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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
二章:幹太と審美眼の虎
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幕間:秘書官の胃痛~白壕~



 「月狐」との戦闘から約一週間――。

 町の復興に裏から携わる形となったカリーナ様だったが、やはり雑務の大半を部下に押し付けて書庫に籠ってしまった。無論、いま使節団の仲間の数々が各地に潜伏する隠密行動を心掛けていて、実質彼女の傍でそういった仕事を遂行できるのは俺――ジーデスのみという悲しい現実しか残らない。

 俺は今日も、不満の声を上げずに労働力を主の為に費やす運命を全うする。この努力が直接誉められた事は無かったけど。……まあ、気遣いとは無縁な人だから、最初から期待すること自体が異常なのかもしれない。

 そんな中でも、快く手伝ってくれたのは仁那だった。笑顔で人懐っこく、仕事を覚えるのも早いから作業も捗ってくれた。娘ができるなら、こういう子供が嬉しいと思う。

 行く先々でこの子は、他人から自然と信頼と愛情を寄せてしまうらしく、仲間には恵まれている。


「悪いな、仁那。まだ疲れているだろうに」


「良いですよ、これくらい。カリーナ様には悩みを聞いて貰ったし、恩返しですから!それにジーデスさん、大変そうだから」


 “――良い子だ。カリーナ様や勇者殿もこれくらい穏やかなら……!”


 仁那の温かさに当てられて、思わず感涙するジーデスを労り、心配する彼女の行為がさらに身に沁みる。しかし、幾ら感動に胸を衝き動かされていようと、手だけは機械的に書類を整理する手際が衰えず、自分が如何に仕事をこなしていたかを自覚させられた。


 温泉にゆっくり浸かる以外で、こんなにも癒されるとは……久々に胃痛が和らいだ気がする。






   ×       ×       ×





「ジーデス、ねぇねぇ」


「貴方も仁那のように優しく気配りの出来る女子を目指して下さい」


 午後になると、毎日のように勇者殿――セラが絡んで来る。書庫に入り浸るカリーナ様は相手にしないし、ミシルは任務以外でその傍を離れないからな。実質、構って貰えるのは消去法で俺なのだろう、セラ様はひどく退屈しておられる様子だ。

 確かに、西国じゃ地位は俺の方が遥かに下位ではあるけど、セラ様も中身はまだ子供なのだ。いや、まあ一七だから大人との境目という複雑な立ち位置ではあるのだけれども。

 だからこうして、そろそろ俺みたいな男に絡んでる場合じゃないんだよな。勿論、こんな戦時中に恋人を作ってる暇もないが、滞在期間も長いしカリーナ様もそこは見逃してくれるんじゃないか?


「ねぇ、ジーデス~」


「私は遊べませんよ」


「デートしようよ~」


「はいはい、また今度ね」


「結婚しようよ~」


「はいはい、また――ん!?」


「え、良いの?やったー!」


「え、え、え、え、ちょ?」


 いま適当に流していたら、凄い見過ごしがなかったか?


「勇者殿、冗談でも男にそんな誤解を招く言動はお控え下さい」


 俺の主観から見ても、セラは美少女の類いだ。赤髪が親近感を湧かせるし、天真爛漫な性格は確かに好ましいが度が過ぎている部分もある。冗談を本気にした男に言い寄られ……ても撃退しそうだな、この娘。

 でも、将来が心配になるよ。俺は嫌だとして、他の男に果たして面倒が見られるのか。

 先程から矢鱈と喜んで跳ねている。もう冗談なんだからそこまで騒がれても困るし、居たたまれない。振り返ったセラが俺の腕に抱き付く。


「じゃあさ、結婚したらボクの故郷に来てよ。親はもう居ないけど、皆に挨拶して回るんだ。あと当主ちゃんにも」


「あー、そういう設定ですか。結婚は兎も角、成る程たしかに勇者殿の故郷は気になりますね。お目にかかりたいとも思いますし、一度はお伺いしましょうか」


 その時、何だか空気が凍てついた気がした。


「……ボクを勇者殿って呼ぶの、やめよ?これからは妻なんだから、セラだよね?」


「んぇ?今日の遊戯は些か本気じみてますね、そこまで退屈しておられたのか」


「……そっか、ボクとはお遊びだったんだね」


「何だろう、冗談の筈なのに凄い心に響く」


 セラが室外へと飛び出そうとする。様子が変だから止める。それに嫌な予感がした。


「ど、どちらへ?」


「いま、魔王の娘が居るから……『勇者殿』は、本職を全うしてくるよ」


 “――あ、そうか。”


 勇者とは、魔王を討つ為に神から『加護』を授かった人間。今町には魔王の後継者である鈴音という少女が滞在している。今は我々と協同で動いている仲間だ、そんなんで俺を理由に内輪揉めとなったら……考えただけで胃が捻じ切れそうだ。


 全力でお止めした。



  ×       ×       ×



「当主ちゃん、聞いてよ。ジーデス、ボクとはお遊びだったんだって」


「そうか、まあ、そんな奴だろうとは概ね察していた」


 夜の食卓で、カリーナ様に良からぬ事を口走ったセラ。尤も、相手にされていないようだが、いつになく視線が鋭い。カリーナ様に関しては、何処と無く可笑しさを堪えていた。この人、修羅場にして俺が苦悶する姿を愉悦の材料にする心算だ。

 いや、冗談かと思ったけど違った。セラは俺の隣に座を占めて、ずっと顰めっ面でいる。


「勇者殿……セラはどうして、私なんかを?」


「決まってるじゃないか。ボクやミシルほど実力も無いのに、自分には不相応な戦場でも立ち向かう勇敢さ、それと面倒見の良さ。……あとは美味しいご飯」


「カリーナ様にこき使われていたお蔭だ……」


「感謝しろ、私の気遣いでお前は有料物件を手にしたのだ」


 貴女の気遣い――仕事量が尋常じゃないんだけど。配慮の要素なんて皆無で、俺は一時期忙殺されていたんだけどな。あと、セラから好印象を受けたという俺の特徴、それは……『勇敢なパパ』にも捉えられるんだけど。

 カリーナ様の隣で食事するミシルを見た。


「ミシルは、そういった相手はいないのか?今までで心を騒がせた男は?」


「あっし?うーん……師匠、ぐらいかな。仕事一筋だから、あまり考えた事ない」


 またユウタに引っ掛かっている女性を発見してしまったが、それはもう致し方ない。あれは天然の女誑しである。幾ら妨害しても、勝手に女性の好意を無自覚に寄せてしまう。

 ミシルも隻眼ではあるが、顔立ちは整っているから男は拒んだりしないと思う。何かに一途で熱心に取り組める質だから、きっと誰にでも受け容れられる筈だ。

 しかし、カリーナ様はどうなのだろう……。彼女は色恋沙汰とは縁遠く、容姿端麗でありながら近付き難い気品を纏っているし、それを本人がどう思っているのか。


「カリーナ様は、どうなんですか?」


「そうだな……なかなかの難題だな。今初めて考えた気がする」


 ミシルよりも仕事熱心だ。


「まあ、カルデラ一族を絶やさぬ程度に、都合の良い男を見繕っておけば良いだろう」


 色恋じゃない、男は異性じゃなくて『道具』という認識になっている。悉く興味が無いようだ。


「私はこの場に居る全員が、善良で素晴らしい男と出会えるか心配ですね」


「ボクは、ジーデスが居るから良いよ」


「師匠は婚約者一人だし、あっしもジーデスで良いかな」


「そうだな、一々探すのは面倒だからお前でも良いかもしれん」


 また空気が氷点下まで下がったような錯覚に、背筋が凍る。地味に右腕を握って来るセラの握力が凄まじくて、骨が軋んでいる気がする。


「駄目だよ、ジーデスはボクのモノだもん」


「所有権なら私にもある。……案ずるな、子孫を残す為というだけだ、残りはすべてくれてやる」


「カリーナ様、それ凄い問題発言です」


 本気のセラと、楽しむカリーナ様によって演じられた出来事に――その晩、俺は胃の中にあった夕食を土に還す事になった。








ジーデス……。


アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

次回も……小話ですね、宜しくお願い致します。

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