嫌われ者の少年
処女作です。ご容赦ください。精神耐久力は豆腐と良い勝負ですが、批評あれば受け付けますので。・・・くっ、テスト近いのに・・・!
国々が接する境の少し離れに佇立する神樹がある。樹海の中でも厳然としたその威容は、冬が訪れようとも新緑の火を灯したまま、常に神々しさを放っていた。近辺の村に住まう部族からは、その樹液が不老の術とされるという噂が度々流れるが、それが真実なのか解明した者の記録は一つとしてない。
それは、根を張る神樹の麓に位置する“あの村”によって、守られ続けてきたためである。
その村に旅人が訪れた事はない。地図に載っていない。秘境と言われれば、確かにそうなのかもしれない。例の村人達は、国境を侵犯したり、他の部族を襲撃した事もないほど穏便な気質の持ち主だ。それが、今まで他国の関心や部族達との抗争がなかった歴史を作り上げた所以であろう。
しかし、それにはもう一つ、決定的な理由がある。
神樹は信仰対象なだけである。時に、不老の術として求めた一人、または集団が侵攻を始めた際、侵略者が無事に村を出て、神秘を手にした者が生まれた事がない。
それは、“あの村”に存在するとされる守護者たちによって、幾度となく阻まれ、排斥されてきたからだ。生存者は一人としていない。無粋にその領地を侵そうというなら、何人たりとも赦さぬ刃となり、切り捨てた達人。故に、その存在による圧倒的守備力によって村の平穏は守られ、周囲に畏怖を与える抑止力となっていたからだ。
長らく神樹と共に維持し続けたその村に、ある変化が訪れる。
× × ×
風に枝葉が揺れる。時折、葉肉が日差しを溢して森の中に一筋の光をもたらす。深い緑に覆われた天井は、風が止まればすぐに薄暗い闇として樹冠の下を空から閉ざしてしまう。
鳥の囀りが聞こえる中、激しい川の流れに晒される岩の上を跳躍しながら、一人の少年が村の外れにある自宅へと急いでいた。片手に木に糸を結んで作られた簡易な釣竿を担ぎ、片脇に抱えた藁かごに入った魚を一瞥し、喜色満面の笑みを浮かべている。弾んだ足取りは、いかに今日の釣果が良好だったかを語っていた。
家へと続く道は、木々が避けているように豁然と開けていて、その中央に建つ木造の家が静かに少年を待っていた。人の気配など一切感じさせぬ中にある一軒は、自然に溶け込んでいる。
少年は戸板の扉を肩で押し開け、中へと踏み入る。―――誰もいない。この静寂だけが寂寥感を懐かせる。
しかし、これは随分と昔から続く生活だ。少年は無人の自宅に帰宅の挨拶をする事もなく、律儀に草履の踵を揃えて脱ぐと、部屋の中央にある囲炉裏まで駆け寄り、さっそく薪を入れる。天井から吊るされた鍋の直下に配置されたそこへ、火を起こすと鍋に適量の水を投入した。そこへ同時に魚を入れ、蓋で閉じ込める。
蒸し焼きの完成を待って、しばらく膝に頬杖をつきながら待機していると、背後で勢いよく戸板が開け放たれる音がした。
大きな物音にも動じず、笑みを湛えたまま振り返った少年の視野に、森の深緑を背景にした少女──ハナエの姿が映る。
翡翠色の瞳に、肩まで伸び左耳辺りで軽く結われた金色の髪は人の目を惹き付けるのには充分すぎる美貌を持っていた。随分と急いでいたのか、白磁のように白い肌をした顔が、やや上気している。その様子を訝った少年の顔に、さらなる不満でも抱いたのか、やにわに嫌な顔をすると草履を無造作に脱ぎ捨てて押し入った。
室内を闊歩し、少年の隣へと大袈裟に腰を下ろした少女の身の振る舞いに、またか、と少年は事情を察して口を噤んだ。
「また今日も、父親に縁談の話でも持ちかけられた?」
少し小馬鹿にした調子で話しかけた少年は、憤懣に釣り上げられた少女の双眸に睨まれ、顔を引きつらせながら渋々黙った。今日の彼女は、いつもより怒っているらしい。少し鈍かったと内心で自身を叱りながら、少年がそろそろ、と鍋の蓋を開ける。
「いい加減にしてよね、まだ一五なのに!」
「いや、充分もう大人の歳だよね。そんなこと言ってたら、婚期を逃しちゃうよ?」
「わたしはもう相手決まってる!」
「ハナエの相手は、青白い腕をした獣人かな」
「誰がスノウマンと結ぶものですか!」
スノウマンとは、この近辺にある山の頂に生息し、周囲に雪を降らせるという魔物だ。容貌としては、厚く白い体毛に覆われた大男で、顔に入った幾何学模様と青白い腕と、人間とは到底思えない。
少年の後頭部に炸裂した拳骨が、鈍い音を立てる。その痛みと衝撃に、危うく鍋から箸で持ち上げた魚の尾を放しかけたが、何とか踏み留まる。ハナエが気付いて、二人ぶんの皿を食器棚から一番綺麗な物を選出して取り出すと、自分と彼の前に置く。
その上に乗せられた魚のご馳走を、少女は眉根を寄せて窺った。
「今日は調子がよかったの?」
「うん、六匹釣れたんだ。ハナエが四尾食べるとしても、明日の朝食まで持っていけるよ!」
「誰が一尺もある魚を半分以上も食べるの。女の子は少食だってこと、ご存知?」
「ハナエ以外の女の子と関わった事がないから、知らないなぁ…」
「…そう。まあでも、あなたならすぐに女の子を捕まえそう」
「僕が?そうか…明日は赤色の雪が降るね。ついでに、プレゼントを持った獣人が出現するかも」
「いい加減にスノウマンから離れなさい。しかも何よ、その希少なやつ、一回見てみたい」
そういって、少年の容姿を食事の手を止めぬまま横目で盗み見る。
手際よく魚を捌いて部位に分けると、早速食事にありついた彼の子供らしさに口元が緩む。
無造作に跳ねた毛先の黒髪と、琥珀色をした瞳。睡眠不足に慣れてしまったのか、その様子は元気なものの、目元には深い黒の隈がある。整っている顔立ちも、ある事情から少年は忌避されており、気にかけているのはハナエ一人なのだ。右腕の包帯、その内側から漏れる“何か”を気にしないのも、彼女だけだ。
日頃から彼の家に通っているハナエは、神樹の麓にある村の村長、その一人娘。年頃になり、縁談などが頻繁に持ち込まれ、見合いの男に言い寄られる日々に辟易として入る。そんな中でも、ある意味では少年の家は憩いの場でもあった。
「ねえ、わたしが結婚したら、どう思う?」
「うーん?」
好奇心に任せて問いかけたハナエに目もくれず、魚を完食して余韻に浸りながら藁の天井を仰ぐ。少年は床に仰臥すると、瞑目して腕を枕にした。
「村まで祝いに行けないのが残念だ。新郎さんにも、ハナエをよろしくって言えないのが心残りだ」
「え、私の保護者なの?」
「だって、村で食事を済ませてたら、僕の家でこんなに食べたりしないだろう?」
その言葉にうっ、と呻き声を上げながら図星を突かれて苦笑する。ハナエは村長を務める族長と食事をするのが嫌で、逃げ場所として丁度よく少年の家に来ているのもある。その内心を本人に悟られぬようにしていたが、筒抜け状態のようだった。
少年がハナエの手元に魚が無いのを見て、次のものを乗せようとするが、それを制止されて鍋に戻す。
「わたしは、決めた人としか結婚しません!」
「その人、君の事をどう思ってるの?」
「知らない。どうせ、妹みたいにしか思って無いんじゃない?」
そう言って、明後日の方向に顔を逸らすハナエを見詰めた。こういう話題は、随分と前から聞いている。村では話せぬ悩み事を、少年の家ではよく吐露する彼女の思いを受け止めるのは彼ぐらいである。たまに相槌を打ったりし、時に冗談を交えて気が和らぐように努める姿勢もあってか、信頼は深いと思う。
しかし、春先に起こった“ある事件”から、ハナエの態度が少し変わった。元より、少し我の強い彼女が少し遠慮したり、不意を衝いて登場し驚かせようとしたりすると過剰なほど赤面して怒る。少年に対して、少しよそよそしくなったハナエに寂しさを感じながらも、その原因を悟ることはなかった。
「まあ、僕は祝福してあげるから、任せてくれよ」
「いや……もう、何かいい、別に…」
諦念に溜め息をついて、ハナエが顔を俯かせる。首を傾げても、その悩みの原因に思い当たる節がない、と勘違いしている少年には、恐らく彼女からの意思表明がない限りは半世紀にも亘るアプローチでしか察知しないだろう。
「悲恋だ…」
「今度、話聞かせてよ、面白そうだから」
横腹に直撃したハナエの蹴りを甘んじて受け入れ、室内を転げる。女子とは思えぬ威力に苦悶しながら、少年は立ち上がって彼女の頭頂を撫でた。髪の毛が指の隙間をさらさらと心地よく流れる。その感触に心底安堵するのは、僭越ながらこの子を家族のように想っているからかもしれない。
少年はふっ、と息をついて釣竿を片付ける。ハナエは何をする事もなく、その様子を眺めていた。
すると、玄関の戸板がまた誰かに開かれる。振り向いた彼女が、その人物の正体に瞠目した。あまりの驚愕に舌が回らず、無言のままじっと見開いた目で眼前の人を見据えた。
少年が玄関に歩み寄ると、その人物はいっそう強い剣幕で制止させた。立ち止まった彼を再度一瞥したあと、ハナエへと視線を向ける。その時、露骨にも顔を和らげ、二人の反応の差を示した相手に彼女は恐怖する。
「迎えに上がりましたよ、ハナエ。さ、私と共に村へ帰りましょう」
そう言い、男は手を差しのべる。少年の家には上がらず、彼女から来る事を強要するように、その笑顔からは思わせぬ気迫を滲ませていた。
視線を彷徨させるハナエに、少年は肩を竦めてみせた。
自分ではどうにも出来ない、との事だ。その反応に、美しい顔を苦しみに歪め、床から腰を上げると少年の家を出る。玄関の戸板の隙間を通過する際に、一度振り返ると、やはり少年は手を振って、困ったような笑顔のまま立っていた。少女の期待に応えられない事への申し訳なさを隠しつつ、送り出す。
少女が去った後の家は、肌を刺す冬の寒気のような静寂が訪れる。彼女がいなければ、寂しいと思うこともないのに。そう自身に呆れる少年は、彼女が先刻まで座っていた場所を見詰めた。
突然、窓の外から悲鳴が聞こえた。耳を劈くような声に少年の意識が傾く。風が嫌に強く、森の奥川からざわざわと騒がしい音を立てて、少年の心に不吉な予感をもたらす。
また、”あの時”と同じか──!
少年は壁に立て掛けてあった紫檀の杖を握り締め、玄関を抜けて森の中を馳せる。俊敏な動きで、蒼然とした藪や樹間を風の如く走った少年は、どんな人間でも獣に見紛うことだろう。
岩の上や樹幹を蹴りながら、叫びの元へと向かう。その方角は、神樹への道と同じだった。
林間から再び上がる悲鳴。今度は慌ただしく、いよいよ危険な事態がさらに切迫している事を感じさせる。
音源は近い。──森を抜け、川へと到着した少年が周囲に視線を巡らせる。
「どこだ!どこにいる!?」
その姿はすぐに見咎められた。
しかし、それは先程ハナエを連れ立った男の倒れた姿である。川岸に打ち上げられたように、ぐったりと寝そべる男の目は、白くなっていた。生気でも抜かれたように蒼白になった全身の色は異常さを物語っている。異様に冷たい肌に、思わず身を引いた。
服の裾を強引に引いて、陸川に上げるとすぐにハナエの下へと向かう。まだ叫び声はする。生きていることは間違いない。
焦燥とは反し、少年の中の意識が鋭く研ぎ澄まされていく。
彼女はすぐ近くにいた。
森の中、地面に押し倒されたハナエが目尻に恐怖の涙を滲ませて、乱暴に腕を振るっている。押さえられた腕が地面に磔にされて、更に声が大きくなった。
木陰に身を潜め、観察体勢に入った少年は、少女を取り押さえる影に目を凝らす。
白い体毛、大きな体躯、時折聞こえる獣じみた唸り声。そのすべてに聞き覚えがある少年は、片手の杖を持ちながら躍り出た。音を立てず、地面の上を跳ねて一気にその人影まで肉薄する。
頭上から襲い掛かり、杖の石突きで怪物の首筋へと突き降ろした。人に近しい形なら、その位置が脊椎なはず。大きな衝撃を受ければ、失神や平衡感覚の喪失が望める一撃だ。
しかし、運悪く寸前でその気配を察知した怪物は、後方へと裏拳を振るって、側面から少年を殴打しようとする。
不意打ちに対する不意打ちにも、少年は宙で体を半回転に煽って、攻撃を蹴り飛ばす要領で弾き、その背に着地した。背後を取った、そう思いながらも少年に慢心も安堵もなく、即座に中断した攻撃を再始動させる。
首筋を叩打する杖にくぐもった声を漏らして、上体を揺らす。
その広い背から飛び降りた少年が、自宅でハナエに受けたような蹴りを、怪物の脇腹へと叩き入れた。人の骨を容易に折る彼の打擲で、ハナエを取り押さえていた体が上から取り除かれる。ベクトルに従って地面の上を転げたそれから目を離さず、彼女を抱き上げた。
「大丈夫か、ハナエ」
「ごめんなさい、私…」
「無事ならそれで良い」
乱暴に引きちぎられた服を気まずく思い、少年は自分の上着を差し出す。ハナエはその意図を察すると、少し悪戯を思い付いた子供のように微笑みながら羽織った。
「どうよ」
「戯言は後にしてくれ」
そう一蹴した少年は、ハナエを庇うように怪物との間に立ち塞がる。
ハナエを襲った怪物──一般的に魔物とされるそれは、近辺の山頂に生息するというスノウマンだった。なぜ、此所に?確かにこの時期は、スノウマンにとって繁殖期ではありハナエを襲う事にそう疑念は懐かないが、個体数に困るほどではない。尤も、数で多い事が知られている。森に下る理由があるのだろうか。
しかし、ハナエを襲った時点で、そして未だ彼女を諦めない姿勢を見せる時点で、少年の敵である事に相違ない。
右腕の包帯を取り除く。白い布下から、外気に晒された肌には黒い入れ墨があった。二体の蛇が螺旋状に絡み合い、その頭部を串刺しにする短刀の模様。
ハナエは改めてそれを目にし、悲しげに顔を伏せた。その腕に刻まれたモノの所為で、彼は村から外れ者にされたのだ。それなのに、それを一切気負う様子も見せない強さが時に危ぶまれる。
杖を手中で一旋させた少年が、低く身構えてスノウマンを見据える。相手の目は興奮に血走って、今にも地を蹴って目前の相手に殴りかかる勢だった。対する少年は、二回りもある敵の姿に臆することもなく、冷静な気持ちでいる。如何なる襲撃にも、瞬時に対応できる万能の砲台として、火を噴く隙を窺っていた。
スノウマンが飛び出す。
腕で地面を叩きながら猛進する獣に、少年は杖の上半分を捻り上げる。かちり、という音とともに、杖から覗いたのは銀の刃だった。一度振ると、逆手持ちに刀身を前腕に沿わせて隠しながら前進する。
スノウマンの太い腕が、少年を射程圏に収めて振り下ろされた。人間の頭蓋を意図も容易く叩き割る一撃に、不敵な笑みを浮かべながら左へと飛び下がる。
自身の過去位置に叩きつけられた剛腕へと、踏み込みを入れるように乗ると、体の要所たる頸動脈を包む皮に刃を押し当て、呻いたスノウマンの鳴き声と同時に滑らせる。刃の先から短く糸を引いた血を振り払い、すぐに納刀した。
体の均衡を失い、前のめりに倒れようとしたスノウマンの顔を蹴って、少年は後方へと跳躍した。そして、そのまま軽々と宙で背転して、ハナエの傍に着地する。刃を走らせてからの一連の動作を、たった二秒で済ませる手練は、その穏やかな容貌からは感じられない剣呑な少年の一面を見せた。
その戦闘の始終を見詰めていたハナエが、固く閉ざしていた口を開く。
「終わった?と言うか、それ何?」
「ん?この前に近くの洞窟で見つけたんだけど、多分これ護身用の刀だと思う。綺麗だから、かなり手入れの行き届いてる物だと思う」
「子供が刀を使ってはいけません!」
「何……ですと?!」
助けた筈なのに、その武器の使用を咎められた少年はわざとらしく反応して見せる。それに安堵し、ようやく顔を綻ばせたハナエに少年も連られて笑った。
二人で笑っていたが、すぐにハナエの顔が慄然として凍てつく。少年の背後に視線を向け、体を萎縮させる。スノウマンが首筋から血を撒き散らし、血涙を流したまま突進してきていた。戦闘時よりも素早い怪物を見て、咄嗟に少年の袖を引いた。
その様子だけで、彼女の見た己の背景を悟った彼は、後方へと体を巡らせながら、右腕を突き出す。スノウマンに届く筈もない距離で振り抜かれ、虚空へと伸ばす掌は、何かを掴もうとしているかのようだった。
次の瞬間、スノウマンは見えざる衝撃に叩き飛ばされ、中空を回転しながら、その背後の木の幹に激しく背を打ち付けた。轟音を響かせ、口端から血の滴を垂らし、そのまま根の部分で倒れ伏せる。
少年はスノウマンが事切れた手応えを触れずして得ると、勝利の感慨も無く、内心で嘆息した。この力を不用意に行使しているところでも村人に目撃されたら、“また”言われるだろうな、と。
その手際にハナエは溜め息をつきながら、少年の腹部に縋り付くように抱き着いた。それを受け止めて、彼も彼女の背に手を回した。
「嫁入り前なのに、危なっかしいな君は」
「わたし、あなたがいなくちゃまともに外出できないのかも」
「それじゃ、村まで送るよ」
「え、でもあの男は…」
あの男、と指すのは、恐らく少年が川辺に置き去りにした人物のことだろう。失念していた、と後頭部を掻きながら、朗らかな笑顔を向けて見せる。
「後で僕が救助しに行くけど……誰?」
「捨ててもいいよ、縁談の相手の中でも、一際しつこかった人だから」
「それだけ君を想ってくれてるんだよ」
「どうせ、さっきのスノウマンと同じじゃない?」
そう言って、自分の体を抱くハナエに微妙な顔をした。失礼にも、発育の良い体とは言い難い彼女に、それを言えばどんな目に遭うかを予見している少年は、口を噤む。
「でも、お迎えが来たって事は、村に戻れって事でしょ?」
「そう……じゃあ、村の近くまで送って」
そう言い、少年の手を握って走り出す。慌てて右腕に包帯を施していたのを止め、彼女に付いていく。森の中を風と共に抜ける二人を、微かに漏れた日の光が包んだ。少年へと向けられたハナエの笑顔が、より一層輝きを帯びた。
「ありがとう。──ユウタ」
「……どういたしまして」
少年──ユウタも応えて、その横に並ぶ。
神樹の村に忌み嫌われながらも、幸せに暮らしていた彼の平穏は、ハナエと、亡き師によって守られている。ユウタの力を畏れる事のない人によって紡がれていた日常。
しかし、その安寧が崩れるのは、間も無くだった──。
読んで頂き、本当に有り難うございます。
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次回も宜しくお願い致します。