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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
四章:夜影と仕分けの亀
186/302

赤髭は最上階の円卓に



 道征く者の足取りに疲労はなく、だがしかし緊張感だけが高まっていた。市街は人の姿なく、死の都に迷い込んだかの如く、気配はするがそれが像を結んで眼前に映し出されることはない。それを察知するのは、要人に最も近い場所を占めて列を歩く重責を担った兵のみ。

 天守閣の正門は、一行と門の間を一条の河川が流れ、跳ね橋を架けた仕組みとなる。その高さから意匠まで、来訪者を矮小と嘲笑するかのような荘厳な佇まいであり、文官のジーデスは手綱を握る手が強張った。

 門の脇に飾られた鬼の面は、今にも動き出さんばかりの形相で陰の中、中空に漂っているかと錯覚してしまう。跳ね橋の両端にもまた、隆々とした筋肉をした巨漢の彫刻があり、どちらも羽衣に長槍を持つ壮観。

 橋が降りて陸地を繋げば、長作務衣が錫杖で大扉を数回叩く。跳ね返る音も重く鈍い、破城鎚で突破を試みたとしても、用意に打ち破るのは難しい厚さと硬度を兼ね備えている。物の性質、老朽化して脆くなった部分などを音で判別する優太の耳で無くとも理解した。

 叩扉の合図に応え、正門が持ち上がる。観音開きではなく揚げ戸となっており、手前へと重々しく大きな物音と共に傾いで高さを増していく。冠床が隠れるほどまで揚がると、門番の一人が中へと無言で催促する。

 顎で示すような待遇を無礼と責める余裕が先行部隊にはなく、内心この正門の開く威容で圧されていた。輓馬を止めてジーデスは車上から飛び降りる。馬車の扉を開けて傘を差して構えると、中からカリーナが長い髪を服の繊維を何本か抜き取った物で一つに結わえた姿で現れた。

 外憂を平定する為に南の山岳部を発って二年、艱難多き体験を数々得て遂に辿り着いた場所。揚げられた門に、彼女だけは何ら驚かず、ただ冷笑を浮かべてそれよりも高い位置――天守閣の本殿の高欄を睨んでいた。

 ジーデスから傘を受け取り、背後に彼と側近に手駒の刺客と勇者を伴って長作務衣に歩み寄る。ミシルを見た案内役は、微かに表情を変化させたが、努めて平静を装いながら先導を始める。当然ながら、彼等にとってこちらの戦力など既知事項だろう。中でもミシルの話は、きっと彼等の警戒する中でも危険性が高い。

 西国最強の刺客と恐れられた三名。総計して様々な武でも秀逸した闇人・(アキラ)、“土竜”と恐れられた潜入の鬼才たる狩還(シュゲン)、彼等と比肩する刺客として名を挙げられる“血蚕(ちてん)”と呼ばれ罠師としても有名な嵌是(ガーゼ)の弟子だ。

 全員が東国の血が濃く、拠点は西方にあった故に、多々この千極との対立や協力が見られた。狩還が東国の命令で王国騎士団の団長を暗殺したように、嵌是は僅か一夜で手練(てだれ)の護衛を伴う宦官組織の重要人物全員を抹殺した逸話がある。本人らは雇い主によって所属する国、故郷であっても牙を剥く生粋の仕事人――情に左右されない殺し屋なのだ。

 狩還も嵌是も老いで病を、そして戦で命を失っう。最も早くに討死したとされる暁は、二年前に登場したその弟子によって、生存していたと立証された。今、軍列の中にはもう一人、狩還の弟子である存在も後続部隊で構えている。

 嵌是によって受けた被害があるため、千極ではミシルの存在も視線が集まり、敵対関係となった狩還の後継者と嘯かれる上連もまた注意事項とされた。双璧をなす二人の剣呑きわまりない刺客の弟子を携え、軍列は和睦の会談へと臨む。

 容貌は如何にも人畜無害な娘、村で牧羊を営む一人娘にもいそうな穏やかな面差しと雰囲気。だが、この二年間の間でミシルによって殺害された赤髭の窺見(うかみ)は、どれも八部衆養成機関から輩出された優秀な人材。印象に惑わされる域を過ぎた実績がある。

 長作務衣の導きで、部隊は半ば実権を恣にする赤髭の居城と成り果てた天守閣の中を歩く。漆喰を綺麗に均した普請は、晴天には映える洗練された純白であっただろう。水を流す甍は光沢を放つ漆黒であり、見渡す限り美しい造形ばかり。

 白い敷砂の上に石畳を並べた道の上を歩くカリーナの長靴(ブーツ)の音だけが大きく鳴る。一見して職人に作らせたような美観だが、内側に秘するのは陰険な連中である。外見ばかりに圧巻される兵達を見て、カリーナには頼りなく思えてしまう。

 櫓の建てられた庭園には松の木が佇立していたが、生憎の天気に梢が撓って風情の欠片もない。ミシルは密かに、その樹上で枝葉の影に身を潜らせた見張の存在を察知していた。攻撃の気配が無いか、神経を研ぎ澄ます。視線で牽制し、近くの一兵に小声で知らせて弓矢を握らせる。

 周囲に隠れた刺客の害意など気にせず、案内の長作務衣に幾つか天守閣の内部構造について質問をするカリーナ。事前に用意していたと思えるように滔々と応える彼は、本殿のみになると言葉を濁さず、自然と受け流した。それが却って、相手の確信を助ける傍証となっている。

 やはり剣呑さを孕む伏魔殿は、カリーナ達を確実に害する為の策が仕込まれている。敢えてその敵地に身を投じるのは、数十年前から何度も衝突した宿敵同士の縁。

 カリーナは昂然と本殿の最上階を見詰めた。

 瀟々と降り頻る雨は、対決の刻までは止まない。





  ×       ×       ×



 本殿の扉は観音開きであり、先を歩く長作務衣は両手で取手を掴み取り、重量のあるそれを同時に左右へと引いた。地面を擦る音はもはや鉄扉に近く、これを左右片手で扱う彼の肉体の強さが垣間見えた。

 カリーナは気にする様子はない。

 寧ろ後ろに控えて歩くジーデスよりは力がありそうだと失礼な事を考えて、また本人もそれを見透かして呆れた。この場に居ても、堂々としていられる度胸は、もはや感情を司る器官に欠陥があって、彼女は恐怖や怯えに疎いのではないかと考えさせられる。

 閾を踏み越え、格子窓の続く長い廊を歩く。ここまで雨風を凌いでいた傘も無用となり、閉じてジーデスへと投げ遣る。受け止めた彼の服が濡れるのも構わない無造作な動作であり、これを【太陽】の面々も眉を顰めた。なんて傲岸な娘、果たしてこれが本当に赤髭を追い詰める矛に事足るのか。

 長作務衣は無言の代わりに錫杖の遊環で音を鳴らす。屋内であろうと笠を取らず、床に水を滴らせたままだ。土足で場内に踏み入ってしまった後だが、注意が無い事に異様さを感じる。いや、まだ本殿の玄関口に続く道なのだと知るのは、それより数分を黙って進んだあとである。

 ここで漸く土足を脱ぐ場所に着き、兵士達は別の場所へと移動し、少数精鋭を随伴させて会談に参加する者だけが履き替えて上がる。

 長作務衣に見守られ、素足に足袋だけのカリーナが上がる。再び動き出した彼を追おうと歩を前に踏み出したところで、音もなく傍に寄ったミシルが腕で制止した。

 カリーナが踏み出そうとした床の部分に爪先を着けると、天井から槍が直上から穂先を下に向けて落ちる。ミシルが足を引いた場所に突き刺さり、床に突き立って静止する。カリーナを抱き寄せるように腕で隠すジーデス。罠を見抜く慧眼の持ち主であるミシルが居なければ、訪問早々に屍を玄関で晒していただろう。

 後ろで相貌を険しくさせていたセラが三叉槍を手に執り、旋回させながら穂先を筋交いに一同の前に突き出す。一連の動作が迅すぎて見えず、唖然とする後方の兵達の前で、角から身を躍らせた長作務衣が放つ錫杖と衝突する。

 今まで無表情で徹していた案内役に、僅かな驚嘆の色が滲む。遊環に絡め取られた先端を回転させ、手元を一気に引き戻し逆に相手の錫杖を奪い取る。セラは塵芥を払うかのようにそれを振り落とし、長柄で弧を描かせた一旋と共に今度は長作務衣の喉元に突き付けた。

 息を呑んで見守る兵達、その目前で堂々と開始から罠を用いて弑殺しようとした案内役、その命を逆に刈り取らんとするセラ。

 早くも玄関で勃発した対立を嗅ぎ付けてか、それとも既に失敗を予見してなのか、角から案内役と同じ装束の戦士が次々と登場する。ミシルも外套の身頃を開いて糸を垂らし、兵達が槍衾を展開して彼等に対峙した。交錯する殺意と敵意が、薄翳りの通路に漂う空気に重く沈殿していく。

 いざ刃が交わらんと、双方の陣営が一歩を踏み出した――その刹那に起きた出来事にカリーナは目を疑う。

 横殴りの突風でも吹き抜けたかの如く、長作務衣が通路から元来た道へと一掃された。苦悶と短い悲鳴を上げ、一同の眼前から颯爽と吹き飛んだ。理解が追い付かず、鼻の付け根を揉んで何度も見直す者さえ居た。

 主を制して前に進んだミシルが角の先を見ると、幾重にも倒れた長作務衣によって通路が塞がれていた。遠目でも判る失神状態、何らかの超常現象でなくては説明が付かない。あの戦士達を一瞬にして勦討した力の正体とは何なのか。

 カリーナに問い掛けようと振り向いて、ミシルは反対の通路で視線を止めた。

 男が立っている――この薄暗い屋内の中でもより濃い影を纏う黒装束であった。単衣の下に袴を履き、その脛に包帯を巻いて裾を絞った装いに、足袋と草履。左の顔を覆う長髪の男性が黙然と幽鬼かと見紛うほど静かに、気配なく立っていた。

 ミシルは何者かを問い糺すべく、凶器を手に踏み出しながら目を凝らして、再び動きを止めてしまう。相手の瞳の色――それは自身が敬愛する優太と同じ琥珀の輝きを宿していた。彼と違うとすれば、全身が刃物であるかのように隙が無く、その面に警戒や害意は無くとも、油断なら無いとミシルの本能が叫んでいた。

 前に出たカリーナも彼を見咎めて黙る。男はカリーナを見て僅かに目を眇めると、背を向けて歩き始めた。


「貴方は何者だ?」


 問うミシルの声には応えず、振り返って通路の先を指差した。


「あの先に総督の待つ最上階への階段がある。事は既に開始した、急がねば次の刺客は来る」


「始まって……?何を言ってるんだ」


 ジーデスが困惑していると、天守閣の一画で轟音が鳴り響いた。セラが格子窓に飛び付いて見ると、数瞬の間を置いて今度は別方向で屋根が木っ端を周囲に四散させて爆発した。淡々とその光景を見た男は、カリーナの隣へと歩み寄る。

 得体の知れない闖入者から守るべく前に出ようとしたジーデスの体が、謎の抵抗感に体の節々を固められて停止した。呼吸や発声は問題ない、それでも四肢が複数名によって取り押さえられたように硬直してしまっている。

 振り向きざまに突き出したセラの槍もまた、中途で透明な鋼の壁に阻まれる。男にどうあっても攻撃が届かず、思わず手を放して槍自体が空中で静止している事に気付いた。

 当惑するカリーナの前に手を差し出す。そよ掌中から漆黒の球体が現れた。底を見せぬ深淵の禍々しく蟠った闇を内包する物体。男とそれを交互に見て逡巡する相手の意など問わず、球体は徐に自ら動き出して、彼女の肩の辺りに浮遊した。

 手を下ろした男は隣を過ぎて歩きながら囁く。


「御武運を――カルデラ当主殿」


 一同は謎の圧迫感に苛まれ、その場から動けずに立ち尽くす。この空間で、彼だけが動く事を許されている。視線でも追えず、耳を澄ますがそこに足音は無かった、男との距離感は広がる一方で誰も位置を捕捉し得ない。

 唐突に緊張感から解かれ、全員が一つの方向に意識を束ねる。カリーナの後ろ、長作務衣が塞いでしまった廊には、誰も歩いてはいなかった。戸は無い、格子窓は破壊された痕跡も無く、雨音だけが変わらず外からしている。

 幻だったのではないか、そう考え始める一行だったが、カリーナの傍に黒い球体が浮いている。それを気味悪がって、虫を払うように腕を振るジーデスだったが、それは独自の意識が存在しているのか、何度も避けては彼女から離れようとしない。


「カリーナ様……これは一体?」


「似ていないか……無名がかつて体に纏っていた氣に、何か近しいと感じる」


 当事者であったジーデスが目を見開く。

 彼女の座している山にある迷宮第四層で、氣術師と対決した少年の全身を侵す黒々とした氣。あれに酷似したモノを凝縮した物体が目の前で、悠々とカリーナの傍に単体で浮いている。いや、現状の優太は黒い氣を分離させて扱うのも可能だとは耳にしたが、それでも本人の目の届く範囲でしか操作が利かないとされる。

 言葉を飲んで考察する二人の前で、球体から錐状の突起が通路の先を起伏を繰り返して示す。長作務衣の案内役を代行する物体に、全員が怖じ気をふるって退くが、カリーナだけは前に踏み出した。

 何故か、優太を連れているかのような感覚がする。カリーナは球体を一瞥し、その指示に従って階段を目指した。男が何者であるか、闇人に縁ある者なのかもしれない。各代に一人しか存在しない矛剴一族の影は優太だけの筈だ。

 琥珀色の瞳、音も無い手先足先の運び、対象を触れずに動かす力の運動、黒い氣……どれもが優太に似通っていた。


「勇者、魔力感知で彼を追え」


「無理だよ、一瞬で消えたみたい。ボクの感知領域は半径二〇メートルだよ?瞬間移動以外に有り得ない」


「いや、氣術ならば自然と同化し、気配を抹消してしまう術があるが……姿まで消せるものか?」


「何はともあれ、不気味な物を寄越しましたね」


 一同の注視を受ける黒玉。

 これがカリーナに渡された意味、それをまだ彼女自身さえ判らなかった。






  ×       ×       ×





 謎の男に託された黒玉は、最上階に向かう階段へと一行を誘導する。不可解な事に、流動的に形状を変化させ、矢印となって然るべき進行方向を表現し、道すがらで遭遇した長作務衣から防御すべく壁になって錫杖を弾く。その性質が邪氣に相似しているとは判り、同一のモノと見て相違無い。

 意図までは読めずとも、カリーナは期せずして絶対防御に等しい黒玉を授かり、その歩はさらに躊躇いや迷いが失せていく。後続する面々は、やはり不気味に思え、形を変える度に身を固まらせる。これが導く先は、単なる地獄なのではないか。あの男がカリーナを殺害する為の計略として遣わした死の案内人だとも考えられる。

 和睦の会合に臨むにあたって不当である無地の黒衣を纏うカリーナに付き、その身を守る黒玉の光景は、あたかも彼女があらゆる害悪から放たれる殺意の矢を斥ける魔術を行使しているのだと兵士には映る。その禍々しさ、カリーナの凛然とした立ち居振舞いが相俟って、奇妙な心強さが芽生え始めた。

 段差を上がる途上、格子窓から覗く外の様子は荒々しく、破壊された東廊が瓦礫を散乱させており、その下敷きとなった人間の腕が見える。遊環の音を鳴らして馳せる戦士達の前で、破断した支柱が支えて倒れる手前の屋根の影で何かが蠢く。

 木片に躓き、前に転倒して瓦礫の山の傾斜を猛然と跳ね、敷石の上に着地する。それは両手に異様な武具を手に装備した仁那の姿であった。面識のある者は瞠目して思わず身を乗り出しそうになって格子に阻まれる。

 確か三日前に知り合いと約束して首都へ入っただけのに、何故この場所で長作務衣の部隊と敵対しているのか。自分達と仁那の間に生じた時差、そこで何らかの問題があったのだろう。

 カリーナは思わず嘲笑を浮かべた。敵も迂闊である、天守閣を自由に出入する者が招き入れた客人だからといって、安易に許可するからこうなるのだと。訪れる地に必ず変革を齎す、それを言義の騒動で痛いほど知らされた筈だと言うのに。

 敢然と長作務衣の集団と戦う仁那を見下ろしながら、一同は先を急いだ。既に事は開始している、あの男の言葉の理由を解せぬ者は居ない。

 護衛の手も要らず、次々と迫る凶器を黒玉が難なく捌く。これは防御に徹底し、自ら攻撃行動に出ず、基本的にカリーナの側の中空を浮遊して敵との間に割って入る。セラやミシルが刃を阻まれた長作務衣を処理し、ジーデスは後続部隊に指示を送る。


 登り続けた全員の足は、遂に階段の終点に辿り着いた。屋外からカリーナが見据えた高欄のある最上階の空間は、内側を襖で方形の空間を区切っている。内側では既に誰かが待っているのか、時折声が聞こえた。

 此所まで来た兵士達を待機させ、カリーナはジーデス、ミシル、セラを伴って襖を横へ押しやる。

 燈籠が一つ置かれた暗い一室、その照らされた中心に円卓が置かれ、空いた座布団が整然と並ぶ。一つは既に座を占められ、後の来訪者を待望して粛然と構えていた。


「これは……カルデラの当主、ですね」


 低く厳かな語調で迎える人影は、絢爛に咲き誇る花や龍の模様をあしらった豪奢な玄端に烏帽子を被る男性。滑らかな流水のような白い無精髭を蓄え、胸前まで伸ばして燈籠の光で艶に濡れていた。正確な年齢までは計れずとも、柔和な線で描かれた皺のある面差しの中で、大きく見開かれた鳶色の双眸だけが威圧感を与える。

 彼こそが邪知暴虐の王と西の地では謳われる総督、現在の千極の実権のほとんどを掌握した稀代の偉人――“赤髭”と通り名で知られるその人であった。円卓の上に置いた酒の盃を煽っているが、顔はまだ酒の酔いに冒されておらず、理性の光が強く瞳の奥で瞬いていた。

 背後に明かりに照らされて四人ほどの足が見えるが、顔までは未だ闇の中に隠匿されたままである。カリーナは黒衣の裾を摘まんで小さく持ち上げて一礼した。


「カルデラのカリーナ、拝謁の誉れに与り光栄至極に存じます」


「どうぞ」


 催促され、三人を伴って対面に座る。赤髭の厳めしい面差しを前にする位置を敢えて選んで座ったのは、初めから正対する意を示してのこと。部屋の隅に跪き、酒瓶を側の盆の上に安置していた作務衣の男性が進み出て、盃をカリーナの前に置き、中身を注ぐ。

 これに毒があるか否か、公然と検める必要もない。既に道中襲い来る長作務衣の戦士達が、赤髭の敵意を表すものとなっていた。これを飲むなど自殺の沙汰に等しい。


「外が騒がしいようですね……道中、私共にも見えましたが、総督殿の部下が一人の小娘に撃退されていました」


「我が股肱の紹介とあって内に招き入れた不覚の結果ですが、処理に関して大事無く、既に我が最高戦力の一角を向けております故、我々の会談を妨げる雑音も消えるでしょう」


「貴方と私の一族は以前から反目の絶えない剣呑な日々を過ごして来ましたが、これを機に親睦を深められればと考えております」


「ええ、千極もその所存です」


 二人は表面上だけの言葉を並べ、役者が揃うのを待った。最初から互いに理解など出来はしない、既にカリーナはこの怪物を権力の座より蹴り落とす算段だけを用意して訪れた。

 カリーナの側に未だ浮く黒玉を、赤髭は訝って見上げた。


「こちらは友人が私に授けた優秀な防具です。攻撃性は無いので、ご安心下さい」


 その注意にも疑心暗鬼な面である。

 二人の眼差しが正面から火花を散らして衝突していると、背後の襖が再び開く。


「どうやら、来たようですね。……「白き魔女」か、それとも……」


 その先は口にせず、しかし口角が僅かに持ち上がるのをカリーナは見逃さなかった。この男は、自国の命運を左右する会談に於ても、目を付けた獲物の事に関する興味を隠そうともしない。

 花衣に執着して夜叉や数多の刺客を放ってまで拝もうとした彼女を遂に拝見できるとあって、その内心は穏やかでないのだろう。


「どうぞ、中へ」


 赤髭の招く声に、そっと踏み出した足が畳を踏んだ。




アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

次回から、少し時間を巻き戻します。章の題名が無意味になってしまう前に、書き進めたい会談を置いて説明し、時間軸を合流させたいです。


次回も宜しくお願い致します。

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