説教と事情聴取と不吉な予感
今回はギャグ多目です。
最近、空気が温かくなった気がしたからと薄手のTシャツにパーカーだけで外出したら、夜風の冷たさに縮こまりました。
油断してはいけない、まだ冬なのだと。
夜の出来事を経て帰還した。
玄関に立ったユウタを見て、ティルは慌てて駆け寄る。彼の知る夜は、この町で暗躍する暗殺を生業とした集団【猟犬】が跋扈する時間帯。依頼主は様々だが、如何なる私情があろうと請け負い、対象を闇の内に葬る。町では、彼等に敵対することは忌諱されていた。
最近も、手配書の人物を狩る為に町を駆け巡っている筈である。標的は巧みにその脅威を何度も逃れ、一ヶ月に亘る追跡と逃走が繰り広げられていた。
外出など愚の骨頂。一度、家の閾を出ればその命は無いと達観するのが自然である。夜闇の中を馳せる【猟犬】は、障害物があれば相手が何者であろうと躊躇わない。故に、夜間の外出が禁じられているのは、町民にとって暗黙の了解である。
今回、偶然この町──シェイサイトを訪れた駆け出しの旅人・ユウタが自分の制止を聞かずに出た、その時はただ祈るしかなかった。狂犬の住まう野に放り込まれたも同然の危険な状態で、ティルは彼を連れ戻す勇気が湧かなかった。
彼の懸念通り、ユウタは【猟犬】と遭遇し、刃を交えた。ティルが予想だにしない実力を持つ少年は、成り行きで【猟犬】と会話をし、さらにはその標的である人物を連れて生還したのだ。ただ安否を気遣う事にだけ意識が費やされていたティルにとっては、驚愕の連続である。当の本人の、事の重大さを自覚していない様子には呆れるしかなかった。
× × ×
ユウタは改めて自身の行動を省みて、短慮な行動だったと痛感した。藁の敷かれた床に膝を揃えて正座し、頭上から響くティルの怒声に顔を上げられない。ムスビは居心地が悪そうに、部屋の隅で身じろぎをしている。
ふと、視線が合うと彼女が申し訳なさそうに目を伏せた。ムスビとしては、自分を助けた所為で心配を招いてしまったのだ。責任の一端が自分にもある事を自覚せねばならない。
一応は罪悪感がある、と了解したユウタは睨むこともせず、粛々とティルの説教に耳を傾けた。
家を出る前に受けたティルの制止から、何か彼が危惧するような事情を察しなくてはならなかったのである。尋常ではない事態が起きると、痛切に訴えてきてくれた相手をさらに気遣わせるなど、あまりにも愚挙だ。その先で目ぼしい収穫を得たにせよ、ティルの事を一切考えずに行動した結果なのに変わり無い。
「俺がどれだけ心配したか、解るか!?」
「本当にすみません」
「町中だからって安全とは限らないことくらい、旅人になって間もない人間でも常識として弁えてる筈だ!」
「ごめんなさい」
「夜の散歩なんて危ないだろ!安全に帰って来れたのは幸運だ、勘違いするな!」
「返す言葉もございません!」
夜の近所迷惑も顧みず、怒号する彼の姿がハナエに重なった。彼女もティルのように、ユウタを叱責したことだろう。その憤懣は、自分を想う気持ちの裏返しだと悟ると、胸が痛むのである。ユウタの身を按じて、憂慮を募らせたハナエやティルの心労は計り知れない。
ユウタは視界の端で、ティルの叱咤で起きた妹のミミナが顔を引きつらせているのを見て、胸元で小さく合掌して謝る。自分一人を叱るために周囲が、本来受ける筈の無い二次被害を被っている。
一通り不満などを言い終えたティルは、肩で呼吸をしながら項垂れている相手に背を向けた。始終動かずに説教を受ける様子から、明らかに猛省しているのが解る。
ふと、妹と談笑している人物を見た。屋内でもフードを取らない。時折覗かせる相貌はまだ幼く、自分と同年代だと容易に想像が付く。横目で観察していると、これが町中に貼り出された手配書に記載されるほどの悪行を成せるだけの人物なのか。ただ年相応の女性で、悪人とは到底思えない。
「ユウタ、彼女は安全なのか?」
「うん、大丈夫だよ。狙われている事情を除けば、普通の女の子」
ユウタは仕込み杖を壁に立て掛け、その横に腰を下ろした。ティルの責め立てる声が余程堪えたのか、陰鬱な顔で溜め息をこぼす。それを見た本人は、少しやり過ぎたと後悔した。熱くなって一方的に責めたが、考えれば自分がもう少し強く止めていれば良かったのだろう。事情を説明しなかった点においてティルにも反省が必要なのだ。妹も起こしてしまった上に、きっと近所の人間も騒々しい様子に嫌気が差しているに違いない。
「お、怒りすぎたよ。ごめん」
「いや、僕が悪い」
二人の暗い雰囲気を見かねたのか、ミミナと話していたムスビが鼻を鳴らす。他人の家に厄介になっているというのに、遠慮が見えない彼女にユウタは眦をつり上げた。鋭い視線を叩き付けたが、彼女には効果を示さない。
「全く、気軽にいきなさいよ」
「今からでもシュゲンさんに差し出すことも吝かではないぞ」
「出来るもんならやってみなさい。女性にそんな手荒い真似が出来るならね。この美貌に、果たして危害を加える気になれるのか、見物ね」
「僕は紳士なんかじゃないからな。思い入れのない人間は、性差なく斬れるぞ。悲鳴なんて上げられたら面倒だから、一刀で断頭するか」
「う、嘘。こいつ本気の目してる」
小太刀を片手に詰め寄るユウタに、彼女は臀部を床に付けたまま後退していた。
ティルとミミナは、二人のやり取りに顔を綻ばせる。険悪に見えて、実は仲の良い。兄妹が揃って微笑む様を、互いから視線を外したユウタとムスビが不気味に感じる。
「それで、二人は明日どうするの?」
ティルの問いに、改めてユウタは今後の予定を説明する。その語調を少し強めにしたのは、真面目に聞き取ろうとしないムスビに対し、念を押す為である。余計な行動をされては、後になって面倒事を持ち込むであろう。
成り行きではあるが、【猟犬】から守ってしまった。自身でも理解が及ばぬ反射的な行動だ。助けたからには責任が伴う。果たして彼女が悪人なのか、それとも冤罪に苦しむ善人なのかを見定めなくてはならない。状況が状況なため、ムスビがユウタの下を離れれば、その瞬間に【猟犬】の格好の餌食となる。シュゲンが暗殺の依頼を取り止めるとしても、彼女には懸賞金はある。それまで、自分の手元に管理する事を余儀なくされた。
折角、自由にシェイサイトを満喫しながら冒険者という役柄に興じてみようと期待した未来は、思いの外不自由極まりない。
「取り敢えず、コイツの事情聴取を済ませたら、冒険者について調べようと思う。その過程で何かあるとまずいし、明日は宿を取る」
「そっか、少し残念だ」
「本当にお世話になったよ」
ティルに礼を述べると、ユウタは視線をムスビに移した。
「……今晩匿ってくれた事は感謝するわ。ミミナもありがとう」
「いえいえ!お姉ちゃんが出来たみたいで、嬉しかったですよ!」
和気藹々とするムスビとミミナに空気が和み、暫く四人で談笑した。夜空が白み始めた頃に疲れたように就寝した。
並んで眠る三人を見守りながら、ユウタは冴えた意識で思案する。その要因が何であれ、指名手配者を抱える事となった現状は、あまり芳しくない。嫌な予感だけが募るのは、こういった事に触れて静かに済んだ試しが無い、その経験が自身に忠告している。
アキラ──師の名を知った。まさか、旅先で彼について判明する真実があるとは、予想の範疇外である。だが、これもまだ断片的な物に過ぎない。彼がシュゲンと対峙し、そして共に短期間仕事をした時から、赤子のユウタを連れた日までの空白。そこには、確実に自分が関与している。
氣術師のシゲルが裏切りと仄めかした。師を侮辱された事に憤慨し、彼を殺めたあの時と違って冷静な思考で思い返す。きっと、何かあるのだ。タイゾウ達と師たるアキラの因縁。それを、これから知る事になるのだろう。
さらにゼーダとビューダ。二人が生きている事実を、素直に喜べぬ現実が腹立たしい。自分にとっては、優しい大人である彼等に対し、懐疑的に思わなくてはならない。今さらながら、村を壊滅させた首謀者を追跡しようと旅を始めた自分が恨めしくなる。──それに、仮にもし彼らが悪意の下に実行したと知れば、恐らくは戦闘に発展する可能性もある。その悲憤が、義憤が間違いなくゼーダとビューダを敵と見なし、攻撃対象とするだう。一時の感情に身を任せ、剣を執る。ユウタは己という人間を分析し、そう冷静に判断した。
両足を掻き抱くように、藁の上で横臥した体を丸める。かつて親しかった相手と刃を交える未来が恐ろしい。その時、自分は嫌でも敵を切り伏せる為に尽力する。
不安を追い払おうと、固く瞼を閉ざした。
× × ×
結果的に、ユウタは眠りに付けなかった。
ティルが起床し、炭鉱へと武装して向かうのを見送った後、荷物を整える。まだ藁の上に寝るムスビを片足で踏む。片手間とはいえ女性を踏む事を躊躇しないユウタに、ミミナも唖然として何も言えなかった。
踏まれて起こされたムスビは、不機嫌に顔を膨らませて、犯人を睨んでいる。しかし、当の本人は反省の意がなく、寧ろ無意識の行動だったかの如く特に気にしていない。移動の準備を完了して満足げに一人頷く。
改めてムスビに振り向いた。彼女は放置された状態に立腹しており、拳に青筋を浮き立たせて待っていた。昨夜に味わった拳骨の威力を思い出し、ユウタは戦慄に顔を蒼白にしながら後退する。
「あんた、レディの起こし方って知ってる?優しく揺すってあげるの」
「へぇ……僕にそんな心得はない」
「逆に男の起こし方ってね、強烈な一撃をお見舞いするのが基本なの」
「僕はもう起きてるけど?」
「一度眠らせてから、また起こしてあげる」
「それ、たんこぶ二つ完成するヤツだろ」
ティルの家を出て、ユウタが二人分の朝食代を支払いながら、定食屋のスープを啜る。自分の懐が寂しくなるのを感じながら、陽気に食事を取るムスビを観察する。
朝早いこともあり、まだ疎らにしか食堂に人は居ない。この状況なら、手配書の容姿を記憶した人間にムスビの存在を指摘される危険性も少なく行動できる。
食事の際にもフードを頑なに取ろうとしない彼女を慮って、ユウタは黒のキャスケット帽子を買った。センスが無い、と一時は苦言を呈されたが、今は使用してくれている。それから服一式も用意したが、ユウタとしても目立たない事を主旨に揃えた筈の服装が本人の容貌の所為で目を惹いてしまう。
美しい烏の濡れ羽色に白のメッシュが入った長髪を、襟足で二つに結っている。見えたうなじの放つ色気が、すれ違う人間の関心を寄せてしまう。
機動力を重視した軽装。白い薄手の半袖パーカーの下に長い黒のインナーを着用し、茶色のハーフパンツと黒のタイツ、脚絆を巻いた長靴。性格も重なって溌剌とした印象を受ける。
自他ともに認める美しい少女。ユウタも外貌の良さは理解しているが、彼は容姿よりも内面に惹かれる部類の人間である。自分と交流のあった女性の数はあまりに少ないが、その中でもハナエに勝る魅力の持ち主は居ない。自分を温かく迎え、そして心配してくれる。向けられた笑顔は、何よりも眩しい彼女。
ユウタは隣のムスビを再度見詰めた。容姿なら彼女にも劣らない。寧ろ、別の魅力を兼ね備えた存在なのかもしれない。何故かハナエと彼女を比較して評価を付け始めた己の思考に、気味の悪さを覚えた。
「?何よ?」
「いや……ハナエの方が可愛い」
「誰と比べてんのよ」
「君、もう喋らないでくれ。これ以上会話したら、僕はハナエが恋しくて旅を中断するかもしれない」
「理不尽過ぎて困るんですけど!?」
ユウタは皿に満たされた物をすべて平らげ、食器を厨房近くの返却口に置く。視線の合った店員に軽く会釈して席に戻った。
ムスビはと言うと、一口ずつの咀嚼が非常に長く、幸福に綻ぶ顔は如何に味を堪能しているかを表現していた。
「そう言えば、ムスビって僕と会うまでどうしてたんだ?」
「アタシの武勇伝、そんなに聞きたい?」
「君って自己アピールできる話題になると、すぐ調子乗るよね」
「あんたが聞かなさ過ぎるのよ!」
「え、そうなの?僕って異常なの?」
「アタシ、見た目は良い方だから、町中で声掛けられて、大抵質問の応酬。これでも、難儀してるんだから。あんたくらいよ、引っ掛からないの」
「聞いてて腹立つな。
まあ、ともあれ。話を聞かせて貰おうか?」
ユウタの声に、ムスビは嫌そうに顔を歪める。
「まだ食べてる」
「今のペースだと食後が昼になるから困るんだよ」
食事の遅い彼女の手元には、まだ半分以上も載っている器。如何に彼女が食に拘るかを露骨に見せ付けられた。
ムスビは口を尖らせ、渋々と匙を置くと、これまでの経緯を語り始める。
「あれは──十五年前の夏」
「え゛、そこまで遡るの?」
「“アタシ”を知りたいんじゃなかった?」
「いや、指名手配の理由だけで良いんだけど」
「それじゃ再開するね」
「もう勝手にしてくれ」
× × ×
この世には、多種多様な種族が存在していた。
だが、二〇年ほど前の世界規模の大戦で人族以外は多数の種が死滅してしまった。
最大の大陸べリオンには、森の中に隠れる妖精種、高山の竜種や鳥族、地下の住人の小人族。他にも様々だが、戦禍の中で根絶やしにされる種族が多出した。
強力で神聖とされる一族。
北のリメンタルに住まう、神族。主にべリオン各地で信仰される神々が、この一族に属する者である。神と崇められるため、何人たりとも及ばぬ領域の力──自然現象の猛威とも見紛う代物。
対極として、邪悪とされるのは、南のローレンスを支配する魔族。魔物と人族の混血種らしく、強靭な肉体と好戦的な性格で知られ、戦争の火種はいつも彼等だという場合が多い。
その中で、神族から加護を授かり、その忠実なる僕として戦う種族の一つ。──獣人族は、魔族にも見劣りしない屈強な肉体と、卓越した才能の数々を有する戦士。一人で軍と同等と思われる実力者。
ムスビはその中で生まれた。本人は詳細を聞いていないが、将来を有望された逸材だと称賛され、一族の皆からも誕生を祝福された。
体術を優先的に学び、いよいよ本格的な英才教育が始まろうとした時である。
それぞれが白い烙印を刻んだ、<印>を名乗る武装集団によって襲撃を受け、大半が殺害された。ムスビも必死に逃れたが、その過程で両親を失い、未だ執拗に追ってくる<印>を振り切る為に五年前にべリオンへ渡って、暫くシェイサイトに身を隠す。
炭鉱での労働と、町中での窃盗を繰り返して生き延びてきた彼女は、それが当たり前の生活となっていた。郷愁を懐くことも出来ず、時間が経過していく。
そして二ヶ月前。
ムスビは日課となる窃盗で、その日もまた一人から財布を盗んだ。だが、偶然にも相手が悪く、すぐさま捕縛され、被害者の前に連行された。
彼女が標的としたのは、意図せずこの町の領主の息子だった。豪奢な服を身に纏い、高飛車に振る舞う彼は、その日に町へ結婚相手を探るべく外出していた先でムスビと遭遇した。
その顛末を、彼は運命だと言い張り、ムスビに求婚した。元来、美しい容姿に恵まれた彼女は、好意の無い相手からも想いを寄せてしまう体質である。さらに、その領主の息子もムスビが最も苦手とする部類の性格の人間らしく、その求愛を丁重に断った。
彼の怨みを買い、翌日から【猟犬】による追跡と、手配書で外堀を固められた。
それから、彼女は以前よりも更に肩身の狭い生活を送ることとなる。
× × ×
「──と、いうわけ。どう?悲しくない?」
「前半部分は、うん。後半は自業自得だ。て言うか、絶対脚色したな。“丁重に断った”?君の事だから、断固として拒絶の意を必要以上に示したんだろ?」
「あんただけよ、アタシに辛辣なの」
「世間は甘くても、僕は厳しいぞ」
「ティルからアンタの弱音聞いたわよ。その世間の厳しさに打ちのめされてるところを助けられたそうじゃん」
「揚げ足を取るな。現に僕の金が無きゃ飯食えないくせに」
「引き分けね」
「何か納得いかない……!」
ユウタは頭の中で情報を整理した。
要約すると、ムスビはただ求婚を拒否しただけの無罪(これまで働いた窃盗などの悪行を除いて)。ただ領主の息子が、それに耐えられなかっただけの話である。ただ断られた羞恥だけで、こうも徹底的に抹消しようとする彼の精神に、少しだけ同感する。ムスビにフラれた、という事実は間違いなく、いつまでも悶々とした苦しみを味わう羽目になる。
「領主の息子、可哀想だな」
「え、アタシじゃないの!?」
「ムスビ、カワイソウ」
「このご飯、アンタに毒盛られてないでしょうね?何か少し辛いけど」
「疑うのか!?」
「実際のところは?」
「辛味を多目に注文させて頂きました」
「どうして?」
「嫌いそうだったから」
「何故、注文したの?」
「気紛れだよ」
ムスビの拳が、机の下でユウタの肋骨を殴打する。その一発の威力が冗談では済まない位階のもので、思わず彼は机に反吐を撒き散らしそうになった。
とは言え、彼女が冤罪であると判断できた今、ユウタは安堵した。
「取り敢えずは安心だな。
それで、僕は冒険者になる為に調査するつもりだけど、君はどうしようか。町の外に放るか」
「突然町から追い出されてない?救済措置って他にも良いやつあるでしょ?
あ!そうよ!」
ムスビが机を両手で叩いて立ち上がる。机上の器が激しく揺れるのを、ユウタが横から慌てて全て押さえた。温くなったスープが指先を濡らす。
彼女の行動を咎めるように、腕を掴んで強引に座らせる。目立つ事を避けて早朝にティルの自宅を出た。この町でも穏便に過ごせるようにする為には、ムスビの管理を厳重にし、努めて冷静に状況を判断しなくてはならない。ムスビは、災厄の発端になるだろう。
しかし、ユウタとしては彼女を御し切れるかどうかが懸案である。シェイサイトに滞在する期間は、恐らく路銀を稼ぐ為に冒険者として働くこと。それが恙無く完了すれば、颯爽と此所を去り、領主の息子の魔手を逃れられる。そうすれば、ユウタとしてもムスビと別れ、晴れて気軽に旅に興じる事が可能なのだ。
ムスビは喜色満面の笑みで、今にも告げようとする自身の発案が秀逸したものだとばかりに、言い放つ隙を窺っている。不吉な予感に尋ねるのが恐ろしかったが、聞かなくては始まらない。ユウタは自身と同じ琥珀色の瞳を正視し、向き直った。
「何を思い付いたのさ」
「ふっふーん!聞いて驚きなさい!」
「焦らすな、早く言え」
「それはね──アタシも冒険者になるのよ!」
「却下、却下。既に命の危険を冒してる君に、これ以上は重荷だよ。というか、僕の労苦を考慮してくれ」
「それは無い物として判断して良いんでしょ?」
「ホントに遠慮無いな、君は」
ムスビは食事を再開し、ユウタはこれからの展開を思案する。果たして、無事に冒険者として彼女が認められるだろうか。まず、自分自身も無知な故に危ういというのに。本来なら他人に構っていられる余裕すら持ち合わせていないユウタが、ムスビの面倒を見るのも妙な話である。
ユウタが溜め息をこぼした傍で、彼女が器を空にしてみせた。
「さ、冒険者とやらになろうじゃない!」
「え、早!?さっきまでチンタラしてたのは何だったんだ!?」
「ホラ、いくわよ!」
食器を返却もせずに外へ向かう彼女に、ユウタは軽く目眩がした。
“──ああ、本当………嫌な予感しかしない。”
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