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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
三章:詩音と言伝ての鳳
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二人目の候補者



 詩音は焦っていた。

 他人に任せて、自身の任務を放棄してしまったこと。破幻砂漠から救助されたことに感謝こそあるが、やはり不用意に誰かに頼ってもいけない案件である。相手を優しい人間だと第一印象で認識するのは甘過ぎる。善人を装った盗賊という可能性も、まだ否めないほど時間は浅い。

 隣室に仲間が居る――即ち、外出した場合も相手に覚られてしまうのだ。常に行動が監視されていると考えても不自然ではない。また彼を盗賊と推測するのも早計ではあるが、脳内では次々と僅かな不安要素が大きく意識に浮上しては思考を苛むことで冷静さを欠いてしまう。

 地上に取り残した仲間の一件もそうだが、任務の失敗は自分の身に関わる。今回の仕事は、今まで担った依頼の中でも最も危険だった。仕事の成功が無い限り、自分には後で様々な不幸が襲い掛かるだろう。

 胸の内側を鈍く貫いてしまうような焦燥感に堪えながら、今は疲労に思うように動かない体で汚れた私服に着替える。外で視線を集めてしまう程には目立たないだろうから、装いに関しては然して問題点は無い。

 無闇矢鱈に動いても体力を削るだけだし、少年ともすれ違いになってしまう。なら、彼の正体を突き止めるべく、まずは隣室の仲間を訪ねる事にした。それで彼を敵か味方か、改めて判断するのも遅くはない。

 襖を開けて部屋を出ると、左右に手を伸ばす廊下が広がる。隣といっても、どちらの部屋かは聞いていない。仕方なく両側を調べる事にする。


「あ、あの……」


 襖の縁を叩いてみた。

 反応は思ったよりも早く、中から誰かが顔を覗かせた。隙間から金色の瞳、流れるような銀の髪が揺れる。詩音は精緻な人形を思わせる風貌に思わず見入っていると、襖が大きく開け放たれた。少し寄り掛かるように立っていたため、体勢を崩して中に居た銀髪の少女へと倒れ込む。

 受け止めた彼女は、詩音の顔色を窺っていた。


「……体調不良、すぐ栄養摂らないと」


「え?」


 少女に半ば引き摺られるように入室した。

 詩音が当惑している間、彼女は簡単な材料で料理を手早く済ませる。少年の仲間か問うよりも早く展開された相手の行動に機を失い、無言で待機していた。

 少女もまた、言葉無く目の前に碗に入った汁物を置く。具が煮込まれていて、湯気と共に空気を仄かに温める臭いが食欲を掻き立てた。食前の礼を言ってから食べる間も、銀髪の少女は特に言葉を発する事もなく、円窓の側に寄って町を眺めている。

 詩音が完食すると、金の双眸が振り向く。


「お代わりは?」


「だ、大丈夫です。大変満足でした」






  ×       ×       ×





「二画」――。



 宿の入口付近にある飯屋前。

 列座した長椅子に腰掛けた二人は、片手に串団子を持ち自己紹介をする。


「詩音です、職は飛脚だよ」


「私は鈴音、旅人をしてる」


 鈴音は廊下から自分の部屋を訪ねた相手に目を眇めた。

 襤褸も同然の外套に袖を紐で絞った袷、紺色の(ズボン)を穿いた短髪の少年。顔色は悪いが、中性的な容姿なために性別を間違えそうになる。鈴音の目でも、未だにどちらか判別し難いほどだった。左手は負傷しているのか、包帯を施している。

 美味しそうに団子を頬張りつつ、鈴音から気を逸らさずに居る様子から、やはり警戒の色が見て取れる。見も知らぬ相手から無償で介抱された点について、やはり疑問が尽きないのだろう。加えて、鈴音は基本的に無表情であるためか、相手に感情を読み取られる事がない。悪く言えば、臆病な性格をした相手には、いつまでも真意を伝えられず恐怖させてしまう節がある。

 鈴音は指で無理矢理だが口角を上げた。相手を和ませる為の笑顔を作った積もりだったが、詩音の怪訝な視線に諦観した。努力しても愛想笑いというものが苦手であると重々理解したのだ。


「私って怖い?」


「い、いや全然……寧ろ、綺麗だから少し話しかけづらいなって」


「そうなんだ」


 幹太によく「可愛い」、「美しい」と誉められるが、頻度が多くて鈴音にとっては世辞にしか聞こえないのだ。行く先々で絡んで来る男がそれを証明しているが、それは自分の(ツノ)を珍しがっての事と感じている。自身の美貌など一切自覚無く、詩音の言葉も単なる誤魔化しと受け取っていた。

 まだ祐輔が帰還するまで時間がある。尤も、何処を歩いていても、屋内でなければ上空から探知する事が可能な故に注意すべきことは特に無い。宿の一室を借りて仁那を迎える手筈は整っている。祐輔と弁覩――あの二体に選ばれた『器』である仁那が此所で死ぬ訳がない。本当に相応しい存在が他に存在するなら、鈴音が旅に出たのは無意味であり、別の『器』が果たして仁那以上なのかも見極める必要がある。

 『暁の予言』が示す“四片の指導者”、そして暁の遺産たる“当代の闇人”。この二つが確実に世界に変革をもたらす。およそ数十年前から仕組まれた一人による布石、主神とは対を成す化け物の計画は始まっているのだ。今こうして、自分が中央大陸に居ることも。

 地下の薄暗い都市の天井を眺めながら、沈思に耽っていると詩音が渡された茶を飲み干して情けない声を出した。本来ならば、確りとした栄養補給の為に串団子のみでは不足すると思ったが、本人の強い希望があっての注文。最初は疑心であったが、今の反応を見る限りでは従って正解だったのだ。

 都市の中心である「二画」は、学生の姿が絶えず道を往来している。何かの時刻を示す鐘の音が高台から響き渡り、それに合わせて人の波は方向転換するのだ。学院に通う者達は決まって同じ制服に統一されており、厚い書本を常備している。鈴音は兎も角、仁那や大抵の人間にも学歴は無い。生きる上での必要事項は親子の間で教授されるし、旅の途中で必然的に学ぶ。唯一、学院に通学する者が得られる資格などの特色を挙げるとするなら、それは東の政界に携わる職能、または歴史の解明や新技術の発見を促す力を身に付ける為だ。

 鈴音とはあまりに対照的な世界。太古から継承されてきた風習を維持する事に趣がある。魔王一族に代々伝来する『業』――死術。

 これは魔王の血統の中、一代に一人現れる。血の濃さに拘わらず、死術を操る者こそ死術師とされ玉座に腰を降ろす。無論、死術師となる時点で神族の血が色濃く継承されている、比重としては魔族よりもそちらが重要なのだ。

 基本的に死術は、『生命の操作』である。個体に宿る命を、別個体に与える。云わば生殺与奪を流儀としていた。既に死者である対象に、生者から奪った生命力を与えて蘇生することが可能。または、無機物に別個体の生命力を注入して操作する。自然界に跳梁跋扈する生命を自在に変換、転生させる者が死術師。

 この力を模倣し、規模は最小限ながら生命の身体に影響を与える技術――呪術が作られた。死術の下位交換、魔術では魔法に当たる。

 云わば現世界に流通した技術の起源とも言うべき旧態。新たな発見を積み重ねるこの学院とは対になる、古来から受け継がれる伝統そのもの。

 鈴音とは異界の住人である学生達の姿に、何処か憧憬する自分が居ることを認めた。

 実際に、幹太の家に住み着いてから学んだ狩人の生活や、他の種族との友情も鮮烈であった。覇権争いに暮れ、継承者の座を狙う者による殺伐とした一族の問題よりも、鈴音の関心を何倍にも引く世界だった。だが、その生活が長くなる程に不安は増していく。元いた世界に自分が残してきた禍根が、現状の穏やかさを破壊するだけの脅威となって押し寄せる時がいつなのかと。喪失する前に、立ち去るかと常に怯えてしまう。

 一つに専念し一つを学ぶ事は、鈴音にとって大きな恐怖がある。


「詩音は飛脚、やってて楽しい?」


「え……どうだろう、親の仕事をそのまま継いだから、自分で選んだ訳じゃないけど。でも、色んな場所を巡れて、手紙や荷物を届けると感謝されるからやり甲斐はあるね」


「……そっか」


 鈴音は茶を一口含んだ。

 たとえ強い理由が無くとも、選んだ先に幸福はある。詩音の場合はそうだった。鈴音は弁覩が『器』だと信じ、親友として幹太が信頼する仁那を見守る為に来た。今思えば、様々な動機はあるし、ただ『幹太と傷付けてしまう』という過去から続く怯懦に背中を押されたというのもあるが、この旅の先にも幸福があると思えれば、肩の荷が軽くなる気がする。

 口内を掃除した茶を嚥下して詩音に向き直る。


「言義には仕事で来た?」


「う、うん……」


 話題転換に詩音の話を始めようと持ち掛けたが、途端に顔が暗くなった。鈴音は訝って顔を覗き込むと、その顔色が蒼白である。


「どうかしたの?」


「じ、実は仕事中に砂漠で倒れてしまって……荷物を残したままなんだ。介抱してくれた人が取りに戻ったらしいんだけど」


「信用できない?」


 躊躇いを含む緩慢とした首肯。

 ふと、鈴音はその言葉が頭に引っ掛かった。


「砂漠に残したのって……箱橇?」


「そ、そう!」


「私も見た、まさか詩音のだったんだ」


「あの、「黒い箱」が中に無かった!?」


 鈴音は記憶をたどる。

 たしか、仁那が取り出して、祐輔に言われるがままに……。


「私の仲間が鞄に容れてた」


「ええ!?」


「大丈夫、私の仲間はいい人。……でも、今は少し離れてしまっている。彼女の使い魔が探しに行ってるから、上手く行けばもうすぐ合流できる」


「じゃ、じゃあ鈴音さんと一緒なら」


「きっと」


 詩音が胸を撫で下ろした。

 鈴音は、仁那と祐輔の身を思案する。詩音を介抱した人間が仮に悪意を秘めた人物なら、何らかの手懸かりを掴んで仁那を追跡し、襲撃しているかもしれない。仲間でさえ未だ行方不明としか言えない現状だから、まだ早々に見付かりはしないだろう。

 貴重品の「黒い箱」は、仁那の手中にある。


「あ、え?」


 空を見上げて困惑した声を上げる詩音に従って、鈴音も天井に視線を向けた。視界の中に一点、蛍色に照らされた上の中で緋色の星が瞬いている。

 一条の光が「二画」へと落とされた。

 明確にしようと目を細めて立ち上がった鈴音の肩を、緋色の光線が貫く。








  ×       ×       ×




 体内を撹拌するような熱と衝撃。

 肩を貫通し、長椅子を両断して地面を破壊した光の槍は、強烈な颶風を発生させて爆心地に在る鈴音を吹き飛ばした。空中を木端のように舞い、建物の壁面に背中を強かに打つ。鈍痛と共に全身に伝播する圧迫感にか細い呼吸が洩れる。呆気に取られる学生達の注視の中で、地面に力無く落下した。

 鈴音と至近距離に居た詩音もまた同様に、後ろへと石畳を跳ね、夕飯の買い出しにと募った客が列を作る露店の支柱に激突する。僅かな軋りを上げた柱に凭れ掛かり、痛みに呻きながら前を見据える。

 俯せのまま倒れて動かない鈴音の肩から、蒸気が立ち上っていた。凄まじい熱量で肉体を穿たれ、一撃で意識を刈り取られたのかもしれない。風穴を空けられた肩を修復する術など詩音にはないのだ。駆け寄って様子を確かめると、異様な光景を目の当たりにして息を呑む。

 鈴音の傷口が蠢き、穴から見えた床の面積が収斂していく。強力な自己再生――人族の自然治癒では再現の仕様がないほど早い。

 思えば鈴音は人族では無い、回復力が高く強靭な肉体を誇る魔族、その頂点たる魔王の子息なのだ。毒性を付加した攻撃によって与えられた致命傷を除けば、迅速に処理してしまう再生力がある。

 鈴音は傷口を押さえながら立ち上がった。

 緋色の光線――あれは魔法に類いするモノの威力だった。圧倒的な氣を練って放射された力の束である。だが上空から放つなど、手練れの魔導師でなくては不可能だ。第一、あれは光ではない――風だった。鋭く研がれた刃と形容するそれが、空気摩擦を起こして熱を帯びて人体を破壊する。

 傷の塞がりを見て驚きに固まっていた詩音も、慌てて彼女を支えようと手を伸ばす。


「避けて」


 鈴音が突き飛ばした。

 詩音は後ろに傾く体勢に耐えようと踏ん張るが、眼前で複数の光線――否、烈風の刃に刺し貫かれた鈴音を見て驚怖する。遅れて全身を押した衝撃波に地面を転がった。

 降り注ぐ風の弾丸は、辿った弾道は接触した物体を切断し、着弾した地点から憤然と爆風を巻き起こす物理的破壊力を伴っている。鈴音は血と煙を巻いて転倒し、立ち上がる瞬間を狙って何度も攻撃を受けた。

 鈴音は頭部を撃ち抜かれぬよう注意して、頭上を振り仰いだ。風の主は、天井を背景に翼で羽ばたく緋色の鷹――輸慶だった。地上に居た筈の敵が、何故この地下都市に辿り着いたのか。疑問よりも先に攻撃が命中する。思考回路すらも焼き裂く痛みを堪えて、攻撃の間隔を狙ってその場から離脱した。屋内に身を隠し、隙間から街路の様子を窺う。

 隠れた途端に止んだ緋色の雨。弁覩と同じく物体を透視し、狙撃する能力までは無いようだ。詩音は無事だった。呆然と破壊された地面を眺め下ろして硬直している。鈴音のみを狙った攻撃なので、屋内に身を潜めてから特に動きがない。

 混乱する観衆の中心で、詩音の前に降り立った輸慶。気配を殺して様子を覗く。

 輸慶はその場で跳ねるみたいに二歩詩音に寄って、頭を小さく下げた。


『無事で何よりです、詩音』


「ゆ、輸慶。あの人は……鈴音は悪くない!ボクと少し話していただけで、何も害は無かったよ」


『ですが、ヤツは「箱」を盗んだ輩の仲間です。先程、貴方を介抱した少年と徒党を組んで私を攻撃しました』


「それはっ……また輸慶が何も言わず、突然襲い掛かったからじゃない?鈴音の仲間は悪くないよ」


『楽観的過ぎます。人を容易に信じてはなりません。だから、箱橇の“罠”にも気付かず、破幻砂漠を歩く羽目になるのです。

 折角、この故郷に帰って来れたというのに。私は兄上から依頼されているのです、もし詩音の身に何かあれば……』


 口を噤む詩音を傍らに、輸慶がこちらに首を回す。

 輸慶の言葉が正しければ、仁那はまだ生存している。現在地までは特定出来ずとも、その身は安全らしく、詩音を救出した人物と同行中となれば無事だ。輸慶は撃退されたのか、どちらにせよ仁那達を処分せずに撤退したことは確かだ。


『そこに隠れているのですね』


 厳しい声音で呼ぶ声を黙殺する。応答した途端、声で位置を把握して撃ち抜いてくる。敵意を孕む眼差しは、一声だけで火が点り、再び風の弾丸を放つ火薬になり得る。あれを防ぐだけの頑丈な盾が無く、刃物で斬り掛かっても上空に回避されてしまえば一方的な蹂躙が再開される。加えて、心を開き始めた詩音からの信頼を失ってしまう。

 心臓と脳組織を破損する程の大事が無ければ絶命は免れる。しかし、天井に近い高所に居てあの命中率、近距離となった今では正確に眉間を貫くのも不可能ではないのかもしれない。無闇に街路に出れば、詩音の制止を待たずに殺されてしまう。

 こちらを害悪と断じて疑わず、交渉の余地すら許容せずに排斥しようとする鷹の威勢を如何とするか。あの強い警戒心、武器を捨てて空身で応じた常套手段を講じても返り討ちは必至、壁越しに声を発しただけでも防壁もろとも吹き飛ばされるのは自明。ならば、詩音を介しての会話ならば少しは希望がある。尤も、それは詩音を盾にした戦法だが……

 「詩音!」鈴音が強く呼び掛けた。

 その声に位置を把捉した輸慶が口腔から烈風の銃弾を発射せんと構えた時、同時に聞き咎めた詩音が咄嗟に鷹の前に身を躍らせて庇う。目を剥いて攻撃を中断した輸慶は、不服だと翼で数回地面を叩くように羽ばたく。

 安堵した詩音が冷や汗を拭って振り向く。


「鈴音さん、傷は?」


「大丈夫、それよりも輸慶に伝えて。私達は貴方に害為す者ではない、話を聞かせて欲しいと」


 詩音は強く頷くと、鈴音の言葉を仲介して伝えた。輸慶は攻撃態勢のままだが、断固として立ち塞がる詩音に阻まれ、不承不承と頭を垂れる。


「良いでしょう、攻撃はしません。但し、不審な動きがあれば即殺します」


 鈴音はゆっくりと建物から出て、詩音の側に歩み寄る。彼を挟んで向こうに輸慶が居る位置だ。言葉では許可が降りても、信頼がまだ充分でないのはこちらも同じ。易々と身を晒して撃たれる訳にはいかない。

 厳戒する双方に挟まれ、緊張する詩音の心労も知らずに反目する。


「また会ったね、輸慶」


『貴方の氣……まさか、死術師ですか』


「……弁覩は初対面で気付いてなかったのに」


『あの剽軽者は平気で嘘を並べますし、節度がありません。私と彼を同視しないで頂けますか?』


 不快感を顔に示す輸慶に謝った。

 確かに弁覩は幹太に似て、飄然とした立ち振舞いが目立つ。それが祐輔と喧嘩を繰り返す要因ではあるし、確かに輸慶のように口調からしても慇懃とした者とはあまり合わないだろう。しかし弁覩の身内とはいえど、ここまで辛辣に言われると二年間も苦楽を共にした仲である鈴音にとっては今にもその口を塞ぎたい。

 弁覩はその性格の裏に、仲間への深甚なる友情がある。仲間が負傷すれば気遣って普段から避けている戦闘に身を張るし、醜い姿を見せまいと必要異常に避けている筈の人の息の根を止める際も隠れて済ませるほど繊細な心の持ち主だ。

 剽軽者の一語で特徴を済ませられるほど、弁覩は軽いものではない。平生の飄々とした態度も、云わば場を和ませる為の諧謔だ。


「弁覩は仲間想い、強くて優しくて、気遣いが出来る。血気盛んな輸慶とは大違い」


『……私を野蛮と称しますか』


「少なくとも、敵か否か完全に判定できない相手に対して、言葉無く食い掛かる愚か者じゃない。……家族なのに、何も知らないんだ」


『家族ではありません、我々は元は一つの存在。……あれがかつて同じ体であったというのは、甚だ不満でなりませんが』


「それでも弁覩の方が思慮深い。あの仁那は……輸慶が攻撃した少女は、捻くれ者の祐輔や弁覩にも認められる『器』。私は仁那以外にあり得ない」


『あの娘が……信用なりませんね。

 祐輔は最初に我々を裏切って数十年も姿を晦ませ、弁覩は続き旅に出ると一言告げて出た愚か者です。何を見たのかは知りませんが、既に我々が相応しい人間を定めています』


 既に選定は終えている。仁那以外に認められた人材がいるというのは、鈴音には判らない。それに力を受け取る者には、主神の血統に近しい者以外は適応できないという要素が無視できないのだ。魔術師の一族、氣術師の一族、死術師の一族、または神族や獣人族等を含み、仁那と同様に後天的に神の眷族となった例のみ。

 果たして、それらを考慮し、そして備えた者なのか。

 鈴音の前で、爪を立てないよう詩音の肩に降り立つ。


『詩音こそ――『器』に相応しい逸材です』


 詩音は首を傾ぐ。

 鈴音はただただ、黙って彼を凝視する他になかった。







アクセスして下さり、誠に有り難うございます。

忙しい日々に間隔が空いたので、また更新していきます。まだ片付けていない諸事情がありますが、執筆に差し支えはないかと。

この時期、そろそろ冷えてくる頃(まだ気温三〇度を超える日があるそう)ですが、油断して体調を崩されないよう注意して下さい。


次回も宜しくお願い致します。



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