと変わっていく。硬い葉が頭上で他の梢と合流して折り重なり、自然の天井を作り上げた所の下は、さながら幾つにも先が分岐する隧道。

 振り返ることも立ち止まる事も一度として許されず、その片方を試みた時点で進退に大きな支障を来す。己の辿った道を顧みても前方と同じ様な景色が拡がっており、次の進路を定めんと思考する時には既に森が迷路と化している。迷わずに往来するには、赭馗深林の地勢に知悉した案内を伴うべきである。

 この錯覚もあって、容易にこの赭馗深林まで踏み入るなど愚行に等しいと旅人の界隈では一つの心得とされた。固有の地名を与えられながら、其処にどんな動植物が生息しているか、正確な地勢について外界は全く理解しておらず、この中央大陸では未開の地でも最大とされた森である。

 街道を大きく逸脱し、冬を待ち気性の荒い生物が跋扈して、人を蹴躓かせる草木の搦め合いなどで形成された森を進む者など居らず、故に強い理由があって踏み込む勇敢な人間、人目を憚って進む剣呑な事情の持ち主に限る。山中を無言で前進する彼等もまた、その例に漏れず衆目を畏れていた。

 その所作から漏れ出る物音の一つにすら注意し、樹幹より覗く獣の視線すら逃れるかの様に、森に同化して存在自体を掻き消す工夫を怠らない。余人には決して感知する術を持たない、特殊な技術を以て為される。しかし、それは今回に限った話では無いと雖も、一行の神経は平時よりも鋭敏に研ぎ澄まされていた。

 その明確な要因として、最後尾に後続する一人を無事に森の最奥へと届ける為であり、それが自らに課せられた使命だと弁えての事である。

 数名に護衛されて進む少年――優太は、過酷な難路に苦言を一つとして呈する事無く、目的地の景色が森を切り開いて現れる時をひたすらに待つ。感覚は常時緊張しているが、襲撃には柔軟に対応可能とする適度な状態を維持していた。

 寒冷な山地の中には慣れており、連日の草枕の不如意すら無い。泥の中で無ければ直ぐに眠れる質である所為で、敵地の真っ只中であろうと短時間でも睡眠を平然と行い、充分な休息を済ませてしまう程である。一般的な人間にある不平を訴える感覚などが欠如していた。

 所々で毛の撥ねた黒の頭髪は、襟足を一つに結って無造作に垂らす。後れ毛が項の辺りで毛先が巻いていた。手入れを施せば、麗々とした艶の密に織り重なる烏の濡れ羽色となっただろうが、優太には自身の容貌に頓着が無いのである。

 煤汚れた単衣と裁付袴、臑から爪先と踵を除き、足底弓蓋(註.土踏まず)まで保護する布の脚絆、足袋を黒一色に統一した装束。粗末な草履の鼻緒に爪先を通す。右手に前腕部まで隠す手套は、着衣の中では最も新しく汚れも少ない。

 道中は黒外套を羽織っていたが、山内を静かに進みたい彼等を慮り、背嚢に畳んで収納した。その所為で荷物は幾分か嵩張ってしまったが、焦眉の急あれば肩紐から腕を抜いて即座に臨戦態勢で応じられる。

 優太の装備は素朴で特筆し難いが、唯一際立つのは左手に携えた三尺の紫檀の杖。一掴みに足らない細身、全体が微かに湾曲した物で、山道に足を挫く恐れに備え体重を支える為の用途でもなく、中程を掴んで地面に付かず持ち歩いていた。継ぎ目の無い木肌で周囲を欺いており、鞘となる下部を引き抜けば一尺九寸の刃渡りをした刀剣に変貌する。

 この仕込み杖を使用する際、優太は誰もが企及する事の出来ぬ位階の戦闘力を発揮し、これまで数々の敵を撃滅してきた。幼少期に我知らず培った技術も、この杖を巧みに操る為の修練だったとは、大陸で各所を震撼させる師の思惑の一端を目にしてから知った事実の一つである。

 林間を鋭く見回す琥珀色の双眸、目許に漆塗りをした様な隈がある。目鼻立ちは美しく、年を重ね成長するにつれて端麗な面貌に成長していた。それは再会した知人にすら頻りに言われる。

 しかし、森に入ってある一点に異変が起きていた。優太の右目は約一年前に不完全ながらも千里眼――闇人の中でも稀に開眼するとされる『天眼通』の力の影響で、強膜は黒く変色し、紅い虹彩と白く縦に楕円の形状に伸びた瞳孔が、周りを威圧させる事が暫しあった。しかし、森を進んでいる時に受けた激痛の後、開眼前の状態に戻っている。

 試行を繰り返し、これが任意で発動と解除を入れ換える作業が可能となった事を意味したが、酷使すると再び反動として視力の低下を招き、優太はこれを戒めて今は解除した。やはり、以前なら遠景にある葉叢の小さな葉一枚すら明瞭に捉えていたのに、やや霞んで映ってしまう。『天眼通』の強大さと危うさを何よりも語る。希求した能力でもないのに、甚大な負荷を強いられて優太は半ば扱い倦ねていた。

 戦闘では、敵を仕留める際の手際である、正確さと素早さが生命線の優太にとって、視力を喪う事は戦力的にも大いに弱体化してしまう。使用する都度ではなく、視覚能力は日常的に衰える。治療法とされる『神樹の樹液』も、果たすべき使命に従い摂取を拒んでいた。

 右腕の手套を見て微笑んだ。自分を想って編まれ、今では肌身離さず着用しており、これを見る度に帰るべき場所を忘れずにいられた。脳裏に浮かぶ彼女の麗らかな面影が光明として、帰路の道筋を照らす。だからこそ、己の道の途上に後悔を残してはならない、その信条を持って優太は今から生まれながらに背負った因縁と決着を付けに行く。

 意思を確めるように握り締めた拳固を見詰めていると、唐突に立ち眩みを覚えて体が傾く。樹幹に縋り付いて体勢を立て直した。

 隣を歩く全身を包帯で匿した隻眼の男――ゼーダは、優太の成長を最も古くから知る一人である。幼くから岩場や草木生い茂る自然と戯れていた優太は、今歩む緩やかな斜面の地形に躓く筈がない。転倒するのを避けた動作も、体調不良が原因であると読み取る。


「優太、少し休んだ方が良い」


「いや、道中何度も休んだから。それに、これ以上は到着を余計に長引かせる。……僕は大丈夫です」


 気丈に振る舞う優太だったが、ゼーダの反応はあまり芳しくない。その態度が逆に不安を掻き立てるのだ。この森に踏み込んでからの不調が頻発し、案内をしている面々はこれまでの反目の経験から拒絶反応を示しているとさえ疑い始める。

 無論、忌避の感情ではなく、事前より抱える不具合。ゼーダが早急にその悪因を解消すべきと強く出ても、頑なに否定する優太の招いた問題である。


「しかし……お前の兄が何を企んでいるか判らない。今の状態では急場も凌げないぞ」


「その時は、僕を置いて逃げて下さい。貴方の足枷となって死なれては、とても困るから」


「莫迦を言うな。私はお前を守ると誓った、それまでは決して離れん」


 ゼーダの支えを断り、優太は一人で前に歩く。

「頑固な人ですね……」力無い声は、やはり疲労の色を滲ませていた。幾ら長の兄弟として招聘されたとて、元は敵地と認識していた場所に揚々と踏み込める訳もない。

 先頭の一人が振り返った。顎で木立の間にある景色を指す。その素っ気ない応対は、優太と一族の隔たりの証左である。

 優太は案内の横を過ぎて、前に躍り出た。ゼーダが遅れて横へ並ぶと、目を懐かしげに眇めた。どこか憐憫を含む眼差しであった。


「……ああ、帰って来たんだな」


 案内が再び前に出て導く。

 下へ降りて行く杣道を摺り足で滑り降りると、途中で近くの木に掴まって振り返った。


「ようこそ――矛剴の里へ」


 優太は森を切り開いて生まれた風景を凝然と見つめる。

 自分の出生地、嘗て母が暮らし、ゼーダが忌諱し、師が幼少期を過ごした土地。今は大陸から敵視される一族――矛剴(むがい)の住まう秘境は、もう目の前にある。理解する事すら厭うて目を逸らし続けた運命と直面した。

 ゼーダの誰何にはっとして、優太は頭を振ると岩を蹴って降りる。

 久しき帰郷に憂いの表情を隠せぬゼーダは、頭上の空を見上げて重い息を吐く。

 故郷の上空を鬱屈と覆う雲は厚く、彼方に遠雷の音を響かせて皆を迎えた。






アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

忙しくてやや短いですが、次回から通常運転を再開出来るよう頑張ります。


次回も宜しくお願い致します。

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