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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:詩音と言伝ての鳳
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幕間:見据える先~狩人の里~



 学術都市を騒然とさせた旅人の活躍劇より、およそ数週間後。矛先の定まらない敵意が【太陽】によって流出した情報が次第に赤髭総督へと人々を繋ぐ。

 所々で陰険な騒動が勃発し、様々な悪事が猖蹶して戦線に安寧の兆しが現れ始める。【太陽】の「白き魔女」は益々強い威光を帯び、彼女が率いる組織の名の通り、中央大陸の暗雲を切り裂く太陽が権化した姿だと崇められた。

 斯くも大陸中の意識の的になろうとは、二年前まで彼女は予想だにしなかっただろう。無論、それは森を出て己が運命を識った少年、そして戦乱の風吹き荒れる東の国を旅した侠客もまた慮外の展開であった。

 その情報を耳にして、そんな重要人物と近しい関係を持つ人間達の興奮は冷めず、限界を知らずに昂る。残敵は赤髭のみと視線を据える者がいる中で、密かに別の勢力の介入を危惧するのは隻腕のゼーダであった。

 そんな彼が温泉郷より東の山里に、【灼熱】の名で世界に知られるガフマンと狩人、そして『四片』の白虎・弁覩を迎えに参上した際の話である。




  ×       ×       ×




 杣道を抜けて森林が豁然と開ければ、そこに人々の営みが一望できる。地図の正確さを恃みに足を進めた日々は、この世の詐術や刺客の手練手管にも冷静に対処するゼーダすら些か不安に心を煽られてしまっていた。

 仕入れ番の男が一ヶ月に一度、二峰降って現れ、町に来るだけの俗世とは疎遠な風土の山里の住人に道案内を頼むのは無謀。山間部の人間は人情を大切とし、外界の人間が金銭または知人の名で釣ろうと策を講じれば益々不審に思われる。

 世情に疎い代わりに、彼等は人の真意を見抜く心眼に長け、それも高確率で善悪や損得などを判別する。己が犯した所業、そして戦場にて練磨した懐柔の術と血臭が染み付いてしまったゼーダには接触した時点で避けられる。

 従って、結果的に里の狩人幹太に地図を書いてもらった。だが狩猟を専門として生きてきた人物に書による道標を求めるのは浅慮だったと後悔する杜撰な物を寄越され、文句を述べるのも失礼だと不満に堪えて山道を進んだ。


 三段に分かれるこの町の景色は、長閑で孤立しているとはいえど、廃れてはいなかった。人々の笑声や鎚打つ音、様々な工具が奏でる生活音が渾然となって渦巻く。規模は小さくとも、白壕と遜色無い活気に満ちた里を眺望する。

 そんな彼の横では、行嚢を担いだ少女――詩音が感嘆の息を漏らし、木立の中から顔を出している。頭上に延びる枝葉の一本に留まった人目惹く緋色の鷹は、秋の訪れに差し掛かって吹く涼風に羽毛を撫でられ心地よさそうであった。

 飛脚の二人を伴い、訪れた里へと降りるのを避けて森を歩く。常に里を左に見て進んでいると、一軒の家に着いた。森に面した里の一画、崖で隠れてひっそりと佇む戸もない家屋は、庭に季節外れの桜を咲かせた木が立つ。

 目印は桜、と地図に書かれてこの季節に有り得ないとゼーダは困り果てたが、現物を目にして驚愕に暫し忘我する。

 桜を目で楽しむ二人の前で、花弁を一つ啄んだ輸慶は思いの外口に苦味を感じて急いで吐き出した。


「お、あんたがもしかしてゼーダさんと詩音ちゃん?」


 戸口から姿を見せたのは、頭に鉢巻の狩人幹太であった。袈裟懸けに胸前で結んだ長い布を解いて、二人に歩み寄る。その背後からは戸口を窮屈そうに出てくる赤髪の巨漢ガフマンであった。

 二人に一礼し、顔を見て地図の不満を口にしかけて思い止まった。足下を歩く白毛の猫に目が留まる。樹上でこちらを見下ろす鷹に瞠目して叫んだ。


『にゃ、ニャんだと!?』


『お久し振りですね、クソ猫』


『あれ、身内なのにみんなニャーに辛辣!』


 再会を果たした『四片の二体』は早くも罵り合い(結論から言えば殆ど輸慶の一方的な暴言)を横目に、首都への迎えとして来た理由を改めて説明した。

 この時ばかりは平生飄げた口調の幹太とガフマンも傾聴し、事の次第を聞いて了承した。


「俺は鈴音に会えるからな、断る理由が無い」


「我も久しく花衣や坊主、それと魔女と持て囃されとる娘の顔も見たくなったしな」


 その隣、輸慶から祐輔の現状を聞いて消沈する弁覩がいた。肉体を捨てて少女の体内に魂を預けると判断した仲間の決意に、想いの深さを知ったのだ。

 太古よりお互いをただ力としか見ていなかった怪物に、少女が間となって愛が育まれようとしている。


『そうか……アイツ、本当に仁那が好きニャね』


『我々の家族です、必ず救出しましょう』


『え!?本当に何があったニャ、あの輸慶が……』


『貴方は認めてませんよ、白虎』


『急に他人行儀ィィィイ!!』



  ×       ×       ×




 改めて旅支度をする幹太の手は慣れており、この狩人の里には似つかわしくないものだった。一年前から逃亡生活を強いられた故の悲しい成果でもある。だが準備の手は早く、その顔には始終情けない笑みが貼り付いていた。愛娘に会えるという未来だけが、彼を旅に押し出しているのだ。

 ゼーダは彼等の様子が終わるのを待ち、月光のに照らされた桜の樹影の下に立っていた。

 庭では弁覩と戯れる詩音、白毛の猫が無粋な手出しをしないかと監視の目を光らせる輸慶。彼等を狙う神族の脅威は常に隣人としている。祐輔を犠牲にして、その警戒心は途轍もないものであった。

 ゼーダとしても、知荻縄で見た高貴な種族の姿を今でも思い出せる。強大すぎる氣の波動を発する人の形をした化け物。<印>の問題を片付けると決断した優太の慧眼がそれを見定めた後、果たして本当に平和は来るのだろうか。

 『暁の予言』――それが示唆する平和への道とは、この赤髭総督の退治に留まった話なのか。神々への叛逆、これが暁のみならば話は東国争乱を平らげることで終焉を迎えるが、世界全体が神に反抗するならば話は別だ。

 ゼーダにはその嫌な予感というものが、甚だ現実味を帯びて感じてしまう。その為に、『無名の闇人』を作り、『伊耶那岐の器』の誕生を促している。

 大陸同盟戦争の規模を超える……神代の天上人と、現代を生きる人々の戦争。その構想図が脳裏に描けた。


『何を思案顔でいるニャ?』


「……仁那が居なければ、きっと私はお前達『四片』をいつまでも主神復活の道具としか認識しなかっただろう」


『そうか、元<印>の男だったかニャ』


 弁覩は首を傾げ、その前肢を腕のように組んでみせた。


『確かにニャー達は世界に存在する事自体を危ぶまれる力の集合体ニャ。判らない……主神が己を四つに分けてまで残した理由、闇人と氣術師に呪いを残した魂胆、暁との契約。

 ニャー達は会う必要があるニャ』


「誰に?」


『伊耶那岐と、先代闇人に』


 その回答に言葉が出なかった。

 どちらも今は肉体の無い、云わば死人である。死人には再会など望めないそんな当然の事を弁えていない弁覩ではない筈である。


『きっと、ニャー達が最後に戦う敵が……彼等ニャ』


「そうならないと良いがな」


『そうならない為に頑張るニャ!』


 張り切る弁覩の傍で、幹太達の出立の準備が整った。夜半の内に出発しなくては間に合わない。

 一同は決戦の首都・火乃聿へ足を進めた。









アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

次回も小話か、登場人物紹介になると思います。

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