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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:詩音と言伝ての鳳
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幕間:職人の謝罪~天嚴~



 言義騒動から二週間。

 鉄徹一味と石黒、及び吞丼はその職能を遺憾なく【太陽】に活かした。自分達を保護すると約束してくれた優太の言葉は現実を裏切らず、北の天嚴にて本隊と合流を果たし、技術力を提供して身の安全を得る。

 多種族が混在する組織内は、目新しい刺激に職人としての意志が嘗てない高揚に震える。一時的な保護を約束された身でありながら契約の話を持ち掛けられる程に信頼され、さらに新たな技術の発見もあって一行の新天地での成果は重畳だった。

 寒風吹き付ける北東部の厳しさに耐え、今日も炉の前で高熱の錬鉄に鎚を打つ鉄徹とその部下達。石黒は優秀な戦闘力を買われ、調練に加わるかを訊ねられたが、これを断って同じ工房に立つ。

 吞丼は【太陽】が傘下として抱える技術者の指導に忙しく、その熾烈さに本人が疲弊して終の仕事とまで呟く。確かに老体には厳しい環境、そして働き甲斐はあれど職人を忙殺する職場。優太の提案で慮外の労苦を強いられたのは吞丼のみであった。

 注文に適する品を何本か打ったところで手を止め、鉄徹は肩の刺青を擦りながら羽織を着て外に出た。降雪が道を白く染め上げる雪原に立つ城塞で、感慨に暫く灰色の空に視線を投げ掛ける。

 言義で仕事をしていた際は外界に出る事すら考えなかったであろう――小さな界隈で仕事をこなし、周囲の男を束ねて弱者を虐げ、小さな世界で権力者のように哄笑する。

 今思えば、如何に己が下賤な存在であったかを痛感する。優太が力を人を守る優しさに変換する術を、仁那が誰かを愛するのに武力を必要とせず無償で手を差し伸べる心を教授してくれた。自分よりは年下でありながら、彼等の方が遥かに見聞広く、器量は自分と比較するのも憚れる。

 鉄徹は黒眼鏡を取って、顔を濡らす雪解け水を拭う。袖が代わりに水分を吸い、腕に貼り付いて冷たく凍りそうだった。


「何をしてるんですか?」


 背後から石黒が呼び掛ける。

 振り向いて、旗袍に外套を羽織ってもまだ寒そうな格好の彼女に含羞を感じて顔を逸らす。誰かの為に身代わりになり、暴力にひたすら耐え続けた石黒もまた、自分よりも貴い人種なのだと。

 彼女を虐げた拳足、口舌、精神を恥じる。どちらもあの二人に出会えたお蔭で、変わる切っ掛けを見付けた。

 鉄徹は眥を決して振り返り、雪の冷たさも忘れて叩頭する。雪に埋めた額と掌や膝がもはや痛みすら訴えていたが、それも意に介さず目前の石黒へと謝罪した。


「済まなかった、今さら許してくれたぁ言わねぇ。都合の良い話だと思う、何回だって殴られたって文句言わんし、それで許されるとも考えちゃいねぇ!でも……でも……済まなかった……っ!」


 口よりも手を動かす、その職人の性があって伝えたい言葉が幾つもあったが、彼にはこれが限界だった。

 述べられた謝罪に驚く石黒は、雪に頭をつけた男の姿に当惑する。奴隷として誰かに謝られた経験の無い身として、どう対応したらいいか皆目見当もつかない。

 工房の物陰で材を取りに来た吞丼も、密かに気配を消して静観している。あの傲岸な鉄徹が、たった一人の女に詫びた。長い付き合いである吞丼からすれば珍妙な光景。

 一味の者も戸口から覗いている。それでも鉄徹は恥を忘れて、石黒からの言葉を待った。


「……貴方は、許せません」


「あぁ、これが自己満足にしかならねぇって事はわかってる」


「そんなの、許しません」


「一生懸けてもっつー壮大に取り繕って本質を為せねぇ無責任な発言はしねぇ、それでも!」


 鉄徹の叫びが寒空に響く。


「それでも、謝らせてくれ」


 鉄徹の弱々しい声音に、石黒はため息をついてから、踵を返して工房の中へと戻った。項垂れた男を慰めに出ようとして、一味は気まずく前に歩を進められない。

 吞丼が雪駄で彼に近づき、その横に屈み込んで肩を叩く。


「言いたい事がまだあるんなら、これから少しずつでも伝えていけばいい話じゃよ。わっしと違って、お前さんらにはまだ時間がたっぷりある」


 嗚咽する鉄徹の震える背を、小さな童を宥めるようにいつまでも吞丼は傍に寄り添って撫でた。




  ×       ×       ×




 仕事と私情は別。

 今日も鍛冶として腕を磨く鉄徹は、仕上がりの刀剣を持ち上げて吟味していると、戸口から小人族が現れた。担いでいた荷を下ろし、部屋の樽に腰かけて休憩する。許可なく仕事場に踏み込む輩を追い返さんと、一味と共に鋭い剣幕で詰め寄る。

 しかし、柳に風の如く受け流す小人族は、横に同種族の少年を随え、背嚢から取り出した木の実を齧る。気候のお蔭で保存状態が良く、歯を立てた時に硬けれども冷たい果汁の旨味は新鮮さがあった。

 それを横の弟子に投げ渡し、満足げに食する。何処までも自由な彼等に呆れ、仕事の邪魔だけはせぬよう注意をして持ち場に戻った。

 暫くして戻った吞丼と石黒が、一室で優雅に座視する小人族に一礼する。


「おい、爺さん。ソイツはただの邪魔者だぞ」


「何言うとる、この方は【太陽】に招集された大陸一の鍛冶じゃぞ」


 目を剥いて振り向くと、小人族は嫌そうに顔を歪める。


「神様お墨付きって身分はどうも慣れねぇ。森出て国境越えて、雪原横切って来いなんて注文は初めてでよ、悪ぃがちと休ませてくれ」


 唖然としている鉄徹の前で、小人族が自己紹介する。


「俺ぁクェンデル山岳部の鍛冶ドゥイ。こいつぁ弟子のゴンイ」


「師匠、早く仕事したいです!」


「休ませてくれ」


 嘆息する小人族の鍛冶――ドゥイに身を固める。

 優太の剣を打ち、神から加護を授かるほどの技量を持つ鍛冶である。目にして見れば、この矮躯も鍛えられており、猪首がまた鋼の肉体という印象を濃くした。

 石黒が小さく鉄徹に近寄り、耳許で囁いた。


「初対面の人間を睨んで出ていけなんて、やっぱり貴方の言葉は嘘だったんですか?」


「ぬぅっ――!この、くっ……無礼を許してくれ」


「?おう、気にせんでくれ。賤しい山の者なんでな、気軽に頼む」


 言葉の背景を知らぬドゥイの適当な返しに安堵した鉄徹。状況に微かな愉悦を覚えて微笑む石黒、いつかと立場が逆転したその様を、一味は慄然と眺めていた。


「お爺ちゃん、良いんですか?」


「ん、こりゃこれで良いんだよ」


 吞丼は変わらず、若い者に懐かれていた。






次回は登場人物紹介です。

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