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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:詩音と言伝ての鳳
175/302

戦慄の時計塔(弐)/須佐命乎の襲来




 時計塔の前庭にて、優太を襲う異形の鉞。

 突然の来襲に声を上げる暇も無く、後ろへ頭を煽って跳ぶと鼻先の空気を刃が擦過する。辛うじて視認の可能な範疇である攻撃、一度躱したと安心した途端、後から押し寄せた強風に吹き飛んだ。

 倒立背転で威力を殺して体勢を立て直す、壁際で漸く踏み留まった。時計塔を背にし、襲撃者の姿を検めようと前方に顔を上げた時、周囲に漂い前庭を隠していた土煙の一画が風の乱流に散っていた――そこに人影はない。

 背筋を凍らせる殺意の急接近を感知し、全神経を研ぎ澄ます。地面を跳躍した足音から位置を把握し、敵の次の動作を予測する。右方に出現すると先読みし、そちらへ体を巡らせて小太刀を逆手持ちに執った。

 吹き荒ぶ突風に粉塵が時計塔の壁を打つ。

 残像を残すかのような速度で眼前に迫る、今度は拳鍔刀を模した武具を掴んでいた。光を帯びたそれは、紛れもなく氣で強化された物。硬度として尋常な刃物では太刀打ちできない。白磁の肌をした巨漢が全身を弾丸に変えて猛進する。

 巨人は前で足を止め、左右から拳鍔刀で殴打する。疾風怒濤の竜巻じみた連撃に、右腕全体から鋒まで邪氣を纏わせた刀で打ち合い、時に転身していなす。異色の剣戟が繰り広げられ、凄烈な火花が辺りを焦がした。

 他の事案が些末であると忘却してしまいそうな程に斬り結ぶ。優太は余裕など無く、次の手に応じるだけで手一杯だった。巨漢の男の相貌は、底の知れない憤怒を充溢させた鬼の形相である。その勢い決河の如く、奔流が総てを呑み込む。

 相手の刃を弾いた後、手中で小太刀を回旋させながら翻身して斬り掛かるが、拳鍔刀の凹凸に刃が搦め取られた。上手く抜けずにいるのを、羽衣の男がもう片方の拳鍔刀を上から振り下ろす。

 把を握った手を支点に体を横へ煽って避ける。攻撃は腰巻きの裾を僅かに切るのみで終わった。少年の奇妙な体裁きに瞠目する相手に対し、小太刀を引き抜いた後に内懐へ滑り込んで掌底を腹部に打ち込む。掌から発した斥力を重ね、大男の肉体を後ろへと弾き飛ばした。

 反撃を受け後方へと体を押す氣の運動に対し、地面に深く踏み込んで耐える。大男は優太の間合いから出るか否かの際疾い場所に静止した。嘗て氣術による斥力を受けて対抗したのは、同じ技を使用した氣術師以外に有り得なかった。優太は眼前に峻険たる霊峰を前にしているのだと錯覚した。

 大男の手中に光の粒子が凝縮し、鉞を形成した。可視化された氣は、一粒でも強く多く練られた集合体であり、それを武具として利用するならば危険極まりない兵器である。一切の氣を遮断する邪氣を纏った刀身だからこそ破壊されずに正面かは打ち合えるが、通常の金属なら瞬時に寸断されている。氣展法でも防御は困難だ

 砲弾に匹敵する腕力で振るわれた鉞が、幾度と無く襲来する。横に薙いだ鉞を前傾姿勢で躱しつつ、股下を滑って潜り抜けた。背後へと回った瞬間に振り向きざまで相手の(くびす)の腱へ一閃する。

 巨躯の支柱の一本が崩され、均衡を失った大男は膝を着いて前に項垂れる。首筋を見てこれを逃す手無しと、優太は背に飛び乗って脊椎に刃先を突き立てる。人体の要所、それも心臓や脳組織に並んだ重要な器官である。断てば事はすぐに片が付く。

 果たして、振り下ろした優太を側面から鉞から変形した槍の石突が叩打した。寸前で察知した優太が自身と攻撃の間に小太刀の刃を挟んで受け止める。爆撃を受けたように背中の上から除かれるが、宙で背転し着地を決めた。

 凶刃の嵐から脱出し、右の瞼を開く。確実な未来を見なくては、相手の行動に対処が遅れる。少しでも後手に回れば勝機は無い。

 踵の傷を癒した大男の姿が、再び残像を残して消えた。右の瞳が視る――背後から袈裟懸けに上体を断ちに来る!

 逆手持ちの小太刀で翻心とともに薙ぐ。

 読み通りに大男が実像を現し、鉞が唸って光る。優太の駆る漆黒の刃と邂逅を果たし、金属の悲鳴で地面が震動する。手元に伝わる衝撃、相殺しきれなかった威力で優太は全身の骨が軋む。音響さえもが圧力を伴っていた。

 足元で黒い炎が揺らめく。大男は下を見て目を見開き、後ろへと飛び退いた。一瞬遅れて、下から錐状に尖った邪氣が突出する。惜しくも羽衣の一部を引き裂くだけであった。

 優太は悔しげに眉を顰める。

 邪氣を統御する技――黑氣術。

 黒貌を完全に制御する為に鍛練し、優太が修得した技である。響の知恵もあってだが、これにより邪氣の特性である吸収と遮断の操作を可能にした。吸収の属性なら直撃すると致死、体内から氣を奪われ幾ら強い生命力があっても再生を封じ、数秒足らずで息絶える。遮断は防御性能として長けており、大概の物質は氣を宿しているため魔法に限らず殆どの例を通さない。

 この大男は、その危険性を予め知っている素振りだった。明らかに顔色を変えて避けていた。

 鉞を肩に担ぎ、顔の半面を匿した大男の声が前庭に重たく響く。


「天照に呼ばれて来れば、これは何たる僥倖。この邂逅を嬉しく思うぞ――闇人よ」

 







  ×       ×       ×




 土煙が晴れ、地表の砂漠より降り注いだような砂塵が一帯の地面を叩く音は止まず、踏み荒らされた石畳は原形を成さない惨状にある。

 以前の前庭からは遠く離れた荒れ地となった場所の中心では、拳鍔刀を握った仁那の手が地面の下から出ていた。土に陥没し、完全に身動きが取れない。

 駆け寄った卓が引き上げると、意識を失った状態であった。何処にも外傷はなく、骨折などは見られない。青龍門の力を発動していたのが幸いし、流星と化した敵の奇襲を受けても圧殺を免れた。

「あんたは誰だ」優太は闖入者を睨む。

 見上げるほどの巨体、四肢は太く屈強に鍛え上げられており、純白の装束に身を包みながら、その勇ましさが滲み出ている。面相の半分を布を欠けて覆っており、その内側から火傷に似た痕が見られた。

 鉞を象っていた氣が分散し、男の手中から離れた。攻撃によって痛々しくなった羽衣を眺め、小さく唸る。一度は急所を狙った油断ならぬ敵を前にし、己の服に気を配る余裕に優太は鋭い視線で威嚇する。

「その殺意、先代を想起させる」忌々しげに険相を作って睨み返す。

 卓が仁那を抱えて時計塔前まで退くのを横目で見守りながら、優太は警戒を解かず大男の動きを窺う。警邏は構わず前進し、鈴音が潜入した塔を目指す。彼等を捌きながら、この大男を相手取るのは至難の業。どちらか一方に集中しないと、確実に作戦が破綻する。

 小太刀を握る手に、まだ先程の剣戟での余韻が残っている。指先を痺れさせるあの威力を、何度も受け流すのは苦しい。無闇矢鱈に腕を振るばかりの力業なら、まだしも与し易し。精錬された技巧を前に、それは意味を成さないだろう。しかし、現実は優太の欠いた強い火力――大男を反射する膂力を要する。語るべくもなく、いずれ押し潰されるのは目に見える。

 優太は相手に劣勢を悟られぬよう努め、毅然とした態度で前に立つ。相手を仕留めるには常に先手を取り続け、急所を確実に衝く。それも一ヶ所では先程の治癒力で消されてしまう、可能であれば何度でも、何ヵ所でも刃を入れる。

 これまで己より体格や腕力のある敵にも勝利した。優太の流儀の前には、体格の差異はさしたる問題にはならない。だが、それは磐石の態勢である時だ。惜しむらくは、愛用している仕込み杖が手元に無いこと。弥生に預けており、今から呼び戻すにも時間が必要だ。

 頭上で待機していた輸慶が急降下し、優太の肩に留まった。大男が僅かに表情を歪ませ、その様子を静観している。

『どうしますか、優太』耳に嘴を近付けて囁く。

「頼みがある、僕の杖を取りに弥生の下に行ってくれ。警邏や大概の敵なら小太刀で斃せると踏んでいたけど――」

 大男では通用しない。

 輸慶は頷くと、瞬間移動でその場から消えた。弥生の下から帰還するのは、能力から鑑みても一分も無い程度だろう。その時分に、大男が再び動かず待っている保証はされていない、再開に備えて心を落ち着かせる。打撃による残響が手元から消え、漸く痺れていた五指に力が返る。

 邪氣を帯びた右腕と刀に、大男の注視が向けられていた。やはり危険性については弁えている。負傷を覚悟での突貫に出るならば、躱して致命傷を与えるのも容易だが、これを見て相手が用心深くなるのは間違いなし。

 戦略と戦術を以て人を襲う自然災害そのものだ。それこそ『四片』と同様に危険視される。

「『器』の娘は後で始末する。まずはお前だ」鉞を一旋し、優太へと肉薄する。

 地面より揺曳していた邪氣は、無規則に地面より鋭利に隆起した形を揮り、外部から一切の侵入を阻む。大男の駆る鉞が黒い防壁と激突した。構わず猛撃を防御の上から浴びせる大男を、上から巨大な邪氣の拳が振り下ろされた。禍々しい鉄槌を受け止め、地面に半身を沈めながらも耐えた頑強さに優太が戦慄する。

 大男の肉体が眩い閃光を放ち、荒廃した前庭をさらに破壊する強烈な風圧が全方位へと拡散する。優太はその直前に後方へと大きく飛び退り、風に身を委ねて時計塔の壁に着地する。猛追する敵を見据え、小太刀を素早く鞘に一度納めてから前に飛び出した。

 憤怒のままに横に薙がれた鉞の上を紙一重で躱し、高速の抜刀で空振りに終えて体勢の崩れたところを斬る。今の自身が発揮できる総てを惜しみ無く出しての斬撃は、しかし顔を横へと煽った大男の右の面相を切り裂く程度に抑えられた。

 両者が擦れ違い、時計塔の壁が盛大に粉塵を撒き散らして破壊され、その背後で優太が地にもんどり返る。着地が出来なかったのは、相手の攻撃に合わせた必殺を確約する一撃が相手の顔を抉るのみで終えたのと、同時に切断した布の下から現れた男の醜貌への驚愕。

 だが、先程の一撃は有効な筈だ。邪氣の吸収型で与えた外傷は、再生力を無効化する。顔面の切創といえど、油断すれば出血量では意識を断てる。いや、相手が異形の怪物である以上は望み薄だ。

 立ち直った優太が後ろを顧みると、夥しい流血でも匿しきれない陰惨な傷痕がある。大男は顔に隆々と血管を浮き立たせ、修羅を宿しかのような面持ちだった。彼の感情が物理的に周囲へと影響を与え、地響きで足元が揺らぐ。

 知っている――この圧倒的な迫力は、優太が経験した中でも最強と嘯かれるガフマンに比肩する戦士の類いだ。手傷を負わせたことで、相手の激情を余計に助長してしまった。本来なら冷静さを欠いた敵など、理性のない獣も同然で狩るのも容易いが、この大男の場合はより危険が増すばかりだ。

「歴史は繰り返すか、我が顔に……」鉞を両手で大上段に掲げる。

 瞬間的に優太の脳内でけたたましい警鐘が鳴り響き、自身を球状の邪氣で覆う。大男の得物が防御膜を展開した相手を狙って振り下ろされた。地面を切り裂き、白銀の光が直線に伸びて優太を匿う邪氣を包んだ。無論、氣を反射する遮断型である故にそれを中心に二つに線は分かたれ、時計塔周辺の学術棟を粉砕した。溢れた光の中で瓦礫は微細に砕かれて塵になる。

 濃密な氣が練り込まれた破壊力は、如何なる魔法でも再現の難しい位階のもの。直撃を受けた邪氣の内側にも威力は伝播し、五臓六腑を震撼する残響で意識が揺れる。たとえ街の中であっても、この敵に一分たりとも容赦は期待できない。

 手当たり次第に接触した物体を破砕する嵐を止めるには、その核である部分を根絶させるしかない。邪氣が右腕へと戻り、前庭の惨状がより悪化した様相に顔を顰める。規模としてはどれだけ離れても、邪氣による防備が必要だ。

 大男は地面を踏み鳴らして闊歩する。巨獣の進撃を前に、優太は打開策を考えた。相手が大技を発動するだけの寸隙も与えぬ連続攻撃、それと敵の動きを抑えながら確実に仕留められる力が要求される。

 まず邪氣による対象の速やかな沈黙が最適である事。現に、未だ顔の傷は癒えていない。だが氣術と剣術のみで処せるほど簡単ではない破格の魔法じみた大技がある。接近は困難を極める。大男に対し一騎討ちでの勝算が優太には殆ど無い。警邏はまた先程の爆撃で大方掃除されたがまだ集まってくる予感がある。


「先代闇人に刻まれた傷を、まさか弟子である貴様に再び切り開かれてしまうとはな。これが因果か、何とも苛立たしい害虫共め。父上に逆らうばかりか、己の意思を持つなど……神に抗う痴れ者が」


「……そうか、あんたは神族か。生憎だけど、僕らは主神の玩具じゃない。存在を危ぶまれても、蔑まれても、それでも生きる資格がある。僕がこうして独自の意志で動いている事がその証明だ」


「この世の普く総ては父上の物。分を弁えろ、下賎な人間風情が……傲るな!」


 巨体が躍動し、瓦礫を吹き飛ばしながら発射された。

 優太は身構えて、しかし時計塔を一瞥して微笑する。右の瞼を閉じて翳していた小太刀の鋒を下げた。

 戦場には似つかわしくない表情に、違和感を覚えながらも大男の直進は止まらない。


「傲ってるのは、神族(あんたら)じゃないか」


 優太へ向けて滑空していた巨漢を、突如として横合いから縹色の流星が撃ち抜く。轟く衝撃音と前庭の空間全体へ猛り狂った竜のごとき雷が迸る。鉞を粉砕したそれは、大男を天井に向けて打ち上げた。

 宝かに上昇して大量に顔面から血を噴出させながら、言義を砂漠の空から閉ざした岩盤に突き刺さる。

 優太の目前で、鮮やかな色の氣を纏った少女が仁王立ちした。

「さっきの、お返しだよ」仁那が獰猛な笑みを浮かべる。





  ×       ×        ×





 激闘を演じる優太と神族の男を遠目に、卓は時計塔玄関の扉とその前に寝かせた仁那を庇い立つ。警邏は接近を試みて幾度も男の攻撃の余波によって撃退されている。暫くは多勢に無勢、それが生む乱戦に身を投じる必要はなくなった。

 しかし、突然現れた敵に拘って動けない優太の様子を見ると掩護が要るとは判る。だが、介入する余地がまったく無い。下手に動いても即殺されるか、優太の足枷にしかならない。この歯痒い感覚に、卓は剣破鬼を地面に強く突き立てた。

 しかし、あの怪物を相手に一人で戦う優太の実力に改めて感嘆する。剣の腕前も巧みであり、本来は己が最も得意とする戦法で無くとも格上に堂々と立ち回る度胸。常人なら目視した途端に硬直するように寒気を覚える相手の剛力にも敢然と立ち向かい、回避と反撃を迷い無く叩き込む。

 優太が黑氣術を展開して防御した時、仁那の意識が回復した。鈍痛に頭の内側では鐘が鳴っている。それこそ、脳内で時計塔の秒針が大きく音を立てて時を刻んでいるかのようだった。

 蹌踉と立ち上がって、扉に手を付きながら前庭の戦局を見る。単騎で勇敢に戦う優太とその敵――仁那は既視感に思わず息を呑んだ。


「あの大男……たしか白壕の……須佐命乎!」


 それは二週間以上前、温泉街で自分達を襲撃した神族の内の一人。ガフマンと互角に鎬を削ったとされる強敵だ。以前は仁那の抹殺を目論んで出現した。恐らく今回、意識を失う寸前に上から降って来たのは彼だったのだろう。間違いなく仁那を狙っていた、また殺害を意図している。

 時計塔の壁に須佐命乎の一撃が突き刺さる。優太の表情からは読めないが、苦戦しているのは確かであった。辛うじて追わせた手傷が須佐命乎を昂らせ、先程よりも強い敵意を発する。


「行かないと……!」


「駄目よ仁那ちゃん、あの子の邪魔になっちゃう!」


「違うよ、あの人はわっせを処分しに来たんだ。だから、本来受け止めるべきわっせが行くだけ。……二人で時計塔を守って」


「……もうっ、頑固なんだから!万が一、警邏は任せなさい」


「ありがとう、卓姉さん!」


「あらやだ」


 卓に断って、仁那は『四葉の刻印』を解放する。最も親しみ深い相棒の能力――青龍門・祐輔の力が全身を駆け巡った。氣で編み込まれた前髪の一房が一対の角を象る。そのの先端で揺れる縹色の炎が火勢を増し、全身を包み込んで龍の頭部を模した。

 優太が突進する須佐命乎の肩越しにこちらを見遣って笑った。まだ敵には気取られていない。回り込んで渾身の一撃を叩き入れるだけだ。

 飛び出した仁那の跳躍は玄関の扉に袈裟懸けに亀裂を入れ、暴風を伴った加速で須佐命乎を追い過ぎる。相手が知覚するよりも先に踏み込み、全身の運動を余さず拳一点に集中させた打撃を放った。――その一連の動作が、誰の目にも流星が奔ったかの如き神速で行われた。

 その奇襲を受け、轟音とともに天井へと吹き飛んだ。岩盤に首が埋もれ、屈強な肢体が力無く垂れ下がる。

「優太さん、無事?」振り抜いた拳をゆっくと開いて、仁那は振り返った。

 遠くへと殴り飛ばされた須佐命乎の方角を遠い眼差しを送っていた優太は、軽く頷くとすぐに背後に構えた警邏の包囲網へと正対する。神族の乱入は想定していたが、出現した者が優太の監視を行う白い女性ではなく、容貌魁偉な男であるとは慮外のことであった。

 あの一撃だけで失神するならば神族も名ばかりだ。


「仁那、あの大男を頼める?卓だけに任せてるのは不安だから」


「……うん」


 仁那が振り仰ぐと、天井で岩が瓦解し土煙が憤然と瀑布に似た勢いで地下都市へと落ちる。粉塵の雨の中、高速で飛来する須佐命乎を発見し、自分も迎撃に打って出る為に高く跳ね上がった。

 血の緒を引いて迫る須佐命乎が後ろへと引き絞った拳に、またも光の粒子が集合する。その拳固から輝きが霧散した時、金属のような光沢を見せた。

 振り抜かれた異質な拳撃を真っ向から両手で受け止め、輸慶の能力を発動して須佐命乎を連れて転移する。

 それを見届けた優太の肩に、嘴で杖を持った輸慶が帰還した。差し出した手に落とし、天井へと飛翔する。愛用の武具を取り戻した()の予言者の本領が発揮される。それを誰にも侵されない高度から静観する態勢を整えた。

 期待に応えるべく、小太刀を納刀した。柄を握り、雑巾を絞るように撚りを加えて僅かに引くと、内側から優太の操る獰猛な獣の牙が覘く。本来なら須佐命乎に対抗する為、己の全力を出す為に取り寄せたが、今は目的を変更して使用する。

 人の容を借りた言義警邏隊の殲滅戦――より多数を刈り取る、それを滞りなく遂行する為に必要不可欠。

「さて、始めよう」前進する大群を前に、一人自若と前に進み出る。

 卓は頼もしく感じながら、払拭しきれない畏怖の感情を忘れたいが故に目の前の戦場に集中した。






「うわッ!!」


 転移と同時に突き飛ばされ、仁那は頭頂から砂丘へと盛大に突っ込んだ。彼女が神族と争うのに選んだ戦場は――破幻砂漠である。

 照り付ける太陽の下、二つの影が陽炎の中で儚く、けれど力強く聳り立つ。立ち上がった仁那が纏う緋色の氣を見て、須佐命乎の怒りが頂点に達する。我が物顔で主神の力の一端を扱う人間の勇敢なる意思を表した姿が気に食わない。


「前回は済まなかった、愚兄の妨害があって貴様の死に様を見届けもせずに……今日で終わりだ!」


 謎の金属と化した両腕を握り込んで迫る。

 凄然とした迫力に臆さず前に踏み込み、仁那は正面から堂々と迎え撃つ。全身を溢れん闘志に燃え上がらせていた二人の影が繋がる。砂漠は飛沫を上げ、遠い砂も波打つ空気の振動を発生させた。緋色と鉛色の拳は、接触した部分から空間に亀裂を生まんばかりの威力で互いを食い合う。

 譲らぬ攻防、たったの一撃でも二人は踏み留まって耐える。

 数瞬の間を置いて、仁那の左腕が弾かれた。それに引っ張られ、後方へ砂の煙雨を作りながら何度も砂漠を跳ね転ぶ。右手で砂を噛み、漸く静止した仁那は左手が内側から爆散するかのような激痛を覚えて叫ぶ。

 肩の骨まで伝播し、血管が蠕動する。骨だけでなく、筋繊維が破断し肉体自体が内側で撹拌された。たった一度の衝突で、甚大な被害が体内に刻まれて苦鳴の声を上げる。

 須佐命乎は平然と、振り抜いた拳を何度も握る仕草を繰り返して己と少女の力の差を誇示していた。


「腕力では誰も敵わんとでも思っていたのだろう?それは違う、その力の全貌さえ把持していない小癪な鼠が我が膂力を打ち破ろうなど思い上がりも甚だしい!

 取るに足らん塵芥も同然の小娘は、ここで砂漠の砂利の一部となるが良いわ!」


 再び襲い掛かる、振り上げられた拳。

 仁那は痛む左手を庇い、右で応戦した。再会を果たす両者の拳撃は、先程に劣らぬ颶風と圧力で周囲を薙ぎ掃う。文字通り、青天の霹靂の如き音を打ち鳴らす力の激突は――またしても須佐命乎が勝利を掴む。

 地面を時に砂に埋もれながら跳ね飛んだ仁那は、悲鳴を上げる両腕に苦悶する。踞って痛みに堪えていると、仮借ない須佐命乎の追撃が始まった。頭を伏せていた仁那の脇腹を蹴り飛ばし、高く上がったところを再び拳で地面へと叩き下ろす。

 服の襟首を掴んで持ち上げ、半ば意識を失っている仁那の腹部を至近距離から膝で打つ。吐血混じりに砂を吐いて、仁那は太陽の下に仰臥した。見下ろす須佐命乎の殺意を受けて体が危険を訴えるが、薄れた五感の所為で回避もできない。

 このままでは殺される――どうにか起こした首で見上げた先、須佐命乎の烈火の如く滾らせる憤怒の眼差しと交わった。


「安らかには死なせん――悔いて死ね」






アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

窓を開けて換気しようとしたら、百足が入室するという恐ろしい事態が我が家で発生し、一人で混乱(パニック)に陥っていましたが、前々から設置していたゴキブリホイホイに彼が引っ掛かったので事無きを得ました。

夏の暑さはもう無いのに、まだ虫も元気ですよね……私も負けないように頑張りたい。


次回も宜しくお願い致します。


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